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呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第011話

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。無事今年もやってまいりましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
私は見てのとおり新年一発目の投降をしておりますが、気がつけばこのサイトに出会って10年。投降を始めて7年経ちました皆さんの応援のおかげでここまで来れました。
それに加え、去年は王冠なんて大層な物を数個の作品でいただきました。これからもIFZこと無敵要塞ザイガスをよろしくお願いします。

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2018-01-02 22:58:21 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1844   閲覧ユーザー数:1677

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第011話「嫉妬」

 場内の廊下にて。地団駄踏む勢いで闊歩する二人がおり、その二人は勢いそのままに場内の一室の扉を開く。怒りの剣幕そのままに、彼女らは直談判した。

「何故じゃ李鄒(りしゅう)はん。何故留梨が将に選ばれてる傍ら、ワシらは未だ鉄砲玉なんじゃき?」

話したいセリフを全て言われたのか、隴の傍らにいた夜桜はウンウンと頷いている。突然のノックも無い来訪に、李鄒は食べかけの饅頭を落としそうになるも、慌てて受け取り一息付いたが、しかし饅頭の熱が手に伝わってきた瞬間、彼女は飛び上がって絶叫し、それに伴い受け止めた筈の饅頭も床に落としてしまった。その時、談判に来た二人は時が止まった気がした。次の瞬間、先ほどの剣幕は何処へやら。李鄒から崩壊したダムから水が流れるぐらいの氣を察知したのか、二人の額から脂汗が止まらなくなった。やがて時の流れが進んだのを感じたのか、李鄒は振り向きを認知できた。

「......部屋の扉を叩かずあたかもいきなり入ってきたと思えば脈略も無く自分の言いたいことだけを喋りこっちは日頃の愛華(メイファ)様から押し付けられた仕事からようやく解放された時間で楽しみにしていた限定饅頭を買いに走りようやく手に入れたのにこっちはびっくりして落としてしまったそもそもの原因が入室前の部屋の扉を叩く行為これが重要なのよ「来たよー」という意思表示を示す為に呂北様が考案した画期的な方法であるのにウチの隊の連中は毎回これを忘れるそもそも何故ウチの隊の連中は馬鹿な奴らばかりなのかしら私は武官じゃないとあれほど言っているのに何か他の者に話すとき「李鄒様は優れた武官」って何度も言ってるけど私は文官なのよ文官何が「鬼狼隊」よ鬼狼隊って一端(いっぱし)の名前付けて貰っても頭が不機能なら意味ないじゃない鬼狼じゃなくて不脳よ脳が不能してる「不脳隊」よなんてしっくりくる名前かしらこれから街中に広めようかしら李封従兄(にい)さんがなんて言うか知らないけどそもそも何故従兄さんが文官なのよ元は武官だったんじゃないの嫌なら断ればいいじゃない全くお人よしは相変わらず何だからこの前も城の女官の荷物を持ってあげて女官に「キャー李封様頼もしいですぅ」とか言われてデレデレしてそりゃ従兄さんは顔はそれなりに整ってて身長も高いから頼り甲斐はありそうに見えるけど家では案外というか存外にだらしないのよこの前も――」

後半はこの場の内容に全く関係ない、句読点が全くない小言を呪言(じゅごん)の様にぶつぶつと呟き出した李鄒であり、明後日の方向を向いて気がこっちにいっていないのか、これを良い機会と判断して、隴と夜桜は忍び足でその場を去ろうとするが――。

「さて、僇庵(りくあん)殿元奘(げんじょう)殿。こんな状況の中で一体何処を行こうというのかな?」

去ろうとした二人は軋む木の骨組みの様な音を鳴らしながらその場を振り返れば、それはそれは満面の笑みを浮かべた李鄒が仁王立ちしており、彼女は言葉を続ける。

「サテ、ワタクシノワズカナタノシミヲ、ドウシテクレタノカシラ?イッタイアナタタチハドウシタイノカシラ?ナゼサイキンニイサンノカエリガオソイノカシラ?(さて、私の僅かな楽しみを、どうしてくれたのかしら?一体貴方達はどうしたいのかしら?何故最近従兄さんの帰りが遅いのかしら?)」

