No.944006

孤剣 十

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。
童子切の昔語り。

2018-03-05 21:00:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:599   閲覧ユーザー数:591

 祠から出て、扉を閉ざし、童子切は青行灯と対峙した。

「別れは済んだかや」

「いえいえ、後で呑む約束をしましてね、一杯やらずば別れも成らぬという所で」

 別れはまた後ほどに。

「ふん……では覚悟おし」

「常住坐臥、覚悟は常に出来てますよー」

 ただですねー。

「ちょっと聞きたい事がありまして」

「何じゃな、今の妾は久しぶりに機嫌が良い、片足もがれた虫の声位は聞いてやろうよ」

「虫の音愛ずるとは、おサルの親分の割に中々に風流なお心掛けで」

 肩を竦めながら、童子切は言葉を続けた。

「どうやって、あの境内から外に出たんですかー?」

 外に出て、感覚を研ぎ澄ませてみて判ったが、この社の結界、未だに破られていない……。

 小夜も保護したというのに、何故奴は、力を取り戻した。

「ふふ……なに、あの男の血に連なる者は、一人では無かった……という事じゃな」

 その言葉の意味が腑に落ちたのか、童子切は明らかにげんなりした表情を浮かべた。

 何だろう、この、やさふろひめも喜ばなさそうな絵面は……。

「そこのおサルに男色まで仕込んでいたとは、中々に、私の想像を絶するいい趣味してらっしゃいますねー」

 白っぽい童子切の視線に、青行灯が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「うつけた事をほざくな式姫」

 くくっと笑って、青行灯は自らの下腹に手を当てた。

「あれの血肉、そして精には、まだ使い出が有ったと言う事よ」

「……成程」

 そういう事か。

 奴は結界を破ったわけでは無い。

 ただ、彼女を封じた者に連なる肉体を、深くその身に取り入れる事で……一時、青行灯をその一族に連なる者として、結界を誤魔化したのか。

 ならば、短時間しか、彼女は結界から自由ではいられまい。

(蟷螂の交接でしたか)

 とはいえ、どの道げんなりする絵面には違いない……童子切は肩を竦めた。

「何にせよ、平和的な良い解決方法じゃ無いですか、人と妖が和合して悪いって話はありません、定期的に仲良く二人で励む分には祝福しますよ……高砂を一節唸る程度はして差し上げますから、彼女は自由にしてやったらどうです?」

