No.958047

うつろぶね 第十六幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/957082

2018-06-27 21:12:19 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:613   閲覧ユーザー数:602

 亡者達を引き付けつつ、適当にいなしながら浜に向かってじりじりと下がっていた仙狸が、在り得ない姿を認めて、覚えず声を荒げた。

「カクよ、お主、かような場所で何をしておるか!」

「漁師のおっちゃんたちは、浜まで無事に送ったよ、それより、あの洟垂れ君のととさんが、まだあっちに居るんだ!」

 あっちに、とカクが指さしたのは、亡者の群れの先、漁師たちが逃げて来た方向。

「何じゃと!」

 まだ、人が残って居たというのか。

 あの漁師共、なぜあの時、わっちらにそう告げなかった。

 いや、あの切羽詰まった状況では、仙狸にそれを告げられるはずも無いか。

 だが、どうする。

 

 ここで、一人を助けに向かうか、見捨て、他の者と自身の生存を優先するか。

 そもそも、カクは浜まで漁師たちを送ったというが、出航した所を確かめたのか。

 彼らの側に危険はもう無いのか、わっちらが付いておらずとも大丈夫なのか。

 それになにより、わっちらという異分子が入り込んだことを察知し、漁師達が逃げ出した今、この海市は、この幻は。

 「このまま」でいてくれるのか。

 

 思慮深いが故に、つい複雑になる思考が、仙狸の頭を一瞬だが占める。

 刹那だが、次に自分がどう動くか迷った、その彼女の脇を、一切の躊躇いなく小柄な姿が駆け抜けた。

「カク、お主!」

「見捨てておけないよ!」

 迷いない一言を残し、カクは群がる亡者の只中に躍り込んだ。

「邪魔しないで、あんた達と戦をしたい訳じゃないんだ!」

 キサマモ、ジャマヲスルカ。

 ゼニヲハラエ。

 カワリヲヨコセ。

 ヤツラヲワタセ。

 手のような物が、黒い影から伸びる。

 その先にしらじらと輝くのは、刃の如き爪。

「……そうかい」

 普段朗らかなカクの顔が、戦士の、いや、もっと荒々しい物に変わる。

 戦(いくさ)する猿神が一柱。

 鋭い呼気と気合声が、高く口から洩れる。

 仙狸の豪槍が暴風ならば、こちらはさながら光の鞭か。

 舞踏の如き華麗な、だが鋭く無駄のない動きで、霊気を帯びた棍が縦横に閃いた。

「何と」

 それを見た仙狸の口から、思わず嘆声が零れる。

 大きく、鋭く振るわれる真紅の棍の軌跡が、さながら大輪の花の如く、灰色の街の中で刹那に咲き誇る。

 血を流す事も無い亡者の影を、真紅の華が切り裂き、吹き散らす。

 大路を埋め尽くす様に迫る亡者の群れがさぁと割れる。

 その中に走り込むカクの背を見て、仙狸は何かをふり捨てる様に、首を振った。

 状況は、動き出してしまったのだ。

「……ええ全く、あ奴ときたら」

 諦めたように、だがどこか晴れやかに仙狸は呟いた。

 考える事は重要だ。

 だが、それら全てを潔く投げ捨て、走るべき時もある事を、仙狸は知っていた。

 もはや時も無い。

 たとえ、賭けの分が、いかに悪くとも。

「一人で突っ走るでない、わっちも行くぞ!」

 

 突入して棍を振るいながら、カクは大路を走った。

 角々から。

 小路から。

 次々と亡者が溢れだす。

 

 海で死に、心を現世に残した者達。

 彼らは、何故ここに居るのだろう。

 

 ワシラノタカラ。

 縋るのは、彼らをこの世界に繋ぎとめるのは、最後に自分が手にしていた財宝なのか。

 

 コウタナラ、ゼニヲハラエ

 それとも、それを売って得られる富への渇仰なのだろうか。

 

 彼らは、何を求めているのだろう。

 群がる亡者を、棍で叩き伏せ、吹き飛ばし、切り裂きながら。

 カクの中に、ふとそんな疑問が芽生えた。

 戦の中で、相手に、そういう思いを抱いては、いけないと知ってはいたが。

「いっ」

 浅くだが、幽鬼の爪がカクの腕をかすめ、血が飛沫く。

 返した棍が、その幽鬼を弾き飛ばす。

 乱戦。

 だが、こういう戦の経験が無い訳では無い。

 敵を仕留めるより、蹴散らし、吹き飛ばし、空間を作りながら突破する。

 押し込まれる前に、とにかく、前に進むのだ。

 

