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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三十五話

ムカミさん

第百三十五話の投稿です。


1戦目を終えて、両軍は?

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2017-03-17 00:56:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2638   閲覧ユーザー数:2185

 

一刀は蜀呉の連合軍の姿が諸葛亮の迷路に吸い込まれるのを見送ってから、兵を纏めて動き出していた。

 

向かうはその迷路の入り口。

 

連合軍を後から追って来た魏の追撃部隊に接触するためだ。

 

誰が来ているのかまでは遠目には分からない。

 

ただ、出来れば軍師格なり知勇兼備の将の一人でもいてもらいたいところ。

 

そんなことを考えながら近づいていく。

 

しかし、十分急いだにも関わらず、追撃部隊は一刀たちよりも先に迷路の入り口に到着していた。

 

ちょっとマズいな、と小さく呟く。

 

もしも考え無しに迷路に突っ込もうものなら、どんな手荒な歓迎をされるか分かったものでは無い。

 

最悪の場合、後ろの兵達から随時引っこ抜いていくしかないだろう。

 

そう半ば覚悟していると、一刀たちの視線の先で追撃部隊は迷路の入り口で足を止める。

 

どうやら罠の可能性に思い至る人物がいたようだ。

 

これ幸いとばかりに一刀はその場の兵の取り纏めを隣にいた副官に託すと、単騎で先駆けた。

 

アルの速度をもってすれば視認距離内はあっという間の距離。

 

見る見るうちに入口付近に集うメンバーが見えてきた。

 

月、詠、梅、霞、恋に菖蒲。これはまた豪勢なメンバーを送り込んだものだ、と驚きながら、一刀は徐々に速度を落として近づいていく。

 

すぐにアルの馬蹄の音を聞きつけて皆がこちらを振り向いた。

 

そのタイミングで一刀も声を掛ける。

 

「やあ、皆。久しぶり。

 

 けど、諸々の挨拶はすっ飛ばさせてもらおう。

 

 悪いが、追撃はここで中止。このまま反転して本陣に戻ろう」

 

「久々の第一声がそれ?

 

 ……ま、あんたらっしっちゃあ、らしいわね」

 

「お久しぶりです、一刀さん。

 

 実は詠ちゃんもここで追撃は止めるべきだと言っていたのです。

 

 やはり、これは――」

 

呆れ声で応じる詠と柔らかい所作で迎える月。

 

相変わらずな二人の姿は一刀の心に安心感を与える効果があった。

 

「ああ、間違いなく諸葛亮の罠だな。

 

 場所が場所だけに、さすがに完璧に作り上げられたものでは無いだろうけど、無理に押し進めば被害は大きくなるだろうさ」

 

「ん?何で諸葛亮のもんやって断言出来んねや?」

 

「あ~……まあ、”天の知識”だよ。場所とか状況とかは全然違うんだが、この手の構造物が大陸に現れたとなれば、それくらいしか考えられない、ってものがあってね」

 

「ということは、一刀様は相手の策を看破されているのでしょうか?

 

 それを基に突破を図ることは出来ませんか?」

 

霞は鋭い指摘を寄越す。梅もきちんと話を理解してその先を考えようとしている。

 

直前までの自らの考えは、余りにも仲間の過小評価だったな、と内心で反省させられた。

 

「残念ながら、大体の策の内容は分かっていても、突破は難しい。

 

 むしろ、分かっているからこそ侵入は勧められないってところだな」

 

「と言いますと?」

 

「つまりだな、諸葛亮が作り上げたと思われるこれは、まず間違いなく迷路だ。

 

 その構造は建造に携わった者しか知らないだろうな。

 

 今回の連合軍本隊の撤退を支援するために作ったものであれば、内部には罠が仕掛けられていると見ていいだろう。

 

 迷う危険性、罠に傷つく危険性、そして時間を無駄にすることはほぼ逃れられない事実。

 

 ここまでの条件が揃ってしまえば、こいつは無視して退いた方がいいとは思わないか?」

 

「なるほど。理解しました。

 

 ありがとうございます、一刀様」

 

発言に偽りなく、瞳に理解の色を湛えて梅はペコリと頭を下げた。

 

それに続くようにして、今度は菖蒲が口を開く。

 

「ところで、一刀さんはどうしてこのようなところにいらっしゃったのですか?」

 

「別に深い理由は無いよ。

 

 単に、魏の本隊と赤壁付近で合流するために進路をそれらしく取っていたら、ここに出くわしたってだけだよ」

 

「ああ、そうそう。そのことで桂花があんたに怒っていたわよ?

