No.952254

紫閃の軌跡

kelvinさん

第116話 早蒔きの種、されど針は進む

2018-05-13 04:42:11 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2198   閲覧ユーザー数:1916

~トールズ士官学院 グラウンド~

 

 一生懸命練習したステージ発表。アンコールも加えた4曲の発表を終え、その結果の投票は見事学年一位。それを喜ぶというよりも一種の満足感をⅦ組の面々は感じていた。そして後夜祭では燃え盛る炎を中心に、音楽が流れてペアでダンスを踊っている。グラウンドの外の芝生に座って、その様子を真剣な表情で見つめているアスベルのもとに、見知った黒髪の少女が近づいてくることに気付く。

 

「エリゼか。愛しの兄のところにいかなくていいのか?」

 

「一曲踊って後押ししてきました。アスベルさんは?」

 

「既に踊ってきたよ。シルフィアとレイアは先んじてクロスベル方面に帰った」

 

 帰ったというよりは「潜伏する」という言い方のほうが正しいのだが、これは機密事項にもかかわるので押し黙った。すると、エリゼが一言断った上でアスベルの隣に座る。それを見たアスベルは苦笑を零した。

 

「こんな姿を見られたら、リィンがあらぬ誤解をしそうだ」

 

「寧ろそのほうがありがたいと思うのですが……アスベルさんのことは兄様も知っておりますし、そのようにはならないでしょう。寧ろ、私らがどれだけ苦労していると思っているのか。その心情を知っていただきたいものです」

 

「簡単に治ったら苦労はしないと思うがな」

 

「ご尤もです」

 

 あの人間の朴念仁は今に始まったことではないのだが、数年後に嫁が両手で数えきれない事態になっても不思議ではないことに揃って溜息を吐いた。後夜祭が終わると、エリゼは一度帝都にある大使館に寄ってからリベール本国に戻る手筈となっている。

 

「アスベルさんは、どうされるおつもりですか?」

 

「……少なくとも、軍人として動くことにはなりそうだな。時計の針は、もう進んでしまっている」

 

 クロスベルでの一件は既に報告を受けている。とはいえ、軍事的な機密に触れるので言うことはできない。エリゼとしてもそれは他人事ではない……彼女はれっきとした王族付の騎士であるがゆえに。気苦労が増えると面倒だということはお互いに一致した意見であった。

 

「学院長には話をつけた。オリビエにも同様だな……覚悟はもう決めた」

 

 近い将来、クラスメイトの身内を嵌めるようなことをしてしまう。だが、これは相手の思惑を全て根本からひっくり返すためだ。相手がなりふり構わぬ手に出たら、社会的と物理的に抹殺する。その覚悟なんて<百日戦役>に関わると決めた時から、もう決めていたことだ。

 

「エリゼは自分の職分を全うするだけでいい。面倒事はこっちで全部引き受ける」

 

「……やはり、戦争は避けられないと?」

 

「その意味じゃ、ここにいる大半の生徒はそう思っているのかもしれないな」

 

 別にその考えを咎める気などない。クロスベルの一件が引き金となって、エレボニアの内戦も勃発するだなんて誰も考え付かないであろう。正確に言ってしまえば、その引き金を誘発する原因を作ったのは他ならぬ“鉄血宰相”なのだが。

 

 そしてこの後、各要人らが急いで学院を後にし、学院長から学院祭の終了とガレリア要塞消滅の一報が伝わった。それよりも、リィンらが驚くこととなったのは、第三学生寮にアスベル、ルドガー、セリカ、リーゼロッテの4名が戻ってこなかったこと。そして、その痕跡を消すかのように、部屋が綺麗に片付けられていたことであった。

 

「一体どんな手品を使ったっていうの? だって、昨日までは普通に結構荷物とかあったんだよ?」

 

「……シャロン」

 

「私も気が付きませんでした。おそらくは、何らかの方法で荷物を運び出したとしか推測できません」

 

