~リベール王国 グランセル城 王国宰相執務室~
ユミルが襲撃を受け、リィンからの通信を終えるとシュトレオン王太子は一息吐く。正直次世代型演算機の試験導入はエイフェリア島とユミルの超長距離無線通信実験の一環だったのだが、まさかこういう形で功を奏するとは夢にも思わなかった。それとリィンがトールズ士官学院に進学していたことも大きかったとみるべきだろう。彼は傍にあった通信機を手に取ると、その相手にこう告げた。
「―――俺だ。エリゼ・シュバルツァー、アスベル・フォストレイト、そしてルドガー・ローゼスレイヴの三名を呼んでくれ。それと『アルセイユ』の発進スケジュールを明後日正午に前倒しする」
小一時間後、エリゼとアスベル、ルドガーの三名が執務室に姿を見せた。案内のメイドが部屋から出たのを確認して口を開く。
「先程リィン・シュバルツァーから連絡があった。ユミルが猟兵の襲撃を受け、侯爵閣下が意識不明の状態……そして、ソフィア・シュバルツァーとエルウィン・ライゼ・アルノール皇女を連れ去った。どうやら貴族連合の一部の独断に結社の連中も一枚噛んでいるらしい」
「そんな……殿下はどうされるのですか?」
「先程モルガン将軍にお願いをしてダヴィル大使にソフィア・シュバルツァーが健康かつ五体満足の状態で返還に応じること。下手人や襲撃した猟兵、その他関係者の即時引き渡し。そしてリベール王国や遊撃士協会に対しての損害賠償だな。エルウィン皇女のことについては協会とすり合わせたから問題はないと思ってくれていい」
「将軍自ら抗議というか要求って……いや、カシウス中将がいない以上非常に有効なカードの一枚というわけか」
「ま、ここでシオンがダヴィル大使を呼びつけるのも一つの手段だが……そうしなかったのはまだ対話の余地があることと、それに関わる猶予はないというメッセージか」
エリゼの問いかけにシュトレオン王太子が放った要求の数々と、その使者としてモルガン将軍を派遣したことにルドガーは冷や汗を流し、アスベルは冷静にその意図を見抜くように推測を述べる。その言葉にはシュトレオン王太子もしっかり反応する。
「正解だ。事は急を要するが、『アルセイユ』『カルアデス』は救援物資の積み込み完了が早くても明日の夕方になる。アスベル、お前の裏の権限でエリゼとルドガーだけでも直ぐにユミルに飛んでほしいのだが……可能か?」
リベール王国では最新鋭のファルブラント級巡洋戦艦である一番艦と八番艦の二隻をユミルに派遣する。これはリベール王国の意志であり、今回の事態を如何に考えているかの証左ともなる。
「侯爵閣下や関係者の不測の事態に備えて教区長にいくつか薬は渡している。参号機は早くて今日の深夜にグランセル到着となる。補給等を済ませてユミルに着くのは明日の未明……最悪の場合は裏技じみた方法を取ることになるが、それは許してほしい」
「1日少々の短縮だけでもまだマシか……解った、許可しよう。済まないな、本来ならクロスベル解放作戦にそのまま投入の予定だったんだが」
「まぁ、元々1ヶ月前倒し前提という無茶をやってたんだ。どこかしらで歪みが出ることは無理もないが……大方のスケジュール自体に変更はない」
「なぁ、どうしてスケジュールを前倒ししたんだ?」
ルドガーの疑問も尤もだろう。下手に急いで足元を掬われかねないという懸念もある。その危険性を承知の上で踏み込んだ理由をアスベルは明かす。
「その説明をするために、その当事者から話してもらったほうがいいだろうな。どうぞ」
「―――失礼する」
ノックの音がして、入ってきたのは数名の男女。そして先頭で入ってきたのは猟兵の服装ではなく着飾った礼服を身に纏ったマリク・スヴェンドもといリューヴェンシス・スヴェンド皇帝その人であった。
「シュトレオン殿下、遅ればせながら王太子になられたこと、誠におめでとうございます」
「そちらこそ帝国初代皇帝になられたこと、慶賀に堪えません。さて、挨拶もほどほどにして説明をしますか。マリクさん」
「だな」
すると大型モニターが姿を見せ、クロスベル自治州の地図が表示される。
「現在、ロイド・バニングスをはじめとした面々が協力者とのパイプ役を担ってくれている。見立てでは明後日までに各方面との協力体制が整う算段だ。さて、クロスベル市を覆う結界だが、南西の『星見の塔』と北西の『月の僧院』に設置された鐘の共鳴現象で結界が維持されている。第一段階の結界解除だが―――星見の塔にはアスベル、月の僧院にはルドガーを投入する」
