No.987249 イチゴミルクウミウシはダイヤモンド狂いの夢を見るかねむいねむさん 2019-03-15 14:41:40 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:480 閲覧ユーザー数:480 |
夜。
ここは、遠浅の温い海。
銀色の月の光差す、岩の隙間。
ピンク色の、小さな小さなウミウシが、ため息をついた。
ウミウシ:「退屈だなぁ……。」
―――――――――ーー……
ペシペシ……
(……ぅん?)
何かに叩かれた気がした。
ペシペシッ!!
ウミウシ:「おわっ!なんだぁ!?」
ウミウシは、声と顔を上げた。
目の前では、毛むくじゃらの丸顔が、
真ん丸な目を光らせながら、こちらを見ていた。
再び、ちょいちょいと手を出す獣に、
「待った」の声が掛かった。
???:「お客さんで遊んじゃ駄目だ、オーナー。」
妙に渋くて、優しい声色だった。
諫められた猫は、そっと手を引っ込め、どこかに行ってしまった。
ウミウシは、バーカウンターの上にいた。
不思議な音と、黄昏時のような暗さ。
渋い声は、目の前でグラスを磨く男から発せられていた。
???:「こりゃまた珍しいお客さんだねぇ。
おじさんあまり虫は得意じゃないが、こりゃ綺麗な色だ。」
ウミウシ:「いちごはウミウシじゃい!!」
ウミウシは、「いちご」と名乗った。
男は耳を掻く。
???:「おぉ、すまない。いちごのお嬢ちゃんだね。
んで、お嬢ちゃんは何を飲む?」
男は、ショットグラスをいちごの目の前に置き、
冷蔵庫を漁った。
いちご:「え、いいの?それよりここどこ?」
???:「ここは夢の中さ。
お、これがいいんじゃないか?お嬢ちゃんにぴったりだ。」
男は、淡いピンク色の液体をグラスに注いだ。
???:「イチゴミルク、っていう飲み物だ。
おじさん、実は甘いものが好きでね。
たまに置いてあったりなかったり。」
いちご:「甘いの!?」
???:「あぁ。美味しいぞ。」
いちご:「飲む!!おいしぃ!!」
男は微笑ましそうに、その様子を眺めた。
猫も、その様子を眺めていた。
いちご:「この猫はなんなの?」
???:「このお店で、一番偉い奴だ。
俺はオーナーと呼んでいる。」
いちご:「猫なのに一番偉いの?」
???:「そうだよぉ。ウミウシも立派に話すんだ。
何もおかしいことはない。」
いちご:「……そうだね!!」
???:「それよりも、お嬢ちゃん。最近退屈なんだって?」
いちご:「……!? そぉ!!毎日、海の底で退屈なの!!」
???:「じゃあおじさんが、
面白いところに連れて行ってあげよう。」
パチンッ!
男は指を軽く鳴らした。
そこは海の上だった。
いちご:「海だ!!なんで!?」
???:「そりゃぁ、ここは夢の中だからさ。
それより、ほら、お嬢ちゃん。あっちの方が明るいだろ?」
いちご:「あ、ほんとだ。」
???:「あれはサンゴ礁だ。綺麗だろ?」
いちご:「おー、キラキラだぁ。欲しい!!
けど、いちご泳げない!!」
???:「泳げるさぁ、夢の中だから。
少しだけ、持って帰るかい?」
いちご:「持って帰る!!やったぁ!!」
???:「もっと、面白いところがあるが、行くかい?」
いちご:「行く!!」
男は指を鳴らした。
パチンッ!
そこは薄暗い洞窟だった。
いちご:「暗い!!ここどこ?」
???:「夢の中さ。
それより、お嬢ちゃん、上を見てごらん?」
いちごが上を見ると、
天井の代わりに、水面があった。
いちご:「え!なんで!?水落ちてこないの?」
重力を無視した水面は、
松明の光を抱え、輝きながら洞窟を照らしていた。
???:「大丈夫さ。すごいだろ?
まだまだ、面白いものはあるぞ。今から探しに行こう。」
いちご:「行く!!!」
男は、洞窟の奥へ歩き出した。
いちごも、それについていく。
すると間もなく、なにかを吐き出すような音が聞こえてきた。
音の正体は、物陰に隠れていた化け物だった。
いちご:「あ、何あれ!?」
???:「あれは、死んでるけど生きてる、ゾンビってやつだ。
お嬢ちゃん、その手に持ってる弓矢でやっつけちゃえ。」
いちご:「え、うん!!うりゃぁ死ね死ね~。
なにこれ?めっちゃつよい!!」
???:「いいねぇ、お嬢ちゃん。つよつよだ。
そりゃ無限弓、っていうんだ。」
いちご:「うぉ~!!!