もはや質問の趣旨や怒りの矛先の趣旨が混ざりまくっている李鄒の回答であるが、今この場で二人が出来る最上級の選択肢が一つだけあったそれは......。

「とりあえず――」

「後ろは振り向かず――」

「ただ前に足を向けて――」

「全力を持って――」

「「逃げる‼」」っと同時に言った言葉を皮切りに、二人は部屋を飛び出した。無論怒りの沸点が最高潮に達している李鄒がそんなことを許すはずも無く、また何かを呟きながら二人を追いかけ始めたのであった。

余談であるが、李封と李鄒は同居しており、最近李封の帰りが遅いのは、ただ単に残業が長引いてしまっているだけである。また二人はまだ恋人などという関係でもない。まだ。

 

 李鄒の鬼ごっこが開始されて一刻は経つのであろうが、未だに彼女の怒りは収まることなく当事者の二人を追いかけまわしている。もういっそ捕まって大人しく裁きを受け入れようかとも思ったが、しかし夜桜が「捕まった後どうナルネ?」っと呟いた瞬間、尋常ではない悪寒が襲ってきた。恐らく死の悪寒であろう。改めて逃亡を決意した二人であるが、ある者の声により、一つの部屋に導かれ、そのまま部屋に入った瞬間緊張の糸が切れたのか、二人は切れた糸人形の様にへたり込んだ。

「あら大丈夫かしら?とりあえず水でも飲めば?」

謎の女性にそのまま水を受け取り、二人はがぶ飲みしながら水分を喉に通していった。それを察したのか、謎の女性は再び水を手渡した。始めに夜桜がその女性の顔を見た。助けてもらった上に、礼を損なうなど仁外畜生に劣ると思ったからなのだが、女性の顔を見た瞬間、夜桜の腰は笑いながら、そのまま尻餅を付いてしまう。そして振るえる声で友の名を呼び、力なく振るえる手で友の肩を揺すった。隴は疲労により若干意識が朦朧しながらも、顔を上げると、次の瞬間彼女も疲労混濁は何処へやら、頭にしっかりと血を巡らせて情報を整理し、脊髄の反射の如く二人共、体は同時に土下座を行ない、謎の女性の前にひれ伏していた。

「そんないきなり体を動かしたら、肉離れ起こすわよ。そんな畏まった態度を取らなくても......」

だが二人共、目の前にいる人物の前ではそうはいかなかった。斬首されることの覚悟はもとより、自分達の不敬なふるまいを、目の前の呂戯郷夫人・王異の前で頭を下げ続けた。

 

「さぁさぁ、とりあえずは食べなさい。ホントは一刀の為に作った物だけど、今日の緊急集会でしばらくこっちに来れないみたいだし、それに一人じゃこれだけの量も食べきれないし」

現在二人は呂北邸に居た。彼女の名は王異と言い、一刀の妻である。元は西涼の名のある豪族の出身なのだが、一刀の所に亡命して、一刀の養父である丁原が西涼との関係を作る為に一刀と婚姻を結ばせた。所謂政略結婚である。よく政略結婚の果てにあるものと言えば、夫婦とは名ばかりで、夫は側室や妾を作ってそちらを寵愛し、妻も妻で外に男を作るなど言う例もあるが、少なくとも二人の関係は仲睦まじく良好に見え、領内では名の知れたおしどり夫婦と認知されている。王異は二人を自宅に招き入れると、既に用意していた材料で料理を作り、隴と夜桜に振舞った。最初二人は人知れない場所に連れて行かれ斬首されるのかと思っていた。そして辿り着いた先は、明らかに周りの住宅とは違う大きさの呂北邸であった。だが実際に大きいのは土地の面積だけであり、住宅は周りの家のおよそ二倍の大きさで、庭の面積は住宅のおよそ2倍程である。それでも十分な大きさを誇ることに変わりは無いが、住宅内は二人が思っていた、煌びやかな装飾品が飾っているわけでは無く、下駄箱やタンスなど生活に必要なものだけである。一つ違う点があるとすれば部屋の廊下に数枚ほど見事な絵が飾られていることであろうか。あたかも額縁より虎が飛び出してくるものがあれば、箱の中で猫が丸まって出れなくなっているものもある。つい身を屈めたり、手を触れようとした時、何時まで経っても出てこない動物や、触れた瞬間に固形物と初めて分かった時、王異は小さく笑った。そしてそれが絵であると指摘されたとき、二人は物の怪でも見たかの如く驚愕の表情を浮かべた。特に隴が目を見張ったのが、現在二人がいる客間に飾られた、鶏の卵から雛が孵り、(ひよこ)に成長した雛が、鶏にならず、大きな翼を持ち、そして何時の間にか金色の鳥に成長して夜空に羽ばたいていく。またその絵の端には、燃える丸い黄金より銀色の翼の雛が生まれ、雛が鶏になったかと思えば、その成長過程にてそのまま太陽の指す地面に横たわった。そんな一枚の絵だった。