「単独で解除を行うのですか!?」
「メインはその二人だが、特務支援課のメンバーも協力してもらう。初期メンバーはアスベルに、追加メンバーはルドガーに割り振る。で、第二段階のクロスベル市突入で神機も動くだろうが、そこは助っ人たちの奮闘次第だな」
本来分けるべき作戦を電撃的に執り行う。そして本来ならオルキスタワー入口から屋上に駆け上がるべきなのだが、そんな物語の礼儀に付き合ってる暇など無い。鐘を守っているのが結社の連中なら、最高の切り札を切るのが常套手段であると位置づけた。
「そして第三段階。俺をはじめとした帝国メンバーでオルキスタワー屋上から突入予定だ。無理ならば南口から市街地に突入し、オルキスタワーを屋上まで駆け上がる」
「すみません、今すごいことを聞いてしまったのですが……」
「普通にやりそうで納得できてしまうのがなんとも……」
「その為の細工は仕込んできたからな。面倒事は回避するに限る」
相手に時間をできる限り与えない。『赤い星座』や<風の剣聖>のこともあるが、彼らが直々に動く確率は極めて低いとリューヴェンシス皇帝は考えている。
「根拠はある。教会の連中に七耀脈を利用した探知機能で探ってもらったが、彼らの姿はクロスベルになかった。どうやらミシュラム方面に固まってなにかをしようとしているようだが、空に上がれば連中とてただの人みたいなものだ」
そこまで説明をしたうえで、リューヴェンシス皇帝は一つ咳払いをする。
「予定を繰り上げたのは単純明快。エレボニア帝国の混乱が収束して二派合従される前にエレボニア帝国領を切り取る。とは言っても、切り取れるのは帝国東部のみに限定されるが、それだけでも十分価値はある」
「あわよくば屋台骨であるノルティア州、ルーレ市を併合する……リベール王国としては、友好的な国が切り取ってくれるなら安心だが」
「切り取りはするが、その後ノルティア州はレミフェリアに割譲する。ノルド高原の条件も含めれば、レミフェリアも賛同してくれるだろう。エレボニアのことも考えてうちが軍を駐留するぐらいは認めてもらうさ。人件費や運搬費は全額負担するが」
元共和国のヴェルヌ社に帝国のラインフォルト社も加わればかなりの軍事的・民生的バランスが帝国に傾く。そこで、クロスベル帝国としてはかなりの便宜を図ってもらう代わりにクロスベル帝国軍の駐留だけを認めてもらうつもりのようだ。その際の人件費などは帝国側負担となるので、レミフェリアからすれば黒字の税収をそのまま得る形となる。
レミフェリアのフュリッセラ技術工房の傘下にラインフォルト社が組み込まれ、リベール王国のZCF、クロスベル帝国のヴェルヌ社でバランスを取るのがリューヴェンシス皇帝の狙い。将来的にはレミフェリアにも大国への道を歩ませる魂胆らしい。
「正規軍や鉄道憲兵隊に対してはこちらに含むところがないので、手出しがなければ攻撃するつもりはない。クレイグ中将は少なくとも聞き分けがあるとみている……領邦軍に対して加減をするつもりはないが」
「何か含むところがありそうだが……ま、深くは聞かないさ。さて、もうひと方にも登場してもらうか」
シュトレオン王太子がそう呟くと、扉が開いて一人の老人が姿を見せた。クロスベルの共同代表の一人、ヘンリー・マクダエル自治州議会議長その人である。彼はシュトレオン王太子の前に立つと、深く頭を下げた。
「本当におめでとうございます、シュトレオン殿下。そして、本来クロスベルだけで解決せねばならない事態であるにもかかわらず、リベール王国の力を借りてしまうことに心苦しさを感じます。本当に申し訳ありませぬ」
「いえ、此度のことは国際犯罪組織もかかわっているゆえ、それらによって被害を受けた我が国が動くのは当然のこと。それに、<不戦条約>の附則に基づいての協力ゆえ軍事的な協力はできませんが、懇意にしている遊撃士協会から選りすぐりの面々を派遣しております」
「選りすぐりで片づけられるものではないと思われますが……」
「そしてマリク君。いや、リューヴェンシス陛下。君が施政者になるとは、やはり高貴な血の成せる業なのかもしれないな」
「褒め言葉と受け取っておきます。ですが、専門学院の非常勤講師でよろしいのですか? クロスベルの民のことを考えれば、それ以上の名誉も彼らは非難しないでしょう」