……ー――
―――――――――――ーー……
ペシペシ……
誰かに叩かれた気がした。
ペシペシッ!!
いちご:「うわぁ!!なんだぁ!?」
ママウミウシ:「いちご~、いつまで寝てるの?
今日はウミウシ学校の日でしょ~?」
朝だった。
照りつける日差しと泡立つ波は、岩にきらめく影を落とす。
お母さんの触角が、何度もいちごの頭を小突く。
ママウシ:「ごはんできてるわよ~。」
いちご:「おかあさん、何で起こしちゃうの!?」
いちごは両親に、さっきまでの体験を話した。
パパウシ:「死んでるのに生きてる化け物を殺した?
水みたいな岩が、ゴボゴボいってるのを見た?
それまた、あべこべだなぁ。」
ママウシ:「あなた~、子供の夢にマジレスはクサいわよ~。」
いちご:「ほんとのことだよ!!
キラキラのサンゴだって、持って帰ったもん!!!」
パパウシ:「どこに?」
いちご:「えっ、あれ?……ない!!!!」
パパウシ:「それより、早くご飯を食べなさい。
母さんの昆布の昆布和え昆布は最高だぞ?」
ママウシ:「あなた、それヒジキよ~。」
いちご:(……わかめだよ。)
―――――――――――ーー……
ペシペシ……
何かに叩かれた気がした。
いちご:「やめてくれよ、オーナー……」
いちごが目を開けると、
そこにいたのは、ゾンビだった。
いちご:「うわぁ!!なんだぁ!?」
その時、
ゾンビの頭に、燃え盛る矢が突き立てられた。
???:「大丈夫かい?お嬢ちゃん。
弓矢はどうしたんだい?」
いちご:「ありがとう…あれ!?無限弓がない!?」
???:「じゃあ、おじさんのをあげよう。」
いちご:「えっ、いいの!?でも……。」
???:「おじさんも、お嬢ちゃんから目を離しちゃったからね。
悪かった。じゃあ、それを持って冒険に行こうか。」
いちご:「……うん!!ありがとう!!」
???:「じゃあ、行こう。」
男は、洞窟の奥へと向かった。
いちごも、それについていった。
???:「おや?」
男は、不意に足を止めた。
いちご:「どうしたの、おじさん?」
男は、壁にめり込んだ赤い鉱石を、じっと見つめている。
???:「みなさん、お晩です~。
にじさんじ所属、ベルモンド・バンデラスと申します。
ようこそ、barデラスへ。」
いちご:「え、どうしたの?」
男は、一心不乱に赤い鉱石を掘り始めた。
???:「いや、すまないね。これが大事おやおや?
おやおやおやおや?」
いちご:「どうしたの?」
???:「そっちかい?」
男は、なおも壁を掘り続ける。
そして、間もなく。
男は、目当てのものを掘り当て、歓喜の声を上げた。
???:「来たぞ、ダイヤモンドォ!!!
見たかこれが、ダイヤモンド・バンデラスだァ!!!」
いちご:「どうしたの?」
男が掘り当てたのは、
無色透明に輝く、ガラスのような鉱石だった。
ただ、ガラスよりもっと透明で、
マグマの熱を反射するその石は、まるで小さな太陽だった。
いちご:「うぉー、きれいだぁ。」
???:「気に入ったかい?
