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「……こんなもんかな」
着衣をしっかりと整えて、戦闘準備を終える。
今日。初めて、悠里を家に招く。
友達同士なら、なんてことないことかもしれない。
だけど、私にとっては自分の全てを包み隠さず、悠里に見せることを意味する、大きな“儀式”だ。
悠里がどう思うかはわからない。……いや、本当は予想が付いているからこそ、悩むんだ。
悠里は優しいから。そして、ちょっと気の毒になるぐらい、私のことを好きでいてくれるから……きっと、普通にしていると思う。
それは気を遣っているというよりは、きっと何も考えていなくても、そういう反応になるんだ。
だから……ものすごくドキドキした。
「…………行こう」
気合を入れて、スカートにした。上も、私が持っている中では一番、可愛いブラウスにした。……軽いロリータ系ので、袖や裾のフリルが目立つ。
悠里を招くためのオシャレというよりは、私が好きなものをひとつでも多く、身に付けようとした結果だった。
私は、私自身のことを。とりあえず容姿に関しては、好きになれていない。
人より高い身長も。無駄に突き出た胸も。大して運動もしていないのに、陸上部の莉沙と競えるほどに鍛えられ、太くなった足も。
だけど、私は他の誰かになることはできない。まだ小さい方なら、これからなんとか成長……なんてことも考えられるけど(高校二年でそれも難しいだろうけど)、大きい方なんだから、必死にダイエットをして少し絞られるかどうかといったところ。身長を低くする術なんてないだろう。
変えられない私の全てが嫌いだ。
でも、私が好きなものは……可愛い服。見ているだけでドキドキできる、お姫様の衣装。そして、それを着ている人――可能なら、私自身。
それを今日は、隠さないようにしようと思った。
悠里を見て。彼女に私の理想を見て、満足するんじゃない。
私自身を、私の理想の通りに着飾って。本当に私の全てを、彼女に見せる。
「(常葉さんの家でメイド服着せられたのも、諦めのためにちょうどよかったかも)」
なんて、思ったりもする。
まあ、あんな格好は二度としたくないし、するつもりもないけど。
「――いってきます」
さあ、出陣。長い一日になりそうだ。
「ゆたか。おはようございます」
「おはよう、悠里」
待ち合わせは、いつもの校門前。割りと方向音痴な悠里と待ち合わせする時、絶対に間違えようのない学校というのは便利だ。
今日は珍しく、悠里の方が先に来ていた。……家を出た時間はいつもと同じぐらいだったはずだけど、もしかすると道中、足取りが重かったのかもしれない。それか、久しぶりのフリフリのスカートが歩きづらかったのか。
「ゆたか、今日の服、すっごく可愛いです!」
「そ、そうかな。適当に組み合わせてきたんだけど」
大嘘。ただ、逆に言って「めちゃくちゃ気合い入れて来ました!」とも言えないでしょうて。
「なんだかボクとお揃いみたいですね!」
「ま、まあ、悠里の方が圧倒的に可愛いけどね」
「いえいえ。ゆたかぐらいの身長がある人が着ると、こういった服は本当にお姫様みたいに見えます」
「そ、そう……?というか、もしかして悠里と私のお姫様観って、割りと違う……?」
「ボクはヴィクトリア女王とか、イメージしてます!」
悠里さん、それ、お姫様ちゃいます。女王様です。
いや、でもそうか……私が憧れていたのは絵本のお姫様、そして、二次元において描かれる美少女のお姫様。
でも悠里は(今もそう言いきっていいのかは別として)一般人だから、現実の特権階級の女性を想像する訳で、そういった人物は背筋の伸びたぴっしりとした女性のイメージだ。……私に近いかもしれない、なんて思うのは恐れ多いことかもしれないけど。
というか悠里、成績は悪いのに、ぱっとヴィトリア女王とか出てくるんだ……私なら普通にメアリーだったり、エリザベス一世だったりを思い浮かべるけど。
「ま、とにかく家、行こっか」
「はい……!」
悠里はいつもよりも目をきらきらと輝かせていて……一般庶民である私の家がしょぼいものであることはわかっているはずなのに、ここまで楽しみにしてくれるなんて。
……なんだか、今までの自分が途端に馬鹿らしくなる。滑稽に感じる。
私は結局、悠里を信じることができていなかったのかもしれない。自分を隠すことで、関係を良好に保っているつもりだったけど……実際は、秘密にすればするほど悠里はそのことを気にしていた。
