暑い夏の午後、エアコンが程よく効いたリビングで一本のDVDを見ている。一昨日、みんなで寄ったレンタル店でお母さんが選んだ物だ。今日この日に二人に見せてあげて欲しいと言われていたのを思い出し三人一緒に見ている。
ソファーの前にあるテーブルにはお菓子とジュースが置いてあるが、誰も手を付けていない。冷えたジュースのグラスは汗をかいていた。いつもなら汗をかく前に空っぽになっているんだけど。
二人の様子をそっと見る。弟は一生懸命に涙を堪えながら、画面を見つめている。妹はボロボロと涙をこぼしながら、声が出そうになるのを我慢しながら、同じように画面を追いかけている。あの時の私みたいに二人はしっかりと私の腕を握っていた。
妹が握っている手をほどき、そっと瞼に手を当てて涙を拭いてやる。すると妹は私に体を預けるようにもたれ掛かってくる。涙を拭いた手を肩にまで回して抱き寄せてあげる。妹の体が悲しみで震えているのが伝わってきた。
初めてこの話を見たときはすごく悲しくて、怖くて涙をいっぱい流しながらも、温かく包まれながら見ていた。。初めはお父さんとお母さんの間に座りニコニコして見始めたのが、しだいに二人の手をしっかりと握りして、最後は二人に抱きしめられながら見ていた。
お父さんの大きな腕が私を包んでくれている。反対側にいるお母さんも同じように包んでくれている。最初は大好きなアニメが見れるとワクワクしながら見ていたが、お話が進むに連れてだんだんと悲しくなってきた。
二人を抱きかかえながら画面をみつめていると、ふっと、そんな風にあのときの事を思い出す。この子達もあの時の私と同じなんだ。
画面が終わりを表示するころになると、妹は私の胸に顔を埋めて声を上げながら泣き出した。頭を優しく撫でていると鳴き声はしだいにおさまりボソボソと呟いた。
「おねえちゃん、こんなことおきないよね。」
「バカだな。これはアニメのおはなしだよ。ねぇ、おねえちゃん。」
それを聞いていた弟が鼻をすすりながら答える。弟の中ではこれはアニメでの出来事として、捉えようとしているみたいだった。そう言われた妹は顔をあげて私を見つめる。弟も同じように見つめてくる。
あの時の私も確か、お父さんに同じような事を聞いた気がする。本当にこんな事が起きていたとは思いたくなかった。それにもしあったのだとしたら、いつかは同じ事が起るような気がして怖かった。
何て答えが戻ってきたんだったけな。確かあの時は、お父さんは私を抱き上げで膝の上に乗せて後ろから包むように抱きしめながらお話をしてくれたんだっけな。
そこまで思い出すと、私はお父さんとした大事な約束を思い出した。今の今まで忘れていた大事な約束。もしかしたらお母さんは覚えていたのかな。だからこれを借りてきたんだろうか。約束を果たす為に私は、二人を抱き寄せながら話を始めた。
「あのね、二人ともよく聞いてね。戦争はね、昔、本当にあった事なんだよ。」
私がそう言うと二人は驚いた表情をしていた。私もきっとこんな顔をしてお父さんを見ていたんだろうか。すると、妹がぎゅっと顔を私の胸に埋めながら、掴みしがみついてくる。弟も同じようにしがみつく。
「じゃ、いつかおなじことになるの?おうちとかもえてがなくなっちゃうの?」
「ばくだんがおっこちてくるの?おなかペコペコになるの?」
とっても不安そうな声で弟妹が聞いてくる。たぶん、二人ともさっきのアニメを思い出しているんだろうな。
「大丈夫だよ。」
「「ほんとう?」」
私がそう答えると、二人ともが顔をあげる。不安げだった表情がいくらか和らいだようだ。そんな二人を見つめながら話を進める。
「そうだよ、戦争をね、自分の目で見て知っている人たちがね、もう二度とあんな事にならないように、みんなが幸せになれるようにって頑張ってくれたからね。」
私はお父さんから聞いた話だけでなく、自身が聞いたり読んだりしたことを織り交ぜながら二人に話をしていく。話を進めていくと妹が顔をあげて私に聞いてくる。
「おねえちゃんは、せんそうをみたことある?」
「ううん、ないよ。お父さんやお母さん、それにおじいちゃんも見てないかな。おじいちゃんのお父さん達が見たんだよ。」
二人はとっても驚いていた。ここ日本では64年前の今日より以降、一度も起っていない。ただ、世界のどこかでは起きている。けど、そのことはこの子達がもっと大きくなって自然と知っていくだろうから今はいい。
「そんなにも、むかしなの。」
「そうだよ。すごく昔のことなんだよ。それだけ長いこと平和なんだよ。」
「そうなんだ。」
「ねぇ、おねえちゃん。へいわってなに?」
弟は理解しているみたいだったが、妹はキョトンとした顔をして呟いた。まだ、ちょっと難しかったかな。
「みんなが仲良しってことだよ。わかった?」
「うん、わかった。」
妹はしばらく何かを考えていたが、自分の中で納得ができたようで元気ないい声で返事が返ってきた。さて、最後のお話をしよう。この最後の部分がお父さんとした約束。
「それでね。戦争は怖くて悲しい出来事だって覚えていて欲しい?」
「どうして。」
「さっきのアニメを見てすごく悲しくなったでしょう?」
私がそう言うと二人とも大きく頷いた。
「悲しかった事を忘れちゃうとね、人はね知らないうちに同じ事をするの。だからね、よう君、りょうちゃん。絶対に忘れないで。それで大きくなった時に戦争は悲しいからダメだって言えるようにね。」
「うん、わすれない。」
「わたしも。」
弟妹が元気よく返事をする。そして最後に私は二人にお願いをする。
「あとみんなが仲良しでいる。今も忘れないでね。約束だよ。」
「うん、やくそくだね。」
「うそついたらはりせんぼんだもんね。」
お父さんとした約束。
『亜由美が大きくなって、いつか弟か妹ができたら、パパがした忘れちゃいけないってお話しできるかな。』
『うん、だいじょうぶだよ。ちゃんとできるよ。』
『そっか、偉いな。約束だぞ。』
『約束!』
お父さんが、そう答えた私の頭を撫でてくれたことを思い出しつつ、二人の頭を優しく撫でてやりながら、私はもう一度、自分自身に言い聞かせる。
—私たちは忘れない。過去におきた悲劇を、
そしてその悲劇を未来へと紡いでいくことも—
fin
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本日は世界中で色々な思いが交錯する、『時代が終わり始まった日』です。みなさまの胸にはどのような思いが刻まれているのでしょうか。彼女はどのような思いを胸に刻んでいるのか、少しばかり覗いてみたいと思います。