嵐の前の静けさ。
今の魏が置かれている状況を端的に表すならば、まさにその表現がぴったりであった。
あれだけ騒がしかった蜀や呉との国境線が、ここのところは恐ろしいくらいに静まり返っている。
中には久々にゆっくり出来る時間を暢気に喜ぶ者もいたが、察している者は皆同じく考えていた。
いよいよ”その時”がやってきたか、と。
「皆に話がある」
毎日の定例軍議が始まって早々、一刀がそう切り出した。
いきなり何を、と不思議そうな顔をする者と訳知り顔の者、居並ぶ将達はその二手に分かれる。
「もう予想出来ている者がほとんどだとは思うが、後一月とせず決戦となるだろう。
そして、皆には黙っていたが、俺はその決戦の地となる場所がどこかを知っている」
その一刀の突然の宣言に、一同は皆同じようにざわつき始める。
大概のことに動じない華琳でさえも驚きに目を見開いていたくらいだ。
驚きを示していないのは桂花と恋くらいだろう。
「決戦の地となるのは、赤壁。場所から分かるだろうが、水上戦闘になる。
敵は言わずもがな、蜀と呉の連合軍、あるいは二国を同時に相手取る形になるだろう。
これらに関しては”天の御遣い”の名に懸けて断言しておこう」
「断言、ね。そこまで本当にしていいのかしら?」
逸早く復活を果たした華琳が、目を細めて訝しむように聞いてくる。
当然予想された質問に一刀は淀みなく答える。
「もちろん、俺がただ単純に未来から来ただけであったなら、さすがに断言はしない。
なのだが、ここが”この世界”である限り間違いないと言い切れる。
魏、呉、蜀。この三国が関わる、大陸情勢に影響するほど大きな戦。そうなれば自然と赤壁の地へと誘導されるだろう。
誰にも気付かれないよう自然に、この世界が、な」
「……そう、分かったわ。
それで?突然そんなことを言い出したからには、まだ何か話に続きがあるのでしょう?早く言ってしまいなさい」
「ああ、そうだ。話が早くて助かる。
赤壁での決戦に先立って、前準備の策を進言したい」
これに視線を鋭くさせたのはもちろん軍師たちである。
一体どんな策を持ち出してくるのか、それに興味津々といった様子だった。
その軍師達に加え、華琳にも視線で先を促され、一刀は策の説明に移る。
「やること自体は単純なものだ。
全軍を二部隊に分け、片方に集中的に水練を施す。水練の教官は既に見つけてある。
なるべく呉の側へと張り出す河川付近で行う方がいいだろうな。
それと同時に、我等魏が呉に攻め入る準備を整えようと水練をしている、と情報をリークする」
「りいく?一刀、大陸の言葉に直してちょうだい」
「っと、すまん、俺も色々と考えながらしゃべっていたもんで、つい。
リークというのは、まあ流出のことだと思ってくれればいい。これをわざと行う」
わざと情報を流す。それ自体はそれほど珍しいことでは無い。
偽の情報を掴ませることで相手を翻弄しようとするのは大陸でもよくあることだから。
しかし、今回一刀がわざと流すと言っているのは情報としてはほとんど間違っていないもの。
ただ、水練の目的が違うだけで魏国としての行動はそれでバレてしまうのだ。
何故そんなことをするのか、ただリスクのみではないか、と皆が戸惑ってしまう。
これは十分に予想出来たことだったので、一刀は既に補足説明も考えてきてあった。
「部隊の水練はもちろん赤壁での戦いに備えてのものだが、情報を流すことの目的はまた別だ。
もうここで言ってしまうが、情報を敵に敢えて渡すことで、敵方の動きを早める目的がある」
「敵方の動きを早めるため?
それは私たちが不利になるだけなのでは無いかしら?」
華琳が当然とも言える疑問を挟む。
居並ぶ軍師達も同様のことを聞きたかったようだ。それは桂花も含めて、である。
「ここ最近、静かだっただろ?
