No.950166 真・恋姫†無双~黒の御使いと鬼子の少女~ 50風猫さん 2018-04-26 23:47:01 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:823 閲覧ユーザー数:799 |
~旅立ちの日~
朝、少し早めに起きた俺は部屋でごそごそと荷造りをしていた。
「さて、こんなもんでいいか」
愛紗と話した1週間後、俺は引継ぎやらなにやらの旅の支度を終えて、最後に今しがた荷造りし終えたお手製の雑嚢を担いだ。とは言っても、大したものは入ってない。予備の暗器と刀や釘十手の手入れ道具、後は干し肉などの保存食と水筒ぐらいだ。
「……雪華のやつ」
俺が置いて出ていくことを話して以来、部屋に戻らない(鳳統の部屋にお世話になっていたようだ)上に、俺の姿を見るたびに全力で逃げるので、ここ1週間は全く会えていなかった。
しかも、最初の方はなんとか捕まえて話そうとしたのだが、耳を貸さずにまた逃亡。ここ3日に関しては逃げ方を学習したのか、捕まえられもしなかった。
(……まぁ、仕方ないか)
それだけのことをした、という事だろう。そう思って俺は部屋を出て、挨拶まわりのためまずは政務室へ向かう。今の時間は北郷も劉備も仕事中のはずだ。
だが、政務室へ向かう途中、赤い槍が俺の行く手を遮った。
「……趙雲」
「…………」
何時ぞやの時のように赤い瞳が俺の目を射抜くように細く睨みつけている。
「どこへ行かれるおつもりか」
「北郷と劉備に別れの挨拶をしに行くだけだ」
「……今は控えられよ。そも、出立は夕刻では?」
「別に時間を変えるつもりはないさ。ただ挨拶回りだけは早めに済ませておこうと持っただけだ」
ここにいる人間全員に挨拶していればちょうどいいくらいだ、と思っていたのだが……。
「忙しいってならまた後で出直させてもらう」
「……その必要はありませぬ」
「……どういう意味だ?」
「何、後でわかりますよ。それより時間があるというのでしたらお付き合い願いたい」
その言葉を終えると同時に彼女から闘気が発せられる。
(なるほど)
まぁ、彼女なりのケジメのつけ方、という事だろうか。
「いいだろう。中庭でいいな?」
「ええ、では」
彼女が先導するように二人で中庭へ向かう。だが、その間二人とも一言も発せず、目的地にたどり着く。
「さて、決着はどうする?」
そう俺が訪ねると、彼女はそっけなく答えた。
「ふむ、どちらかの死で構いますまい」
「……なんだと?」
思わず聞き返してしまったが、その返答は殺気の籠った槍の一撃だった。
「っ!」
それを紙一重で躱すと、俺はすぐに距離を取って身構える。
「なんのつもりだ! 趙雲!」
「ふむ、単純に気に食わんのですよ。殺意を持つほどに」
「……そんな殺気の籠った冗談はやめてほしいところだがな」
「この程度の冗談では通じませぬか」
そうは言うものの、彼女はさっきを一向に納めない。
「とは言っても半分は本気ですが」
「できれば殺意の方が冗談であってほしいな」
「そのどちらが本音か、我が槍にお聞きすればよろしい」
そういって構えたかと思うと、一気に間合いを詰めて槍を突き出す。
「ちぃ!」
それを逆手で抜いた鞘で受け流すと、そのまま抜刀して左肩へめがけ刀を振り下ろす。彼女は右手を槍から離して、左手をさらに前に進めることで刀の軌道から逃れると、そこから右足を軸にして回転し、左手の槍を背中に回して変則的な突きを繰り出す。
その一撃を手首を返して軌道を変えた刀で外側へと弾き、逆手で握っていた鞘を順手にして脇腹のあたりを狙って突き出す。
「ふっ!」
しかし、彼女はほんの少し屈んだと思ったら鞘の一撃を飛び越え、蹴りをこちらのこめかみへ飛ばしてくる。
「くっぅ」
避けられないと判断した俺はあたる直前で首、そして体を使って受け流す。鈍い痛みがこめかみを襲い、体は地面に叩きつけられる。だが、寝ている暇はない。
右手に握った刀の柄尻を叩きつけて衝撃を地面に逃がすと同時に思いっきり後ろへと力を込めて地面を転がる。
さっきまでいた場所に赤い一閃が地面へと突き刺さる。回る視界の中でそれはすぐに空へと飛びあがり、こちらへと狙いを定める。
回転で得た力を利用して立ち上がると同時に再び赤い閃光が迫る。その穂先を再び逆手で持った鞘の広い面で受け止める。
ギャン! と金属がぶつかり合う音が響き、そこで一度剣戟が止まる。
「ふむ、やはりその腕、伊達ではありませんな」
「伊達や酔狂でこの刀を取ったわけじゃねぇからな」
「そうでしたな。浅ましい復讐心からでしたな」
今度は心を攻めてきたか。だがっ!
