~リベール王国 センティラール自治州 温泉郷ユミル~
リィンが外に出て教会に向かおうとしたところ、広場中央にある足湯にアリーシャとセリーヌがいた。エルウィン皇女の様子も気になるが、まずはということでそちらに足を運ぶことにした。するとアリーシャがリィンに気付いて声をかけてきた。
「あ、リィンさん。宿屋のほうに行っていましたけれど、何かあったんですか?」
「ああ。実は―――」
先程トヴァルと話したことについてアリーシャにも話をした。この子の性格なら否応にもついてくることは目に見えていた。というか、戦闘能力に関してはリィンの知る限りにおいてトップクラスの導力魔法使いと言える。
「成程、ケルディック方面にですか……センティラール自治州なら鉄道がありますよね?」
「それは考えたんだが、王国軍からの要請で運行が止まっているんだ。理由は安全確保が難しくなるということからだが」
「そうですか……セリーヌさん、あの騎神なのですが<精霊の道>は使えるのでしょうか?」
『……アンタがあの聖女に連なる一族だって忘れてたわ。ええ、可能よ。尤も、霊力を一気に使い切っちゃうから乱発はできないけれど』
「<精霊の道>というのは?」
「簡単に言えば、七耀脈を利用した移動手段です。ただ、精霊信仰の残る地でなければ移動先に選べないのですが」
限られた場所への移動手段。とはいえ、他の<Ⅶ組>のメンバーのことを考えるとその場所にも精霊信仰の名残が見えたのは確か。そこまで考えたうえでリィンはアリーシャに告げた。
「……アリーシャ。君が付いてきてくれたことには感謝してる。だが」
「はい、『それ以上仰いますと口を利いてあげませんよ、兄様』」
「っ!?」
「フフフ、よく似てるでしょう? 私はリィンさんのサポートを最後までやり遂げるつもりです。一人で突っ走って、何もかも一人で抱え込もうとされるのは、ソフィアからもう記憶に彫り刻まれるぐらいに聞きましたので、何を言われようとも強引にでも付いていきますので、覚悟してくださいね」
そういえば、アリーシャはソフィアやエルウィンと同じ女学院の生徒であったことを思い出し、本当にソフィアなら言いかねないような台詞が思った以上に胸に刺さる。これはもう諦めるしかないだろうとリィンは悟り、申し訳なさそうな表情をしつつ呟いた。
「……ハハ。ああ、改めてお願いするよ、アリーシャ。そしてセリーヌもな」
『ま、アタシとしてはストッパーが増えてくれるのにはありがたいわね』
そうして一通り会話をした後、リィンは教会へと足を運ぶ。奥へ向かうと、エルウィンは何かを祈るようなしぐさを見せ、ソフィアは静かに後ろから見守っていた。するとリィンの気配に気づいたのか、彼のほうに視線を向けた。
「ソフィア、それに殿下も」
「兄様、わざわざこちらに? ……って、エルウィンは何故に距離をとるの?」
「ソフィア、ここはもうお兄様に甘えるチャンスです。実の姉を出し抜くチャンスですよ♪」
「エ ル ウ ィ ン ?」
いつのまにか立ち上がって焚き付けるエルウィン皇女に、ソフィアは笑顔を浮かべたまま凍り付くような台詞を言い放ち、これにはリィンも苦笑せざるを得なかった。
「はは……お邪魔だったかな?」
「いえ、そのようなことはありません」
「そっか……殿下もこのような辺鄙な場所で、さぞ苦労なさってるかと思いますが」
「いえ、とんでもありません! 既に別の国といえ侯爵閣下とルシア様には良くしていただいておりますし、温泉も中々に風情があって―――」
リィンはソフィアに気を使いつつも、エルウィン皇女に気遣いの言葉をかける。すると取り繕うかのように言葉を発している彼女の様子から平気でないと読み取れたリィンは彼女の頭を撫でた。
「あ……」
「無理はしないでください。大切な人たちと離ればなれになる辛さは俺にもよく解ります。無理をして倒れるようなことがあれば、俺やソフィア、この里にいるみんなが悲しみます。なので、せめて俺達の前では無理に取り繕って頂かなくても結構です」
「っ……リィン、さん……リィンさんっ!!」
彼女はまだ15歳。突然の出来事で帝都を……家族と離ればなれになってしまったことに耐えられるはずもない。彼女は涙をこぼし、リィンの胸に飛び込むように抱き着いた。その様子をソフィアはジト目で見つめていて、『これで墜ちましたね……』と兄の天然タラシを少々冷やかに見つめていた。悪意がなく善意しかないというのがなお悪い。
エルウィン皇女は貴族連合襲撃の日、セドリック皇太子と何気ないことで喧嘩してしまった。そのことを謝る暇もなくあの出来事が起きた……もっと早く謝っておけばと思うと、悔やんでも悔やみきれないと話した。すると、ソフィアが何かを思い出したように私服のポケットから手紙を取り出して差し出した。
「兄様、これを……」
「手紙? 俺宛にか?」
