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フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ ep11

コマネチさん

ep11『黄一と量産型轟雷』(前編)

 二日過ぎちゃったけど、ハッピーバースデー轟雷。というわけで轟雷の話です。

2019-04-20 20:55:11 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:708   閲覧ユーザー数:705

季節は12月に入ろうと言う時期である。

 

「えへへー!ネットで予約しちゃったー!新型のボクのビキニアーマーボディ!」

 

 いつもの模型店において、FAG用のコミュニケーションスペースでフレズヴェルクの声が響く。今マスターの健(タケル)とはこっちで暮らしており、最近はもっぱらこっちの模型店で来ることが多い彼女だ。

 

「うわぁ……そりゃ別に頼むのは自由でしょうけど、……すっごいわねこの衣装」

 

 スティレットがネットのカタログを見ながらビキニアーマーのデザインに戸惑う。名前の通り、腹部や胸の中央部が大きく開かれており、露出度はフレズのスク水の比ではない。

 

「なんて大胆なデザイン」

 

 アーキテクトも淡々とだが言った。表情の変わらない彼女だけにこの言葉にどういった感情が込められているかは解らない。

 

「これが届いたら、マスターに見せたりVRで遊ぶんだー」

 

「あなたのマスターは小学生、教育の悪影響になる確率は……」

 

「いーの!ボクが買われた理由はマスターをドキドキさせるのが目的みたいなもんなんだから!本当言うとね、これと迷ったんだけど、さすがにこれは刺激が強すぎるかなって」

 

 フレズが選ばなかったというボディは、バリエーション機、ルフスの褐色肌に合わせたスク水、なのだが褐色肌と同じ色のスク水なので、遠目から見れば全裸と変わらない。

 

「裸とどう違うのよこれ……」

 

「封入されてる箱のデザインからして卑猥。テープの位置が……」

 

「なんだよー。マスターを魅了したいって思うのはFAGの常識だろ?お前らは何かマスターに見せたい恰好とかないわけ?」

 

『え?』

 

 そう言ったフレズにスティレットとアーキテクトの二人は考える。まず口を開いたのはスティレットの方だ。

 

「別にそんなエッチな格好する必要はないわよ。最近マスターは期末テスト近いから私が教えてやらないといけないんだから」

 

「教える?FAGが高校生の家庭教師?」

 

 スティレットの発言に二人は怪訝な顔をする。どうもピンと来ない発言だ。

 

「別にそう言うんじゃないわ。一緒に教科書を読んでるだけよ。マスターったらこういうの理解力はないからね、私が正しく解釈してあげてるってわけ。ただでさえテスト前日にならないとやる気すら出さないんだから」

 

 ほぼ徹夜になっちゃうから大変よ。とスティレットは笑いながら言う。

 

「でもスティレットのマスターの場合。本音のコミュニケーションが取れて楽しそう。私のマスターはそういうのは無い」

 

「アーキテクトだってマスターには甘えてるんでしょ?」

 

「……」

 

 若干恥ずかしそうにアーキテクトは身をくねらせる。文化祭の時に言ったボディランゲージ発言を、彼女は若干後悔している様だった。

 

「……しかし意外です。皆マスター恋愛感情を持つなんて」

 

 と、完全に蚊帳の外になっていたFAGが口を開く。轟雷だ。

 

『え?そーお?』

 

 三人揃ってそう答えた。

 

「だってそうじゃないですか。マスターに好意を抱くのはまぁ当然として、恋愛感情までに至るのはレアケースと言われてますよ」

 

 轟雷の言う通りだ。普通FAGがマスターと暮らしていると、FAGがマスターに抱く感情は大抵が家族愛になる。これは第二世代の試作型轟雷がマスターである女子高生との生活で、親子愛の様な感情、そして家族と言っていい関係を持った事に起因すると言われている。

 

「恋愛感情じゃないわよ。別に普通にしてるんだから」

 

「ボクは……よくわかんないや」

 

「かつての試作型轟雷達は異性との接触はあまりなかったとされている。私達が異性との接触で、別の感情を学習するのは当然の事」

 

 否定するスティレットとフレズ、直接的ではないにしろ『愛してる』と公言したアーキテクトだけは普通に答えてくれた。

 

「なんか、そういうの最先端って感じがします。なんか羨ましいな」

 

「……別になりたくてなったわけじゃない。私はマスターと暮らしていたらなっただけ」

 