マクダエル議長はクロスベル自治州と共に歩んできた生き証人。その苦難を誰よりも理解している。クロスベル帝国は政治顧問に据えようとしたが、彼はそれを固辞した。彼の元秘書や知り合いのとりなしにより、結果としてクロスベル併合後に旧市庁舎を改装して政治家を育てる専門学院の非常勤講師という形となった。
「だからこそである、なのかもしれない。孫娘も書記官として帝国を支えてくれる立場にあるからこそ、老兵がしがみ付いては腐敗をもたらすであろう。なので、少し遅いのんびりとした老後を過ごさせてくれぬか?」
「マクダエル議長閣下……」
「それに、2年前の<百日事変>にて目を掛けていた君が治めるクロスベルの未来。君ならば、クロスベルの皆もこの国のように誇りを持って生きていく……激動の時代は続くが、皇帝陛下と次期国王陛下のお二人なら、問題はないと思っておる。ただ、願うことならエレボニアの民を無碍に扱うようなことは決してなさらないでください」
彼の義娘はエレボニア帝国出身。そのこともあってか、彼の口からそのような言葉が出たのだろう。それを聞いたシュトレオン王太子とリューヴェンシス皇帝は頷く。
「勿論です。次期リベール王国の国家元首として、出来る限りの配慮は致します」
「クロスベル帝国初代皇帝として、出来る限りのことはいたしましょう」
「ありがとう、シュトレオン殿下にリューヴェンシス陛下。これからのクロスベルを……西ゼムリアの安寧を頼みます」
七耀暦1204年12月1日。クロスベル独立国内に衝撃が走った。独立国内のモニター全てをジャックして、大々的な宣言が述べられた。
行方知れずとなったヘンリー・マクダエル議長が共同代表の権限を以てクロスベル独立国の無効を宣言。それに加える形でリューヴェンシス皇帝が『クロスベル帝国』の名を初めて国外で発する。
『D∴G教団を裏で操っていたディーター・クロイスやマリアベル・クロイスをはじめとしたクロイス家! ならびにそれを支援する結社『身喰らう蛇』に『赤い星座』。国際犯罪組織に指定されている彼らの協力を得て混乱を招いた責任は重大! よって、彼らを重大な国際犯罪者としてアルテリア法国の法王猊下は判断を下された。その附託を受けて我がクロスベル帝国はクロスベル独立国を『国際犯罪支援国家』と認定し、宣戦を布告する!!』
「ほう、<驚天の旅人>が皇帝となるとはな……」
「感心している場合か!? だが、こちらには御子殿に神機もいる。切り抜けるのは容易ではないだろう」
クロスベル市の市民は当然混乱に包まれる。先日の教団事件は記憶に新しく、その首謀者が今の大統領となれば少なくない混乱が起きる。この翌日、クロスベル自治州の東西にリューヴェンシス皇帝は軍を展開するが、これはあくまでも神機を引き付けるためのもの。引き付けられた二機の神機はなす術もなく破壊された。
「エステル、神機の腕をもぎ取るだなんて」
「いや、ちょっと振り回しただけよ?」
「あれでちょっとだなんて、末恐ろしいわね。ヨシュア、頑張って」
「ウン、ソウダネ……」
「アタシは人間よぉーー!!」
エステルが神機を一本背負いし、さらに叩き付けまくった結果腕をもぎ取った。聖天兵装で障壁を無効化して、最後は<パテル=マテル>によるビーム砲で消し去った。吠えるように叫ぶエステルにヨシュアは冷や汗を流し、レンは面白そうな表情で二人を見つめていた。
もう一機の飛行タイプなのだが、こちらはケビンとリースが揃って茫然としていた。
「ケビン、その……」
「相手のビームですら無傷で、聖痕砲一発で終わるだなんて結果。夢やないかと思ってしまうんはオレだけなんかな、リース?」
「大丈夫、私もそう思ってるから」
「私たちも同意見です、グラハム卿」
遥かに強化された防御障壁は神機の切り札であるビーム砲すら完全に防いだ。そのお返しとばかりに聖痕砲を叩き込んだのだが、その威力は試射の時よりもはるかに強力で、爆発どころか消し飛ばしていた。思うところはあるが、全員無事ということは一番の良い結果だと割り切ることとした。
これ以上考えたら心労が嵩むと判断した上で。
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第130話 クロスベル独立国無効宣言、常識の乖離(Ⅱ編第一章 再会の序曲)