おじさん、これがすごく好きなんだ。」
いちご:「そうなの?いーセンスだぁ。」
???:「採掘してみるかい?これを使うんだ。」
男は、紫の光を放つ鶴嘴を取り出して、いちごに渡した。
いちご:「え、駄目だよ。おじさん、好きなんじゃないの?」
???:「いいんだ。
おじさん、埋まってるダイヤを見つけるのが好きなんだ。
それにお嬢ちゃんが持ってた方が、ダイヤもきっと喜ぶさ。」
いちご:「……ありがとう!!大事にする!!」
???:「うん。お嬢ちゃんにぴったりだ。
……ー――
目を覚ますと、ダイヤと弓は無くなっていた。
―――――――――ーー……
ママウシ:「いちご、最近なんだか元気ね~。
お友達が増えてきたからかしら~?」
いちご:「うん!!ちひろお姉ちゃんは魔法使いだけどヤクザでかっこいいし、
ガクお兄ちゃんもママだけど、パパで優しいし、
みんなすごく良い人たちなんだぜ!!」
ママウシ:「?~」
パパウシ:「よく分からないけど、楽しそうじゃないか。」
いちご:「うん!!!!」
―――――――――ーー……
???:「おや、また来たのかい?」
バーカウンターの前に立つ男は、
驚いたように声を上げた。
そこは夢の世界、barデラスだった。
男は、意外そうにウミウシを見た。
ウミウシは気まずかった。
せっかく貰ったダイヤモンドと弓を、失くしたからだった。
大事にすると言ったのに。
ウミウシは、失くしてしまったことを、男には黙っていた。
それを言ってしまうと、男はダイヤと弓矢を、
再び自分にくれるだろうと分かっていたからだった。
ウミウシは、夢の世界で、
今度は自分の力で、それらを見つけようと決心した。
――――――――――ーー……
勇気ちひろ:「なんか、いちごちゃん、元気ないね。
どした?顎になんかされたか?殺るか?」
伏見ガク:「何か妙にリアルなんで触れづらいんスけどw
でも、確かに。どうしたの、いちごちゃん。」
ヤクザっぽい少女と、キツネっぽい青年が、いちごに声を掛けた。
いちごは否定したが、
元気がないのは誰の目に見ても明らかだった。
いちごは、心配させたくないのと、
二人なら信じてくれると思い、話をした。
夢の中で、ある男からダイヤと弓をもらった。
でもいちごは、それを二つとも失くしてしまった。
だから、今度はそれを、自分の力で見つけたいと思った。
けれど、ある日。
ぱったりと、その夢を見なくなってしまった。
いちごは、せめて男に謝りたいと思った。
でも、どうすればいいか、さっぱり分からなかった。
その話を聞いた二人は、なんとなく理解してくれたようだった。
ちひろ:「そっかぁ。でも、夢の中なんでしょ?
なら、実際には存在しないんだから、気にしちゃ駄目だよ。」
確かに、ちひろの言うとおりだった。
でも、退屈な毎日を過ごしていたイチゴにとって、
あの場所での体験は、夢で終わらせられない程、
活き活きとして、満ち足りたものだった。
ちひろ:「夢ってそんなもんだよ。」
ガク:「でも、もし俺がそのおじさんだったら、
そのことであまり、悩まないで欲しいかもしれないね。」
いちご:「どういうこと?」
ガク:「気に病んで欲しくないってこと。
それに、いちごちゃんに『ありがとう』
って思ってもらえるだけで、きっと嬉しいと思うよ。」
いちご:「そうかなぁ…?」
ちひろ:「そうだそうだぁ!」
ガク:「ちひろ先輩はどっち側なんすか……?」
――――――――――――ーー……
ある晩、ウミウシは夢を見た。
夢の中では、あらゆるものが眠っていた。
そして、あらゆるものが夢を見ていた。
楽しそうに笑うものもいれば、
地獄のような苦しみを味わっている者もいた。
男は、バーカウンターでグラスを磨きながら、
それをただ、眺めているだけだった。
いちごは、なぜか無性に腹が立った。
ちいさな触角を逆立てて、男に声を上げた。
それに気が付いた男は、いちごを見て言った。
???:「なんだ、また来たのか。お嬢ちゃん。」
その一言に、余計に腹が立った。
会いたいと思っていたのに、謝らなきゃと思っていたのに。
何かを踏みにじられたような気がして、
どうしようもなく、涙が溢れて止まらなかった。
男は困ったように、耳を掻いた。
そして、グラスを持ってきて、そこにイチゴミルクを注いだ。
???:「まぁ、飲みなさい。」
いちご:「いらないよ!!!」
いちごは、突っぱねた。
そして、夢み微睡むものたちを見やって言った。
いちご:「なんで、苦しんでる人たちを放っておくの!?