「私はマスターに恋してるわけじゃないけど、別になってなくたって問題ないじゃない」

 

 バレバレにごまかすスティレット。

 

「私は試作型轟雷の様なFAGの可能性を広げるFAGになりたいんですよ。でもこれじゃ私は普通のFAGで終わってしまいそうで、なんだか嫌です」

 

「轟雷……」

 

 スティレットが若干心配そうに見つめる。思い込みが激しい所があるが、常識はある程度わきまえてるのが轟雷だ。その轟雷がこう言うのは今までにない。

 

「私もマスターと恋がしたいです!というわけで今日マスターにアプローチをかけてみます!」

 

『え゛?』

 

「恋をすれば私もFAGとして最先端になれるはずです!」

 

「あぁうん。まぁ頑張って……」

 

 恋愛トリオの三人はこう言うしか出来ない。こうなった轟雷は止める事が出来ないからだ。

 

「というわけで皆!恋ってどういうものか教えてください!」

 

『えぇ~……』

 

 

 そしてその夜、マスターである黄一の家にて、轟雷の自宅での生活は、一言で言うなら遊ぶ。だ。マスターとゲームやって、ネットで動画見たり、プラモ作ったりと二人で遊ぶ事が多い。平均的なFAGの生活ではある。ホビーやペットとしての扱いが本来の用途だ。

 

「マスタぁ……」

 

 机に向かってテスト勉強している黄一に轟雷は声をかけた。期末試験が近い。

 

「なんだ轟雷、今はテスト勉強中だから静かにしてくれよ」

 

「いいから見て下さい!後ろですよ後ろ!」

 

「だからなんだ……っ!?お前……」

 

 振り向いた黄一、ベッドの上の轟雷は素体の上から巫女装束を着ていた。

 

「勝利だ勝利だー。しゃんしゃん」

 

 お祓い棒を両手で持って振りながら笑顔の轟雷、合格祈願のつもりだろうか。

 

「頑張れ頑張れマスター」

 

「轟雷……なにやってんだよお前」

 

 轟雷の笑顔に反して、黄一の反応は冷めていた。

 

「気にしないでください!私の想いをマスターに届けたいだけです!」

 

 そう言うと轟雷は投げキッスの動作で黄一にキスを飛ばす。轟雷的にはイメージでハートを飛ばしたつもりだった。

 

「……そういうのはいいから、邪魔しないでくれよ」

 

 それに対して黄一は手で払う動作で答える。イメージ的にハートは払われた。

 

「あぁ!私の想いが!!」と叫ぶ轟雷に、冷めた反応の黄一は気にもしないで、再び机に向かっていく。

 

「音出さなきゃいつも通り遊んでいていいから」

 

――そして数十分後――

 

「えーと……この英文が……」

 

「マスター、マスター」

 

「んー、なんだよ。勢いづいてきたのに……っ?!」

 

 黄一が後ろを振り返ると、素体の上にワイシャツ一着だけの轟雷が寝そべりながらポーズをとっていた。裸ワイシャツのつもりだろうか。

 

「疲れてない?私が一緒に添い寝してあ・げ・る。私の魅力で深い眠りにいざなってあげるんだから」

 

 そう言って今度はウィンクする。またもイメージでハートが飛んだ気がした。

 

「轟雷……お前何が欲しいんだ」

 

 ウィンクで飛ばしたハートを再び手で払う動作の黄一。

 

「あぁ!私の魅力!……って何言ってるんですかマスター!私が何か欲しそうに見えますか!」

 

「見えるよ。もの凄く」

 

「んー、強いて言うなら今欲しいのは……マスターの愛……ですかね」

 

 轟雷的にはしなを作る動作のつもりだったが、黄一の背筋には(ぞわっ!!)と擬音がつかんばかりに薄ら寒い物が走るだけだった。

 

「轟雷……あっ!お前!そうか!そうなのか!」

 

 何か感づいた様な黄一に轟雷はやっと気づいたかと笑顔を見せる。

 

「気付きましたか!そうです!その通りです!さぁ来てくださいマスター!!」

 

 両手を広げて黄一を迎えようとする轟雷、しかし黄一はスマホを取り出して電話をかける。

 

「……もしもし!ファクトリーアドバンス社ですか!?うちのFAGが変になってしまいまして!この状況をどうすれば!!」

 

「っ!!異常じゃありませんよマスタァァッッ!!」

 

