No.991076

夜摩天料理始末 59

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/990139

2019-04-24 21:45:40 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:822   閲覧ユーザー数:805

「奴が死んでいないとは、どういう事だい?!」

 かやのひめに並走しながら、熊野が問いかけて来る。

 それに顔を向けず、かやのひめは前を睨んだまま、その可憐な唇を開いた。

「奴の尾が足りなかったのよ」

「尾が?」

 その尾に、絶大な妖力を宿す九尾の妖狐。

「奴の体に残っていた尾は六尾、九尾の内、二尾は小烏丸が斬った」

 一尾、足りない。

「……奴はその尾を化身させ、それを逃がす為に、本体の方が囮になったと?」

 熊野の言葉に、かやのひめは頷く様に頤を引いた。

 だが、それは……。

「かやのひめ君、君も知っているだろうが、奴の尾から生み出される尾裂の獣は、所詮は妖力によって産み落とされ、殺戮だけを事とする為に作られる仮初の命に過ぎない、いかに奴の絶大な妖力を与えられたとて、その存在、保って一夜」

 黄泉に封じられた金毛九尾の大妖狐、玉藻の前、その本体が生きてあるからこそ、その分身たる藻たち尾の化身も、そして妖血の輝石、殺生石も、現世に存在し得るのだ。

 いかなる存在であれ、その本体、本質が滅んだ時、分身達はその命を長らえる事は出来ない。

 つまり、奴は緩慢な、だが不可逆的な自殺を選んだという事になる。

 あの奸智に長け、自己愛の塊のような奴が、そんな真似を……。

「言いたい事は判るわ、でも、闇に潜み、機を伺い私たちの守りを掻い潜りつつ、一人の人を食い殺すには、一夜は十分過ぎる程の時間」

 ならば、あの巨体を捨て、妖力を凝縮し小さな姿を取る事は、寧ろ利点。

 狐は元より狩する獣、あの金色の毛色とて、泥に塗れれば夜闇と物陰の中に紛れ込む。

 そうでしょ? 

 かやのひめの言いたい事は判る……判るが。

「あの大妖怪が、そこまでの執念を」

 たとえ、いかに彼女の主を解き放つ上で重要な人物であれ、あの妖狐が人と刺し違えようとするとは。

「そうか、彼の式姫じゃない貴女には判らないか……」

 鞍馬も感じた、あの本当に微かな細い気配。

 だけど確かに甦った、彼との絆の力。

「あの男、帰ってくるわ」

 静かに、だがゆるぎない確信の籠もったかやのひめの言葉。

「……冥府の底からか」

 あの鞍馬の様子を見れば、彼の魂が滅びの危機に瀕していたのは間違いない……だというのに、それすらひっくり返し、彼は帰ってこようというのか。

「ええ、あの男はね、式姫の力を借りながら、そういう無茶を幾つも押し通してここまで来たの」

 暫し、複雑な表情で正面を睨んでいたかやのひめが、頭を一振りして熊野にいつもの顔を向けた。

「そしてあの狐もそれを察知し……そして悟った、この屋敷に入り込み、私たちの守りが手薄な今だけしか、あの男を倒す時は無い事を」

 今を逃せば、彼女の主たる玉藻の前の復活はいつになるか判らない。

 今、この機会を逃すわけにはいかない。

「だからこそ、鞍馬も小烏丸も、そして飯綱も、身を捨ててでも奴を止める決意で当たったのよ……この戦、奴もこっちも死にもの狂い」

 その位、この戦は重い。

「……成程」

 それは、本人が認める事はあるまいが、目の前の華の姫君も同じか。

 先ほどの、彼女の戦い振りを思い返しながら、熊野は軽く頭を振った。

 鞍馬といい、彼女といい、そして正反対の立場ではあれど、あの妖狐もまた、この庭の主の生死を賭け、己の命を賭すか。

 彼の存在が、この世界の存亡に直結している事は、鞍馬から聞いている。

 彼を守る事が、この庭に聳える天柱樹を守り育て、黄龍や玉藻の前を封じる事となり、反対に、彼を害する事がそれらを解き放つ事となる。

 だが、恐らくそれだけでは無いのだろう。

 式姫達を動かし、あの大妖に憎悪される、そんな彼女らの感情を動かす、彼の持つ何かが、ここまでの大戦(おおいくさ)となって表れている。

 これは、一度会って言葉を交わすのが楽しみだ。

 

 足を速めた二人が、炎に包まれ、屋根や柱が崩壊する度に、火の粉を吹きあげる屋敷の外れに至り、その無残な様子に顔をしかめた。

「この有様では、外に逃げ出しているのは間違いないか」

 彼を診た場所から大きくは動いていないとは思うが、あの妖狐を警戒して移動しているのは間違いないだろう。

 さて、今はどの辺りに居るのか。

「手分けした方が良いわね……ところで熊野、今更だけど貴女も戦ってくれるの?」

 彼の式姫でも無い、貴女が何故?

