「納得いかないの、どうして沙和が訓練教官を外されるの!」
「ウチもそうや、なんで工房への出入りを禁止されんねん!」
沙和と真桜が隊長に対して不満をぶつけている。
だが今回が初めてではなく、ここ一ヶ月ほど同じ光景を何度も目にしている事だ。
二人は懐妊し大変喜んでいたが、暫くすると情緒不安定になった。
普段はとても幸せな気持ちなのだが、時折強く不安な気持ちに襲われ心細くなるとの事。
その為に隊長へ八つ当たりしてしまい、後で非常に後悔して謝るを繰り返している。
尤も真桜たちに限った訳ではなく他の者でもあったことだ、それゆえ私達は交流を密にして互いに心の平穏を保とうと支えあっている。
今回は隊長が二人を散策に連れ出して、戻ってきた時は表情が穏やかになっていた。
「二人とも大丈夫か?」
「うん、凪、堪忍な」
「皆に申し訳無いの」
「気にするな、隊長が言っていた様にお互い様なんだ」
子を産むとは本当に大変な事なんだなと、身近にあると改めて強く感じてしまう。
訓練内容が胎教に悪いのも、工房が懐妊している者が入るには危険なのも二人は理解している。
もう臨月間近の七乃たちにも万全の準備態勢が整えられているが、誰もが喜びよりも不安を感じているのが分かる。
しかしこればかりは千の言葉でも解消されないと、経産婦である紫苑の言葉だ。
だからこそ寄り添い励ましあう、今はそれでいいと。
「凪ちゃんも早く子供作るの」
「そやそや、ほんで辛い食べ物とはおさらばやな」
「うっ、分かっているが少しくらいなら・・」
「駄目に決まってるの!」
「言っとくけど乳を飲まんようになるまでやからな」
二人がからかってくるのはあれだが、不安な顔をしているよりずっといい。
・・だが私は、子を成す事が果たして出来るのだろうか。
史書華伝 第二章 李典伝より抜粋
華国の前身である袁家から仕えていた臣。
側近中の側近で、北郷王三羽烏と言われた一人。
秀でた工作技術は並ぶもの無しと言われ、政・軍事に於いて欠かせない華国の重鎮。
北郷王の后が一人。
一男三女の母。
発明品は民の日常生活にも多大な恩恵を与え、また男女間の縁を深めるものまであったとの逸話すらあり。
史書華伝 第二章 于禁伝より抜粋
華国の前身である袁家から仕えていた臣。
側近中の側近で、北郷王三羽烏と言われた一人。
戦での功績に目立つものはないが、訓練・輜重・治安と裏方にて華国を支えた功臣。
北郷王の后が一人。
四女の母。
趣味が高じ作成した美容品や装飾品は民に絶大な人気を得、その流れは今日に至る。
「真・恋姫無双 君の隣に」 外伝 第3話
今日は良い天気ですね、木漏れ日が心地良いですよ、ふふー。
風の膝で寝ている猫さんも気持ち良さそうで、お茶の香りもささくれ立つ心を癒してくれるのです。
なにしろ数日振りの貴重な休憩時間なのですから。
「風、色々大変なのは分かるよ。・・・でもさ、朝からずっと俺の膝の上で過ごすのはどうかと思うんだ」
おや、お兄さんが何か言ってますね。
「ニイチャンよ、子供の出来たネーチャン達には午後は働かないように言ったんだよな」
「・・・・・」
母体に負担を掛け過ぎない範囲でのお仕事、いいと思います、全く仕事に触れないと不安になりますからね。
「だから午後の仕事は他の臣に割り振ってるのが現状だ。新しい臣も仕事を覚えれて悪い事じゃねえ。・・でもよ、その皺寄せを最も受けてるのは一体誰だ?」
「・・・・・」
おやおや誰なんでしょうか、風には心当たりがありません。
さぞ大変な思いをされてるんでしょう、涙を誘うのですよー。
「勿論ニイチャンが大変なのも分かってるさ。だからこそ心を癒す存在が大事だと思わねえか?」
「・・・思います」
宝譿、あんまりお兄さんを苛めてはいけませんよ。
皆さんの抜けた穴が埋まるにはまだまだ時間が必要でしょうし、お兄さんも本当に頑張っているのですから。
「ホント、風には敵わないな」
おや、抱き締められてしまいました。
ふふー、お兄さん、風はこれからも一緒にいるのですよ。
史書華伝 第三章 程昱伝より抜粋
曹操に仕え魏国降服後に華国臣となる。
俯瞰的視点より数多の献策を進言し、その的確さから重要案件に於いては常に意見を求められた。
北郷王の后が一人。
二男一女の母。
人の心理を読むことに長け、掴みどころの無い性格であったという。
季衣が徐州に向かって一ヶ月が経ち、視察と迎えを兼ねて私が派遣されました。
作物が芽を出し始めてます農地を見て感嘆します、以前は荒地だったと聞いても信じられない人が大半でしょう。
国が本気で取り組めばこうも違うものなのかな、と農民出身の私には複雑な思いです。
「流琉、迎えに来てくれたんだ」
「あ、季衣。そうだよ、御疲れ様」
治水工事に従事している季衣に声を掛けられ、私は手に持っている昼食を渡して食事を摂り始めた季衣を他所に、改めて農地と変わった大地に目を向けます。
華琳様にお仕えする前の村に居た時は農作業が本当に大変でした。
若い人達は兵士として徴用されてるのに、税を納める事は私達の命より優先という役人。
朝から晩まで働き詰めで、どうにか自分達の食を確保していました。
でも今は兄様が行なっている政で様変わりしています。