とある情報筋から、呉と蜀が本格的に手を組み、蜀の兵が呉に水練を施されていると聞いている。
俺はこれを聞いて、呉と蜀が次の戦で赤壁での戦いに魏を引きずり込もうとしているのだと確信した。
そう画策している中、今俺が言ったような情報を掴ませ、その動きをしていたらどうなると思う?」
「策自体を変更する。或いは有利を保てている現状が覆らない内に仕掛ける。
そんなところかしら?」
「そうだな。他にいくつか考えられるものはまあ確率的に除外して考えたらいいだろう。
ところで、敵方は既にこの策についてかなり大掛かりに準備をしている様子だ。
今更、やっぱり策を変更します、なんてことは、出来ないとまでは言わないがしにくいだろう。
そうなってくると、敵が取ると思しき行動は残る一つとなる。
が、本命の策は別にあるわけで。
敵の先手を潰し、加えて来る戦場での有利も保てていると考えているはず。
そこに生じる油断に付け入る、そんな構想だ」
「なるほどね。けれど、それだけで有利になれるかしら?
依然としてこちらの兵は船上戦闘に不慣れなままなのでしょう?」
「そこに関してだけは予め手を打ってある。
勝手して申し訳ないが、春蘭、秋蘭、菖蒲の部隊からいくらかの兵を選定して極秘裏に水練を施した。
大陸伝来の船上戦闘法に加え、俺自身が持っていたある技術も提供している。
彼らを中心に策を組めば、恐らくそこまで大きな差は開かないはずだ。尤も、船上戦闘の経験値だけはどうしても呉に軍配が上がるんだがな」
「…………呆れたわね。
本来であれば勝手は許さないのだけれど、貴方だとね……
いいわ。ただし、ここまでして結果が出なかった場合、分かっているわよね?」
既に過ぎたことにはいつまでもグチグチ言わない。代わりとなるモノを出してくる。
その華琳の方策が、今回一刀の取った策には非常に好都合だったのだ。
尤も、一刀の今までの功績や天の御使いとして華琳と同等の地位にいることもあるのだろうが。
兎にも角にも、これで正式に華琳の認可の下、この策の続きを行えることになる。
後は自分だけでなく桂花を始めとする軍師たちの助力も得られるのでかなり楽に進められるだろう。
「ああ。改めて宣言しよう。
次の戦、赤壁の地で、全てに決着を付ける。
魏の、華琳の覇道を為らせ、大陸に平穏を齎そう」
堂々たる宣言。最早その未来を確信しているかの如く言い切る一刀の姿に。
『おぉっ!!』
将たちも不思議と余計な力が抜け、程よい緊張感へと状態が移行していたのだった。
「では、各部隊の兵を四分六分で二分割し、四分の兵に水練を施すことにするわ。
いいかしら?」
先程の軍議の後、早速軍師たちは集まってこれからの策の進め方について話し合っていた。
なお、その場には策の提案者として一刀も混ざっていたのだが、一刀は基本、黙っていた。最外殻の大枠を定めた後の細かい策の詰めは軍師たちに任せ切った方が安心だったからである。
まずは水練を施す兵をどのように決めるのかについて。
これは色々な意見が出た。
特定の将の部隊を集中して鍛えておくべきだという案も出れば、全体的に鍛えておいた方がいいという案が対立する。
主要な部隊から水練すべきだという意見が出れば、まずは小さい部隊で密かに始め、敵が情報の裏を取りにくくすべきだという意見が出て来る。
最終的に決まった内容は、部隊に偏りなく。また、水練を施す部隊の順番は主要な部隊から。
情報を流してからどのくらいで邪魔が入るかを計りにくい現状、単純に実力の高い部隊をより高めることで不意の事態にも対応しやすくすることが目的だった。
水練を施す兵の割合は実際に手配出来そうな船の大きさを考慮した。
あれから一刀が軍師達に語ったことによれば、蜀と呉は平原から河へと戦場を移り変えて有利なフィールドへ誘い込もうとするだろうとのこと。
地上戦も船上戦も、続け様に突入していくことを想定して策を練らねばならない。
そもそも魏が不得意とする船上戦を、誘われると分かっていて回避しようとすらしないのは本来であれば愚策だと言えよう。
しかし、その状況に持ち込むからこそ策が為る、と一刀が言い切った。
だったらば、それに合わせて船上戦を想定した策を練り上げてやろう、と、それくらいに一刀の知は軍師陣からも信頼されているのである。