 必死な表情の黄一を轟雷は大声で止めた。

 

 

「で、どうしたんだよお前、本当に異常はないんだな」

 

「当たり前じゃないですか。熱を測らないでください。脈を測らないでください。失礼な」

 

 額に指を当て、手首に指をあてる黄一に轟雷はふてくされながら答えた。

 

「私はですね。私の周りのFAG達が恋をしているから、私も恋をしようというのですよ」

 

「……は?恋?」

 

 抜けた返事の黄一に轟雷は馬鹿にされた様な気がした。

 

「何ですかその反応は!あのですね!スティレットやアーキテクトがそれぞれのマスターの事が好きなのは知ってるでしょう?!」

 

「まぁな」と黄一。

 

「私もマスターと恋がしたいです!恋愛感情を知る事で私は高みを目指したい!試作型轟雷の様に皆に影響を与えるFAGになりたいのです!」

 

「お……おぅ」

 

 ついていけないといった反応の黄一だ。

 

「そういうわけで私と恋をしましょうマスター!私こそがメインヒロインです!」

 

「いや、悪いんだけどさ轟雷。俺お前と恋愛って、どう考えても無理だ」

 

 若干バツが悪そうに言う黄一に轟雷は「え?!」と愕然とした。

 

「お前と恋愛なんてどう考えてもイメージが湧かない」

 

「そんな……マスター、ひどいです……」

 

 眼に大粒の涙を溜める轟雷。

 

「おい轟雷……?」

 

「それじゃ私は試作型轟雷の様な特別なFAGになれないじゃありませんか!」

 

「いや、そんな不純な理由で恋愛なんかしようとするなよ!もっと清いお付き合いを心掛けようよ!」

 

「マスターの……マスターの……馬鹿ぁぁっ!!」

 そう言ってワイシャツを脱ぎ捨てた轟雷は武装を装着して部屋から出ようとする。しかしドアが閉まっている為に廊下へは出られない。

 

「……グスッ。マスター、ドア開けて」

 

「あぁうん」

 

「有難うございます……バカァーッ!!」

 

 そう言って轟雷は廊下へと飛び出していった。

 

「おい、夜なんだから外へは行くなよー」

 

 癇癪を起こした轟雷に反して黄一は冷静なままだった。それはまるで恋人ではなく……。

 

 

 翌日、轟雷は愚痴としてお馴染みのFAG達に事情を話す。

 

「というわけですよ!マスターは私の事なんだと思ってるんですか!」

 

 以前スティレットが愚痴った時と同じ様に、バーの内装のコミュニケーションスペースにて、轟雷はカウンター席で愚痴り続ける。

 

「少なくとも恋人には見えないでしょうね」

 

「轟雷お姉ちゃんは手間のかかる子供って感じだよね」

 

「あなたが言いますかライ!!」

 

 轟雷の愚痴を聞いてるのはカウンター内のレーフだ。今日の衣装はバニーガールである。今日は集りが悪く、彼女とライ位しかいない。

 

「ていうか今日はスティレット達いないんですか!一番愚痴を聞かせたい人なのにいないなんて!」

 

「フフ……久しぶりに来てみたら、荒れてるね轟雷……」

 

 と、聞き覚えのある喋りと声だ。声のする方を見る轟雷、そこにいた赤いボディのFAGは、

 

「あ、迅雷じゃないですか!」

 

 轟雷のバリエーション。迅雷だ。

 

「お久しぶり……。最近出入りする人が増えたみたいだけど、今日は来てないみたいだね。残念だよ」

 

 バトルしてみたかったのに、とぼやく迅雷、彼女は強いFAGを倒して名を上げるべくいろんな店を回ってるわけだ。

 

「それでどうしたんだい?」

 

「実はカクカクシカジカなんですよ」

 

 隣りの席に座る迅雷に轟雷は事情を話す。

 

「へぇ、マスターと恋愛がしたいのに、マスターは受け入れてくれない。ね」

 

「迅雷はマスターとはどんな関係なんですか?」

 

「大切にしてもらっているよ。最近はボクが、ねこぶそうにハマったのがきっかけで、タカラ〇ミーのトミ〇とかアニ〇とか小さな知育玩具を一緒に集めたりしてるね。恋愛ではないけど、親友みたいなもんだよ」

 

「やはり恋愛関係ってのは早々ならないんですね。どうすれば恋愛になるんだろう……」

 

 考えても解らないと轟雷はカウンターに顔を突っ伏した。

 

