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まだまだ、常葉さん家にいます。
悠里の家にも結構出入りしているけど、音楽一家である白羽家に比べると、芸能一家である時澤家は、お金持ちの豪邸であることには変わりないけど、緊張度はいくらかマシだと思う。
まあ、別に悠里の家のどこにでも高い楽器が置いてある訳じゃないけど、お母さんが外国人ということもあってか、調度品ひとつ見てもヨーロッパ感満載で、私のような庶民がくつろげる場所だとは思えなかった。
それに比べて常葉さんの家は、お金持ち度が日本人にとって親しみやすい範疇というか……。
ボイスドラマの試聴をさせてもらった常葉さんのパソコン用の椅子も、すっごい高級な本革が使われているのはわかるんだけどね。
「常葉さん。それで、これからどうします?まあ、ボイスドラマの反応を見つつ、っていうのはありますけど、次の展開にメドは付けておきたいですよね」
「それはまあ、もう一本ボイスドラマを……と言いたいところだけど。――ねぇ、ゆたかも悠里も一緒に考えてもらいたいんだけど。あたしの演技って、やっぱりまだ足りないものがあると思うの」
次の話題は、これからの二人の活動。
当然、この一本で活動を終えるつもりなんてないようだけど……。
「具体的にどう、とは言えませんけど……まあ、そこは確かに思います」
「私に言わせてもらえれば、まあ、経験不足だと思います。……常葉さんはとりあえず演技ができるようになりました。でも、まだそれだけです。――役者として馴染んでいない、と言うのは元女優には生意気な発言でしょうが」
「――気にしないで、未来。あたしもわかってた。でも、どうするのがいいかしら?数をこなそうにも、毎回大きな企画をしている訳にもいかないし、発表するからにはちゃんとしたものを、っていう考えな訳だけど……」
こういう時、具体的なことを言ってくれるのはさすがに未来ちゃんだ。
というか、地味な子だと思っていた彼女が、ここまでしっかりしている子だったとは。改めて、信じられない。……失礼だけど。
「では、こういうのはどうでしょう?私の方も、ボイスドラマ用の演技を磨くのは課題ですが、とりあえずは常葉さんがしっかりと腕を磨けるよう、非公開の完全に練習用としていくつも短いセリフを録音します。そして、それをゆたかさんや悠里さんに評価してもらう……という感じで」
「わ、私たちも関わるんだ」
「はい。もちろん、その度に常葉さんの家に集合……ではあんまりに大げさですから、データを送らせてもらって、それにメールか何かで感想をいただく、って感じですね。……やっぱりどうしても、私が常葉さんを評価しようとしても、どこかで遠慮してしまうところがあります。なので、客観的な意見をいただければ」
「ボクはそれでいいですけど……。でも、どんどんボクも未来や常葉と仲良くなって、あんまり厳しいことを言うのも、という気持ちになってきてしまっていますね……」
「確かに。私も同じ気持ちだもん」
元から、自分に直接利害関係がない話だから、ときつく言っていたつもりはないけど、もう明らかに二人は私にとっても“身内”だ。
『だけど……』
あっ、と悠里とセリフが被っていたのに気づく。……そうして、笑って。
『私(ボク)も半端なものを許すつもりはないんで、きっちり意見させてもらいます』
「……さ、さすがね。ちょっとプレッシャーがあるけど……」
「アニオタ、声オタの代表をしているつもりで、厳しく行かせてもらいます。……なんかもう、吹っ切れました」
「ボクも、産まれる前からクラシックを聴き続けていた身として、白羽の名前に恥じないような意見をさせてもらいます!」
「お、お二人とも、重すぎません!?というか悠里さん、胎教でクラシックを!?」
「はい。音楽をやる年齢に早すぎるというものはありません。そこで、出産前から教えるということで――」
なんというか本当、規格外な子です、この子。
「でも、あなたたちが協力してくれるなら心強いわ。……でも、お世話になり続けるのも悪いわね」
「そんな。常葉さんは私たちをこうしてお家に招いて、お茶を出してくれたりしているじゃないですか。それだけで十分ですよ。ね、悠里」
「はい。それに、ただ音楽をやっているだけではできない経験をさせてもらってますから。……ゆたかの好きな分野のことなので、同時にゆたかのことも知ることができているようで、すごく楽しいです」
「……あなたたち。なんていうか、お人好しね。いつまでもそんなんじゃ、損ばっかりすることになるわよ」
