葉桜恋々 ~ 中学2年
「あの……ずっと大城先輩のことが好きでした!」
告白をしてから。ああ、しくじったな、と私はひどく後悔していた。
先輩は優しいから、困ったような顔をしてくれた。……もうその時点で、告白を受けるつもりがないことはわかる。
ああ、やっぱり。
その気持ちが強かった。不思議と、悲しいとか、そういう気持ちはあまりなかった……いや、そこまで思考が追いついていなかったのかもしれない。
「ごめん。もう、好きな人がいるんだ。……まだ、俺の方から告白はしていないけど。でも、今年中には告白したいと思ってて。……高校は別になりそうだからさ」
こういう断られた方をした時、どうするのが一番“それっぽい”んだろう?
好きな人がいるならさっさと告白しておいてよ、と不甲斐ない先輩を怒るべきなんだろうか。それとも、先輩の想い人への告白が失敗して、私の方に流れてきてくれることを願うべきなんだろうか。
……私は、どっちも選ばなかった。
だって、告白して、それを断られて。それで私が先輩を想う気持ちは終わりじゃない。「あいつ、私のことフりやがった!大嫌いだ!!」となれるのなら、初めから告白なんてしないと思う。
恋人になることができないのなら、後はもう、部活の後輩として慕わせてもらうだけだ。
男女の仲にはなれなくても、先輩と接することを禁止される訳ではないのだから。今までどおり、普通にやれる。
「好きな人って、浦賀先輩ですか?」
「えぇっ!?」
「ふふーっ、図星でしょう。先輩と浦賀先輩、お似合いですよね。気が付くと一緒にいて」
「そ、そうかな……」
その後の私は、先輩をむしろバックアップする側に回った。
私をフった以上、先輩には幸せになってもらわないと。なんて、変なプライドが立ち上がってきていたみたいだ。
「でも彼女、あんまりそういうことに興味なさそうだから……俺のことも本当、ただの友達としか見てないっぽいし」
「いいじゃないですか、それで。……友達とすら思われてない人に告るより、まだ成功率高いと思いますけど?」
「ははっ、それも確かに。……ありがとう、ごめん。美川さん」
「謝らないでください。私をフりやがったんですから、先輩にはとことん幸せになってもらわないと」
「ご、ごめん、本当にっ……」
「冗談です。でも、本当にそれぐらいの勢いでがんばってくださいよ?」
「うん、がんばるよ……!」
ああ、本当に私はなんでこんな人を。
人よりも特別かっこいい訳でもなければ、成績も家柄も普通。……好きになってメリットなんて、全然ないのに。
だけど、人を好きになるって……そういうことなんじゃないだろうか。
損得勘定抜きで、その人のことを愛したくなる。……そういう現象。恋は病で、恋は異常で。
だけど。
「(私と先輩が結ばれることは、絶対ないんだろうな)」
先輩が恋に敗れても、じゃあ、今度は私と――なんてことは、もう考えていない。
だって。私はもう既に、先輩の一番じゃないことがわかっているから。
先輩は私の一番だけど、先輩にとっての私はそうじゃない。なら、もう……ね。
「本当にがんばってください。私のためにも」
「えっ……?」
あなたは、幸せにならなければならない。それは権利ではなく、私が押し付けた勝手な義務です。
「なるほど、ねぇ」
「どう?晃ちゃん。中々に美談でしょ」
「……ヘタレ」
「えっ、先輩のこと?いくら私がフられて悔しいからって、そんな風に言わないでよー!今でも先輩のこと、好きなんだから」
一連のことを、ちょっとしたタイミングで幼馴染である晃一くんに話してみた。すると返ってきた反応がこれ。
「なんでお前がフられたら悔しいんだよ。……そうじゃなくて、お前がだよ」
「えっ?」
「本当にそれでよかったのかよ?……上手くいけば、お前とは別の女子と付き合い始めるんだぞ、その先輩」