「だったらさ。そのマスターとFAGの家に行って、どんな恋や生活してるか観察してみたらどうだい?」

 

「え?」

 

「大体話を聞く限りでは恋愛がどういう物か解ってないじゃないか君の場合」

 

「スティレット達は胸がドキドキするとか、苦しいとか切ないとか言ってましたけど、正直解りませんね」

 

最もスティレットは恋愛してないと言ってますが、と轟雷は付け足す。

 

「ボクとしてもいずれ挑戦すべきFAG達がどういう奴らか、事前に調べておくつもりはあったからね。君で良ければ付き合うよ?」

 

「なるほど!」

 

 そう言って迅雷が呼び出したのはパワードスーツ型支援機、ダークネスガーディアンだ。これを変形させて飛んでいくという事だろう。

 

「ちょっと二人とも。そういう人のプライバシーに関わるのは……」

 

 レーフが止めようとするが、逆に妹のライは興味を持ったようだ。

 

「じゃあ私も行く―。なんか面白そうだもん」

 

「ライ!!」

 

「と、いうわけでレーフ。私達ちょっと皆の家回ってきますんで、マスターには遅くなると伝えて下さい」

 

 そういうと轟雷は、既に乗り込んだ迅雷とライと共に、ダークネスガーディアンを飛ばして模型店を後にした。パワーを感じさせる機会の唸りだけが、少女達の後に木霊した。ちなみに黄一も店に来ている。

 

「もう!皆自分勝手なんだから!」

 

 レーフの懸念はもう一つある。外を見ると今日は暗めの曇り空だ。

 

「雨が降りそうだってのに……」

 

 

 飛びながらダークネスガーディアンで三人はどこへ行くかと話し合う。そんな中、轟雷がポツリと漏らした。

 

「もう冬な上に、予報では晴れって言っていたのに、今日は怪しい天気ですね……」

 

 店に来た時には晴れていたのに、と轟雷は心配になる。ちなみに三人とも転落防止のためにしっかりとダークネスガーディアンに固定されている。

 

「昼間だってのにこの薄暗さだよ。傘を持ってくれば良かったかなぁ……」

 

「降ってきたらすぐに雨宿りすればいいよ。それで……まずはどこへ行くんだい?」と操縦席の迅雷

 

「一番近いのはスティレットとヒカルさんの家ですね!彼女は最近はテスト勉強教えてると言ってましたし、きっと家にいるでしょう」

 

 でもってヒカルの家につく三人。インターホンにダークネスガーディアンを寄せて、押そうとする轟雷だが、

 

「轟雷……お邪魔するのはやめておこう。代わりに窓から部屋を覗き込んで様子を伺おう」

 

「ヒカルさんの部屋なら確かベランダがある筈です」

 

 そこなら屋根があるから雨が降っても大丈夫と移動。三人とも見つからない様に端から部屋の中の様子を伺う。

 

「なんか弱み付け握れたらいいなー」

 

 部屋の中では……、ヒカルは机に向かっており、スティレットが部屋の中にコーヒーを持って入ってくる。鼻歌を歌っており上機嫌だ。

 

「スティレット……機嫌いいですねー」

 

「ヒカルさんも真面目に勉強してるね……」

 

※さて……ここからは視点をヒカル達に移してみよう。

 

「マスター、勉強ははかどってる?これ位は私がいなくてももう出来て当たり前よねー」

 

 なにしろ私が教えたんだから、そうスティレットは言おうとヒカルの顔を覗き込む。

 

「……ぐー」

 

 当のヒカルは……寝息で答えた。机に向かったまま寝ていたのだ。スティレットの笑顔が一瞬で渋い顔に早変わりだ。すぐさまコーヒーを近くに置くと傍にあったクリアファイルをメガホン状に丸める。そして……

 

「……起きろぉぉっっ!!!!」

 

 腹からの大声をスティレットはヒカルの耳に叩きこんだ。

 

「うわぁぁっ!!っ!?なんだっ!?」

 

 強制的に目を覚ましたヒカルは周囲を見回す。

 

「って何授業中に起こされた生徒みたいな反応してんのよアンタは!!」

 

「あーびっくりした……。なんだよ良い夢見てたのに……」

 

「どんな夢よ」

 

「睡眠学習してる夢」

 

「……そんなんあったらとっくにマスターを気絶させて使ってるわよ!ってまだ全然できてないじゃない!」

 