「いいじゃないですか。友達なんですし。私は今、特にバイトとかしてる訳じゃないんで、こうやって過ごせるのはむしろ嬉しいです」
いやまあ、ドール系でちょっと活動はしているんだけど。それはイベントのある月ぐらいのがんばりで十分だし。
「ありがとう。……でも、ここまで協力してもらったからには、絶対に声優として成功してみせるわ。そしたら、あなたたちはあたしのファン二号と三号よ。今の内にサインを渡しておこうかしら」
「一号は……って、未来ちゃんですか」
「はい、もちろん!」
未来ちゃんは嬉しそうに言う。……トレーナーであり、ファン一号ってことか。
「まあ、今すぐに始める訳でもないわ。今日はこれ以上、何も考えずにゆっくりしていって」
「はい。……でも、その前に常葉さん。いい加減にこの服装、どうにかさせてくれません?」
「ふふっ、そうね。あたしとしても、いつ悠里の服をダメにしちゃわないか気が気じゃなかったの。……というかこれ、伸びちゃってるわよね、きっと」
「ボクは別に気にしませんけど……。もしよければ、お譲りしますよ?」
「……あなた、帰りはどうするのよ。あたしの服を一着あげても別に構わないけど」
「あっ、交換っこするのもいいですね!!」
「いや、あたしとしてはこの服、悪いけどきついから……」
なんでもいいから、早くこの仮想パーティーをどうにかしてください……。
「未来ちゃんも、いつまでもその格好は辛いでしょ?」
「な、なんといいますか……。私としてはなんだか慣れてきて、むしろいいって思えるようになってきたような……」
「マジで言ってる?」
「……割りと強がりです」
ですわな。
ということで、元の服装にお着替え。
やっぱり、いつもの格好が一番似合ってる、と思う。変化球は日常に必要はない、そう学べた歴史的な一場面でありました。
「……あっ、あんまり伸びてません。むしろこれぐらいだぼっとしている方が、体のラインがわかりづらくていいかも…………」
「そうね。悠里はふわっとした格好の方がいいと思うわ。……どう思う?」
「わ、私ですか?まあ、体のラインをあんまり見せつけるっていうのは、お姫様らしくないと思うんで、ふわふわ系はいいですね」
だからまあ、体のラインを隠すというのなら、常葉さんも普通にアリなんだけど――。
と、考えて、もしかすると今ここは私にとってのパラダイスめいた空間なのではないか、と気づいてしまった。
低身長の美少女が三人……しかもその内の二人は、本当にお嬢様。
「ゆたか先輩、なんだか目がヤバイ人のそれになっていません?」
「……何もないよ。何もないですよ。未来ちゃん、君は何も見ていないんだ」
「あっ、はい」
いかん。自分を抑えろ……私。私の理想はドールに、そして悠里にだけぶつけられるものなんだ……。いや、悠里にぶつけるのもどうかと思うけども。
「さて、服の話はもういいとして、ゆたか、悠里。あなたたち、何かしたいこととか、されたいことってない?」
「と、唐突ですね。なんですか?」
常葉さんはぱん、と手を叩いて注目を集めて、仕切り直す。こういうところの仕切り方はさすが生徒会長っていう気がする。なんというか、すごく手慣れている。
「さっきはあなたたちの好意、友情に甘えさせてもらうとは言ったけど、それなら、あたしたちの方でもあなたたちに、何かしてあげたいわ。何か悩んでいることでもあったら気軽に相談して。できる限りは力を貸すから」
「……されたいこと、ですか。したいことはまあ、もう十分っていうか……。私はこうやって悠里と何気ない日常を過ごしているだけで十分なんで」
「ボクも、そうです。ゆたかと一緒にいられるだけで、幸せですよ」
悠里は、少し頬を赤らめて言う。いや、照れるところ?……まあ、私もちょっと顔が熱いから、赤面してるんだろうけど。
「はぁっ……溜め息が出るほどアツアツねぇ」
「ホント、見ていて羨ましいですよ」
「……常葉さんたちが言うことすか、それ」
「あ、あらっ……?」
常葉さんはわかりやすく赤面する。……割りとカマかけだったんだけどな。
「こほん。悠里さん、何かありません?なんでもいいですよ、私たちにできることなら」
「そうは言われても、えっと……。あっ、強いて言えば」
「なんです?」
悠里がこうやって、自分の希望、願望を私以外の相手に伝えるのは、結構……いや、ものすごく珍しいことだ。それだけ未来ちゃんにも心を開いたっていうことかな。
「ゆたかの持っているようなドールを、ボクも持ってみたいです!でも、ゆたかは中々そういうお店に連れて行ってくれないので、よければ教えてもらえれば、と……」
ちょっ、この子はまた……!!