 エリオットの疑問も尤もであり、かなりの荷物を有していたはずなのだ。それを学院祭の合間を盗んで綺麗に引き払うなど常人のできることではない。このことに関してはシャロンも気が付かなかったという。表情からして本当だとアリサも感じ取った。こうなると、いなくなった可能性が高いのはガレリア要塞の一件だろう。

 すると、そこにラグナ教官が姿を見せた。

 

「教官、あの4人は」

 

「それについてだが……学院祭の前に休学届が提出されていた」

 

「それって、この事態になるということを見越していたということですか!?」

 

「可能性としてはあるだろう。……リィン、ラウラ。お前たちは万が一の場合、直に国外へ逃げたほうが良い、と言っておく。まぁ、言って聞くようならありがたいとは思うけれどな」

 

 ダメで元々、と言いたげなラグナ教官に二人を除く面々が頷き、当事者二人は納得いかなそうな表情を浮かべていたのであった。

 

 この翌日、ガレリア要塞消滅の一報が齎され、周辺国は様々な反応を見せることとなった。

 

 

~リベール王国 王都グランセル グランセル大聖堂~

 

「はぁ~……困ったな」

 

 長椅子に座って溜息を吐くのは桃色の髪をポニーテールで纏めた少女。彼女はクロスベル出身であり、直行便でリベール王国へ一人旅をしていた。先日の猟兵襲撃の件で、実家は無事だったものの弟や妹たちはその恐怖に怯えていた。そのため、両親が心を癒すためにリベールへ旅行する運びとなった。幸いにして通商会議の翌日の収入を聞いたときは夢でも聞かされたような気分だったが。

 

 しかし、ガレリア要塞消滅とクロスベルを覆う謎の結界によって直行便再開の目途が立たず、家族全員が留め置かれることとなった。ホテルの支配人もその事情を聞き、宿泊費・食費を免除すると申し出たことで当面の問題は何とかなったが、このままいたちごっこは少女自身嫌であった。

 すると、そこに一人の少年が姿を見せた。少年は少女の姿に見覚えがあり、少し驚いたような表情を見せる。

 

「あれ? 誰かと思えばユウナじゃないか」

 

「え……シオンさん!? って、そういえばリベール出身って言っていましたっけ」

 

「ああ。ご両親や弟さん、妹さんは大丈夫だったか?」

 

「はい。ただ、クロスベルがあんなことになってるなんて……」

 

「そりゃあな。他の市民だって寝耳に水だと思う」

 

 シオンは遊撃士としてクロスベル支部にいたことがある。その仕事の関係でユウナと知り合った。それだけといえばそこまでなのだが……シオンとしては、ユウナの正義感がよく知っている人物に似ていると感じた。

 

「それで、ユウナは何を悩んでいるんだ? 悩みを解決したいのなら、遊撃士として話ぐらいは聞くよ」

 

「あたしは、このままクロスベルが解放されるまで、待つべきなのだろうかと。勿論、何かを為すための力なんて持っていません。でも、出来ないからと言って何もしなかったら……それは、きっと何かが違うって思うんです」

 

「……ユウナは仮に力があるとして、何を為したい? クロスベルの解放か? かの地にいる英雄たちの救出か?」

 

「両方、というのは我侭でしょうか?」

 

 ユウナにとって、特務支援課という存在はある意味身近な存在。現状に屈することなく、多岐に渡って現状を良くしようと足掻き続けている。もしその為の力があるのなら、彼らに憧れるだけでなく並び立つ存在になりたい。その切っ掛けをくれたのは、シオンと同じとある遊撃士の言葉であった。

 

『憧れるだけなら誰にだってできる。でも、それで満足したら何も変わりはしない』

 

 シオンはユウナの言葉を聞いて笑みを零した。確かに我侭かもしれない。自己満足かもしれないし、偽善かもしれない。だが、それでいい。結局のところ、自分にできることを精一杯することぐらいしかできないが……それが変わる切っ掛けへの小さな一歩に繋がる。

 

「ははは……いやはや、我侭も我侭だ。でも、それぐらい言っても罰は当たらない……ユウナ、それは過酷で辛い道だ。それは特務支援課の連中も通ってきた道と遠くて近い。それでも、成し遂げたい意思はあるか?」