 

 どうせ突発的な行動だったんでしょ?」

 

「ちょ、ちょっと、詠ちゃん!」

 

横合いから皮肉ったように詠が口を挟む。

 

月はそれを慌てて窘めようとしていた。

 

しかし、その前に一刀の笑い声が起こる。

 

「ははは!それはすまなかった。桂花にも直接謝りにいくよ。

 

 けど、まあ、どちらにせよ、俺とあの砦の部隊は最後方に配置して使わなかっただろうけどな」

 

「……ま、それはそうでしょうね。

 

 だからこそ、桂花もそこまで怒ってはいなかったのだし」

 

既に詠の中でも一定の答えは出ていたようで、一刀の言葉にあっさりと引き下がったのだった。

 

 

 

さて、これからの対応などについての話がこうして一段落着けば、先ほどから何やら話したそうにしていた二人がようやく口を開く時となった。

 

「……一刀、おかえり」

 

「ああ。ただいま、恋」

 

「お久しぶりです、一刀さん。

 

 合流されないと聞いた時は、てっきりまた無茶をされているのでは無いかと……」

 

「心配させたみたいだな。ごめん、菖蒲。

 

 ってことは……春蘭と秋蘭も、かな?」

 

「あ、いえ。それは……」

 

菖蒲はそこで少し言い淀む。

 

どうしてか、菖蒲の頬には若干の朱が差していた。

 

何か言いづらいようなことでもあったのだろうか。

 

そんな、僅かな不安が一刀に芽生え始めた頃、菖蒲よりも先に恋が口を開いた。

 

「……春蘭も秋蘭も、普通だった」

 

「いつもと変わりなかった、ってことかな?

 

 だったらよかった。ちょっと安心したよ」

 

「本当に……あのお二人は、凄い方たちです。それに、恋さんも」

 

恋の言葉にほっと胸を撫で下ろしていた一刀であったが、菖蒲の少し暗さを帯びた声に疑問を抱く。

 

見れば、頬に差していた朱はまだ抜けきっていないが、確かに菖蒲の表情にはどこか沈んだものがあった。

 

「……?えっと、どういうことかな、菖蒲?

 

 悪いけど、ちょっと話の繋がりが見えなかった」

 

「あのお二人も、そして恋さんも、一刀さんの別働を聞かれても何も心配されていないようでした。

 

 一刀さんであれば何も問題は無い、と。よく理解し、心から信頼されていることが伺えました。

 

 ですが、私は一刀さんの身に何か起こってしまいはしないかと心配ばかりで……」

 

「あははは!何だ、そんなことか!」

 

魏でもトップクラスのはずの菖蒲が沈むとは一体何事か、と身構えていた一刀はその内容が深刻では無かったために思わず笑いを溢してしまった。

 

菖蒲が呆気に取られて一刀を見つめたがために、一刀はこほんと咳払いして表情を繕う。

 

そして、自身の考えを述べた。

 

「そういうものは人それぞれで反応が違って当たり前だと思うよ。更に言えば、状況毎にも変わるだろうね。

 

 俺もどちらかと言えば菖蒲と同じ側だ。行動を起こす時は最悪の事態も想定しておいて然るべきだと考えているけど、当然、悦ばしくない内容ばかりだ。

 

 それでも、その可能性を押して誰かを送り出す時、心配するし、祈るだろう。

 

 逆に、最悪の事態でもそこまで悪くなりそうになければ、一切の不安無く無事の帰還を信じて待つだろうな。

 

 要するに、だ。菖蒲の気持ちは別に恥じる類のものでは無い、ってことさ。むしろ、嬉しい。ありがとう、菖蒲」

 

「一刀さん…………いえ、こちらこそ、ありがとうございます……」

 

菖蒲は深々と頭を下げる。

 

その頬には先ほどとは別の理由からくる朱が差していた。

 

こうして菖蒲との話が終わったと見るや、ずっと傍で待機していた恋がスススッと近づいてくる。

 

そして、一刀に頭を差し出した。

 

無言の行動だったが、一刀も恋の望む行動を解し、その頭を優しく撫でてやる。

 

ふわ……と満足気な漏れ声と表情を醸す恋に、一刀は声を掛けた。

 

「俺がいない間の皆の仕合相手、頑張ってくれたんだな。ありがとう、恋。お疲れ様」

 

