No.954530

うつろぶね 第十三幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/954295

転遊記、中々良い感じで、先が楽しみです……はよ眼鏡実装。

2018-05-31 21:37:54 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:567   閲覧ユーザー数:564

 小舟が速度を上げる。

 島から少し離れた所に、錨を下ろして停泊しているのは、網元の乗る大船か。

 その傍らを掠め、小舟は浜目指して更に速度を増す。

 この船の主が近いという事か。

「それにしてもさ、仙狸さん、蜃なら、それ程狂暴という事は無いんじゃ……?」

「凶暴では無かろうが、恐らく今の蜃は途方も無い大喰らいとなっておる」

 食われる側にしてみれば、大食いというのは、凶暴と変わりはせぬよ。

「どういう事さ?」

「考えてもみよ、その辺の無害な妖怪が、竜神に比する程の力を急激に得てしまったのじゃぞ」

 それに釣り合う体を欲するのは、生き物として、しごく自然じゃろ?

「……まぁね」

「今の奴はとにかく餌を、自らの体を育てる為に求めて居るのじゃ」

 故に、定期的に、この近在では、不漁が相次ぐようになった、回遊する魚、浜の近くの魚、全て奴が食いつくした。

 だが、膨大に食したそれを取り込み、育つ為に、奴は十年単位で休む……故に、須臾の時を生きる人には、その不漁を妖の仕業に結びつける事が出来なかった。

 ただ、寺の記録類だけが、その規則性を仙狸に見せてくれた。

「奴が魚で満足しておる内は、まぁ、まだしも良かったのじゃがな」

「つまり、今は魚では足りない程に……育っちゃった?」

「そういう事じゃ、次に、奴が求めた、手近に大量にあった、魚以上の獲物」

 人。

「それは判らなくも無いけど、でもさ、なんで海市で漁師たちを誘った時に纏めて食っちまわなかったのさ?」

「これも、恐らくじゃがな……」

 浜の連中を食い尽くしてしまえば、流石にそれ以後は人は住まなくなるだろう。

 それは、長期的に見れば、寧ろ損、餌が外部から集まり、そこで繁殖し、好きな時に餌に出来るように。

「うげ、人間を家畜にするって事……えげつな」

「まぁ、人がやっとる事を、妖怪がやって駄目という事もあるまいが、気分の良い話では無いな」

 苦笑して、仙狸は言葉を続けた。

「だがそう考える分には、奴の行動の辻褄は合う」

 幻の島の話を広く流布させれば、定期的に宝探しに来る奴が現れよう、元から住む漁師達だけでは、早晩枯渇する餌も、外部から定期的に補充がされるようになるだろう。

 まして奴らは海市を探すために、船でこの辺りを巡る。

 それが一人二人消えても……誰も気が付かない。

 そういう算段が立ったのだろう……久しぶりの目覚めの空腹を癒す為に、奴は大量の餌を食う事にして……彼らを呼んだのだ。

「しかも漁に出た全員が帰って来ないというのは、不幸な話だが、漁村ではままある話よ……誰も妖怪に一呑みにされたとは思うまい」

 だからこそ、人を使いに出す必要が有った。

 疑われずに、彼らを海に誘い出すために。

 仙狸が、行方知れずになった漁師が、無事戻って来たと聞いて、慌てたのは、その為。

 