 

「……はい」

 

「解った。とりあえず、ご家族らに話をつけてこい」

 

 家族は心配するような表情であったが、ここでシオンがグランセル城で家族を預かる形とすることに提案した。どの道クロスベルには戻れないのだから、配慮は必要であると考えた。これにはユウナもいち遊撃士にそこまでのことができるのかと。すると、シオンは笑みを零した。

 

「改めて……リベール王国宰相、シュトレオン・フォン・アウスレーゼという。よろしくな、ユウナ」

 

「はいいいいいいいっ!?」

 

 通商会議ではクローディア王女を矢面に立たせたので顔写真が出回ることは避けられたのだが、まさか気が付かないとは思わなかった。他人の空似とでも思ったのだろう。これには苦笑を禁じ得なかった。ユウナはおろか、両親まで緊張している。弟と妹はその凄さにいまいちピンと来ていなかっただろうが。

 このあと、グランセル城にてアリシア女王と対面し、ガチガチとなっていた。その傍にはカシウス中将もいたのだから尚更であった。

 

「え、えと、あの……どうしてここまで……」

 

「殿下、流石にこれはやりすぎかと」

 

「彼らはどの道クロスベルの情勢が変化するまで迂闊に帰せません。ならば、安全を期するのは当然かと。それに、彼女の面倒を中将にお願いする以上、これが一番かと」

 

 ユウナにはカシウス、エステル、ヨシュア、レン、レーヴェ、カリンが戦闘技術を教える。この先を考えて特務支援課の面々と並び立って戦うためには、裏の連中の戦い方を知ることに意味がある。更に、シュトレオンとアスベル、ルドガー、セリカ、リーゼロッテも教導に加わる。何せ、約二か月後のクロスベル解放に彼女を参加させるためだ。

 

 

~エレボニア帝国 帝都ヘイムダル バルフレイム宮~

 

 ガレリア要塞消滅の一報が届いた翌日。皇城の中庭にて、ミュラーは一人の少年を相手に稽古していた。無論、模擬戦用の武器ではあるが。大剣を振るうミュラーに対し、少年は双剣を振るう。センス自体は悪くないが、経験に一日の長があるミュラーが勝利し、少年は片膝をついて肩を上下させて大きく呼吸していた。

 

「はぁ、はぁ……兄上、最近ますます剣速が冴えてきているように感じます」

 

「これでもまだまだなのだがな。軽く本気を出した父上にはまだ及ばない」

 

「あれは対象に含めていいものではないかと」

 

 少年の華奢な体格はヴァンダール家とは思えないが、彼の名はクルト・ヴァンダール。ミュラーとセリカの弟にあたる。彼は体格に恵まれなかったゆえ、双剣術を学んでいる。兄の呟いた言葉に常識と規格外を同列に論じたら碌でもないと言いたげに呟いた。それを聞きつつも、ミュラーは厳しい表情を崩さなかった。

 

「クルト。昨日のことは耳にしているな。軍もどうやら動いているとのことだ」

 

「まさか、クロスベル侵攻ですか!?」

 

「現状はそれが成功した、という訳でもなさそうだ……クルト、お前に一つ頼みがある。これは俺だけでなく、父上や母上、そしてあのお調子者皇子からの依頼だ」

 

「……依頼、ですか?」

 

 ミュラーの口から紡がれた依頼。それは、ミュラーの目の前にいる少年を成長させるための機会としての依頼。もう一つは、戦火が起きようとしているこの国からかの国への謝罪の前払いとしての依頼。そんなことなど露知らず、クルトはただ頷いてその依頼を受けることとなった。

 

 

―――エレボニアの内戦まで、あと六日。

 

 

久々の更新です。最近忙しくて筆が進みませんでした。

 

言うなれば、ユウナとクルトのパワーアップフラグです。時期を約二年ほど早めて参戦させます。後者については両親補正もあってかなりの補正がかかるかと。

 

ミュラー2号ポジションも近いかも(ぇ

 


 
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