 スティレットはヒカルの取り組んでた問題集を見て呆れた。まだ回答が書かれてない。

 

「つっても考えと全然違う風になっちゃうんだよ。こういうの見てるとすぐ眠くなっちゃうし」

 

「あぁもう!……もう一回言うわよ、この公式はこうやるって言ってるじゃない。なんでこういう風に入れるわけ?」

 

 一からスティレットは教科書内の公式を説明しなおす。ガミガミ言ってるわけではないが、静かな迫力がある。ヒカルの方も大人しく聞き入れるしかない。そして轟雷達はそれを見ている。

 

『うーん。なんというか本当にスティレットに教えて貰っているとは……』

 

『普段いじられ役のスティレットお姉ちゃんが、ヒカルさん相手だと普通に強気に出られるよね』

 

『尻に敷かれてるってわけじゃないんでしょうけどね』

 

「……ん。出来た」

 

 一つ問題を解いてスティレットに見せる。

 

「どれどれ……ちゃんと出来てるじゃない。そう、そのやり方よ。ちゃんと冷静になれば出来るんだから」

 

 にこやかに、そして嬉しそうにスティレットは言った。

 

「つったって途中でこんがらがっちゃんだよな。数学ってさ」

 

「計算式で慌てる必要なんてないでしょ?全く、これじゃ私が最後まで教えてあげなきゃ駄目ね」

 

 マスターは私がいなきゃ駄目なんだから、そう思いながらスティレットが優しい表情をした時だった。雨が降ってきた。

 

『わぁ!降ってきました!』

 

『ベランダなら屋根があるから大丈夫だよ……』

 

『雨か……あ。スティレットお姉ちゃんの方は?』

 

 ライはスティレットが雨に対してトラウマがあるのを思い出した。濡れずとも音だけでも過敏に反応する。部屋の中のスティレットは……蹲ってカタカタ震えていた。当然事情を知っているヒカルが黙っているわけがない。すぐに駆け寄る。

 

「スティレット!大丈夫か?!」

 

「へ・平気よ。前よりは克服出来てるんだから……」

 

 涙目になりながらスティレットは答えた。こうなってなおもヒカルに数学を教えようとするが、足元がおぼつかない。ヒカルは両手でスティレットを救い上げると充電君の所へ乗せる。

 

「休んでろよ。自分の事は自分でするからさ」

 

 接続させながらそう言った。息を荒くしてそれを見守るスティレット。

 

「マスター……大丈夫なの?」

 

「冷静でいれば問題ないって言ってたろ。問題ないさ」

 

 スティレットの持ってきたコーヒーを一気飲みすると、ヒカルは真剣な表情で問題集に取り組んだ。……でもって二十分後……。一度も声をあげずに、行詰まった様子も見せずに問題集のページをやり切った。

 

「出来た」

 

 安堵の声をあげるヒカル。出来上がった答案の上にシャープペンを置いた。外を見ればもう雨は上がっており、雲の切れ間から光が差し込んでいた。もうスティレットを起こしても大丈夫かとヒカルはスティレットの方を向く。

 

「スティレット?」

 

「……ずっと見てたわよ。マスター」

 

 だいぶ楽そうになったスティレットが答えた。

 

「お前、もしかして寝てなかったのか?」

 

「言ったでしょ?少しは克服できたって、随分とスムーズにいけたみたいじゃない。見せてよ」

 

「あぁ……」

 

 ヒカルはそう言ってスティレットに答案を見せる。答案のページをチェックするスティレット、暫くして、への字だった口が緩んだ。

 

「やれば出来るじゃない。全問正解よ」

 

 全問正解した事に喜びたいヒカルではあったが、スティレットが少しでもトラウマを克服できた事の方がヒカルにとっては嬉しい事だ。

 

「へへっ!……お前もトラウマ耐えるなんてさ、よく頑張ったよ」

 

 片手の人差し指と中指を合わせてスティレットの頭をなでる。スティレットはくすぐったそうに身を震わせる。

 

「あん……当然でしょ。そう言うんだったら……何かご褒美欲しいな……」

 

 ※ヒカル視点終わり。

 

「……なんか爆発して欲しくなりました」

 

のぞきの轟雷の感想はそれだった。完全に二人っきりだと思い込んでいる二人に対して、うんざりした表情で言った。

 

「恋をしたいって言ったのは君じゃないか。見に行きたいって言ったのも……」

 