「生憎、その浅ましさに最近気が付いてな。本気を出させたいならその程度じゃ響かねぇぞ?」
「……そのようですな。まったく、人の色恋とはまるで劇薬のようです、なっ!」
そういって彼女は一瞬槍を鞘から離したかと思うと、再び突きを繰り出すが、その前に本能が危険を伝えてきた。
(まずいっ!)
俺は鞘を順手に持ち替え、狭い面に切り替え、槍の穂先の僅かな隙間を狙って振り下ろすが、それは入ったとほとんど同時に弾き飛ばされる。
「がっ!」
「なんと!」
さっきまで鞘を持っていた左手に強い痺れが走るが、そんなのを気にしていられない。
俺は彼女の槍を持つ手に狙いをつけ、刀をそこへ振り抜くつもりで持っていく。だが、その狙いに気が付かない趙雲ではない。すぐに槍を回転させて受け止めようとする。
(かかった!)
だが、本命は!
「なっ!」
下へ動いていく槍の穂先を痺れている左手で握る。がっつり握れば指が無くなるのは間違いないが……!
(穂先の隙間に刃はない!)
親指を除いた4本の指だけで槍の回転を止めた俺は軌道を足のすねに向け、その表面を振り抜いた。
「っぅ!」
弁慶の泣き所なんて言われる場所を振り抜かれればどんな武人だろうと一瞬動きを止めざるを得ない。そして、その一瞬は勝負の終わりを意味する。
「まぁ、これでお前は“死んだ”わけだ」
返しの刃で彼女の胴体に触れる。戦場であれば上半身と下半身が別れを告げている。
「……振り抜かぬので?」
「お前に俺を殺す気があっても、俺にはないからな」
そういって俺は刀を離し、背を向けて鞘を拾いそこへ刀を入れる。
「で、気に入らないならもう一戦やっても構わないが?」
「……ふむ、今の玄輝殿には勝つのは難しそうですな」
そう言って彼女は槍を収める。
「で、お前の目的は何だったんだよ。とりあえず殺意の方が冗談だったみたいだが」
まぁ、割とぎりぎりの線だったような気がするが。
「先ほども言ったでしょう。気に食わぬと」
「……ここを出ていくことがか?」
「まぁ、それもありますが、一番気に食わぬのは我らを足手まといだと思ってらっしゃるところだ」
……なるほど、そういう事か。
「別にそんなことは微塵も思ってない。ただ、あいつら相手には」
「敵わぬ、ということでしょう?」
「違う」
俺はそれを明確に否定する。
「あいつらが皆の記憶を消す手段がわからない以上、相手にするには危険すぎるってだけだ」
「であれば、それ以上の力をつければ問題ありますまい」
「じゃあ、お前は一人で無限に立ち上がる敵と戦えるのか?」
「そのような戦場、ありは」
「あいつらを相手にするってのはそれに近いんだよ。それを知らないで挑むことができるのか? そんな危険な戦場にお前は劉備を連れていくことができるのか?」
「…………」
趙雲は苦虫を嚙み潰したような表情で黙ってしまう。
(あぁ、そうか)
気に食わないってのは……
「……とにかく、俺はみんなを足手まといだなんて微塵も思っちゃいない。単純に情報が少なすぎるんだ。そしてその情報は俺にしか集められない。だから一人で行くんだ」
「……まったく、あの時の復讐に駆られていた玄輝殿であれば組み伏せられると踏んでいたのですが、当てが外れましたな」
そう言って先ほどの表情から一転、いつもの趙雲に戻った。
「まったく、ここまで変わるとは。本当に劇薬ですな」
「……そういえば、さっきも言ってたが色恋ってのは何の話だ?」
色恋自体は知っているが、どうにもピンと来ない。
「……玄輝殿、本気で仰っているのか?」
別に、嘘とか冗談を言っているつもりはないんだが……
そんなことを考えていると、至極真面目な表情で趙雲はこちらへ言葉を投げかけた。
「……いくつかお尋ねするので正直答えられよ」
「え、あ、いや」
「答えられよ」
「あ、はい」
いつもと違う圧に押され、つい素直にうなずいてしまう。