「うん。だからそれが私にとっても幸せな訳で……。好きな人は、好きな人と結ばれて欲しいじゃない?それで、その幸せそうな姿を見て、私も嬉しいー、みたいな」
「お前がそんなに殊勝なやつかよ。腹ん中は別のこと考えてるだろ?」
「………………」
なんで。なんで、晃ちゃんはそういうことがわかっちゃうかな。
昔から、私のことを大して見てくれていないのに、気が付くと恐ろしいほど的確に私のことを理解してくれていて、私が笑って隠してしまう本心を、彼はぴたりと言い当てる。
まるで私の心の中が覗けるみたい。私は晃ちゃんのこと、大してわかっていないのに。
「そりゃ、悔しいよ。なんで私が、別の人に告白しようとしてる先輩の背中押して、面倒見てあげないといけないんだろ、って」
「……だったら、やめればいいだろ。お前に恋とか愛とか、そういうのはまだ早いんだ。下手にお前がちょっかいかけない方が上手くいくかもしれないだろ。……だから、もう関わるのはやめとけ」
「でもさ。でも、部活に出てると、自然と先輩のことを目で追っちゃうし。そしたらやっぱり、そわそわしてるし……」
「なぁ、カナ」
「う、うんっ…………」
突然、晃ちゃんが真剣な顔で私を……ほとんどにらみつけるようにしてくる。その迫力に、思わず後ずさりしてしまった。
「そういう優しさは、きっとお前のいいところなんだと思う。でも、その優しさが……逆にお前自身を傷つけてるんじゃないか?」
「そ、そんなこと……」
「ない訳じゃないだろ。現に今のお前がそうだ。今までにも何度も、お前は無理して優しく振る舞って来たはずだ。……もっと自分勝手に生きろよ。いや、今だけでいい。なんでお前が自分から進んで傷つきにいかなくちゃいけないんだ?先輩のことにはもう、触れなくていいだろ」
「…………けど」
「お互い、もう中二だ。人に何か言われて、はい、そうですね。となるようなガキじゃない。……だから、俺もこんな風に言いたくない。けど、あえて言わせてくれ。――お前、部活やめろよ。お前が先輩と顔を合わせるから、お前が傷つくことになるんだろ?だったら、部活やめれば違う学年の人間と顔を合わす機会なんてまずなくなる。絵なんて、どこでも描けるだろ」
「晃ちゃん、違うよ」
…………晃ちゃんの気持ちはわかる。すごくわかるけど。
「私は、先輩の傍で描く絵が好きなの。……一人で描いてても、楽しくないよ。美術部として描く絵が大好きなの」
「……昔のお前は、そうじゃなかっただろ。一人で絵を描いて、たまに俺に見せてくれて。……そういう毎日だっただろ」
「だって、それは晃ちゃんが野球始めて……!」
「今はもうやめた。楽しくなかったからな」
「……じゃあ、今ならまた、私の絵を見てくれるの?」
「ああ。なんでもしてやる」
本当に、なんでこの人は……。
こんな風になんでもないことのように、私が求めていた言葉を言ってしまえるのだろう。
「本当に、なんでもしてくれるの?絵を見てもらって、感想を言ってもらって……なんなら、絵のモデルをしてもらっても?」
「ああ。本当になんでもいい。まあ、俺は絵に関しては素人だけど。でも、お前がやれと言ったことはなんだってする」
「……ねぇ、それ。私に言ってることと矛盾してるって自覚ある?晃ちゃんは私に無理して人に優しくするなって言うけど。今の晃ちゃんが言ってくれてることは、晃ちゃんが無理して私を喜ばせようとしてるように感じるよ?」
「別にいいだろ」
「……なんで?」
「お前に優しくしても、俺は傷つかないし、そうすることは無理でもないんだ。だから、俺がお前に優しくするのはいい」
本当に、なんて人なのかな、この人。
ここまで優しくされたら、勘違いしちゃうのに――。
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3連作です
葉桜の季節を舞台にした、幼馴染同士の恋?の物語
まずは中学編!