「……ん。皆、強くなった。恋も。

 

 ……きっと一刀も、驚く」

 

「そうか。うん、楽しみだ。でも、さすがに手合わせする時間は無いだろうけどね」

 

「え~~っ?!んな、マジかいなぁ……ウチ、折角楽しみにしてたっちゅうのに」

 

恋の非常に簡潔な報告に相槌を打つ一刀。

 

そこに霞の声が横合いから飛び込んで来たのだった。

 

やっぱり相変わらずだなぁ、と口元が緩みかける。

 

が、随分と時間を使ってしまったこともあり、まずは魏の本隊への合流を優先して動き出そうと決め、気を引き締めた。

 

「皆、一先ず本隊のところへと戻ろう。

 

 少なくとも、この地は大きく迂回して通らなければならないわけだし、その旨の報告は最低限済ませておかないと」

 

「む。確かにそうね。

 

 全体、反転!撤退するわよ!」

 

詠の号令一下、追撃部隊は綺麗に足並みを揃えて諸葛亮の迷路を背に離れて行った。

 

暫くの後、一刀たちの背後では鏑矢の音が幾度か聞こえてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀たちが迷路を背にする頃、連合軍は先頭集団が早くも迷路を抜け出始めたところであった。

 

その暫く後、一定の間隔を空けた鏑矢の音が幾度か聞こえてくる。

 

これに反応したのは諸葛亮と陸遜であった。

 

「……どうやら、敵は撤退していったようです。

 

 ただ、時間から考えて、迷路への侵入は行っていないようですね」

 

「それに、気になることもありますね~。

 

 緊急では無いが不測の事態を告げる合図も同時に発せられてますので~」

 

諸葛亮と陸遜が揃って懸念を口にする。

 

その様子を見て、周瑜は静かに目配せを送り―― 一人の将とその部下が音も無くその場から離れて行った。

 

そして、タイミングを見計らったかのように諸葛亮が己の考えを纏め終えて口にする。

 

「被害が大きくなる前の敵の早期撤退は想定していましたが、まさか全く突入することも考えず、とは流石に想定外です。

 

 今回の件の報告も受けた上で、改めて策を練り直す必要がありそうです。

 

 周瑜さん、近くに砦はありませんか?すぐに合同での軍議を開きたいと思います」

 

「ふむ。あまり必要になって欲しくは無い用意ではあったのだが、な。

 

 亞莎、もう一度伝令を走らせておけ」

 

「はい、承知致しました!」

 

諸葛亮からの要請にノータイムで周瑜が呂蒙に指示を出した。

 

その事から、周瑜もこの手の展開となる可能性は考慮し、既に手を打っていたということだろう。

 

相手の力を決して過小評価しない。二国の優秀たる者たちが集まっても不味い事態になり得ると判断出来るその頭脳は賞賛されて然るべきだろう。

 

「ありがとうございます。皆さんもそれで宜しいでしょうか?」

 

諸葛亮は改めて周囲の者に問う。

 

諸葛亮と周瑜という両国の頭脳トップが決めた内容だけに異論は出ない。

 

ただ、その場の皆が驚くような発言を、この時まで来てようやく発した人物が二人いた。

 

「ああ、構わない。付け加えて、冥琳。それに諸葛のお嬢ちゃん。次の戦の陣容に私ら二人も入れといてくれ」

 

至極普通のことのように発された孫堅の言葉に、皆は一瞬騒然となる。

 

今までの小競り合いやら先ほどの戦では静観に徹していたその人物が、遂に前に出ると宣言したのだから。

 

「取り敢えず、あたいらが見ておきたいと思ったもんはそれぞれ見れたと思っている。

 

 後はあたいら自身の手で奴らを見極めてやるとしよう」

 

馬騰の声も孫堅に続く。その瞳にはギラギラと輝く戦意が満ち満ちていた。

 

それは実の娘たちでさえ思わずブルリと震えるほど。

 

孫堅の佇まいを見て呉の面々が、馬超や馬鉄の様子を見て蜀の面々が、それぞれ悟った。

 

この二人は本気だ、と。今までは半ば表舞台からは姿を隠すようであった二人が、遂に最前線に出てくるのだ、と。

 

「承知致しました、月蓮様、馬騰殿。

 

 お二方の配置等に関してはまた諸葛孔明殿と策を練り直してからお伝え致します」

 

「ああ、頼んだよ、冥琳」

 

「はっ!」

 

周瑜の承諾の返答を以て二人の話は一旦終わったようで。

 