「そうもいかぬのよ」

 どこか、腐って落ちる寸前の果実のような笑みを浮かべて。

「妾があの境内から自由になるだけの、ささやかな精を頂戴したのじゃがな……」

 いや、人とは儚いもの。

「我らと人は結ばれぬ定めらしい、哀しやのう」

「それはそれは」

 青行灯の嘲るような言葉に、後ろの祠で、小夜が僅かに身じろぎする気配を感じた。

 もう父とも思っていない、決別した様子ではあったが、死んだと知らされれば、それは動揺もあるだろう。

「で、聞きたい事はそれで仕舞か、式姫」

 その手にした行灯の中で青白い炎が燃える。

「ええ、素面では聞いていられないようなのろけ話の数々、どうもありがとうございます」

「時間稼ぎにもならなんだなぁ」

「そんなつもりだったんですか?私からすると、さっさと貴女を斬ってお酒にありつきたくて仕方ないんですがねー」

 左手にした刀の鯉口が、きしり、と、静かに金属の軋みを上げる。

 童子切の構えを見た猿神がぎゃぁぎゃあと騒ぎ出すのを、青行灯は一喝した。

「鎮まれ!お前たちは手を出すではないぞ」

「おやおや、部下思いですねー」

「こやつらでは、貴様の体術相手では、妾に対する盾に遣われるのが落ちであろうよ」

 統制のとれない猿神を巻き込んで乱戦になった場合、寧ろ戦場での立ち回りに慣れた童子切を利するだけであろう。

 かといって、この戦場の興奮状態では、何か利口なふるまいを期待するのも望み薄。

 結局、程度の低い猿神共では、ここに待機させておくしか使い道は無いとも言える。

「使えない味方ばかりでお疲れ様ですねー」

 口に出さなかった部分も含め、青行灯の弱みは見切っていたのか、童子切が僅かに皮肉な笑みを浮かべた。

「ふん、もとよりこやつらは、小夜姫を逃がさぬための肉の壁よ」

「なるほど、何とかと鋏では無いですが、どんな代物にも、使い道は常にある物ですね」

 本気で感心しているのか、単なる皮肉か。

 存外真面目な顔でそう呟いた童子切が、鞘に左手を添え僅かに腰を落とす。

 青行灯が半身の構えを取り、行灯を後ろ手に隠す。

「ヌシとの勝負は、直接つけてくれようさ」

 我が手ずから式姫を殺す。

 そして、式姫を形作っていた天地の気を喰らい、彼女の力を我が物とする。

 さすれば……。

 もしかしたら、小夜など使わずとも、この社の結界を破る事も叶うやも。

 いや、それどころでは無い。

 あの酒呑童子や玉藻の前になりかわり、世に君臨する大妖怪の地位も。

 

 そんな青行灯の皮算用を知ってか知らずか。

「それは光栄です事で」

 その言葉を最後に、童子切の呼吸が長くゆっくりした物に変わる。

 青行灯の目が、すぅと細められる。

 猿神達の動きが止まった。

 自分たちなど比較にもならない獣同士が、眼前で争いを始めた事を、その本能が察知したのだろう。

 何も言われぬ内に、藪の中に紛れ、樹上にその身を隠す。

 黄色っぽい無数の眼光が注視する中。 

 みし。

 何かが、微かに軋んだ。

 僅かに動いた重心。

 祠の階に掛けていた、童子切の足の下で、それが鳴った。

 そう、理解できた者が、この中にどれ程居たか。

「きゃ!」

 祠の中の小夜が、地震かと疑った程に、その小さな建物が揺れた。

 童子切の踏み込みに、木の板が割れ砕ける。

 かなりの距離を隔てていた二人の間合いが、一息の裡に詰められる。

「燃え尽きよ!」

 青行灯がそれに応じるかのように、手にした行灯を振るうと、その行灯に開いた口から、ごうと青白い火炎が扇状に迸って、童子切を襲った。

 あの、神速を謳われた居合の妙技に対応するのは、今の青行灯ですら難しい。

 だが、こちらに突っ込んでくると判っていれば、目の前に網を張るだけの事。

 飛んで火に入る……。

 その、青行灯の眼前で、炎が割れた。

「ふっ!」

 炎を纏わせながらも、身を低くした童子切が、束に右手を掛けた姿で、こちらに駆け寄ってくる。

「何じゃと!」

 慌てて、だが身軽に青行灯が飛び退る。

 力を取り戻しつつある証か、その跳躍が早く鋭い。

 僅かだが、確かに奴の刀の間合いを外れた。

 そう安堵した青行灯の右わき腹に、鈍い痛みが走った。

 ぐぅと低く呻いた青行灯の目はそれを見た。

 鞘の鐺(こじり、末端部)を握って、刀を抜かぬままに突き出された、童子切の左腕。

 さながら槍のように突き出された刀の柄が、青行灯の脇腹を捉えていた。

 変形の柄当て(つかあて)、とでも言うべき奇手。

 命を奪うような一撃では無いが、童子切が繰り出した攻撃に、青行灯の足が止まる。

 童子切はするすると手元に鞘を引き寄せ、鯉口を切った。

 同時に、更に一歩踏み込み、青行灯の、致命の間合いを破る。

 

 だが、その足が、僅かに崩れた。

 

 かなりの距離を一瞬で侵略する、童子切の鋭く、強い踏み込みに加え、猛火の中を突っ切った中で、傷を負った足が耐え切れなかった。

 それでも抜き打たれた刃と、咄嗟に青行灯が翳した行灯の底が噛み合い、金属の軋る音が、静かな山の気を乱した。

 青行灯の手にした行灯の底部分に、童子切の美しい刃が食い込む。

 ……そこまでだった。

「惜しかったのう、式姫」

 行灯の面に目と口が開き、そこから響いた男の声には、勝利を確信した響きがあった。

 奴の右脚に十分な力が残っていれば、この身を両断されていたかもしれぬが……。

 今、ここに食い込んだ刃には、これ以上毛ほども斬り込む力を残していなかった。

「お主の渾身の一撃も、わが命には届かなかった」

 もとより、一撃しか、この右脚に余力は無かった。

 それが届かなかった以上……。

「……言い訳はしませんよー」

「ふん、潔い事ねぇ」

 喜悦の色を浮かべた、ぞっとするほどに美しい顔が、青白い炎の中に浮かぶ。

 手に灯した青い炎が膨れ上がる。

「では、そこにおいでな……今、その美しき姿を灰にしてくれよう程になぁ」

 無念と思う心もあるが、一剣届かなかった以上は、敗北を認めるしか。

「童子切!」

 

