No.957082

うつろぶね 第十五幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

と名乗るのもキツくなって来た感がありますが……まぁぽんぽこさんとカクやんに免じてお許しを。

前話:http://www.tinami.com/view/955101

2018-06-19 22:06:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:571   閲覧ユーザー数:554

 二人が向かう先で、どよめきが上がる。

 そして、大勢が走る足音が、地鳴りとなって、二人の足下から伝わってくる。

 静かだった海市、死者達の市が、急に生々しい人の気配で満たされる。

「……随分活きが良い亡者が居るようだねぇ」

 走る死者とか新しいかな……悪趣味な感じだけどそういうの好きな人多いし、上手く劇に出来ないかな。

 ふとよぎった、益体も無い考えを頭からふるい落とす様に、カクは軽く首を振った。

「少なくとも、まだ足が付いてるようじゃな、重畳じゃ」

 どうやら間に合った、その安堵が二人の軽口になって表れる。

 ぼんやりした建物が続く大路を走りながら、カクはちらりと周囲に目を向けた。

 蜃が見ていた、人の街というのは、こんな風に見えていたんだろうか。

 人が生きる場所の匂いが全くしない、ただ、輪郭だけをなぞって街にしただけ。

 どこか芝居の書き割りにも見える、そんな、不思議な街並み。

 障子のような物が見え、その裏からぼんやりと黄色い光が見えるが、恐らく、あの窓も開く事も無いのだろう。

 井戸のような物があるが、水を湛えても居ないのだろう。

 仄暗い舞台の上でだけ、そうと見える街の紛い物。

 その中を走る自分と仙狸は、では蜃気楼の舞台の上で必死で走る道化なのか。

 

 いや、そうでは無い。

 

 自分でも見栄を切る時に口にしたでは無いか。

 私たちは、この偽りの全てに幕を下ろしに来たのだ。

 幾ら私たちやご主人が頑張ろうと、人はまた、何度も新たな偽りを重ねるのだろうけど。

 

「……カクよ、ここはわっちが食い止める、お主は漁師たちを守りつつ、浜へ誘導してくれぬか?」

「合点承知、もし襲い掛かってくる輩が居たら、このカクの大立ち回り、海市の皆の目に篤と焼付けて御覧に入れましょうぞ」

「ふふ、それはさぞ、連中には良い冥途の土産になろうよ」

 

 角を曲がった、二人の眼前に、中々お目に掛かれない光景が広がる。

 必死の形相で逃げる漁師達の後ろから、ぼんやりした亡者達が、音も無くひたりひたりと迫る。

 普段は勇ましい、浅黒い肌の屈強な男たちが、口から涎を滴らせ、ぜいぜいと、今にも血を吐きそうな喉音を鳴らしながら、必死で駆ける様は、状況を知っていて尚、一抹の滑稽さを漂わせる。

 仙狸から色々聞き、そして実際にこの場所に立ち、カクには -演劇に精魂傾けて取り組んでいる彼女にはー この一連の騒動の座頭が……この芝居の一切を取り仕切っている存在が居る事を、確かに肌で感じていた。

 仙狸の言う黒幕と、多分それは同じ奴。

 そして、この芝居を仕組んだ奴は、この様をどこかでニタニタと見ている。

 そんな姿が、カクには見えるような気がした。

「……駄目だ、こんなの、絶対間違ってるよ」

 私は、この悪趣味な芝居を終わらせる。

 そして。

 

 おらのととを、たすけてくれ!

 

 あの洟垂れが、泣かずに済む。

 そんな芝居の幕を新たに上げる。

 それこそが、多分、彼女がここに立った意味だと思うから。

 

「こっちだよ!船は無事だ、もう一頑張り走って浜まで逃げるんだい!」

 劇で鍛えた、良く通る大きな澄んだ声に、漁師たちの顔が一斉に上がった。

 亡者たちとは明らかに違う、命の気に満ちた……。

「あ、あんた達は?」

「住職の要請により、お主らを助けに参った式姫じゃ、ここは食い止める故、彼女に付いて浜に急ぐがよい」

「あ、ありがてぇ!」

「しっかりついて来てよ、仙狸さん、ここはお願いっ!」

「任された」

 救援の存在が力になったのか、限界が近い脚に最後の力を込めて傍らを駆け抜ける男たちに、ちらりと視線をくれてから、仙狸は前に視線を向けた。

 風に漂うように、こちらに迫る靄のような存在たち。

 さて、どうした物か。

 このような姿に成り果て、害意を持ってこちらに迫る存在ではあるが、元を辿れば人、それも死に切る事も出来ずに彷徨う、哀れな者達である。

 できれば迷わず冥府に送ってやりたい所ではあるが、それはどちらかというと夜摩天や死神たちの領分で、流石の彼女も、その辺りの術や手段の心得は無い。

 ならば、何とか説得の一つもして……とは思うが。

 