「少なくとも私やエルウィン宛と思えるような内容ではありませんでした」
リィンがその手紙に入っていた便箋を見ると、そこには貴族連合による帝都占領の詳細なルートが書かれていた。帝都に詳しい人間なら彼らの目を掻い潜って抜け道を行くことは可能。ソフィアはトヴァルにその手紙を見せ、そこから抜け道となるルートで帝都を脱出することに成功した。ではいったい誰が……リィンは手紙の中に入っていた一枚のカードに気付く。
「少なくとも貴族連合の誰かの仕業ってことだろうけど……これは、カード?」
リィンには見覚えがあった。それはクロウに勧められたカードゲーム『ブレード』のカードであることは間違いなかった。だが、それがリィンの考える人物だと特定するには足りなかったため、一応頭の片隅に置いておくこととした。
「さて、折角里に戻ってきたし温泉にでも浸かろうかな」
「それでしたらお背中お流しします♪」
「いや、あのですね……」
「何でしたらソフィアと一緒に入りましょうか。アリーシャも誘って三人でリィン様のご奉仕でも」
「姫様!」
この後、断りはしたもののリィンが入っているときにソフィア、エルウィン皇女、アリーシャに押しかけられ、一緒に入る以上の状態になったのは言うまでもなかった。三人はスッキリした表情となり、リィンも心なしか重石のようなものが軽くなったと感じていた。
『(今回の起動者は難儀すぎるにも程があるでしょう……まったく、呑気なことね)』
耳を器用に畳み、岩の上で温泉の湯気に当たりながら瞼を閉じて寛ぐセリーヌのことは置き去りにしたまま。
(はぁ……結局流されるがままだったけれど、何とかなったようで助かった)
一抹の不安はあったのだが、ソフィアがアスベルからの『対策』を実施してくれたおかげで事なきを得た。流石に学生の身でというのはいろいろ問題を抱えかねない。すると、足元に気配を感じたので視線を向けると、セリーヌの姿があった。
『ん? どうかしたのかしら?』
「丁度よかった。セリーヌに尋ねたいんだが……」
リィンは『魔煌兵』について何か知らないか尋ねると、セリーヌは真剣そうなしぐさを見せた。
『中世の暗黒時代に作られたゴーレム、というのは多分聞いてるでしょうけれど……それがこの国の自治州にも姿を見せてるってことは、多分アンタとヴァリマールを探して……』
その続きを言いかけようとしたところで、何かの咆哮が聞こえてくる。だが、少なくとも野生の動物や魔物のそれとは異なる声。
「まさか……しかも、この感じだと」
『こっちに向かってきてるみたいね』
このままそれが里を襲うような事態は避けねばならない。その声を聞いて駆けつけてきたアリーシャ、トヴァル、そしてソフィアの三人とともに一路ヴァリマールが佇む石碑の前へと急ぐこととした。
結果として魔煌兵は退治できたが、そこに姿を見せた使徒第二柱<蒼の深淵>ヴィータ・クロチルダ。彼女の意味ありげな言葉でリィン達がユミルの方角に目を向けると、赤い光と黒い煙が見えていた。そこからリィン達が急いでユミルに戻ったとき、目にしたものは―――
―――血だらけで倒れている自分の父
―――気を失っている自分の母
―――銃口を向ける猟兵
それらのすべての視覚情報がリィンの中で混ざり合ったとき、彼の中の何かが『切れた』。そして、それ以降の記憶は彼が自室で目を覚ますまでスッパリと消えていた。
「……ここ、は……」
「ようやくお目覚めか」
『まったく、無理するんじゃないわよ。アンタ、力が暴発して限界以上の体力を使ったのよ』
リィンは目を覚ます。ぼやけた視界がハッキリしてくると、セリーヌとトヴァルの姿が目に入った。未だにユミルに入った後の記憶がぼんやりとしていたため、事情が呑み込めずにいた。思い出せるのは自分の父と母と猟兵がいた記憶。リィンは二人に問いかけた。
「そうだったのか……そういえば、あの後どうなったんですか? 父さんと母さんは?」
「ああ、それなんだがな……」
テオは意識不明で予断を許さない状況で、アリーシャが診てくれている。ルシアは気絶していただけで大きな怪我もなく無事。他のほとんどの領民も特に怪我はなかった。だが、それ以上にトヴァルは悔しさを滲ませていた。
「エルウィン皇女とソフィアは敵に連れ去られちまった。くそっ、これじゃ遊撃士の名が泣くってものだぜ」
「そうですか……トヴァルさん、セリーヌ。里がこんな状況ですが、明日から他のみんなと合流するために動きます」
『……アタシとしちゃ嬉しいけれど、アンタはそれでいいの?』
「父さんの状態は気になる。けれど、このまま黙っていても何も変わらない。そのことだけはハッキリとしているからな」
「悔しいが、確かにその通りだな。俺はギルド支部に連絡を入れてくる。何とか本国と連絡だけでも取らないとな……けど、ギルドの通信設備はやられちまってるみたいでな」