なんで、何も思わないの!?」
男も、その方を見遣った。
人だけじゃない。
虫、動物、細菌。
石、水、空気。
あらゆるものが、悪夢にうなされていた。
男は静かに話し出した。
???:「お嬢ちゃん。ウミウシは、夢を見るかい?」
いちご:「見るよ。」
???:「そう。でもそれは、ウミウシだけじゃない。
人も、動物も、自然も、神も、世界さえも、夢を見る。」
いちごは、訝し気に男を見た。
男は、ほんとの事さ、とつぶやいた。
???:「ただ夢ってやつは、優しいわけじゃない。月や太陽と同じさ。
ある者には慰めを与え、またある者には無情を叩きつける。」
???:「存在するものたちは皆、何かしらの悩みを抱えている。
例えば、毎日が退屈だったり、大事なものをなくしちゃったり、
とか?」
いちごは、ピクッと触角を動かした。
???:「それだけじゃない。
それぞれの者によって、計り知れない苦悩や、絶望がある。
それは、その者が存在する限り、連綿と続く。」
???:「夢というのは、
そんな苦しみを少しづつ消化して、忘れ去るためにある。
いつかは、清々しい朝日を浴びて、目覚める時がやって来る。」
???:「そんな朝のために、
みんな一生懸命に、夢と、苦しみと向き合っているのさ。」
いちごは、夢をのぞき込んだ。
なにかに追われるもの。
何かを殺してしまうもの。
逃げられないもの。
殺されてしまうもの。
楽しそうに空を飛ぶもの。
英雄のように、誇らしげに駆ける者。
???:「夢と現実に疲れた魂を、ちょっとした一杯で労ってやりたい。
このbarデラスも、おじさんも、この猫も、そのためにあるんだ。」
男は、猫の丸い背中を、さらっと撫でた。
いちごは、自分も彼らと同じだったと気が付いた。
とても嫌な事があると、悪夢を見てしまう。
でも、いつの間にか、すっかり忘れてしまう。
何か我慢しなくちゃいけない事があっても、
良い夢をみると、気分がスカッとする。
いちご:「いちごが退屈だと思ったとき、
おじさんのおかげで、とても楽しかった。」
???:「そりゃぁ、良かった。」
いちご:「そのうち、たくさん友達が出来て、 退屈じゃなくなった。
けど、今度は夢を見られなくなった。」
???:「それは、お嬢ちゃんの悩みが無くなったからだよ。
もう、ここに来るはずはなかった。
でも、お嬢ちゃんは、また悩みを持ってしまった。」
いちご:「だって…だって…」
???:「気に病むことはないんだ。
弓なんてまた作ればいい、ダイヤもまた掘ればいい。」
いちご:「違うよ。」
ウミウシは呻くように言った。
いちご:「もう、おじさんに会えないと思ったから…。」
小さな沈黙があった。
ウミウシの涙ほどの雫が、カウンターを叩いた。
いちご:「ごめんなさい。」
いちごは謝った。
???:「おじさんが、赤い石に挨拶してたことがあったよね。」
男は、俯くウミウシに話しかけた。
優しい、妙に渋い声色だった。
いちご:「うん。怖かった。」
???:「あれはね、石の声を聴いているんだ。
あの赤い石が、ダイヤの場所を教えてくれるんだ。」
いちご:「石が?ほんとかな?」
いちごが言うと、男は笑いながら言った。
???:「本当だとも。
魂あるものはみな、それがあるべき場所へ導かれる。」
男は、優しく笑った。
???:「だから、またいつでも会えるさ。
また、その時にでも、弓をあげよう。」
いちご:「でも…いちご、貰ってばっかりだよ?」
男は微笑んだ。
???:「なら、ダイヤモンドでも貰おう。」
いちご:「いちご持ってないよ?」
???:「そんなことないさ。」
男は、ウミウシの涙をすくった。
その涙は、男の手のひらで固まり、やがて結晶になった。
いちご:「すげー、なんで?」
???:「そりゃぁ、ここが夢の中だからさ。
さ、そろそろ夜が明けるよ。今夜は店じまいだ。」
いちご:「…うん。そういや、おじさんの名前聞いてないや。」
薄れゆく意識の中、
いちごは、その激渋な声をはっきりと聴いた。
???:「おじさんの名前かい?おじさんの名前は……」
「ベルモンド・バンデラスだ。
……ー―――――
―――――――――ーー……
いちご:「…ぅん?」
明け方の空の下で、いちごは目を覚ました。
雲がかかった水平線は、青色のカーテンを張ったようだった。
その向こうから、優しい太陽が、顔をのぞかせる。
ふと、腹の下で硬い感触がした。
もしやと思い、勢いよく身を起こした。
そこに、ダイヤモンドはなかった。
しかし、この辺りでは見覚えのない、
真っ赤な石が転がっていた。
何故か良く分からないが、
いちごは少しも寂しくなかった。
真っ赤な石が、
こう語りかけているように思えたからだった。
『また、一緒に冒険しよう。
俺もダイヤも、逃げも隠れもせずに待っているからな。』
いちごは、その赤い石を、どこかへ放り投げた。
どこに居ても、どこにあってもいい。
いつだって、あるべき場所にいけるのだから。
そのウミウシは限りなく自由で、限りなく不自由だった。
イチゴミルクウミウシは、暖かい夜の海で。
今夜もまた、冒険を夢見て眠る。
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ストロベルはいいぞ。