 ナカマニナレ。

 ワレラノナカマニ。

 ナカマニナルニハ、ニクガジャマジャ。

 ジャマナニクヲ、クロウテヤロウ。

 ナカマニスルニハ、チガジャマジャ。

 ソノチヲ、ススッテヤロウ。

 

 つぶつぶと、低くそのような言葉を呟きながら迫る亡者たちを見て、仙狸はため息をついた。

「話が出来る状態では無さそうじゃな」

 あの漁師たちの間に何が有ったかは知らぬが、こうなってはもう、執念で辛うじてこの世界に踏みとどまっている幽鬼を、理でもって説得するのは難しい。

 無駄とは思いつつ、仙狸は幽鬼の群れに、静かに声を掛けた。

「待たれ、望みあらば、何とか叶えてやろう程に、お主ら、今ここは退く気は無いか?」

 仙狸の言葉も聞こえぬげに、幽鬼たちは、彼女を脅かす様に道一杯に拡がった。

 

 ジャマダ。

 ドケ。

 ドカネバ、キサマモ。

 ワレラガナカマニ。

 

「問答無益……か」

 致し方もなし。

 仙狸が、どこか悲しげにそう呟いた、次の瞬間。

 豪と、風が吼えた。

 淀み、死臭に満ちた、海市の空気を吹き払うが如く、強く鋭い風。

 先頭に居た幽鬼たちが、その圧力に耐えかね、纏めて吹き飛ばされる。

「今のは、敢えて当てなかった」

 脇に掻い込んだ、仙狸の槍が、振りぬかれていた。

 華奢な姿からは想像も及ばぬ、目にも留まらぬ豪槍一閃。

「わっちは本来、お主ら幽鬼の類は放って置く事にしておるのじゃが、退かぬというなら、容赦はせぬ」

 仙狸の目に、普段に似ぬ、冷徹な光が凝る。

「些か手荒じゃが、彷徨い続けるよりは、冥府に送ってやるも一つの供養であろう……手加減はせぬぞ」

 カクは、男たちの集団の、ある時は先頭に、ある時は脇に、ある時は殿軍(しんがり)に付いて走っていた。

 奴らが、大人しく彼らを逃がすとは、とうてい思えない。

 死者の妄執とは、逆に言えば、彼らをこの世界に繋ぎとめる、最後の一筋の糸。

 故に、幽鬼達はそこに全力で縋りつく……だからこそ、彼らは時に、妖以上に恐ろしいのだ。

 漁師たちは、あの幽鬼たちから物を受け取っている。

 その代価を受け取るまで、商売を成立させるまで。

 漁師たちは彼らから逃げる事はできまい。

 やつら、何処から来る。

 整然と大路、小路が交わる様は、さながら京の都の戯画とでも言うべき風情だが、それだけに、複雑に入り組んだ小路の脇を通る時などは、どこから彼らが襲い掛かってくるか、カクにすら読み切れないし、一人では、これだけの人数を守り切れない。

 自分は、どこに位置取りすれば良いのか。

 地の利が無い、土地勘が無いというのは、戦の時にどれ程不利か、痛感する。

 普段なら、おつのや天狗による上空からの支援があるから、こういった不利を覆せていたが、今はそれも無い。

 だが、無い物は仕方ない、今はとにかくやらねば。

 気配を探る。

 いつもより、自分の感覚が広く、そして研ぎ澄まされているのを感じる。

 死者と、そして、傍らの生者達。

「うぉっ!」

 最後尾を、辛うじて一団に付いて走っていた潮見の老人の足が疲労にもつれる。

 転倒しそうになる、その体がひょいと支えられた。

「じいちゃん、大丈夫かい?」

「あんた……」

 今は、彼らの体の動きや、その乱れが、手に取る様に判る。

 

 支えられた、その腕に寄り掛かろうとする潮見の老人。

 だが、その彼に、カクはにまりと笑いかけた。

「揺れ動き逆巻く波を行く船の上に、すっくと立つ海の男の足腰なら、もうちょいと位は走れるよね」

「……あったりまえじゃい」

 そう言いながら、何とか走り出した老人の姿を見送って、カクは再び殿に付いて走りだす。

 彼の自尊心や面子をくすぐり、無理をさせた……その自覚はある。

(悪いね、爺ちゃん)