「だってあんまりベタベタしてるとなんか腹が立つんですよ!」

 

「まぁまぁ轟雷お姉ちゃん、大声出したら見つかっちゃうよ。スティレットお姉ちゃんだったら今度会った時にネタにいじればいいじゃな……ふぇっ……ふぇっ……ぶぇっっくしょん!!!!」

 

 ライがオチを付ける様に大きなくしゃみをした。同時に部屋の中の二人もそれに気づく。すぐさまベランダの窓を開けるヒカル。轟雷達三人は一瞬で青ざめる。

 

「あれ?来てたのかお前ら」

 

「アンタ達……、何を見ていたか言ってみなさい……」

 

 ヒカルの方は別に気にした素振りも見せず。問題は……爆発寸前といった表情のスティレットだ。轟雷達は冷や汗をダラダラ流す。

 

「いやいや、ただの雨宿りですよーやだなー」

 

「そうだよー。間違ってもヒカルさんがスティレットお姉ちゃんと夫婦漫才していて、さっきあざとい反応していたんなて私達見てないよー知らないよー。更にそれをネタにお姉ちゃんをいじろうなんて思ってないよー」

 

――あ、終わった……――

 

 ごまかそうとしていた轟雷達だったが、ライのその発言で全てがぶち壊しになった。

 

「……出しなさい……」

 

「へ?」

 

「全員AS出しなさい!!粉砕して忘れさせるわぁぁっ!!!」

 

 キマリスアーマーを着て怒り心頭したスティレットが三人に襲いかかる。

 

「わぁぁ!まだセッションになってないのに!」

 

「逃げるよ!!煙玉!!」

 

 迅雷が煙玉を地面に投げつけると煙幕が発生。スティレットは何も見えずに戸惑い、煙が脹れた時には既に三人はいなかった。

 

「逃げた……あいつらぁぁっ!!」

 

「落ち着けよ。別にお前がトラウマ克服したのは悪い事でもなんでもないぞ」

 

「マスター……共感してほしいのはそこじゃないわよぉぉ……」

 

 そう言ってスティレットはヒカルの胸に泣きついた。ヒカルもスティレットの背中を優しく掌で包み込んだ。

 

『ピンポーン』

 

 と、その時にヒカルの家のインターホンが鳴った。誰か来たみたいだ。

 

「……何よー今日は次から次へと……」

 

「拗ねるなよ。誰だろう」

 

 そう言ってヒカルは玄関に移動しドアを開ける。そこにいたのは見知った人物だった。

 

「黄一?どうしたんだ?」

 

「轟雷来てないか?レーフに聞いたらどっかいっちゃったみたいで、GPSで反応追ってたらここだったんだよ」

 

 そう言って黄一はスマホを見せた。街の地図に赤い点が点滅している。登録されたFAGは紛失防止として、GPS機能が基本でついてるわけだ。そしてその反応はまた移動していた。

(※オリジナル設定です)

 

 

 雨上がりで冷たく潤った空気の中を轟雷達は飛んでいく。

 

「もう、ライがくしゃみなんかするから」

 

「生理現象だからしょうがないでしょー」

 

「スティレットの方は見えたけど、次はどこへ行くんだい……?」

 

「健さんとフレズの家ですかね、小学生のマスターとフレズヴェルク型で仲がいいんですよ。えーと確か文化祭の時に教えて貰った住所は……」

 

 そうこうしてる内に健の家についた。今度はベランダは無い。窓の傍にダークネスガーディアンを寄せて身を乗り出し中の様子を伺う。部屋の中では……

 

 ※以下健視点。

 

「マスター!今日こそ勝つんだからね!」

 

 健とフレズ、二人はテレビの前でゲームのコントローラーを持って並んでいた。鼻息荒くするフレズに対して健の方は落ち着き払っていた。

 

「あのさフレズ……やっぱ僕が手加減した方がいいんじゃないか?」

 

 正直健とフレズの実力差は歴然だ。しかもフレズの場合力押しがちになってしまう。簡単に健には動きを読まれてしまうわけだ。

 

「何言ってんだよ!ボクだって成長してるんだから!なにしろマスターが学校行ってる間はオンライン対戦で鍛えてあるんだから!真の力を見せてあげるから本気でおいで!」

 

「うーん……いいのかな」

 

 困ったような表情の健にフレズは信じてないと判断。

 