「私は確かに彼の式姫では無いが、今は動けない旧友の代わりにここに居るつもりだ」

 熊野の表情を見たかやのひめが、一つ頷く。

「それじゃ、遠慮なくお願いするわ。ここから屋敷をぐるっと回りこむように移動して、あの大樹の辺りで落ち合いましょ、それで屋敷周辺は見回れる筈よ」

「そうだな、後、確か彼には、蜥蜴丸君が付いているんだったな」

「ええ、あの男の佩刀にして、剣術の師匠……そして最後の守り刀」

 妖刀蜥蜴丸、その力が十全ならば、あの鍛錬を重ねた無双の剛剣は絶対の守りとなって彼の敵を阻むだろう。

 だが、今の蜥蜴丸は一度滅びかかった身を、主の力を借りて何とか永らえている状態。

 彼女の闘志と勇敢さは疑いない、たとえ、力足りず、戦の中でその身を折る事になろうと、怯みもすまい。

 だからこそ急がねば。

「あの男を見つけたら合図するわ、青い狐火が打ちあがったら、そこだと思って」

「判った……私は、そうだな、何か大きな音でも立てようかな」

 火薬の調合も医者の知識の裡、色々使える道具や薬品として、多少は常時携帯している。

 君の耳なら聞こえるだろう?

「そうね、多分大丈夫よ、それじゃお願いね」

 思兼が指さした先で、あの青年がゆっくりと身を起こす。

 その様を、都市王の目を通して、玉藻の前の意思は、どこか茫然と見ていた。

 何故滅びた筈の魂が蘇る。

 例え天柱樹と一体となり、現世で絶大な力を振るうといえど、魂のみになっては、ただの人の筈。

 実際、今妾の目を凝らしても、それ以上の存在である事を示す何物も見えない。

 あやつは……あやつは一体。

 玉藻の前は、恐らくその生に於いて、初めての感情、戸惑いと、そして、本当に微かなー恐らく本人もそれと判らぬー不安を感じた。

 たかが人が……神々ですらあり得ぬ事を成し遂げたと言うのか。

 あの、庭の力を受け継ぎ、式姫に頼るだけの凡夫が。

 妾は、あの男の何かを見落として居たのか、読み誤っていたのか。

 ……判らぬ、判らぬが。

 一つだけ確かな事がある。

 あやつは、危険だ。

 あの庭の部品の一つとしてでは無く、あの存在そのものが危険。

 排除せねばならぬ。

 だが、今や彼女の意思を仮に宿した殺生石にも、思兼の力が伸びてきている。

 遠からずこの力も滅ぶだろう。

 その前に何か。

 だが、こちらに迫る閻魔と夜摩天にしろ、あの庭の男にしろ、今の、この弱った殺生石の力で従える事が出来るような、存在では無い。

 都市王の体も、神の矢に射とめられて最早動かない、僅かに動かせる顔を、玉藻の前は必死に巡らせた。

 おお……。

 有った。

 その視界の中に、それは居た。

 有ったぞ。

 

「玉藻の前、覚悟なさい」

「まぁ、あんたの本体は兎も角、その殺生石砕くだけだけだから、今更手向かいすんじゃないわよ!」

 冥王が獄炎を宿す斧を手に、こちらに駆けて来る。

 時が無い。

 残る力を集め、都市王の右手を上げる。

「手向かいますか!」

 手にした剣を振り上げた姿をそう見たか、夜摩天よ。

 

 ヒハハハハハハ。

 

 狂ったような哄笑を上げ。

「何を?」

 振り下ろされた鋭利な剣が、都市王の首を斬り落とした。

「自決?!」

 一瞬そう思った夜摩天の目の前で、その首が切断の勢いと、吹き出した血で大きく飛んだ。

「っ、悪あがきを!」

 だが、思兼の力を受けてしまっては、飛んで逃げるだけの力も残っておるまいに……奴は、何を。

 閻魔と夜摩天が転じた目に、血を引いて大きくとんだ首が、べちゃりと落ちるのが見えた。

「ひぃっ、何じゃ、何事じゃぁ!」

 うずくまっていた領主の前に。

「聞け、人よ」

 落ちて来た首が口を開いた。

「わ……わしの事か?」

「そう、お主じゃ」

 欲深く、揺れ動く心に忠実で、良い事も悪い事もその時々の想い次第の、可愛い可愛いヒトよ。

 

 妾の言葉を聞け。

 

「駄目です、そいつの言葉を聞いては!」

 夜摩天の声が背後から響く中。

「どうじゃ、お主、人界に帰りとうないか?」

 


 
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