 確かに、彼女にしてみれば、老人一人背に追うなり、支えて走ってやる程度は出来る。

 だが、それをしては、全員を守る事は出来ない。

 他の連中もそうだが、最低限、自分の身は自分で護って貰わないと、どうにもならない。

 いかに超越の力持つとはいえ、式姫とて無敵でも万能でも無いのだ。

(頑張って……もう少し)

 

 そんな緊張の逃走劇は、だがカクの予想に反してあっけなく終わりを迎えた。

 集中の余り長く感じただけで、実際に走った距離自体は大した事は無かったのか。

 微かに松の香りを含む、まともな潮の香りが、カクの可愛らしい鼻をくすぐる。

 

「浜だ!」

 先頭を走っていた若い漁師が歓声を上げる。

 最後方で、後ろを警戒しながら走っていたカクも、その声に顔を前に向けた。

 風よけの松林。

 その先に見える白砂を敷き詰めた遠浅の浜。

 白砂と、その先に続く穏やかな海面を、淡い金の毛氈を敷き詰めたかのように煌めかせる月。

「助かった!」

 誰が上げたか、その声は、カクの内心の声でもあった。

「船を出して!脱出するんだ、早く!」

 カクに言われるまでも無い、中型の船は無理と見て、各々は、流石の手際を見せ、上陸用の小舟を浜に押し出そうとする。

 細かい白砂の上を、屈強の男たちに押されて船が滑る。

 良かった。

 とりあえず船を沖に。

 この島という、蜃の作った世界から抜け出してしまえば、脅威は続くといえど、当面は何とかなるだろう。

 後は、幽鬼たちをいなしながら逃げて来るだろう仙狸と合流し、私たちも沖へ。

 そう思いながら、漁師たちの顔を眺めていた、カクの顔が強張った。

「……居ない?」

 最後尾の方に居る、一団の方に駆け寄りながら、カクは叫んだ。

「待って!彼は、今日、遭難から戻って来た彼は、あの洟垂れ君の父親はどこだい?!」

 そのカクの言葉に、漁師たちの顔が、複雑な、だが一様に憎しみの色を見せる。

「知った事か!あの疫病神なら、先代住職と一緒に居るじゃろうよ!」

 網元の怒鳴り返す声に、カクの足が止まった。

「何だって、仲間を残して逃げて来たのかい……それに先代住職って」

 それって、まさか。

 蛭子珠と、懸想した貴族のお姫様を抱いて、海に飛び込んだという。

 カクの言葉に、潮見の老人が頷く。

「わしにも良く判らねぇんだが、先代さんは、あいつの中から、まるで煙みてぇに『もやもや』って出て来たんだよ、したらあいつ、気絶したみてぇにそこにぶっ倒れちまった」

「そうじゃ、そうじゃ、んでよ、あの坊さんは、あの訳判らねぇ化けもん共の仲間みてぇじゃったよ、あいつらをわしらにけしかけるみてぇに、銭を払えと」

「そんで、わしらは慌てて逃げ出しただ」

「……だからよ、あいつを連れてくる暇なんて」

 んだんだ、おれたちは悪くねぇ。

 そう頷き交わす顔を、カクはどこか茫然と見ていた。

 仕方ないと、頭ではわかってる、判ってるんだけど。

「そんな」

 つまり、あの洟垂れの父親は、先代住職に憑りつかれていたというのか。

 憑りつかれて、彼ら漁師たちを、この海市へ誘った。

 確かに、遠間から一見しただけだったから、カクが気が付かなかったのも不思議はない。

 無いが……。

 あの時、私が気が付いてさえいれば。

 仙狸さん位、良く状況が見える、頭と目が有ったら。

 