「......見事な絵じゃき。あたかも本当にそこに存在するものの如くじゃ。さぞかし名のあるん絵師が書いたもんですかのぅ。姐さn......いえ、奥方様」

急に畏まった隴に、王異は微笑を漏らす。

「別にいいわよ。変に畏まられても堅苦しいだけだし、『姐さん』でも別に問題ないわ」

まさかの許しに隴の顔は赤くなり、主従関係における体裁の趣旨を論じようとも、人生経験の差か、逆に丸め込まれ、多少の気が引けるも隴は王異を『姐さん』と呼ぶことになった。二人は王異に再度施され、用意された食事にありついた。用意された料理は、魚の塩焼きや暖かな汁物と白米といった、少し裕福な家庭で出されている様なごく一般的料理であったが、彼女のいう『作り過ぎた』のか、はたまた客人に気を使ってなのか、おかずの逸品である野菜炒めと白米は少し多めに盛られている。十代の若い二人の心境としては、そこに肉類があればなお最高なのであるが、自ら仕える主人の奥方に手料理を振舞ってもらっているのだ。それ以上の要求は返って無礼にあたると思い、合掌をしてご相伴に預かったのだが、料理を一つ口の中に入れた瞬間、その思いは吹き飛んだ。野菜炒めの火の通し具合といい、熱すぎず冷め過ぎずの汁物の温度といい、米粒の立った白米といい、それを引き立たせる魚の塩焼きといい完璧である。

箸が止まらなくなった二人は自分達の気付かないうちに食事を全て平らげてしまい、そこでまた王異に微笑されて今度は二人とも顔を赤くしてしまった。王異は食後のお茶を用意し、改めて二人は彼女と面と向かって話すこととなった。

「そこの絵、一体誰が書いたか分かる?」

隴と夜桜は言わずもがな絵に関しては全くの素人であり、二人して首を横に振る。

「その絵はね、一刀が書いた物なのよ」

それを聞いた瞬間また二人は驚愕した。今まで二人は一刀の趣味や好きな物を見たことも聞いたこともなかった。自らが仕える主人のことであるから、その者の好きな物やハマっていることに興味を引いていたのだが、見ている限りでは彼にはそんなものは皆無に思えていたのだ。城に出立すれば政務に携わり、昼が来れば部下を引き連れ街に食べに行くか食堂で昼食を済ませ、時に現場である戦場に繰り出しては、夕方になれば指示を残して(時に王異が迎えに来て)そのまま帰宅。時に仕事終わりには部下や女官なども引き連れて、街に繰り出しては夜の街で酒に溺れてそのまま酒屋で朝を明かすなど、現代でいえばごく一般的なサラリーマンの様な生活を送っている。初めて二人が一刀を見た時、彼の背中に後光が射していたかのように思え、あたかも戦の武神ようにも見えた。自分達の近くにいるかと思えば、限りなく高い場所にいる一刀の新たな一面を見れて、二人は少し満足げになる。