「むー、信じてないね!じゃあ負けた方は罰ゲームだよ!……そうだねー、しっぺね!勝った方が負けた方にしっぺ百回なんだから!」

 

「しっぺ?!ちょっとちょっと、お前僕が勝ったらその体に打ち込む事になるんだぞ」

 

 その大きさの差は十倍である。出来るわけがない。

 

「心配ご無用!何故ならボクが勝つのは目に見えてるから!!」

 

 自信満々のフレズ、しかし健にとっては根拠のない自信でしかなかった。そして三分後……。

 

「えーん!勝てなーい!」

 

 フレズはコントローラーに突っ伏しながら嘆く。いつもの事と言っていい現象だった。

 

「まぁ前よりは動きは良くなっていたよ。僕でよければいつでも教えるから、無理に一人で突っ走るなよ」

 

「お情けなんていらないよ!うー……煮るなり焼くなり好きにしなよ!しっぺ百回!さぁこい!」

 

 覚悟を決めた様にフレズは腕を差し出す。

 

「あのねぇ、無理言うなって、そんな細い腕でそんな乱暴な事」

 

「でもこれじゃボクの意地が……そうだ。腕が細いから駄目なんでしょ?だったら!」

 

 頬を膨らませて不満を露わにするフレズ。と何か思いつくと、フレズは壁に手をついて、健の方に……お尻を突き出した。

 

「ボクの面積が一番大きい、一番丈夫な部分はお尻だよ!これなら打ち込めるでしょマスター!!」

 

「っっ?!だ!駄目だってフレズ!この間の胸で似た様な事あったの忘れたのか!?」

 

「っ!……あ、あれは……」

 

 思い出して顔が真っ赤になる健。言われてフレズの顔も恥じらいで赤くなっていく。

 

「って大丈夫だよ!別にお尻なんてエッチな部分じゃないじゃない!マスターもこれでドキドキはしないでしょ?」

 

「……うーん……」

 

 健的には確かに胸やキスよりはドキドキしない。この二人、幼いがゆえに尻の性的な部分に気づかずにいた。それ故のこの無知っぷりである。

 

「つべこべ言わないで!さっさとこぉい!」

 

「あぁもう!知らないからな!」

 

 そう言って健はフレズのお尻を思いっきり……、打ったら吹き飛びそうなので、軽く平手で打ち付ける。乾いた音が響いた。

 

「うぅっ!」

 

「フレズ?大丈夫?」

 

「大丈夫。加減なんかしないでもっと強くして」

 

 そうは言うが、本気で叩けるわけがない。健はどうにか、ぶつわけではなく。表面だけを、そして音だけを大きくする様に叩いていく。ペチン!ペチン!と音が部屋に響く。フレズは振り返らずに耐える。

 

「んっ……うん。そうだよ。このまま百回まで打ち付けて」

 

――でも、どうしても戸惑うよなぁ……――

 

 その健の戸惑いが、打ち付けるタイミングを不規則にしていく。打たれる手を見ていないフレズは衝撃が、感覚がモロに伝わる。

 

「十……十一……」

 

 呟くように数える健。

 

「んっ。へへっ……余裕だね。音だけで痛くないや」

 

――そりゃそう言う風に打ってるからね――

 

 健の感想は、人の気も知らないで、という思いと、痛くなくて良かった。という両方だった。二人はこのまま何事もなく終わると思っていた。……この時は。

 

――あ、あれ……?またなんだか……――

 

 妙な高揚感がフレズの中に湧いてくる。マスターにお尻を向けている背徳感。そしてぶたれる恥ずかしさ。何より不規則故にいつぶたれるか解らないスリル。フレズはだんだんこのマスターにぶたれる感覚に夢中になっていった。それは健の方も同様だった。

 

「んっ……やっ……あぁっ……」

 

「九十九……百。これで終わり。フレズ大丈夫?」

 

「あ……あぁぁ……」

 

 フレズの方はがに股になっており、手を付いた姿勢のまま、ガクガクと膝を笑わせながらやっとの思いで立っていた。健はこれがフレズが怪我をしたと判断。

 

「っ!?フレズ!やっぱりFAGをぶつなんて駄目だったんだ!ごめんよ!大丈夫?!」

 

「ち、違うのぉ。ましゅたぁ……」

 

 振り返った彼女の顔は、ぶたれる快感に完全に飲まれていた。涙、鼻水、涎でぐちゃぐちゃだ。

 

「気持ちいいよぉ……もっとぉ……してぇ」

 