でも、もう覚悟は決まった。
「この辺り、悠里って来たことある?」
「あんまりないですね……でも、いいところだと思います」
「どこもかしこも古い家ばっかりだけどね。でも、昔から変わらない風景で……私は好き。どんどん、見える景色は変わってきたんだけどね」
学校から家まではそれなりに距離があるから、ぼちぼち周りの景色を楽しみながら行く。悠里と一緒だから、いつも通りの景色も少し楽しい。
「えっ?どういうことですか?」
「身長が伸びて、どんどん遠くまで見渡せるようになっていってね。……まあ、身長が伸び切った後は全然変わらなくなったんだけど」
「そういうことですか。ゆたかって、どれぐらいまで身長伸びてたんですか?」
「中一ぐらいかな。そこからはずっと横ばい。まあ、どんどん体重は重くなっていったけど」
「胸、ですか」
無言で頷く。
「ボクは、小四辺りで一気に身長が伸びたんですよ!」
「へぇ、それまではもっとちっちゃかったんだ」
「……そ、そうです。でも、小学校を卒業した辺りで止まっちゃって、それからはずっと同じぐらいで……。成長のタイミングはゆたかと同じぐらいなのに、なんか不公平です」
「ふふっ、そういうもんだよ」
「でも、ボクは胸も大きくなってませんし」
「それもいい。いや、それがいい」
「ゆたかはおっきいから余裕かもしれませんが、ボクはやっぱりほしいんですよー!」
「だから、大きくても何にもならないんだって。悠里、走る時とかどう思う?」
「……どう、とは?ボク、走るの苦手ですけど」
「何か邪魔になったり、しない?」
「しない、ですね……」
そういうこと。
「私は思いっきり走ると、胸がすごい揺れて痛いよ。莉沙も同じこと言ってる。……大げさな言い方だけど、千切れちゃうんじゃないか、って気がするんだよね。ぶら下げてるものが激しく上下に揺れると」
「ボ、ボクには想像もできませんよ……!というか、胸が揺れて痛いって初めて聞きました!!」
「……幸せやね」
「でも、ボクは痛くてもいいので、揺れるほど欲しいです!!どうせ、音楽には関係ないですし」
「うーん、まあそっか。後、大きくてちょっとは利点もあったし」
「なんですか?」
「胸にちょっと物を置いておいたりできる」
「うわーん!!」
申し訳ないけど、可愛い。
「冗談冗談、そんなことしないよ。まあ、やったら便利そうだけど、自分でもなんかヤだし」
「はぁっ……」
そんなこんなで、我が家に到着。何の変哲もないお家でございます。
「ゆたかってきょうだいはいないんですよね」
「うん、一人っ子。三人暮らしの典型的な核家族だね。だから二階建ての小さな家だけど、それで十分」
「ちょっとうらやましいです。ボクの傍にはずっと兄がいましたから」
「ああ……妹ってそうだよね」
生まれた時から、常に上の兄なり姉なりがいる……どういう感覚なんだろう?特に悠里は音楽方面でお兄さんと比較されがちだっただろうし。……結果的にフルートで大成しているけど、そうやって立ち位置を確立するまでは、気が休まらなかったのかもしれない。いや、もしかすると今も……。
「まま、どうぞどうぞ」
「はい、お邪魔します!」
「両親、普通に家にいるけど、気にしないでね。まあ、すぐに私の部屋に上がる訳だけど」
幼馴染の莉沙は、普通に両親とも面識があるけど、まあ高校生になってからできた友達を、わざわざ両親に引き合わすこともないだろう。とっとと二階の私の部屋にまで行く。……ただ、その前で。扉を開ける前に立ち止まった。
もう今更、隠そうとは思わない。だけど、最後に少しだけ。
「悠里」
「……はい?」
「私は……今まで、一度たりとも無駄な出会いはしてきていないと思う。……莉沙との出会いも。ドールとの出会いも、第二手芸部のみんなとの出会いも。……そして、悠里との出会いも。全部が全部、私が私として生きるために必要だった。……だから、悠里にも私の大切な出会いの結果を見てほしい」
「はいっ……!」
扉を、開いた。
地獄の釜の蓋を開いたとは思わない。
むしろ開いたのは、本当の意味での私の心の扉なのかもしれない。
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準備回。もうそれは恐れない
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