「いい絵でしょ。一刀はね、この絵の題名を『器』って付けていたわ」

王異は一刀に聞いた物語を語りだした。丸い黄金と一つの白い卵が存在し、黄金より銀色の翼の雛が、卵よりは鶏の雛が。同時に生まれ出た雛のうち、銀色の翼の雛は様々な者の恩恵にて食も困らずすくすく育っていった。それに対し鶏の雛は頼れるものなく、自ら食を手に入れなければ生き残れなかった。親は既に用済みとされて何処かの誰かの胃に収まってしまったのだ。銀色の翼の雛は狩りも覚えずに与えられる餌で育ち、鶏の雛は狩りを覚えその日を生きた。時は流れ銀色の雛より毛の輝きが失われた。惰性的に日々を過ごしていたために、毛の手入れを怠ってその輝きを失っていたのだ。対して鶏の雛は、狩りして日々を過ごしていくうちに、やがて毛並みは柔らかな黄色から堅い茶色毛並みへと変わっていく。普段の狩りで流した血汗。敵に対する防御への生存本能からの結果である。さらに時は流れ、輝きの失った鳥は価値を見いだせられなくなり、餌も与えられずやがてやせ細り。対し堅い茶色の毛並みを持つ鳥は、空で狩りをすること覚え、その瞳は千里を見渡すかの如くに大きく開かれ、(くちばし)は刃物の如く鋭利に研ぎ澄まされ、同じく毛並みも成長し、研ぎ澄まされた刀の如く、太陽の光も反射するかの如くの毛並みを手に入れた。やがて見放された鳥は炎天下の地面の上で倒れ力尽き、誰も看取る者も居ないままに、蟻がその死骸を処理した。対し千里を見渡す目を手に入れ、触れるものすべてを傷つける嘴を手に入れ、太陽の光をも跳ね返す毛並みを手に入れたかつての(ひよこ)は、漆黒の夜を、光も無くとも輝く大きく成長した黄金のその翼を開いて飛び立ち、月へ向かって飛び立っていった。

王異が話し終えた後、何故彼女がそんな話をし始めたのか、二人は疑問に思った。そして今の自分と絵を不思議と照らし合わせていたのだ。

「この絵......あげるわ」

「え?」

「そんなよろしいアルカ?」

「いいわよ。絵はもっとも気に入った人に貰われるのが一番だから。一刀には私から言っておくわ」

「......あ、あの、姐さん。この絵の価値って一体?」

隴は思わずそんな質問をしていた。絵に関して全くの関心なく、まともな絵など見たことも無い隴や夜桜であるが、踊り場や目の前の絵に関しては一刀の魂が宿っているようでいて、心なしか法外な値が付くものと思ってしまった。

「さぁ。私は素人だから全くわからないけど、前に家を訪ねてきた都の偉い方?は三万石で買いたいって言ってたわね」

「「三万石‼‼‼‼????」」

二人はその法外な値段を聞いて声をハモらせる。後漢末期の三公(大尉.司徒.司空)の月給が月350石程であるので、大体その給料の役七年分ぐらいである。無論元田舎娘である隴と夜桜が三公の給料など知るはずも無いが、とてつもない法外な値段に只々恐々と慄いた。

「一刀は一蹴していたわ。偉い方?は値段が不服か?ってさらに釣り上げたんだけど、でも一刀は魂を込めたこの絵は売れないって譲らなかったわ。その代わり他のを別の物で譲歩して貰ったけど......まぁ、いいわ。持って帰って」

「「いやいやいやいやいやいやいや」」

気さくに絵の入った額縁に手を伸ばした王異であったが、二人は慌ててその行動を止める。

「......?どうしたの?欲しくないの?」

「いや、姐さん‼欲しい欲しくないの問題じゃなく、親分のそんな絵の代金なんぞ、ワシらの一生かけても手に負えんじゃき‼」

「......でも欲しいんでしょ?大丈夫。お金なんて要らないから」

「違うアルネ‼根本的に違うアルネ‼そもそも主様にはどう言えば言いアルカ!?」

「私に貰ったって言えばいいんじゃない?大丈夫。何か言って来ても、そう言えば何かと収まるから」

「「いやいやいやいやいやいやいや」」

そんな堂々巡りなやり取りが半刻ほど続き、やがて二人も観念したのか、布に包まれて渡された絵を、振るえる手で持って帰路に着くこととなる。包まれた布もまた高級そうな素材であったが、二人は既に何もかも諦めたのか、黙って受け取る。そして玄関にて三人はまた言葉を交わす。