 戦場をつんざいて、その声が、死を覚悟した彼女を鋭く叩いた。

「小夜様?」

「死んではなりませぬ!」

 死んではならぬ……か。

 最後の一撃と覚悟して放った剣が届かなかった上は、剣士としては既に死んだ身ではあるが。

(……主命とあらば)

「死ねい!」

 童子切に炎を叩き付けようと振りかざした青行灯の腕を、刀の鞘が鋭く叩いた。

「ちっ!」

 放とうとしていた炎が明後日の方向に飛び、とばっちりを受けた猿神がぎゃぁと叫ぶ。

 その隙に、童子切は鞘を杖に、左足だけで、器用に後方に飛び退った。

 だが、地に着いた右脚に激痛が走り、童子切は膝を付いた。

 何とか、片膝立ちで、刀を支えに顔を上げる。

 その童子切に、祠から駆け出した小夜が足を支える様に傍らに立つ。

「未練な!」

「すみませんねー、やっぱり最後まで手向かう事にしましたよー」

 正直、次は難しいと思うんですが……ね。

 そう思いながらも、刀を鞘に納め、腰に佩く。

 その童子切の傍らで、小夜が決然とした目を青行灯に向ける。

 小夜は自身が童子切を護る盾となろうと言うのか、彼女の前で手を拡げた。

 だが、その目を冷然と見返し、青行灯はほほほと笑った。

「小夜姫、お主の命がその式姫の盾になると思っているなら、思い違いじゃ」

 青行灯と、翳した行灯から二つの声が陰々と響く。

「そこな式姫を滅ぼし、その気を喰らえば、我が力は神にも等しくなろうよ」

 さすれば、この地に妾を縛る結界など物の数にあらず。

 その言葉に、小夜はちらりと童子切と目を交わした。

 青行灯の言葉を首肯するように、童子切は小さく頷いた。

 それは事実。

 実際、童子切自身も、鬼王を退治た事によって、霊刀と呼ばれる程の力を得た。

 状況は、変わってしまったのだ。

 小夜の顔色が変わったのを見て取って、青行灯は嗜虐的に目を細めた。

「理解したようじゃな、もう妾にとっては、ヌシの命などどうでも良いのじゃ」

「……そんな」

「その浅知恵、かわゆいのう」

 ぬたりとした笑みを浮かべ。

「どうじゃ、そんな死にかけの式姫など見捨て、妾の玩具とならぬか?なれば、ヌシの命を永らえさせてやっても良いぞ」

 これから都に出るなら、この猿共では彼女の手足にもならぬ。

 ならば、彼女のような存在が居るのは、無駄にはならぬ。

 何より……あの式姫に、自分のした事の無益さを見せつけてやりたい。

 人を呪い、その式姫と生まれた魂をどす黒く染めて。

 その魂、妾が美味しく頂いてくれようぞ。

 

「どうじゃ、小夜姫?」

 

「ほんとうに?」

 暫し考え込んでいた小夜が、俯いてそう口にした。

 その言葉に、青行灯が勝ち誇ったように笑う。

 あの時、彼女が自害しようとしたのは、どの道死ぬと判断して選んだ道。

 生を、富をちらつかせれば、人など、こんなものだ。

 人の口にする誇りなど……所詮何かで買える、安っぽい物に過ぎない。

 命の為に、その尊厳を投げ捨て、恩人を踏みにじり……。

 ああ、何と人の下衆なるよ、何とその紡ぐ物語の無様で可愛い事か。

「おお、妾の為に立ち働くならば、行儀作法を一通り修めたヌシは貴重な存在よ、その命、助けてやろうな」

「父の代わり……ですね」

「そうじゃなぁ」

「都で、華やかに」

「左様、妾と共に来れば、地位も金も美しい衣装も思うが儘ぞ」

「そう……それが、父の夢でしたね」

 華やかな、見果てぬ夢。

「小夜様!」

 童子切が必死で声を上げる。

 その童子切に、僅かに彼女は振り向いて、寂しそうに笑った。

 

「……ごめんね、童子切」


 
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