機動六課に帰還するヘリの中は気まずい沈黙に包まれていた。任務自体はレリックを回収しハイドラントも撤退して完遂したが、あの場に現れた男が放った一言が彼女たちの空気を重くしていた。ちなみにキリランシェロはその場にいない。破壊したモノレールの車両の修理のために残ったのだ。
「・・・ねぇ、フェイト」
沈黙を振り払うかのように、なのはがフェイトに話しかけた。
「キリランシェロ君にとって、私たちって何なのかな・・・?」
彼女たちがキリランシェロに出会ってからもう3週間が経過した。彼女たちがキリランシェロのことで知っていることと言えば、異世界から来た魔力を必要としない魔術士ということ、年齢が15才だということ、普段着でも黒を極力好むこと・・・これくらいでしかない。スバルやエリオがキリランシェロに昔の事を話してほしいと頼んでも、はぐらかして話してくれた事は無い。それは暗に自分達は信頼されてないと言われているようで、彼女達が受けたショックは小さいものではなかった。
一方その頃、自らが破壊した車両を魔術で修理したキリランシェロは、一人で高架下の森を散策していた。何か目的があったわけではない。一人になりたかったのだ。
(殺せない殺戮者・・・か)
ハイドラントが言ったことは否定できない。それは紛れもない事実だったからだ。しかし師・チャイルドマンに暗殺技能者としての教育を受けた彼には「人が殺せない」という弱点があった。そんな彼が叩かれた蔭口が「殺せない殺戮者」だった。
(僕は人を殺す訳にはいかない。あの時のハイドラントの言葉を否定するためにも―――)
『いなくてはならないんだよ―――『塔』にひとりはあの天魔の魔女をいつでも殺せる人間がな』
この言葉は、異世界にわたってからでもキリランシェロの胸に突き刺さっていた。
「わぁぁぁぁぁ!」
「っ、なんだ!?」
森の中に突如響き渡った悲鳴に、キリランシェロは素早く身構えて周囲を見渡す。
「あっちか!」
悲鳴の聞こえてきた方向にキリランシェロが駆けだすと、茂みから10才くらいの少年が飛び出してきた。少年の顔には恐怖の色が染みついていた。
「お、お兄ちゃん、逃げて!化け物が追いかけてくるんだ!」
少年は錯乱した様子でキリランシェロの腕をつかんで引っ張ろうとする。
「ちょっと君、落ち着いて―――」
キリランシェロが少年を宥めようとしたその時だった。少年が飛び出してきた茂みから四足歩行の動物が飛び出してきた。
「き、来た!」
「君、僕の後ろに隠れて!」
キリランシェロが少年を後ろにかばうと同時に、茂みからその生き物が3匹飛び出してきた。
「な、なんだこいつら・・・」
キリランシェロが絶句するのも無理はなかった。その生き物たちは大きさは大型犬程度、しかし体毛は毒々しい紫色で目がカメレオンのように丸く、飛び出している。口はわにのように長く、鋭い牙がむき出しになり、狂犬病の犬のように舌を出している。
その異形達が前と左右から一斉にキリランシェロめがけて飛びだしてきた。
「下がってて!」
キリランシェロは少年を後ろに放り投げると、一番前にいた化け物の腹を蹴って吹き飛ばす。
左右から来た化け物たちは前転をしてかわす。腹を蹴られて吹き飛ばされた一匹にスローイングダガーを投げて止めをさす。しかしスローイングダガーは体毛に弾かれて落ちた。
(ただの生き物じゃないってことか?)
体勢を立て直そうとした化け物に対してまずは距離とる。
「我は流す天使の息!」
魔術で発生させた突風で化け物を吹き飛ばす。その間にキリランシェロは左右に展開した化け物に対して戦闘態勢をとる。
「我は放つ光の白刃!」
熱衝撃波を左の化け物に対して放つが、これは横に跳ばれてかわされる。視界の端で右の化け物が口を開けたのが確認できた。不吉な予感を覚えて後ろに飛ぶと、一瞬前にキリランシェロの頭があった位置に紫色の粘着質の高そうな塊が飛んで行ったのが確認できた。その塊は木にぶつかると、肉が焼けるような音を立てて木をまたたく間に枯らした。
(毒液か!)
敵に飛び道具があるのを確認するとキリランシェロは視線を低くして駆けだし、少年を小脇に抱えた。
「ちょっと我慢しててね」
少年の返事を待たずにキリランシェロは駆けだした。化け物たちもそれを追う。
キリランシェロは森をジグザグに駆け回る。追ってくるのは一匹。残りの二匹は視認できるがかなり離れた距離から追撃してくる異形達を背に感じながら、キリランシェロの頭の中には一つの仮説がたてられていた。
(奴らの知性はそんなに高くない。群れで生活する肉食動物程度だろう。それなら―――)
「ちょっと口閉じててね」
「え?う、うん」
少年に断りを入れて構成を編みあげ、呪文を叫んだ。
「我は跳ぶ天の銀嶺!」
重力制御の魔術を唱えて無重力状態になったキリランシェロは飛び上がり、異形達の視界から消えた。
彼を追う先頭の一匹は急に消えた獲物に戸惑い、地面に鼻を近づけて臭いをかごうとウロウロしている。背後の二匹はまだキリランシェロが消えた事に気が付いていないようだ。
キリランシェロは飛び上がって着地した。着地した地点は―――最後尾を走る異形のすぐ後ろ!
「!!」
はっとして振り向く異形だが、もう遅い。
「我は築く太陽の尖塔!」
異形を中心に火柱が上がり、異形を焼き尽くす。のたうち回る異形に止めを刺すべく、スローイングダガーを構えて呪文を唱える。
「我は踊る天の楼閣!」
使用するのは疑似空間転移の魔術。しかし転移するのは手の中のスローイングダガーである。
光速で転移したスローイングダガーは異形の喉を貫き、地面に縫い付けた。
「まずは一匹―――」
「お兄ちゃん!」
少年が叫ぶまでもなく、キリランシェロは噛みつかんと飛びかかってきた二匹目の開いた口に奥まで右腕を突っ込み、腕が食いちぎられる前に呪文を唱える。
「我は呼ぶ破裂の姉妹!」
異形の体内で衝撃波の魔術がさく裂し、異形の穴という穴から血が噴き出した。右手のグローブが毒液を浴びて溶けはじめたので皮膚感染を避けるために捨てる。
「我は紡ぐ光輪の鎧!」
魔術の障壁を構成した直後、先頭を走っていた最後の一匹が毒液を射出させたがこれを障壁は防ぐ。
そのまま飛びかかってくるかと思われたが、異形は森の中に消えて行った。キリランシェロも襲撃を警戒して身構えていたが、気配が感じられなかったので警戒を解いた。
「ふぅ・・・」
一息ついて少年を下す。少年はしばしぽかんとしていたが、しだいに目を真剣なものにすると、
「お兄ちゃん、お願いがあるんだ・・・」
手をもじもじさせて言いにくそうにしていたが、意を決したように話しかけてきた。
「僕のお姉ちゃんと友達を助けて!」
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第6弾、キリランシェロ対異形の生物たちです。
助けを求めてきた少年にキリランシェロは―――?