葉桜恋々 ~ 大学3年
「よっ、久しぶりだな」
「……晃一君」
「なんだよ、幽霊に会ったみたいな顔してるぞ?」
「そ、そんなことないよ。でも、晃一君が大学で話しかけてくれるの、珍しいから」
「そうか?」
「うん。ずっと一人で図書館で小説書いてるんでしょ?」
「そういうお前は、暇さえありゃ写真撮ってるんだろ?」
「……まぁね」
大学生になって。私は絵に加えて、写真も始めるようになった。
高校二年の時、念願のコンクールでの最優秀賞を取って、嬉しかったけど、どこか燃え尽きたような感覚を味わった私は、もうひとつの“表現”として写真を見つけ出した。
私の名前は、美川奏美。……美という字で始まって、美しいという字で終わる名前の子がブサイクだったら、笑い話にもならない。
結構なプレッシャーを背負わされた私は、一応、見た目はそこそこという評価を周りからもって。
そして、親には私の「美しい」という字は、自分自身が美しいのはもちろん、自分以外の美しいものを見つけられるように、という願いを込めて付けられたものなのだと聞かされた。
それを初めて聞いたのは、確か高校生になってからだと思うけど。私は単純なことにすごく感動してしまって、じゃあ、もっともっと美しいものを探そう、と意気込んでいた。
そして、写真を始めてみると、始める前に比べて、身の周りにもたくさんの“すてき”があることに気づくようになった。
だからそれが楽しくて、もう大学内での写真なんて何枚撮ったかもわからないのに、撮り続けている。
そうして得たたくさんの“すてき”は、絵にもフィードバックされていって、より鮮やかで豊かな制作ができている……そう思う。
「しかし、もう三年だな……就活も始まる。……なんていうかねぇ」
「うぇーっ、そういうこと言わないでよ」
「お前は絵の方面でなんかするんじゃないのか?……俺は、小説書くのなんてしょせん趣味だし、普通に就職するつもりだけど。……決まればな」
「そうだけどさ……そのためにいっぱい、ポートフォリオに使える絵も描いてきたけどさ……やっぱり、不安だよ」
「……まあな。不安じゃない訳がないだろ。でもまあ、なんだかんだで決まっていくんだ。決まらなかったら、決まらないっていう形で決まる」
「なにそれ、どういうこと?」
「正規社員が無理なら、バイトとか探してなんとかするしかないだろ?」
「う、うぅっ……そういうのはきつそうだなぁ」
「案外バイトの方が気楽でいいかもしれないぞ。イヤになったらきっぱり辞めて、次を探して……」
「晃一君は、昔から強いんだか自由過ぎるんだか、って感じだよね」
「ああ。責任とかそういうのは大嫌いなやつだからな。自分本位で生きていきたいんだ」
「……言葉にすると最低のそれだけど」
でも、そういうのが嫌いじゃない。
私は、やっぱり……この人が好きなんだと思う。
私が男の人を好きになるとすれば、きっとこの人だけだ。
……昔、憧れていた先輩もいたけど、それは“なんかいいな”ぐらいで。だけど、晃ちゃんへのそれは……。
「(すごくいい、だね)」
私が一番好きな。美しくはないかもしれないけど、とにかくすてきなもの。それが晃ちゃんだ。
「ああ、そうだ。奏美」
「うん?」
「お前、今彼氏とかいるのか?」
「いっ!?い、いないよっ!!」
「ああ、そうか。じゃあちょうどよかった。付き合おうぜ」
「はっ!?」
「いや、だから付き合おう。交際しよう。結婚を前提にとかはよくわからないけど、とにかく付き合おう」
理解しがたい情報で頭の中がいっぱいになった時。人間の脳は存外簡単にフリーズしてしまうものらしかった。
私は、ただただ呆然としていて……えっと、その……。
「な、なんでそんなこと……?」
ようやく口を開けたのは、たっぷり一分ほど時間をかけてからだった。
「いや。これから就活を始めたら、そればっかりになりそうだからさ。だから、今の内にお前と付き合っておきたい。……彼女がいたら、就活の大変さもマシになるかもだしな」
「あ、あのっ……私、その、理由とか聞いてないよ……?なんでそんな、スナックつまむみたいな感覚で、付き合うなんて……」
「ああ、そういうことか」
ようやく晃ちゃんは、私の言いたいことがわかってくれたようで、ぽんと手を叩いた。
「お前のこと、中学ぐらいからずっと好きだったから」
「…………そ」
「まあ、お前はどこぞの先輩にお熱だったみたいだけどな。俺は他の女子に興味なんて持てなかったし、ずっとお前一筋だったぞ」
「ねっ、ねえっ!!!」
「お、おう……?」
「なんでもっと早く!それこそ、中学の時に言ってくれなかったの!?」
「……いや。お前にその気がないのに言える訳ないだろ。ただまあ、お前が今フリーってなら、とりあえず付き合ってみるって感覚で……」
「今まで一度も私、彼氏いた時なかったんですけど!!晃ちゃん以外の男の子とか、マジありえなかったんですけど!!!」
「お、おお……いきなりテンション上げて暴れるな。そうか、まあ、お前と付き合ってくれる男が他にいる訳もないしな」
「殴るよ!?」
ほんと、ほんとにこの人は……!