「(もしかしたら……)トヴァルさん、もしかしたら何とかできるかもしれません」
リィンはテオの執務室にある導力演算機を使うこととした。幸い基本機能は士官学院で学んできたことの延長のようで、この演算機の通信機能は通信ケーブルなしでの接続となっている事がわかり、ダメもとで連絡を入れてみる。すると、演算機のモニターに映し出されたのはリィンの通っている士官学院の常任理事にしてリベール王国の王族の一人、王国宰相シュトレオン・フォン・アウスレーゼその人であった。
『久しぶりだな、リィン。トヴァルさんに……そこにいるのは確かセリーヌだったかな。ギルドでユミル方面の連絡が途絶えたから何かトラブルが起きたとみたが……流石はリィンというべきか』
「この演算機の通信機能だが、知り合いの話だと確か大がかりなブースターがないと機能しないんだろ?」
『フフ、その辺はちょっとした技術の応用でな。さて、その場にテオ侯爵閣下がいないということは、深刻な事態ということと見ていいのかな?』
『その通りね。ソフィア・シュバルツァーとエルウィン・ライゼ・アルノール皇女が攫われたわ。その主犯はうちの身内だけれど』
「セリーヌ……」
『貴族連合軍の魔女、<蒼の深淵>か。彼女には2年前の異変で少しばかり世話になった立場ゆえ、微妙な心境ではあるが……リィン、お前はこの後どうするつもりだ? 無論、王国として行動に制限を設けるつもりはないから、そこは安心してほしい』
ヴィータは<百日事変>においてとある一家を訪ね、同じ結社の使徒が放った刺客を退けている。その理由は同じ立場である青年への恋慕が原因なのだが。その一片に巻き込まれた折に事実を知っているが、そのことを言い触らす趣味もないためシュトレオン王太子は一息吐いた上で尋ねる。
「他の<Ⅶ組>の面々と合流します。その上で、自分たちが今何をすべきなのか。最早内戦ではなく戦争ともいえるこの状況で、しっかりとした答えを出すために」
『……解った。侯爵閣下の件については伝手を当たろう。早ければ明日にも先遣隊を送るゆえ、お前は自分のやりたいことをやり遂げろ。ソフィアちゃ―――コホン、ソフィア嬢については我が国の人間ゆえ、こちらの外交ルートを動かす。エルウィン殿下については申し訳ないが、こちらでもどうすることはできない。国際問題に発展するからな』
「というか、セリーヌが喋ったことに違和感を覚えないのか?」
『ま、声でなくとも意思疎通を図れる存在のことは知ってるからな。喋れる猫ぐらいで驚いていたらキリがない』
『確か、アンタはレグナートに会ってるのよね……というか、飲み込み早すぎでしょ』
シュトレオン王太子がエリゼを重用しており、その流れで双子の妹であるソフィアとも仲の良い友人として付き合いをしているのが言いかけた呼び名から見て取れて、リィン達は冷や汗を流した。そしてエルウィン皇女のことについて触れるとトヴァルが真っ先に反応して謝罪するような言葉を呟く。
「確かに殿下の言うとおりだが……すまねえ」
『トヴァルさんはお気になさらず。一応『当時は想定よりも天候が悪く、時機を逸したことで内戦の状況が悪化したためと、元帝国貴族のシュバルツァー家が好意的に手を差し伸べたので已む無く王国領に留まっていた』という建前をレマン総本部と詰めているから問題はない』
『大体真実に基づいているから強ち嘘とも言えないわね……』
「ああ……殿下。その、他の<Ⅶ組>について何かご存知でしょうか?」
リィンはエリゼでも解らなかった他の<Ⅶ組>について尋ねた。彼自身遊撃士としての肩書も持っているので、何かしらの情報があるのではという淡い希望もあった。それを聞かれたシュトレオン王太子は少し考えた後、こう言葉を発した。
『そうだな……入ってきている情報だと、<Ⅶ組>らしき人物がケルディックとレグラムで見られたという情報はある。それと、グランセルでも似たような情報は入ってきているが……そこまで精査している時間がないのだ。理由はエレボニアの内戦のせいだが』
「そういえば、結局宣戦布告とかはどうなってるんだ?」
『―――そうだな。その辺は侯爵閣下に直接伝えねばならない案件になるので、この先は教えられない。特にトヴァルさんは現状エレボニア帝国ギルド所属ですから』
「ま、そうなっちまうよな」
そして、被害状況の把握とひとまずの必要物資などある程度の話を詰めたうえでリィン達はルシアに明日里を出て他の<Ⅶ組>メンバーを探すと伝えた。それを聞いたルシアはアリーシャを休ませる配慮を見せ、翌日改めて支度をした上でヴァリマールの元へと向かうこととなった。まず目指すは同じセンティラール自治州の街、ケルディック。
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第129話 帰ってきた郷の内と外②(Ⅱ編序章END)