「ある女性の事を考えると心の臓が早鐘のように打つことは?」
「あ、ああ、まぁ……」
「その女性のしぐさなどに心が躍ったことなどは?」
「それ、なんか違くないか?」
「答えられよ」
問答無用かよ……。まぁ、ないとは言えないよな……
「……まぁ」
「では、その女性と少しでも長く寄り添いたいと思ったことは?」
「なぁ、これは」
「さっさと答えよ」
「命令!?」
い、一体何なんだこの質問は……
「……ない、とは言えない、か」
「では、最後に」
「……なんだよ」
「その女性が他の男と結ばれたことを考えると心は痛みますか?」
「えっ?」
そう言われて想像をしたとき、心がひどく傷んだ。
「ぐっ……?」
その痛みが、分からない。
「……まったく、玄輝殿はいったいどのような子供時代を過ごされたのか」
「なに、を言って……」
「好いているのでしょう、その女性を」
「好いて、いる? 俺が?」
この痛みが? 好いているという感情?
「そんなの、そんなのは……」
「生憎、この手の話に関してはこの趙子龍、百戦錬磨の猛者であると自負しております。その私から言わせてもらえば玄輝殿のその感情は恋としか言いようがあるまい!」
そう言われて今まで刻まれていた彼女の表情が一気に頭を駆け巡る。そして、駆け巡れば駆け巡るほど顔が赤くなっていく。
「い、いやいや! そ、そんな訳はないだろう! こ、ここここ恋など!」
「げ、玄輝殿?」
「そ、そんなのは、その、そう! 艶本やらの、え、絵空事だろう!」
「玄輝殿?! 落ち着かれよ!」
だが、彼女の声は俺の頭には届かず、駆け巡る表情と顔の熱でついには俺の意識は白濁していき……
「……きゅう」
「玄輝殿ぉおおおおおおおおおおおお!?」
そのまま意識が途切れた。
「……うっ」
どうにも、額が冷たい。そう感じた瞬間に意識が浮かび上がってきた。
「目覚められたか」
「う、趙雲……?」
ゆっくりと周囲を見渡すと、まだ中庭にいるようだ。ついでに言えば趙雲の膝に頭をのせていて、額には濡れた手ぬぐいがのっていた。
「……あ~、すまん。手間をかけた」
「それは私の膝に頭をのせていることですかな?」
「手当してくれた方だ」
「なんと、我が膝枕は照れるほどの事でないと」
そっちかい。
「別に照れていないわけじゃねぇよ。それ以上の事があったから麻痺してるだけだ」
そう言って手拭いを額から降ろしてから体を起こした。ふと空を見ると日は先ほどより若干高く昇っていた。
「どのくらい落ちてた?」
「半刻も経ってはいないでしょうな」
「そうか……」
現状を把握したところで、さっきの事を思い出して思わず額に手を当てた。
「……なぁ、さっきの話だが」
「膝枕のですかな?」
「俺が気絶する前に言ってたことだよ」
“好いているのでしょう、その女性を”
その一言がまた頭の中で反響する。
「……正直言えば、俺にはそれがわからない」
「……どうやら本当に知らぬようですな。しかし、玄輝殿ぐらいの年であれば春画の一つくらいはお持ちかと思いましたが」
「生憎、そんなものとは今の今まで無縁だったからな」
そんなものを見たり買ったりする暇があったら山賊狩りに行ってたくらいだしな……
「ん? しかし先ほど艶本の中の話とおっしゃっていたではありませんか?」
「一度押し売りされて中身をざっと流しただけだ。微塵も興味なかったからな」
「……からかいの種になるかと思っていたのですが、これは重傷ですな」
こいつにそこまで言われるほどの事なのか……
「……そこまでか?」
「そこまでですな。男であれば誰しも興味を持つもの。しかし、玄輝殿は微塵も興味がないと心底思っておられるご様子。それは間違いなく異常かと」
「………………」
言い切った、か。
「まぁ、幸いにして玄輝殿は愛紗何某に惚れたご様子。これから十分取り返せるでしょう」
「ごぶふっ!?」
こ、こここここいつ!