 そこまで聞いて、カクは頷きつつ、内心で引っかかる物を覚えて首を捻った。

 仙狸の説明は、十分な説得力があった、だが、カクには今までの話では拭いきれない疑問が ーそれもかなり根本的なそれがー あった。

「蜃ってさ、そんな知恵あったっけ?」

「まさにそれじゃ、それがこの仮説の一番弱い所で、わっちが、この仮説をいまいち信じきれぬ理由じゃよ」

 仙狸が、その疑問を否定するのではなく、寧ろ肯定したのを見て、カクは混乱した。

「いやいや、ここまで自信たっぷりに語って来てそれは無いよ……それじゃ、どういう事?」

「今わっちが語った内容は、蜃が単独で思いつくような知恵では無い、だが、この説は可能性としては捨てがたい」

 つまり、じゃ。

「余り考えたくないんじゃが」

 仙狸は顔をしかめて、残りの言葉を慎重に口にした。

「蜃に知恵を付けた奴が居るのでは無かろうかと……今、わっちは疑っておる」

「……黒幕みたいな奴が居るって事?」

 例えば、彼女たちの宿敵である、玉藻の前の分身達とか。

 そのカクの言葉に、仙狸は曖昧な頷きを返した。

「陰謀論に逃げるは、思考の敗北だとは思うのじゃが……ここ一連の動きを検討すると、どうしても、こう考えるのが、一番腑に落ちるのじゃ」

 仙狸は軽くため息を吐いて、肩を竦めた。

「まぁ、これ以上考えるには材料が足りぬ、それに……」

 浜辺に、雑に係留された小舟が見える。

 自分達の大事な財産である船を、これ程雑に扱っている様からも、彼らの熱狂が見える。

 漁師たちは既に、上陸してしまっている。

 間に合うか。

「最早、考えておる時も無い、蜃が人を狙って動き出したのは間違いないからのう」

「やれやれ……そうだね、当座の危機には違いない物ね」

 あの洟垂れの父親を助ける為にも。

「恨みは無いが、一戦交えるしかないね……人食いにまで手を染めてしまった不幸だと思うしかないか」

「借り物の力の歪みという奴じゃろうな、体がその力に相応しい器を求めてしまった……蜃自身にも、最早どうにもなるまい」

 身に過ぎた力を得てしまった、悲劇という奴じゃな。

 砂浜が近づく。

「船よ、汝、主が元に至りたり!」

 仙狸が印を切りながら、鋭く言の葉を放つ。

 絶妙の時と言うべきか、主を探す呪を解かれた船だったが、それまでの勢いに引かれ、、風を帆に一杯に孕んだまま、浜に突っ込んで動きを止めた。

 そこから跳躍した二人が、白砂の上にふわりと立つ。

「あやしき海上に浮かぶ幻の舞台、海市、その千秋楽の幕を下ろすべく、式姫カク、ここに参上」

 芝居掛かりの見得切りに、状況を忘れて、仙狸が思わず純粋な笑みを浮かべた。

「海市で演劇でも商う心算か、お主」

「自分で気分を盛り上げていくのは、戦の折には大事だよ、仙狸さんもやらない?」

 期待に輝く目を向けて来るカクに苦笑して、仙狸は前を向いた。

「わっちには似合わぬよ」

「残念、レヴィア殿やファラ殿、それに悪鬼殿や狛犬殿には好評でありましたが」

「ふふ、さもあろうな」

 そう言いながら、仙狸は風よけの林の向うに見える、人家の灯りに目を向け、顔をしかめた。

「あちらから、気に食わん匂いが漂ってくるのう……急がねば」

「そうだね、このカク、仙狸さんの鼻には遠く及ばないけど」

 可愛い鼻をひくつかせてから、カクはわざとらしく鼻を摘まんで見せた。

「それでも判るよ」

 これは……そう。

 昨日今日の物では無い。

 長きに渡り、この幻の大地に凝り固められた。

「死臭じゃ」

 漁師たちは市に並ぶ目も綾な宝物の数々を、端から、持てるだけ身に付けた。

 首から幾重にも首飾りを下げ、日に焼けた赤銅色の腕全部を覆う程に腕輪を付け、脱いだ服を風呂敷のようにして、珊瑚に真珠、螺鈿細工に鼈甲細工、あらゆる物をそこに詰め込んだ。

 互いの奇怪で悪趣味な姿を指さし、狂ったようにげらげら笑いながら、商品をどんどん身に付けていった。

「がさつな連中で申し訳ないな、全てでいかほどになるな?」

 網元が配下の漁師たちの珍妙な姿に苦笑しながら、海市の商人に問いかけた。

「コレガ、ツリアウダケノ、ゼニヲ」

 妙な声だった。

 何を言っているのかは判るが、どこか遠くから響くような、虚ろな穴を吹き抜けた風が、たまたま人の声のような音を立てているような。

 商人は片方に分銅を乗せた天秤を手に、これが釣り合うだけの銭を、そう求めて来た。

 ささやかな物だ。

 まるで両替に使うような、可愛い天秤にちょっとした分銅。

 いつも自分たちが使って居る、大きな魚の重みを量るそれから比べると、子供の玩具のような物であった。

(くっく、こいつは堪えられんなぁ、竜宮のお人か知らんが、太っ腹な事だ)

