前口上
さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これよりは始まりますは、世にも珍しき千変万化の変面術を駆使した一篇の物語。
面白い事は、軒を借りてる神様に賭けて保証するよ、それが証拠に、前払いなんて吝嗇(けち)は言わない、お代は見てのお帰りだい。
神社仏閣詣では遊山にあらず、されど境内で奉納されてる芸を眺めて笑っていくのは功徳の内。
信者が楽しそうなら神様仏様も楽しいってもんだい。
一時足を止めて、浮世を離れて魂を遊ばせて行かないかい、御客人。
……うん?なんだい?嬢ちゃんの一人芝居じゃ、景気の良い奴は無理じゃないかって?
見くびって貰っちゃ困るよ御客人、このカクの手に掛かれば、梁山泊の英傑の会合も、趙子龍の一騎駆けでも思いの儘さ……ほーれ、変面術でござい!
あっはっは、吃驚したかい、これぞ虎髭で有名な張飛の豪傑顔だよ。
何だって、顔は凄いが体がちっこいままだ?
当たり前だよ、これはあくまで変化じゃなくて変面術だからね、体の方は、演技で魅せる。
それが俳優の心意気って奴だい。
さてお立合いだ、手前が手にしたるは、何の変哲も無い天秤棒だが、これが今より蛇矛と相成りまして、むんと臍下丹田に気力を込めて、隙なく構えをとりますれば、さて、御覧じろ、長坂橋にすっくと立ちたる張翼徳の威容あり。
ああああ、銭は芝居の後で良いよ、いや拒まないけどさ、ありがとね、どーもね、それにしても日ノ本のお人は三国志好きだねぇ、良く張飛の見せ場をご存じだ。
ん、でっかく見えたけど、何か術でも使ったかって?
どうなんだろうねぇ、術と言えば術みたいな物だけど、これは人でも使える俳優の術って奴さ、人を良く見て、その人に成りきる……時に豪傑となり、時になよやかな美姫となるも自由自在。
大事なのは実際の姿より、その傾きとか間合いとか手の表情とか声の抑揚とか、そういう微妙な所なんだよ。
具体的にどうなんだって……そうだねぇ、次は色っぽいお姉ちゃんやってみようか。
……色っぽいお姉ちゃんは流石に無理だって、どこ見て言ってんのさ、そういう大小の問題じゃないんだい。
ああ陛下……お別れの今、私が舞いますは、霓裳羽衣の曲。
雲を踏みて、手を星に伸ばし、天の川にこの身を委ね……。
いやだから、口上におひねりは良いってば、芝居の方でおくれよ……って、もう帽子が一杯になっちまったい、斉天大聖姉ちゃんならトンボを切って喜ぶところだろうけど、こりゃ困ったねどうも。
あ、お茶屋のおじさん、丁度良かった、この銭で皆さんにお茶振舞ってよ、私も一杯貰うから。
ん、何だい旦那?
今夜お店の宴席に出ないかって? 金なら出すから、さっきの楊貴妃全部見たい……あぁ、我が芸を求めるお誘いは、真に有り難き事なれど、実はこのカク主持ちの身。
寺社への芸の奉納ならば兎も角、主の許可なき遊芸の披露は禁じられております故、その儀は平にご容赦を。
え、主に直接掛け合う?
……いやぁ、そいつは止めといた方が良いよ御客人。
え、何でって?
いやいや、ちょいと考えて御覧じろ、なんせ、ウチの主と来たら、このカク以下、一人で城一つ位なら鼻歌交じりに落として、片手間に雲霞の如き軍勢を翻弄しようって式姫を数十人抱えて、大妖相手に大戦やらかす豪気な御方だよ、身の丈九尺の筋骨隆々たる傷だらけの体に武芸十八般全部修めて、その辺の妖なんてのは素手で捻って、叩いて搗いて餅にして、髭面の大口開けて、濁酒さら、纏めて三匹くらいは呑んじまうって豪傑様さぁ。
で、こんな顔してね。
うぬは、我が式姫をその辺の酌女とでも心得るか!そこに直れ、刀にかけては刃の穢れ、その細首なぞ、我が腕力(うでぢから)にて捻り切ってくれるわ!
ああ、悲鳴あげて逃げっちまったい。
というのは真っ赤な嘘で、優しいけれど芯は強い、カクご自慢のご主人様だい……と言う前に居なくなるとは、気が短い御仁だねぇ。
あはは、みんな笑ってら、え、あの旦那、あまりシモの評判が良くない、お嬢ちゃん断って正解だった。
……ああ、そうなんだ、いやそうじゃ無いかと思って断ったんだけどさ、世の中怖いね。
さてさて、忙しい皆さまのお時間を、これ以上頂戴するのも心苦しい、そろそろ開幕と洒落込みましょう。
これより披露いたしますは、手前がこの日ノ本のお国に来てからこっち、仲間と共に繰り広げました、愉快痛快な旅の中で出会った、ちょっと不思議なお話でございます。
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式姫プロジェクトの二次創作小説になります。
カクちゃんの口上考えるの楽しかったけど、こんな喋りだっけかな……