 前。

 前か……。

 自分の正面が前だと、誰が保証してくれる。

 この偽りに満ちた、まやかしの島の上で。

 前だの後ろだのに。

 何の意味が。

 

 爪が頬を掠める。

 被った帽子の、房飾りが千切れる。

 

 体に染みついた武術が、次の攻撃を躱し、得物で、相手を蹴散らす。

 だが、その一撃に魂が入りきらない。

 これは戦だ。

 自分の前に立つ奴は、害意を持ってこちらに向かってくる存在は倒せ。

 だが、どれ程そう自分に言い聞かせても、余りに幽鬼たちの手応えの無さと、相手からの害意の薄さに……戦で滾った心と体が冷えていく。

 卓越した戦士故に、ここまで戦ってきて、カクには判ってしまっていた。

 これらもまた、偽り。

 妄執に縛られた、幽鬼達の性を利用した、狡猾な罠だ。

 

 自分は誰と戦っているんだ。

 私の本当の敵は……。

 この棍で打ち砕くべき相手は。

 ここには居ない。

 

 幽鬼達が殺到してくる。

 銭を、金を、自分たちの宝を贖った、その代価となる何かを寄越せと。

 ある意味、至極真っ当な要求を、ただそれだけを繰り返しながら。

 生者だった頃の営みが。

 生者と交わした約束だけが、彼らを生者の地に繋ぎとめるのだと信じて。

 彼らは、カクと仙狸に群がり寄る。

 

 違う、違う!私の敵は、君らじゃ無い。

 君らじゃ……無いんだ。

 

 どれ程疑問を抱こうと、ここに答えは無い。

 そして、カクには、その思いを彼らに届ける術も無い。

 答えのないまま、それでも卓越した戦士の体は、己の身を守る為、偽りの、虚ろな敵を撃砕し続ける。

 まるで舞台の上での戦い。

 変化の無い光景の中。

 減る気配を見せない、手応えの無い敵を叩き伏せ。

 それでも、カクは前に。

 真実の敵を求め、進み続けた。

 そんな海市の騒動を、上から眺める二対の目があった。

「姫よ、今宵は騒々しいのう」

 ほれい、あれを見よ。

 そういう先代住職の言葉に、傍らの女性は、淡く、曖昧な微笑みを浮かべた。

 長く艶やかな赤毛が縁取る小さな白い顔を彩る、美しい笑みだった。

 だが、それだけ。

 その笑みを誰に向ける訳でも無い。

 何を見て浮かべた訳でも無い。

 ただ、何か話しかけられ、それに返しただけの。

 美しいが、うつろな笑みだった。

 だが、先代住職はそれに頓着した様子も無く、傍らの姫に話しかけ続ける。

「あれ、あれを見よ、男どもが泡を食って走りおるぞ、おお、あちらでは、亡者を見て腰を抜かした奴が居る」

 やれ汚や、失禁しおったわ。

 愉快愉快と、手を打って、その様を指さし、笑う。

 こちらは、姫とは対照的に。

 歯を剥き出しにして、心からの喜悦の色を浮かべ、高らかに声を上げて。

「愉快じゃなぁ、姫よ」

 だが、その言葉にも、同意の言葉は返って来ない。

「ふふむ、やはり高貴の姫は下賤の騒ぎは面白くござりませぬかな……」

 僅かな落胆を示して、先代住職は逃げ惑う漁師たちに興味を失ったように視線を転じた。

「では、こちらは如何かな」

 にまりと、その顔に笑みを浮かべ。

「今宵は世にも珍しき、美しく、高貴なモノが参っておりますぞ」

 海市の中央を通る大路で起きている大騒動。

 その中心に居る二つの大渦。

 巌の如く、一歩一歩と歩みを進めながら、槍を振るい亡者を払う者。

 そして、今一人。

「こちらは何とも、元気が良い」

 こうして遠間から見ると、なんと、その動きの美しい事か。

 意図してか知らずか、演劇で鍛えられた動きは、遠間から見た時に、その美しさが際立つように、自然となっているのだろうか。

 その歩みの一歩ごとに、真紅の華を撒き散らす様に。

 その大渦は、亡者の海の中を、確かに、大路の奥、市の中央に向かっていた。

 それをじっと見ながら、先代住職は、表情を僅かに真面目な物に改めた。

「お主の目指しているモノは判って居る、式姫よ」

 ぬたりとした、笑みを浮かべ。

「のう、姫よ……あの美しき大輪の華、もっと近くで見物しませぬか?」

 その言葉に、彼女はこくりと。

 その胸に抱いた箱をぎゅっと抱きながら。

 無言で、ぼんやりした笑みを浮かべて。

 頷いた。


 
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