 だが、そんな内心はおくびにも出さず、網元はいたって謹直な顔を商人に向けた。

「いと易い、いや、それでは些少に過ぎる、この瓶さら置いて行こうではないか」

 支払いを求められた網元は、持ち込んだ瓶を取り出し、封を開いた。

 その中に手を突っ込み、中身を救い上げて見せる。

 宋銭(中国から輸入した貨幣)、銀の板、金の粒。

 それらが、海市に灯った明かりの中で、きらきらさりさりちゃりちゃりと瓶の中に戻る。

「中身は全てこれだ、如何だな、代わりに我らと引き続き取引をしてくれるなら、次は倍の瓶を持って来よう?」

 だが、海市の商人は黙って首を振り、重ねて天秤を示した。

「コレガ、ツリアウダケ」

(何でぇ、人の好意を)

 自身の好意を無碍にされたと感じて、見るからに不機嫌になった網元が、後ろに控えていた洟垂れの父親である、件の漁師に向かって顎をしゃくった。

「おい、一つかみほど載せてやれ、それで足りるだろう」

「へい」

 洟垂れの父親が、瓶の中からかなりの数の銭を掴みだし、それを天秤の皿に載せた。

 当然均衡は崩れ、皿はひっくり返り、銭が零れ落ちる。

 ……筈であった。

 だが、天秤はぴくりともしない。

「何?馬鹿な?」

「オシハライヲ、コノテンビンガ、ツリアウダケ」

「そんな筈があるか!」

 どけい、と漁師を突きのける様にして、代わりに網元は天秤の前に立った。

 ぐぅと、その大きな手に、銭も銀も金も纏めて掴む。

 瓶の中から持ち上げた手に、かなりの重みを感じる。

 それを皿の上に

 じゃらり、ちゃりちゃりちゃりんちゃりん。

 金銀銅が降り注ぎ、皿の上を満たしていく。

 ピクリとも天秤は動かない。

 更に、手を瓶に突っ込む。

 じゃらじゃら……じゃらじゃら……じゃら……。

 だが、いくら載せても、天秤は微動だにしない。

 明らかに異様な光景であった。

 天秤の皿から、零れる事も無く、瓶に入っていた銭の半分以上がそこに載っていた。

 だが、逆の皿は、やはり微動だにしない。

 騒いでいた漁師たちが、異様な状況に、今は黙りこくって、網元と商人をじっと見ていた。

「……おのれ、訳の判らん手妻で、我らを愚弄するか?!」

 激昂する網元を見ているのかいないのか、商人は自らの前に置いた天秤を、改めて指で指し示すだけ。

「オシハライヲ」

「出来るか!」

 網元のその声に、商人の様子が初めて変わった。

「ゼニヲ……イタダケナイ?」

 輪郭がぐにゃりと動いた。

「網元、いけやせんぜ、商品には代金を払わねぇと」

 うしろで分別くさい事を言う、あの漁師の言葉も、いちいち癇に障る。

「お前らが前回贖った時はどうだったんだ、何を支払った?」

「あっしらも普通に銭を置いてきやしたぜ……おっと、そういや」

「何だってんだ?!」

 何か考える風の漁師を、網元が怒鳴りつける。

 その怒鳴り声の中に、威厳や威圧より、恐怖から来る余裕の無さを見たのか、漁師はどこか蔑むようにへらりと笑った。

「そういや、あん時は興奮してたから忘れてましたが、商人さんが言ってましたっけ」

 今日の分はお顔つなぎだから差し上げる、次来るときはちゃんと銭を持って来てくれ。

「……何だと、それじゃおめぇらは」

「あっしらは前回銭を払ってないって事になるんですかね?」

 他人事のようにへらへら笑う漁師の顔を、面憎そうに見てから、網元は商人の胸ぐらをつかんだ。

 ぐにゃりとした手ごたえの無さと、どこか湿り気を帯びた着物が、網元の力強い手に薄気味の悪い感触を返す。

「言え!何が望みだ」

「ゼニヲ」

「だから、銭ならさっきから、そこの天秤に載せてるだろうが!」

「ゼニヲ、ハロウテクダサレ」

「ふざけるな、そもそも、この大きさの分銅と、これだけの銭が釣り合わぬ天秤などこの世にあるか!人を手妻で愚弄し、わしに因縁を付けるつもりか?大概にせえ!」

「オシハライ……イタダケナイノデスカ?」

「せぬ!」

 大声と共に、苛立たしげに、網元は、天秤を手で払いのけた。

 分銅が落ち、銭が台や土の上にざあっと零れる。

 オオオオ。

 周囲から、それまで静かに様子を見ていた、他の商人たちから、異様などよめきが起きた。

 露店の人々が、泣き喚く。

 その涙に溶ける様に、輪郭が、顔かたちが、次第に曖昧になっていく。

 