 何が起きたのか。少年の理解を越える状況だった。

 

 ※健視点終わり。

 

 そしてそれは外で見ていた轟雷達も同様である。

 

「フレズ……、変態だったんですか」

 

 轟雷とライも顔を真っ赤にしていながらそれを見ていた。

 

「あれがどMって奴なんだね。本当にいたんだ。あれ?迅雷お姉ちゃんは?」

 

 迅雷はその様子を直視出来ず、両耳を両手で塞いで目をギュッと閉じてみない様に別方向を見ていた。

 

「見えない……聞こえない……見えない……聞こえない……」

 

 彼女は完全にこういうのに免疫がなさそうだった。

 

「迅雷、ウブですね……」

 

 聞こえたらしく迅雷はキッとこちらを見る。

 

「ボ!ボク達のコミュニケーションにあんなのは必要ないよ!!」

 

「えーでも、人間同士じゃ、あぁいうのもコミュニケーションに入るっていうじゃない」

 

「絶対違うよっ!!!!!あんな不潔なの!!!!!!コミュニケーションなもんかぁっっ!!!!!!」

 

 絶叫同然で言い返す迅雷、それは中の二人に余裕で聞こえた。すぐに窓が開くと、恥辱と怒りにまみれた健とフレズの顔が見えた。

 

「お前達……何やってんだよ……」

 

 怒り心頭でフル武装のフレズの表情は、さっきまでのM要素は一切消えていた。

 

「い、いやー何のことでしょうか?さっきたまたま通りかかっただけですよ私達はー」

 

「駄目だよ!!マスターとFAGであんな事しちゃあ!!!もっと清い交際をするべきだよ!!!!もっと交換日記とか!!!!!」

 

――あ、終わった……――

 

 今度の墓穴は迅雷が掘った。

 

「永遠に眠れ……外道どもよ……」

 

 健はセッションベースを取り出してバトルステージに三人を巻き込もうとする。だがそうする前に三人は脱出。ダークネスガーディアンの操作は迅雷が動こうとしなかったので、割り込んだ轟雷がやった。

 

「逃げます!煙玉!!」

 

 追いかけてくるフレズ目掛けて轟雷は煙玉を投げつけた。切ったフレズは中からの煙幕に動きを封じられる。

 

「うわっ!なんだこれ!」

 

 煙が晴れると既に轟雷達の姿はなかった。既にダークネスガーディアンは安全圏へ移動していた。

 

「いやー、危ない所でした」

 

 飛行中の穏やかな風邪を感じながら轟雷は安堵の声を上げた。

 

「危うく『その大きな手で私を抱いて』が『その大きな手で私のお尻を叩いて』になっちゃうところだったよー」

 

「なんですかそれ」

 

「なんかそんな言葉が浮かんだの」

 

「不潔だよ……あんな関係……」

 

 一人だけ、迅雷だけはまだ見た物を信じられないといった表情だった。

 

「まぁ、たまたまなっちゃったって感じですよ。フレズヴェルク型はバトル以外は無知ですからね」

 

「なんか知らない内に、健さんとの子供を妊娠してそうだよねフレズお姉ちゃん、ビキニアーマー来てくる頃にはお腹ボッテリになってたりしてー」

 

「ライ、不可能な上にあらゆる意味で危険なネタは言わないでください」

 

「?どうしてだい?赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるんだろう?」

 

「……迅雷……」

 

 何の疑問も持たない赤忍者に、轟雷達は何にも言えなかった。

 

――

 

「あぁぁもう!ボクの馬鹿ぁぁっ!絶対にからかわれるよぉぉっ!!」

 

 轟雷達を見失ったフレズは自分の無知と行動を後悔する。

 

――本当は僕ももっと叩きたかったけど……さすがに無理だよなー……――

 

 健の方はフレズの反応を楽しみたいという気持ちはあったが、この状況ではさすがに無理だと思いざるを得なかった。

 

『ピンポーン』

 

 と、家のインターホンが鳴る。誰か来たのかな。と二人は玄関に移動した。

 

「やぁ健君、轟雷の奴来なかった?」

 

 ヒカルとスティレットを連れたインターホンを押した少年、黄一がそう言った。

 主役とはいえ轟雷の扱いは、あんまいい思いしないかも、今回の話が終われば全体の6割は終わったつもりです。劇場版公開前に完結させるようにしなきゃなぁ。


 
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