良い天気だの。
先程まで居た子供達も遊びに行って静かなものじゃ、穏やかな風に聞こえてくる鳥の声は杜鵑か?
このまま風や陽に溶けるのも良いかもしれぬの。
「美羽お姉様、お休みになられるのでしたら中に入られては如何ですか?」
「此処でよい、気を使わせて済まんの、璃々」
妾も最早満足に動けず世話になっとる身じゃので、折角の機会を棒にふりとうはない。
「では、お茶をお持ちします」
璃々が立ち上がり背を向ける、その背を小さくなったと思うてしまう。
自然な事なのじゃがな、一刀が死んで二十年の時が過ぎたのじゃから。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第77(最終)話
「早いものですね、もう建国祭の準備が進められているとの事ですよ」
「初期の頃とは比較にならぬ程の規模になっておるからの。一刀が生きておれば準備の段階で燃え尽きておったろうな」
「ええ、本当に」
二人して微笑み、懐かしき日々に思いを馳せます。
賑やかな喧騒に興奮し過ぎて、母や七乃さんに窘められてましたね。
一刀様の背に隠れて怒りの矛先を逸らしたりした事も。
「ですが一刀様の事です、懲りずに働こうとして周囲にお諌められる姿が目に浮かびます」
「そうじゃの。最期の最期までその身を民に捧げおった」
「はい」
一刀様は亡くなられる二ヶ月程前に、御自身を火葬するようにと言い残されました。
正確には火葬を法として施行する為に、自ら率先して行なったのです。
今でこそ普通に行なわれるようになりましたが、それまでは埋葬でしたので民に大きな衝撃を与えました。
特に華国の政を非難していた儒者達は騒ぎ立てましたが、実施された事によって多くの者が姿を消しました。
「どんなに理屈は正しくとも、人の気持ちを置き去りにするような事を誰が納得出来ようか。じゃからこそ自らの身で示す時まで法としなかったのじゃからな」
「その通りです。私達がお止めしても民の為にと必死にお願いされました。だからこそ私達はその意志を受け継いだのですから」
「思い切り泣かされたがの」
「ですが誇らしい気持ちになりました。臣として、あの方の后として」
ええ、本当に。
「・・一刀は璃々を后にする気は無かったと思うがの」
「ホホホ、年の差など幼少からの一途な想いに比べれば障壁に有らずです。既成事実は全てを成立させましたわ」
「・・紫苑の娘じゃの」
「その母も応援してくれましたから。母と一刀様の間には子が出来ませんでしたので、私に託していたのかもしれません」
私は二人の子を産み、今では孫が七人です。
美羽お姉様は三人で、孫は確か八人でしたでしょうか。
「子か。七乃や麗羽お姉様を皮切りに次々と生まれて、感動に浸るどころか疲れ切った記憶しかないがの」
「私は幼かったので朧気なのですが、大変だったのは感じてました」
今なら理由も分かります、初の出産であり子育てを為すにも未経験の者ばかりだったのに、一刀様が乳母は付けても最小限にと言われたからです。
皆さん抗議されたそうですが、一刀様は一歩も譲らなかったとの事。
「本当に大変じゃった。赤子の世話で皆が日に日にやつれて、これはイカンと全員が後宮に集まっての生活になったからの」
「・・私が書物で学んだ後宮とは随分違ってました」
「それはそうじゃ、あれは家族の家であって権力とは無縁のものじゃ」
子は后全員の子で、后は子全員の母でした。
一刀様は忙しくとも后や子と過ごす時間を大切にされていましたので、何時でも賑やかで温かな空間だったのです。
権力闘争があったとしたら、次期王の押し付け合いくらいでしたね。
・・そして残っています后は私と美羽お姉様だけ。
子供達は新たな家庭を築く為に旅立っていきました。
「建国祭には、また大勢が顔を見せにくるのでしょうね」
「うん?普段から子供や孫達は来てるであろう?」
「いえ、孤児院出身の方達の事です」
「・・既に施設は無きに等しいのじゃがな」
孤児の為に尽力されてきたお姉様は、無数の人達に母や姉として慕われてますから。
ですがその功績は、皮肉にも姿を失いつつあります。
「平和になり皆も大人になって、孤児は激減しましたから」
「良い事じゃ。一刀が天の御遣いなんて居ない方がいいと言うてた事がよう分かるの。無用である事こそ幸せなのじゃ」
本当に嬉しそうなお顔です。
ですが、きっと一刀様やお姉様の事を人は忘れないでしょう。
想いは引き継がれると、私はそう思います。