 オシハライヲ。

 ゼニヲ。

 ダイカヲ。

 ワシラト、アキナイヲ。

 オオオオオオオオ。

「何だ、こりゃぁ……」

「いけませんなぁ」

 後ろから、漁師の声が、陰々と響く。

 慌てて振り向いた網元は見た。

 薄笑いを浮かべた漁師を……そして、その背後にもやもやと蟠るぼんやりした人影を。

「商品を買って置いて、踏み倒すおつもりですか?」

 声は確かに漁師の物だった……だが、それは間違いなく、目の前の、ごく普通の……漁師だった男から発せられた声の響きでは無かった。

「お、お前ら、身に付けたそれを外せ!全部奴らに返せ!」

「お返しになるのは結構ですが……荒くれ漁師の身に付けられた商品がそのまま使えるとでも……しかも飾りが落ちている物がありますなぁ」

 震える手で引っ張った首飾りの紐が切れ、辺りに珠や飾りが散らばる、繊細な金属細工の腕輪が、慌てて外そうとして曲がる。

 それらを、商人たちだった黒い影たちに突き出したが、彼らはそれを受取ろうともせずに、哭き続けていた。

 オオ、ワシラノ、タカラガ……。

 ゼニヲ、ハロウテクダサレ。

 ゼニヲ。

 ゼニヲ。

「さて、どう賠償されるおつもりか」

「て……てめぇは、一体誰だ!?」

 あの、何処と言って特徴も無い平凡な漁師ではありえない。

「わしか?さて、今更、あの浜の者になんと名乗れば良いのか」

 漁師の目がぐるんと白目を剥き、背後の闇が更に黒く、深くなり、それが人の形を取りだした。

「わしを知る者も、最早あまり居るまいが」

 その顔を見た、この中で一番年嵩の潮見の爺さんが、あんぐりと口を開けて目を剥いた。

 その顔を指さした指が、震える。

 何か言おうとするが、残りの少ない歯の根が合わない。

「あ、ああ、あんた……あんたさんは」

「わしを知るか……」

 嘲笑うように、だが、どこか恥じ入るようにそう呟いて、その人影は、禿げ上がった頭をつるりと撫でた。

 その仕草も、表情も見覚えがある。

 だが、それは遠い遠い記憶の中にある顔と、全く同じで。

「潮見の爺さん、誰だ、ありゃ誰なんだ?!」

 網元の声に、爺さんは、震える喉から、声を絞り出した。

「間違いねぇ……先代の坊さんだぁ」

「何だと、寺の先代住職だと?」

 網元の言葉に、潮見の爺さんは、へたり込みながら頷いた。

「んだぁ……あの顔も、頭を撫で上げる手付きも、先代さんだ、だども……」

 ぐびりと生唾を飲んで、もう一度確かめるように、その顔を見た。

「おんなじだ」

「何だと?」

「わしが駆け出しのガキだった時の顔と、おんなじだ」

 そんな事が、ある訳ねぇだ。

 わしが漁を始めた頃に、先代さんは既に中年に差し掛かった位の年齢で。

 第一、その後、先代さんは。

 何かを思い当たり、青ざめた潮見の老人の顔をみて、その影は無言でくつくつと笑った。

 

 ゼニヲ。

 アキナイヲ。

 ワレラカラ、ナニカ、コウテクダサレ。

 ゼニヲハロウテ、クダサレ。

 ゴショウジャ。

 ゴショウジャ。

 

 黒くもやもやした人影から、細くて黒い手が伸びる。

「まぁ、相手が誰であれ、商品を買ったら金を払わねばな」

 それらを後ろに従え、彼はまたつるりと頭を撫で上げた。

「さて、どう支払って貰おうかいのう」


 
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