「ええ、どうでもええわ、あんな奴は捨て置け!わしらを死地に連れて来やがって」

 網元の大声が、カクの想念を破る。

 その網元の……余りに自分たちを被害者側に置いただけの言い種に、カクの眉宇が吊り上がった。

「待ってよ!あのおっちゃんは幽鬼に憑りつかれていただけじゃないか、利用されてただけなんだよ」

「そんな事は、わしらの知った事じゃねぇ!」

「あんたたちの中の、誰だって、あのおっちゃんみたいになる可能性はあったんだよ、それだってのに……」

 それだってのに、何であんたたちは。

「そんな事……そんな酷い事を言うんだい?」

「あいつが全部悪いからじゃ!」

 網元が押し被せる様に。

 自分の判断の誤りを、欲に負けて、全ての疑問を投げ捨ててここに来てしまった、指導者としての誤りを……誰かに転嫁する為に。

 漁師たち一同に、その考えを強制するように、そう、傲然と放った一言。

 それに、表情を殺して、賛同するように頷く幾つかの顔。

 それを見て、カクは顔を伏せて、否定するように首を何度か振った。

「何にせよ、今は逃げるしかねぇ、あんたもわしらの船に」

 潮見の老人の言葉に、カクは、感情を宿さない顔を上げた。

「そう、それじゃ、あんた達は船と尻に帆かけて、とっとと逃げなよ」

 カクは吐き捨てる様にそう呟くと、砂浜から踝を返した。

「お、おい、あんたは」

「約束があるからね」

 そう、あの洟垂れと約束した。

 私は……。

 走り去るカクの背中を、忌々しそうに見送ってから、網元は砂浜に唾を吐いた。

「……おい、野郎ども船を出せ、こんな縁起でもねえ島からとっとと逃げるんじゃ」

「へ、へい」

 船と網を支配する網元には、漁師たちは逆らえない。

 彼に歯向かうというのは、即、漁が出来なくなる事を、明日からの食い扶持を失う事を意味するからだ。

 網元が乗り込んだ小舟を、海に押し出す。

 舳先が飛沫を被る。

 いつものように、その鋭い舳先が、さぁっと水を切り、自分たちは自由の海に……。

 その船が、急に止まった。

 まるで、巨人の手にでも、後ろから掴まれた様に。

 勢いが付いていた所から、急に止まった船の中から、網元の体が投げ出され、海の中にばしゃりと投げ出される。

 投げ出された拍子に、額を切ったのか、流れ出る血と海水に痛む目を何とか開けながら、網元は体を起こした。

「な、何だってんだ、てめぇら、一体何をやって!」

 

「ならぬ、ならぬ」

 

 その時、砂浜に低い声が木霊した。

「ひぃ」

 誰かの、恐怖に震え、声にならなかった口から、空気が漏れるような悲鳴が上がる。

「網元殿よ、その船は借財の抵当(かた)に、わしが預かっておる」

 当然の事じゃが、わしらの赦しなく、この浜を出る事は出来ぬ。

「何かを得たら、いつか必ず、その代価は払わねばならぬのじゃよ」

 陰々と浜に響く声に、網元は怒鳴り返した。

「何処だ……何処に居やがる、このくそ坊主が!」

「くそ坊主か」

 尤もな言い種じゃ。

 くくっと、その声は、どこか諧謔を感じさせる声で、自分と、そして何かを笑った。

「わしはここに居る、何処にも行かぬ、何処にも行けぬ」

 ぬるぅり、と。

 網元の目の前の白砂が、まるで巨大な蛞蝓(なめくじ)のように持ちあがり、先代住職の姿を取った。

「ぎゃぁっ!」

「わしは確かにくそ坊主じゃが、お主も人の事は言えまいよ」

「何じゃと?」

「お主、漁師共を借金で雁字搦めにして働かせておるではないか」

「そ、それがどうした?」

「そのお主が借財を踏み倒そうと言うのか?」

 その白い顔が、網元の顔の目の前に、ぬうと伸びる。

 体はそのままに。

 首だけが、ぬるうりと伸びて。

「それは、いささか、人の道に外れておるのではないかな?」

 人の道を外れたなら、人では無い。

 ただの獣。

 二本の足で歩き、人語という鳴き声を喚くだけの……。

「畜生じゃ」

 がぱりと口が開いた。

 顎が外れたかのように。

 顔の全部が、真っ赤に開いた深淵になったかのように。

「畜生なれば」

(なんだこりゃ……)

 網元の眼前にそれが迫る。

 だが、その時、彼の頭に有ったのは、恐怖とか怒りではなかった。

 

(……歯がねぇ)

 

 虚脱した頭が、最後に見た光景。

 

「それを食うたとて、ただの肉」

 がぷり。

 口が閉ざされた。

 網元の頭を、首筋で引きちぎりながら。

 血を噴き倒れる体。

 その光景を最後まで見ていた者は誰も居なかった。

 漁師たちが、砂を蹴って、一散に逃げ出す。

 海市の方へ。

「逃げよ逃げよ、何処に逃げても、所詮、神の」

 いや……。

「儂の掌(たなごころ)の上じゃ」


 
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