「・・璃々よ、すまぬが膝を貸してくれぬか?少し疲れたようじゃ」
「喜んで」
私は美羽お姉様の願う通りにします。
本当はお部屋に戻られた方がよいのでしょうが、私もしてあげたいと思ったので。
膝に頭を置かれ、その軽さに少し寂しくなります。
「お姉様、おやすみなさい」
「・・ありがとう、璃々。・・・・・・一刀、・・おやすみ・なの・じゃ・・」
・。
・・。
・・・。
・・・・。
私は優しく髪を撫でて話しかけます。
「・・お姉様、一刀様や七乃さん達に会えましたか?」
涙が頬を伝います。
「私も直に其方へ参ります。・・その時は、また背中を追いかけてさせて下さい。・・美羽・お姉ちゃん」
ぱ~~、ぱ~~~ん。
都会の喧騒って、ホント慣れないよな。
進学の為に上京したけど、静かな田舎が恋しい。
「剣ピー、お待たせや」
剣丞だ、もう諦めたけどな。
「及川、約束の時間から30分過ぎてるぞ!」
「あかんで、剣ピー。そこは「ううん、今来たところ」やで」
「何で俺がお前に対して早めに来てる彼女役をしなきゃいけないんだよ!」
クソッ、コイツを誘ったのは失敗だったか。
でも今から行く展示物に関して話が合うのはコイツしかいないし。
我慢だ、我慢。
「ほな行こか。ワイのリスペクトしとる北郷王の、その后達が所持しとった武具や装飾品の展覧会に」
そう、発表されて半年、待ちに待ったこの日。
昨日なんか全然眠れなかった。
それにしても、
「リスペクトねえ。一体どんな理由で?」
本当は聞くまでも無く分かるけどな。
「当然、50人以上の嫁を持ち200人以上の子を作って、それでいて昼ドラのような泥々な展開には一切ならずに、愛し愛された伝説の種馬王。正にワイの理想や!」
大声で言うな!
周りの、特に女性からの冷たい視線が集まってるぞ。
「王としての功績はどうでもいいのかよ?」
「勿論そっちも評価しとるで。眉唾な話も仰山あるけど、史書として最も評判のええ后の一人である袁術の日記、あれに書かれとる限り努力家やったんは間違い無さそうやし」
俺の愛読本だ、読む前に持ってた英雄のイメージは崩れたけど。
「だよな。為人は善人て感じで、だからこそ後世の人にも慕われてんだろうし」
華王朝って300年後に一度滅ぶけど、すぐさま復活する。
その後も何度か滅びと復活を繰り返して、今の国家に移行した。
ただ滅亡時も復活時も、トップが大義名分で掲げるのは何時も北郷王の御世だ。
映画では決め台詞にまでなってる。
「北郷王の御心を忘れたか」って。
だからこそ后達の遺品が大事に保管され続けて現在まで紛失しなかったんだろうし。
「剣ピーは何で見たいんや?」
「そりゃ男のロマンだよ」
「そうかそうか、分かるで、ハーレムは男のロマンや!」
「違う!」
俺だって健全な男子だ、興味が無いって言ったら嘘だけどそれだけじゃない。
・・北郷王は、俺にとって目標なんだ。
何でか自分でも分からないけど、北郷王の様に好きな女の子を幸せにしてあげたいと思うんだよ。
特に最近、夢をよく見るんだ。
その夢の中で出会う女の子達。
俺はあの娘達を幸せにしたいって強く思うんだよ。
何をとち狂った事を考えてるんだと分かっているけど、夢では片付けられない予感がある。
実家の蔵で見た刀、あれは俺を・・。
「剣ピー、急がんと先着の贈答品が貰われへんで?」
「そうだった!走るぞ、及川。貰えなかったらお前の所為だぞ!」
全力で走る。
でもゴールは博物館じゃなくて、俺の知らない世界。
立ち止まる事も、道に迷う事も、転倒する事もあるだろう。
心が折れそうになる絶望が待っているかも知れない。
それでも、俺は走り続ける。
皆の笑顔が見られる世界に向かって。
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あとがき
小次郎です。
色々とありましたが、上手く言葉に出来ません。
ただ最終回を迎えることが出来たのは皆さんのお陰です。
今は新作の考案も無く、少しの間は筆を休ませようかと思っています。
拠点話や外伝は幾つかイメージがあるのですが、蛇足かなとも思い保留しています。
本章はこれで終了です。
本当にありがとうございました。
またお会いできる日が来たら嬉しいです。
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時は流れ、穏やかな陽が射す。
一刀の心は受け継がれていく。