No.97321

桜雨天風(おううあめのかぜ)その14〜空振り〜

華詩さん

どこかで起きていそうで、でも身近に遭遇する事のない出来事。限りなく現実味があり、どことなく非現実的な物語。そんな物語の中で様々な人々がおりなす人間模様ドラマ。

2009-09-25 19:17:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:793   閲覧ユーザー数:778

 文は私と話して決めた事を良司に伝えた。

 そして、その中には私も知らない事が含まれていた。文の両親も子どもをおろすことに同意してくれたということだ。どうやら私と話をして、決心して両親にも打ち明けていたらしい。

 そんな話を聞き終わり、良司が最初に放った一言に私はキレた。

 

「なんでそんなことが言えるの。文だって選びたくて選んだんじゃない。苦しんで苦しんで、そして決めたことなのに。アンタはどうしてわかんないの。」

 

 良司は何も言ってこなかった。というより、私の存在を無視しているかのように文を見つめていた。とても優しそうな、そして怒っているような不思議な表情をながしながら見つめていた。

 

 しばらくのあいだ沈黙が場を支配した。その間の文は放心しているような感じだった。良司の一言はショックが大きかったらしい。良司は相変わらず文を見つめている佳織さんはそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。

 

 そんな様子を眺め文の方に目をやると、文は顔を上げ良司を睨んでいるように見えた。そして、良司も先ほどと変わらない不思議な表情のまま睨み返していた。

 

「なぁ文、確認したいんだけどさいい。」

 

 文はわずかだけ頭を動かしてうなずいた。

 

「文は最初ひとりで考えて答えを出した。」

 

 文は首を小さく立てに動かした。

 

「で、次に亜輝に相談した。そこで生まない事を決めた?」

 

 また小さくうなずく。

 

「それから、両親にも相談して気持ちを固めた。」

 

 なんだか、文の姿が痛々しく見えたため私は口を出した

 

「あんたね、さっき文が話した事聞いてなかったの」

 

 また、無視されるかと思っていたら返事があった。

 

「亜輝。ちょっと黙っといてくれ」

 

 今度は無視されなかったが、眼中にないみたいだ。良司は相変わらず視線を文に、向けたまま言った。

 

「そうだよ。亜輝ちゃんに相談して、お父さんとお母さんに話して決めた」

 

 文は視線を良司と合わせずにそう言った。

 

「文、自分に正直になれよ。自分を騙してもいいことない。」

 

 やっぱり気がついたか。私に相談しにきたとき、文は生むつもりだったと思う。でも私は文に考える時間をあまり与えず。生まない方向へ誘導していった。

 

 シングルマザーなんてドラマみたいにいかない。生まれてくる子も文もきっと不幸を背負い込む。何より、やっと文が忘れて新しく一歩を踏み出そうとしているこのタイミングでお腹に赤ちゃんがいる事がわかり、また過去につながれそうになっている文を助けてやりたかった。

 そんな事を考えていると良司が話を進めていた

 

「まだ時間あるよな。もう少し考えろよ」

「あと、俺はおろす事に一切協力しない。もしするなら勝手にしてくれ。」

 

 良司は、一応、最後まで話を聞くだけ聞いて、そして言いたいこと言って、そのまま伝票をにぎって階段へと向かった。

 そして階段を下りる間際に、振り向きこういった。

 

「文、生むつもりなら俺は何でもしてやるよ。お前が望むままにさ。あとどちらに決めたにしても連絡はくれな。あっ佳織、帰るから会計たのむ」

 

 そう言い残して良司は下りていった。佳織さんは良司の言葉を聞いて一緒に下にいってしまった。

 可能性としては考えていた言動だったけど、良司のためにも文のためにも生まないと言う選択肢がベストなはずなのに、良司は拒否した。文が無意識に流した涙からか、文が一生懸命奥深くにおしこめた気持に気づいたからなのかよくわからないけど。

 

 今回の件で私は二人が一緒になるきっかけなればと思い、良司に話をした。文と太一の関係はもう終ってる。復縁することは考えられない。太一は自分の夢のため仲間と共に海外に飛び出してた。

 

 それも一度きりの人生だから、否定はしない。文は仕方ないねって感じで飲み込んだけど、受け入れたボールには棘が山のようについていて文の中を傷つけた。

 

 傷ついた文を癒していたのは、間違いなく良司の存在。はじめは私も気づいていなかったけど、文の仕草を見ていて私は文が新しい恋を見つけたと思っていた。

 

 文は「違うよ」と言ってたけどあの信頼の仕方は恋人同士いやそれ以上のパートナーとも思えた。もともと良司は文が好きだったこともあるし、付き合いだけで言えば五年弱の友達付き合いがある。

 

 太一の件でゴタゴタしたこの短い期間で文が惹かれていったのも理解出来る。良司も似たような反応をした。あいつは親友だよ、お前と一緒って言っていたけど、私と文では扱いが違う。

 

 見ていてイライラするぐらいじれったく感じただから、後押しのつもりだった。だから、今回良司にあてをつけた。お金を借りるだけなら他にもいるし、私と文だけでも十分準備出来る。

 

 これを期に良司が決定的な支えになり、一気にゴールまで運んでくれれば私も肩の荷が降りるんだけどな。うまくいかないモノだ。

 

 間違いなく、文が子どもを生んだら良司は子どもにそして父親である太一に遠慮して文と接するだろ。何で生ませようとするのかな。確かに文が願っているかもしれないけど。

 

 まぁ自分が幸せになるより大事に思う人の幸せを優先する。良司そういう奴だ。良司が用意した選択肢を聞いた後の文の表情をみるかぎりでは、気持は、生めるが9割かな。いや、もう文の頭の中は生めるんだという希望が渦巻いているかな。

 だから私は文に告げた。

 

「文、アイツもいったけど時間はまだ少しあるよ。だから文の好きなようにした方がいい。」

 

 文は沈黙したままだった。一人にしてあげた方がよいかなと思い。私は帰ることにした。コーヒーとランチの金額を確認しようと伝票を見ようと探したがみつからなかった。どうしようかと迷っていたが、しかたないので文に聞いてみる。

 

「ねぇ、文。伝票知らない?」

「えっ何、亜輝ちゃん」

 

 この文の様子からすると、私がさっき言った事も聞こえてなかったな。

 

「えっとまいいか。あのさ文、文が思うようにした方がいい。ごめんね、あんたの気持ち知っていたのに」

 

 文が私を見つめる。

 

「そんなことないよ、亜輝ちゃんありがとう。もう少しだけ考えてみる」

 

 そう言った文の顔は、ここ数週間で見た中で一番よい顔だった。私は文が決意した事をしった。


 
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