雰囲気に呑まれかけていた面々はハッとして再び動き始める。

 

まずは取り急ぎ軍議を行うべく、周瑜の用意した砦へと向かって連合軍は再び移動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

周瑜が先導して辿り着いた砦の一室。

 

そこには以下の面々が集っていた。

 

蜀から劉備、関羽、張飛を始め、武将が趙雲、黄忠、魏延、公孫賛、馬超に馬鉄、そして馬騰。更に加入して日が浅い華雄の姿もある。

 

厳顔だけはさすがに怪我が重いということで劉備が頑なに治療を優先させた結果、この場にはいない。なお、孟獲は昼寝中である。

 

軍師が諸葛亮に龐統、徐庶と姜維。蜀所属の軍師は全員揃っていた。

 

続いて呉の側を見れば、孫堅、孫策、孫権の母娘を中心に黄蓋に程普、太史慈に周瑜、そして若い世代で甘寧、陸遜、周泰、呂蒙。

 

武の面では劣る孫尚香は遂に孫堅が来ることを許さなかった。その代わりに呉の首都へと呼び寄せ、内政を担わせている。

 

更に袁術と張勲。孫堅に救われ、拾われた二人は、今や立派に呉の一員となっていた。

 

とまあ、よくもこれだけの面々を集められたものだ、と感嘆に言葉も出ないような者たち。

 

もしも彼女達が皆無所属であったならば、華琳をしていつもの王たるに相応しい態度など忘れ去って狂喜乱舞しそうな光景だ。

 

しかし、それだけの者が集まりながら、あまり場の雰囲気は明るいものでは無かった。

 

「まずは報告です。

 

 先ほどの戦を通しての被害ですが、数の上では想定内に収めることが出来ました。

 

 一方で戦果については、それほど芳しく無いものとなっています」

 

少し引っ掛かる言い方であるのは諸葛亮が意図して言葉を選んだ結果。

 

それは暗に想定外の被害だったと言っている。

 

改めて言葉にするまでも無いことだが、厳顔のことであった。

 

十分に余裕を持った策を事前に練ったはずだった。にも関わらず、まさか戦線離脱を余儀なくされるほどの深手を負わされる将が出るとは、想定外もいいところだったろう。

 

「連合の被害は大きかった。それが双方の共通認識のようだな。

 

 だが、敵の被害の中にも想定外のものが入っているだろう。

 

 違うか、諸葛孔明よ?」

 

「いえ、その通りです。

 

 こちらも敵将の一人、馬岱を討ち取るとまでは行かずとも戦線復帰は困難だろうと思われる傷を負わせたとのことです」

 

諸葛亮のこの発言に、ピクリと反応を示す者が二人いた。

 

馬超と馬鉄である。

 

ずっと姉妹同然に育って来た従姉妹なだけに、いくら敵将であると納得してはいても、やはり思うところがあるのだろう。

 

ただ、馬騰が全くと言っていいほど何も反応を示さないだけに、二人もこのことについて何かを言う気にはなれなかった。

 

しかし、それは血のつながりがある者にしか分からない、所謂以心伝心な部分があるもの。

 

それだけに、彼女たちが言葉を発さず、代わりに大きな声を上げたのが龐統であったことに、その場の多くの者が驚くことになる。

 

「すみません!連合の指揮の一端を任されていた私が策を思いつかなかった所為でっ……!」

 

「お、おい、突然どうした?何を言うのだ、雛里よ?

 

 お前の策が嵌まったからこそ、敵両翼を攪乱し、敵将の一人に傷を負わせるに至ったのだろう?」

 

関羽が驚きながらも龐統に問う。

 

龐統は目を伏せようとし、しかしそれでは駄目だと思い直して関羽の目を真っ直ぐ見抜いて理由を語る。

 

「いえ、違うんです。あの策の元々の考案者は張勲さんです。

 

 私はそれを最適化しようとしただけで……

 

 私自身の策ではもっと犠牲を覚悟しての撤退戦となっていたと思います」

 

龐統の言葉に、大半の者は驚きの表情と共に視線を張勲へと移す。

 

そんな中、ようやく納得した、とばかりの声が皆の耳に入った。

 

「あ~、なるほどね。言われてみれば、騙し方や使って来るかも分からない切り札対策の切り返しなんて、七乃らしい厭らしさが滲み出てる策だったわね」

 

「ちょっとちょっと、いくら何でもそれは酷くないですか?