「あーっ、なるほどなるほど。ゆたか先輩的にはやっぱり、大切なお友達を沼に沈めたくはない、と」
「というか、悠里にハマる素養があるかも謎だものね……意外とお金がかかったはずだし、手軽には勧められないわよね」
「でも、やっぱり試しにでも、一体持っておきたいな、と……」
「――とのことですが、ゆたか先輩?」
「私は反対。絶対反対。悠里が私のことをより深く知ろうとしてくれてるのは嬉しいよ?でも、ドール趣味は私の中でも深淵っていうか、もっとライトなアニメとかゲームとかの方面で共通の話題を持てれば、それで私は十分だし、ドールよりはまだ浅い、一般的な範疇の沼だし……。いずれにせよ、女の子でその辺りにハマるのはどうかと思うけど」
「う、うぅっ……。でもボク、アニメはともかく、ゲームは全然下手で……」
「ということだけど、ゆたか?」
「…………私は折れませんよ。悠里を守るためなんです。安易に深淵を覗き、触れるべきではないんですよ」
そして、これは常葉さんたちにも言うつもりはないけども。
……オタクって、なろうと思ってなるものじゃないと思う。
結果的にそうなるだけであって、人が好きだからとか、それがなんとなく楽しそうだから、っていう理由で、オタクに憧れてなる。……それは、違う。
申し訳ないけど、悠里が私に合わせるために同じドールオタになったとしても、残念ながら上手く接することができないと思う。だって、今のドールオタとしての私は、コンプレックスと、それへの救いとして作られた“私”だから。
「……そう、ゆたかは言うんです。ゆたかが意地悪で意味もなくそう言うはずがありません。……でも、ボクはゆたかのことをもっと知りたくて。本当に大切な、たった一人の友達だから…………」
「……………………」
だから、やめてよ。それは反則だから。
私をそんな、泣きそうな目で見上げるのは。あなたの泣き顔も好きだけど、あなたに泣いてほしくない私は、折れざるを得なくなってしまう。
それじゃ、ダメなのに。
「悠里」
「……はい」
「私の家に悠里を呼んだことって、今まで一度もないよね。……それはまあ、人を呼ぶほどの家じゃないっていうのも理由なんだけど」
それ以上に、私の部屋には、たくさんのドールと、そのパーツと衣装がある。……たぶん、あれをただの一般人が見た時、一般的なアニメオタクの自室を見た時以上に、引いてしまう。より気持ち悪い、理解しがたい部屋であると思ってしまう。
……悠里だって、私を拒絶するかもしれない。
そう思って、絶対に家に招くことはできないでいた。
でも、そうして、悠里とドールの接触を絶ち続けることが、彼女の涙を求めることなのであれば。
「私の部屋、気持ち悪いよ。私にとっては大切な“家族”と思ってるけど。……でも、こうしてただの人形を家族って言うぐらい、ドールに関してのわたしは気持ち悪いオタクなんだ。それを悠里に見せるのが怖い。でも、悠里がそれを求めるのなら」
……言っていて、自分で思う。
なんで私と悠里のこういう真剣な話を、いちいち常葉さんの家でしているんだか。
絶対、常葉さんも未来ちゃんもぽかんとしている。でも、今の私の目にはもう、悠里しか見えていない。
「ぜひ、私の家に来てくれないかな?」
そう言った後は、なんだか清々しくて……ようやく、肩の荷が下りた気がした。
悠里は、何も知らない子だ。口では私のことを何度も語り聞かせているけど、実態がどうであるかを、きっと悠里は理解できていない。
だから、実際に目で見て知った時。悠里は困惑し、私のことが怖くなるかもしれない。
そんな爆弾を抱え続けたままの生活が、はたして友達付き合いとして、健全なものだったんだろうか?
ずっと抱え続けていた“荷物”とは、もしかすると、彼女に私の部屋を見せていないという事実よりも、それを憂いていた気持ちだったんじゃないだろうか。……だから、悠里が私の全てを知った結果、どうなるかはもう今の問題じゃない。
見てほしい、そう言った時点で私の肩の荷は下りている。
「…………はい。ぜひ、お邪魔させてもらいます」
笑顔の悠里を見て。私もまた、顔をくしゃくしゃにして笑い返していた。
ああ、これでよかったんだ。
間違って、いなかったんだな。
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久しぶりにネガティブモード。これが割りとゆたかの素です
※原則として、毎週金曜日の21時以降に更新されます