まず兵士さんは全て職業兵として国に雇用される事になり、希望しないと兵士にはなれなくなりました。
そして年一度の試験が実施され、合格しない限り採用はされません。
更にそこから徹底的に訓練が施されてようやく軍属になります、その頃には別人と言ってもいい程だそうですが。
そんな実情でも兄様の下で働きたいと志望者は絶えないそうです。
あと成人に達した者は希望すれば土地と家が与えられます。
流石に無条件ではありませんが、それでも若者の奮起を促すには充分過ぎて、親としても子供を生み育てる事の不安が軽減される事は大きく、そのせいか大陸では多くの産声が上がっています。
「あ~、美味しかった」
「・・分かってたけど全部食べたんだね。お昼から動けるの?」
「大丈夫、動けば直ぐにこなれてくるし。尤も殆んどの作業は終わったから僕の出番はあんまりないかも」
「もう、季衣ったら。でもそっか、もう終わりなんだね」
「うん、これだけ多くの人でやったらあっと言う間だったよ」
・・そうだよね、何しろ総数二万の兵士でやってるんだから。
戦うのが本業の兵士さん達に農作業、兄様らし過ぎて華琳様や皆さんが大きな溜息を吐いてました。
「流琉。僕ね、やっぱり戦より畑を耕す方が好きだよ」
優しい目で畑を見ている季衣。
私も季衣も既に秋蘭様と同じ位に背が伸びて、服装や髪型も自然に変わっていきました。
それでも大人になってる実感は無かったんですが、一ヶ月振りに会った季衣は凄く大人に見えます。
「そうだ。兄ちゃんは元気?」
「う、うん、元気だよ」
「ようし、戻ったら今度こそ兄ちゃんと子作りするぞ!」
「ちょっ!季衣!?」
いきなり何て事言うの!
「だって兄ちゃん、未だに僕達に手を出さないじゃん。前の時は直ぐにお願いを聞いてくれたのに」
そ、それは私も内心不満に思ってはいたよ。
でも兄様が、「あの時は若気の至りで本当にごめん。流琉と季衣の事は絶対に好きだけど、お願いだからもう少し待って下さい」って土下座してまで謝られました。
身体が成長しきる前の行為は女の人に多大な負担を掛けるから、将来に響く傷を残しかねないと。
小柄と未成長は全然違うって。
・・私は自分の胸に目を向けます。
うん、そうだよね、もう充分育ったし待ったもんね。
「分かったよ、季衣。戻ったら一緒に、ね」
「うん」
史書華伝 第四章 許褚伝より抜粋
曹操に仕え魏国降服後に華国臣となる。
将軍でありながら農地開拓や灌漑整備といった国土開発に多大な貢献を残す。
北郷王の后が一人。
三男二女の母。
民から農の守護者と称えられた。
史書華伝 第四章 典韋伝より抜粋
曹操に仕え、華国派遣後そのまま華国臣となる。
近衛軍副官と宮廷料理長を兼ね、北郷王の公私を支える。
北郷王の后が一人。
二男三女の母。
北郷王と共に作成したと言われる料理文献「一琉記」の著者。
・・うん?なにか触れられてる感じが。
閉じていた目を開くと、もう休んでいたと思っていた凪が俺の肩に指を這わせていた。
いや、違う。
肩ではなくて以前の戦で残った傷跡に。
「凪?」
「あっ!も、申し訳ありません、起こしてしまいまして」
「目を瞑っていただけだから気にしなくていいよ」
「すいません」
これは謝り続けそうだと思って強引に抱き寄せる。
「あっ」
続いて髪を優しく撫でていたら、目を閉じてされるがままに身を預けてくれた。
暫くして凪が真桜たちの事を話し始める。
楽しそうに話しているが、先の俺の傷跡に触れていた事や言葉の陰に隠れているものから凪の苦しみが見える。
自分は子を産めないのではないかと、多くの傷を負ってきた此の身には。
・・神ならぬ俺に答えれる事じゃない。
傷跡に関しても凪なら誇りとしか言わないだろう、内心はどうあれそれも凪にとっては真実だから。
だったら傷跡を治せばいい?
・・そうじゃないと俺は思う、否定する事でも肯定する事でもないんだ!
「・・凪、愛している。・・どこにも行かないでくれ」
唐突な俺の言葉に凪が目を見開く。
・・俺にとって凪は唯一人なんだ。
誰にも代われない、掛け替えの無い女性なんだ。
俺にとってはそれだけか真実。
・・凪の目から涙が零れてくる。
「はい、はい!ずっと、ずっとお傍にいます!」
強く抱き締めあう、少しでも触れ合っていたくて。
凪は確かに此処に居てくれていると。
史書華伝 第二章 楽進伝より抜粋
華国の前身である袁家から仕えていた臣。
側近中の側近で、北郷王三羽烏と言われた一人。
華国筆頭武官、北郷王より絶大な信頼を受け軍を統括する。
氣の達人であり、城壁すら破壊すると言われた。
北郷王の后が一人。
三男三女の母。
北郷王逝去後、殉死ではないが一ヶ月と間を置かず後を追う事となり、彼女を知る者は誰もが納得していたと言われる。
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あとがき
小次郎です。
少し間が空いてしまいましたが投稿させていただきました。
読んでいただけたら嬉しく思います。
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