 

 私はこぉ~んなにも呉に貢献していますと言うのに」

 

「七乃の性格が悪いのは置いておくとして、じゃ。

 

 のう、士元よ。その策とやらは七乃が考えてお主が手を加えて、それだけで実行に移したのかの?」

 

ここで袁術が口を開く。

 

以前の彼女を知っている者であれば、その理知的な物言いと質問内容に目を白黒させることは間違いない。

 

後ろで、お嬢様まで……酷い!、などと言っている者がいるが、その存在は軽く無視する。

 

その行動もまた、彼女が大きく変わったことをよく示していた。

 

これは短期間とは言えど孫堅の英才教育を受けた賜物だろう。

 

余談だが、張勲は呉の中ではほぼ軍師としての立場でいるため、孫堅から直接指導を受けた機会は少ない。

 

もしもこれが武官としてであった場合にあり得た可能性を孫策、周瑜、太史慈の三人から聞かされた時、知に秀でていたことに生まれて以来最大の感謝をしたものだった。

 

さて、袁術の問いに対して龐統は、いえ、と否定を口にする。

 

「周瑜さんや雫ちゃんにも目は通してもらいました。その上でさらに微調整を掛けて実施していますが……」

 

「ならば、お主が悪いということでもなかろ?

 

 人が一人で出来ることなどたかが知れておるのじゃ。

 

 妾も七乃も、袁家で何も出来んかったのじゃからの……

 

 大切なのは、次をどうするかじゃ。違うかの、士元?」

 

多大に実感の籠ったその言葉に、納得の表情を示す者は多い。

 

ただ、肝心の龐統だけはその言葉では心が晴れ切ることは無い様子であった。

 

話題の区切りが訪れ、諸葛亮が議を前に進める。

 

「軍議を続けさせてもらいます。

 

 互いの被害状況は先ほどの通りです。

 

 話にもありました通り、多少ですが想定よりも状況が悪いものとなってしまいました。

 

 ですので、今後の戦――赤壁における将の配置にも変更を加えなくてはならないかと」

 

「その件についてなのだが、諸葛孔明よ、策に修正を加えるのは、魏の軍勢について情報を集め直した後にしないか?」

 

「魏の情報、ですか……確かに、手に入れたいところですが、それは――」

 

「実は先ほど既に我らの間諜を送り込んだ。数日待ってもらいたいが、確実に有益な情報を持って帰ってくるだろう。

 

 策の大きな修正はその後でも良いのではないか?」

 

周瑜の淀み無い物言いは、送り込んだという間諜の腕に絶対の自信を有していることが伺えるものだった。

 

そうであるならば、と諸葛亮もその考えに同意する。

 

「……分かりました。情報が入るのであればそれを待った方が良いのは明白ですから。

 

 では当面の事についてですが、焔耶さん、桔梗さんが担っておられた部分に入ってください。

 

 焔耶さんが抜ける穴に関しては、愛紗さんの部下の方をお借り出来ますか?」

 

「ん?周倉の一団か?まあ、構わんぞ。ただ、私の元々の部下はそのまま残しておいてもらえるか?」

 

「はい、それはもちろんです。

 

 それでは当面はそのように。細かな配置換えなどは追々連絡致します。

 

 呉の皆さんの方は、何かありますか?」

 

蜀内部のことではあれど、連合として動く以上、情報はある程度共有しておく必要がある。

 

戦力図が変わったのであれば、これを味方にも伝えておかなければ、肝心のところで想定していた人物がいない、などとなり兼ねないからだ。

 

「こちらは情報が入るまでは現状のままだな。

 

 幸い、深手を負った者はいない」

 

「分かりました。

 

 それでは、今回の軍議はここまでとさせていただきます。

 

 周瑜さん。情報が入り次第、招集をお願いします」

 

「うむ、了解した」

 

全体的にスムーズに進んだようで、幾ヶ所かに暗雲を残したまま連合軍の軍議はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は追撃部隊の皆と連れ立って帰る途中、互いに近況を報告し合う。

 

そして、詠の口から先の戦の被害状況を聞いた時、思わず口を挟んでしまっていた。

 

「蒲公英がやられたってことだけど、生きているのか?」

 

「ええ、そうね。少なくとも殺されてはいないわ。恋が狙撃で割って入ったから」

 

「そうか。なら配置換えまで検討しなくても良さそうだな」

 

「ええ、そうね」

 

そんな一刀と詠の会話を聞いて、菖蒲は思わず目を見開く。

 

それは信じられないものを見る目であった。

 

気付いた一刀が不思議そうに問う。

 

「ん?どうしたんだ、菖蒲?