「な、なんでそこで愛紗が!」
「ほう? 我らの中で唯一、真名で呼んでいるのに何にも思ってないと?」
「そ、それは、覚悟を決めた時に一緒にいたからで……」
「つまり、その役目が私であれば私の真名を呼んでいたと?」
「ぬぐっ……」
そこは、微妙な気がする……
「まぁ、その可能性は無きにしも非ず、という気がしなくもありませぬがおそらく無理でしたでしょうな。愛紗でなければ玄輝殿を正道に戻せはしなかったでしょう」
「正道、か……」
確かに、あのままだったら自分で決めた道とはいえ、修羅道を突き進むことになっていただろう。
「とは言っても、まだ残っている部分もあるようですが」
「……ああ。そうだな」
胸に手を当てて頷く。確かに心の奥底にある想いには気が付いた。でも、落ち着いて自分と向き合ったとき、復讐に燃える心も同時にあるのも分かった。
「だが、それを間違いだとは思わない。その乗っている片足も間違いなく俺なのだから」
「……まぁ、そこまで言い切れるのであれば人の道を踏み外す心配はなさそうですな」
趙雲はそれを言った後でいつもの皮肉めいた笑顔を見せた。その顔を見た時、彼女と別れの挨拶をするときに決めていたことを実行することにした。
「……趙雲」
「何か?」
俺は小さく深呼吸して、彼女と向き合うと頭を下げた。
「あの時はすまなかった」
小さく息をのむ音が聞こえた。
「……いえ、そう言っていただけるのであれば水に流しましょう」
そう言って彼女は右手を差し出してくれた。
「……ありがとう」
俺はその右手を握り、下げていた顔を上げる。
「さて、では誠意として一つ願いを聞いてもらいましょう」
「げっ」
「何を驚いているので? 水に流す、とは言いましたが、タダでとは言ってはいませぬ」
「後付けだろ! それは!」
「後付けであろうがなんであろうが示していただきましょう」
「ぐぅ……」
まぁ、こちらに非があるのは認めるが……
(どこかの高級メンマでも買って来いとか言わねぇだろうな……)
正直、旅の資金もそんなに多いわけじゃない。ここで使うのはいささか厳しいものがある。
「……メンマでも買って来い、と言われると思ってはいませぬか?」
「……………………いや? 思ってないぞ?」
「左様で」
くそ、こんな時に限って鋭いんだよな。なんて思っていると決まったようで、彼女の口が開いた。
「ふむ、では私の事も真名で呼んでいただきましょうか」
「……へ?」
「私も真名で呼ぶように、と言ったのですよ」
「……それで、いいのか?」
「良いと言っています」
であるなら、そう思って俺は再び深呼吸をしてその名を口にする。
「……星」
「うむ、しかと聞きました」
そして、久しぶりに趙雲、いや、星の普通の笑顔を見ることができた。
はいどうも、おはこんばんにちわ。
作者の風猫です。
というわけで玄輝の旅立ち編です。
彼はどこを目指すのか、別れをどの様に告げるか色々考えている最中です。
恐らくまた期間が空いてしまうかもしれませんがのんびり待っていただければと思います。
では、また次回。
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真・恋姫†無双の蜀√のお話です。
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