「姐さん、今日は何から何までかたじけんでありました。今すぐにでも恩返したいんですが、そうもいかんき。代わりに儂の真名受け取ってくれんですか?」

彼女の言葉に夜桜も続いた。

「いいのよ。半分こっちの押し売りみたいなm「それじゃあウチらの気が済まないアルネ‼」......そう。わかったわ。だったら私も真名を預けます。私の真名は白華(パイファ)です。貴方達の真名を教えて」

「......本来儂らが言い出したことんですのに、先に真名を頂けるとはこれ以上ない光栄です。儂......いえ、私の真名は隴です。奥方様、この命一刀様と白華様に捧げます」

「私も捧げマス。私は夜桜。ドウカこの命、如何様にもお使いクダサイ」

二人は拱手の礼を取り白華の前を後にした。

 

 二人は兵舎に戻り、与えられた絵を眺めていた。そして何かを決意した後、絵を一度しまった後に就寝した。

※ちなみに二人のいる兵舎は、扶風の城に勤める者の為の借家であり、二人一部屋を規則として、月々の借家代は、給金より天引きされている

翌朝、二人は高順の下に出立すると、臧覇隊に戻して欲しいと改めて異動届を出したのだ。高順は何故と問いかけると、二人は「自らを高めるため」と言った。異動としては曖昧な理由であったが、高順は軽く両頬を釣り上げると、了承印を力強く押し渡した。

去り際に高順には「二度と戻ってくるな」と言われたが、何故かそこに嫌味は感じなく、寧ろ送り出してくれているとも取れた。

二人は半年前までは毎日訪れていた警備屋敷にやってきた。そして馴染みのある部屋にやってくる。馴染みのある部屋であるはずだが、その扉を開けることに若干の戸惑いを感じてしまう。しかしそこで躊躇しても何も始まらないと悟り、二人はノックをする。部屋からは半年間聞いた涼し気な声が聞こえてきて、二人はそれに応え入る。

部屋の主である臧覇は、今日も誰よりも早く出立していた。思い返せば、二人は臧覇より早く出立したことも帰宅したこともなかった。これは決して彼女たちが仕事をサボっていたわけでは無い。二人は仕事に愚痴を零しながらも、勤務時間内はキチンと仕事は行なっていた。ともすれば、単純に臧覇がより多くの時間働いているだけだ。これはただ単に臧覇の意思である。彼女は常に誰よりも早く出立し、誰よりも遅く残り、誰よりも多くの仕事をしていた。別に彼女の効率が悪いわけでは無い。寧ろ周りは少し休む様に彼女に進言しているぐらいだ。そんな時苦笑しながらもいつも仕事を続けるのは、彼女の性分なのであろう。そんな直向きな姿勢に下は魅せられ、臧覇の部下は進んで仕事に取り組んでいる。一刀はこの件を問題として扱い、勤務体制の改善として取り上げることになるのは、また後の話となる。依然として臧覇は書簡に筆を走らせては案件を片づけていき、そんな以前の上司の前に立つと、二人は頭を下げた。そして言った。「もう一度貴方の下で働かせて欲しい」っと。臧覇は二人が以前異動届を出した時と同じ様に了承の返事をした。そして今回の異動届の提出を求め、それを受理すると、「仕事に取り掛かって下さい」っと言った。余りにもあっさり済んだことにより二人は若干拍子抜けしてしまうが、後ろを向いて部屋を出ていこうとした時、臧覇が筆を置いて二人に言った。

「あぁ、私としたことが大事なことを言い忘れていました。お帰りなさい」

隴と夜桜が再び振り向くと、臧覇はまた仕事を始めており、二人は改めて部屋を出ていく瞬間、思わず顔が綻んでしまった。

一人となり静寂となった部屋の中で、郷里も思わず微笑を浮かべながら、仕事を片づけていった。

 


 
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