でも、うん……こういう人なんだ、晃ちゃんは。
それはわかっているけど、とにかくちょっと殴ってやりたくなって、胸をぽかぽかと叩いてやった。
「こらこら、いきなりいちゃつくな。つまり、OKでいいんだな?」
「それ以外の選択肢があると思う?」
「いや。わかってた」
「…………バカ」
「バカだってのはわかりきってるだろ。バカだから、ようやくお前に言い出せたんだ」
「……ほんとにバカ。バカの大将」
そして私は、そんなバカの親玉に抱きついてやっていた。
「お前、また太った?」
「……間接って、どう極めるんだっけ?」
「お、おい、やめろ……!冗談、冗談だって。さてはまた胸がでかくなったな?」
「変わっとらんわ!!Dカップありゃ十分でしょ!?」
「おお、Dか。確かにそれだけあれば困らないな」
「何に困る困らないの話してるの!?」
「そりゃあまあ、なぁ……?俺、そういうのやっぱり憧れちゃうし」
「アホ……バカ……変態……ジャパニーズ・ヘンタイ……!!」
「……悪い。じゃあ、せめて、さ」
「う、うん……?」
「キス、いいか?」
「……いいよ」
生まれて初めての、男性とのキス。
その相手が晃ちゃんで、本当によかった……。
別に守るとか、そういう意識はなかったけど。だけど、初めてできた友達との、キス……。
「んっ、んちゅぅっ…………」
晃ちゃんの唇は、想像よりも硬くて、ぱさぱさしていた……。逆に私の唇は、どうだろう?リップ塗ってきてるけど、むしろそれが気持ち悪いとか、思われてないかな……?
「んちゅぅっ、ちゅるぅっ…………」
晃ちゃんは、そうすることが当然であるかのように、舌を奥深くまで沈ませてくる。
……大人の、キスをするんだ。
「んちゅるちゅっ、ちゅるるぅっ、ちゅるぅっ…………」
私も、真似するように舌を伸ばして……唾液に塗れた晃ちゃんのそれと絡ませる。すごく、温かい……。
「ちゅるちゅぷっ……ちゅぅっ…………ぷっ、ふぁぁっ…………」
どちらからともなく、唇を離して……私たちは見つめ合った。
「……案外、いいもんだな」
「……ね。すごく、興奮してきちゃった、かも……」
「なんだ、このままするのか?」
「あふぁっ!?そ、そんなのっ……!!」
ちょっといいかも、なんて思ってしまって……。
い、いや、そんなっ……!!
「冗談だよ。……お前、本気にしてるんじゃないだろうな?」
「えっ、本気だけど……?」
私は、わざとブラウスのボタンを外してみせる。それも、わざわざブラが見えそうなところを。
「ばっ、ばばっ!?おい、やめろよ!?」
「うふふっ、冗談でした」
「か、彼氏をからかうんじゃねぇっ……!」
晃ちゃんは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。……最高に可愛い。こんな晃ちゃん、久しぶりに見たかも。
「ふふーっ、彼氏をからかうのは彼女さんの特権だよーっと」
本当に、幸せな時間……。
私と晃ちゃんの幸せな時間は、生まれてから二十年経った今、ようやく始まったのでした。
これからも私と晃ちゃんの日々は続いていくけど、とりあえずおしまい。
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3連作です
葉桜の季節を舞台にした、幼馴染同士の恋?の物語
最後に大学編!