 

 何か気になることでもあったか?」

 

「あ、いえ、その……

 

 私も遠くから見えただけではありますが、蒲公英さんは一命を取り留めていても重傷であることは間違いないと思います。

 

 今後の戦では蒲公英さんの担当範囲を別の将に振らなければ、将を欠いた部隊の兵だけでは軍師の方たちの思惑通りには策が運ばないかと思うのですが……」

 

「いや、蒲公英が一命を取り留めたことはほぼ確実なんだろ?

 

 だったら何も問題無いと思うんだが。

 

 それともまさか、蒲公英は心まで折られたのか?」

 

チラと詠の方を一刀が向けば、それに応えて詠も答える。

 

「ボクの方でも蒲公英の心までは分からないわ。

 

 でも、最後まで抗おうとしていた様子はあったから、さすがにそこまではいっていないと思うわね」

 

「うん。だったら戦えると思うんだけど?」

 

至極当たり前のことを言っている、という様子の一刀に菖蒲は再び目を見開いた。

 

どんなことを発すれば良いか分からず、せめて自らが思ったことだけでも知ってもらおうと戸惑いながらもどうにか口を開く。

 

「……今回が決戦と見ているからでしょうか?

 

 重傷の蒲公英さんであっても配置に付けると判断されるのは、一刀さんも詠さんも、随分と厳しいことを仰るのだな、と……」

 

「……ああ、なるほど」

 

どこか噛みあっていない感のあった会話だったが、たった今の菖蒲の一言でその謎が氷解した。

 

要するに、菖蒲はまだ知らないのだ。”あの男”の凄さを。『神医』と呼ばれる男の真髄を。

 

むしろ、それを知っているのは大きな怪我や病気を治癒してもらった経験のある者と、その時に周囲にいた者。

 

魏で言えば月、詠、恋、白、朱、蕙の六人。何れも洛陽にいた面々だ。その他、鶸に蒲公英。こちらは馬騰関連だ。

 

連合軍側にもいる。馬騰に加えて馬超、馬鉄は知っている。これは鶸たちから聞いているので間違いない。

 

呉の側にも孫堅、周瑜は確実で、後はその周囲にどれだけ知っている者がいるか、だ。

 

(あれ?もしかするとこれ、使えるんじゃないか?)

 

不意に、天啓とも言えるような閃きが一刀の脳裏に過ぎる。

 

それは菖蒲の反応を見るまでは気付かなかったこと、いや考えつかなかったことだった。

 

「あ、あの……一刀さん?」

 

菖蒲のおずおずと尋ねるような声に、一刀は我に返る。

 

どうやら思考の海に沈みかけていたようだった。

 

見ればまだ菖蒲は不安そうな表情をしている。

 

まずはそれを和らげてやるべきだな、と一刀は口を開いた。

 

「菖蒲、まず理解してもらいたいのは、別に俺も詠も、決戦だからと言って将を使い潰すような真似は考えていない。

 

 そこだけは誤解しないで欲しい。

 

 狡兎が死したからと言って走狗が煮られるようなことは無いよ。これはきっと華琳も同意見だと思っている。

 

 それで蒲公英の件だけど、菖蒲は華佗の治療を見たことはあったかな?」

 

「華佗さんの、ですか?

 

 はい、少しくらいなら……」

 

「じゃあ、氣を使った治療は?」

 

「氣……いえ、それはありません」

 

「そうか。だから、か。

 

 だったら、聞くより見るの方が良いな。

 

 本隊に戻れば俺や詠が蒲公英の怪我を問題にしなかった理由も分かるよ。

 

 取り敢えず、今言えるのはそれくらいか。実際に見て、それでも不信が拭えなければ遠慮無く言ってくれないかな?」

 

「……分かりました。

 

 一刀さんがそこまでおっしゃるのでしたら、今は置いておくことにいたします」

 

付き合いが長いだけに、理由も無く酷く扱き使うようなことは無いと信じてくれているのだろう。

 

菖蒲はその件についてそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

その後、追撃戦の状況を簡単に説明し、詠と一刀の情報交換は終わる。

 

部隊はそのまま真っ直ぐに本隊へと帰還した。

 

そして。

 

そこで見た光景に、菖蒲は再び目を大きく見開くことになるのであった。

 


 
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