「霞ちゃんの部隊は地上組に全部残して置きたいですね~」
風がいつもの調子でそんなことを言う。
魏随一の機動力を誇る霞の部隊。それは確かに船上ではほとんど役に立たないだろう。
そこで無駄に兵力を消耗してしまうよりも、地上戦まで丸々温存しておくのも手だということだ。
「しかし、風、そうなると鶸や蒲公英の部隊はどうするつもりなのですか?」
稟が風の隣からそう問いかける。
同じく魏有数の機動力を誇る、元西涼の鶸、蒲公英の部隊。
先程の霞と合わせたこの三部隊だけが魏の中で騎兵のみで構成された部隊である。
やはり先程の理由と同じく、鶸の部隊も蒲公英の部隊も船上戦で消耗させたくはない。
「そですね~。お二人にも地上で待っていただくのが無難かと~」
風は当然のように答える。
兵の運用効率を考えれば確かにそれが正解だろう。
ただ、懸念点があるとすれば、総力戦になる(と一刀が断言に近い推測をした)戦で、将を三人も戦線から外して大丈夫なのかということ。
それはやはり言葉にして挙げられる。が。
「私たちが用意出来る船の数にも限りがあるわ。
ただ兵数を多く取ったところで、それを配置するだけの空間が無ければ何の意味も持たないわよ。
必要最小限とは言わないけれど、今回に限っては多すぎるよりはマシよ」
「全くもってそうね。
基本は秋蘭の部隊、それから一刀のところの火輪隊。この二隊で遠距離攻撃を主体にしておきましょう。
加えて凪は水練を積んだ兵を少数連れて遊撃。凪の高威力の中距離攻撃は上手く使えばこの上ない武器となるはずよ。
大船の陰にでも潜ませながら不意打ちで打撃を与えるのが理想ね。
接舷されてしまうのはどうあっても避けなければ、魏にとっては不利なことしか無いと思うわよ?」
桂花と零のそのような意見によって、霞・鶸・蒲公英の三人は地上戦まで温存する方向で固まった。
それからあれこれと策の細かな部分を軍師達が詰めていく。
と、その半ばで不意に思い出したように一刀が言葉を発した。
「ああ、そうだ。ちょっと言い忘れていたんだが、水練には俺も最初から付き添うことにしている。
流す情報にはそのことも上乗せるようにしておいてくれ」
意味は理解出来ても、その意図がどうにも図りかねる内容。
ほぼ全員から詳細の説明を求める視線を向けられ、一刀は言葉を繋ぐ。
「”呉攻めの準備”というものにより信憑性を持たせるためだ。
奴らは俺を天の御遣いだとは認めていなくとも、何か得体の知れない力なりを持っている程度には認識しているだろう。
それを逆に利用させてもらう。
俺が何かを企んで部隊に調練を施している、ともなれば、敵も動かざるを得ないはずだ」
それだけで軍師たちは一刀の意図を正確に理解した。
一刀の目的には敵の赤壁への動きを早めること。
それを踏まえて考えれば、味方の自分たちだからこそよくわかる。
敵から見れば、一刀が動いている、という情報はあまりにも無視するリスクの高い内容なのだ。
魏の領地で今まで大陸に無かった斬新な策を数多施行。魏の財政は潤い、民たちは豊かに。上への不満などほとんど出ない状態とした。
戦闘では自身が高い戦闘力を持つ上、率いる部隊は得体の知れない武器を持ち、崩すに崩せない。
それでいて人を惹き付ける能力も併せ持ち、大陸に名を轟かせていた呂布を筆頭に数多の将が魏の下へ。
一刀自身に直接問うことが出来るのならば、優秀な仲間がいたおかげだ、としか言わないだろう。
策の面では桂花や零、武器・道具類の面では真桜がいたからこそ、である。
が、何も知らないものからしてみれば、それらは全て一刀が行ったものとして映る。
当然、その分だけ一刀の姿が肥大化して見え、結果、些細な動きでも無視し得ないほどとなるのだ。
一刀自身を撒き餌にして目標を達成する。
別に敵中へと突っ込んでいくわけでは無いのでリスクはほぼ無し。
敢えて挙げるとすれば、追加となるこれからの兵の水練が不十分となり兼ねないことくらいだ。
水練に関しては、一刀が第一の目標は終えていると断言した。
既に水練を施した兵の数も聞いている。
軍師たちとしてはもう少しこの人数を増やしておきたいところが本音だろうが、聞いた数の兵が天の国の技術仕込みでの水練を終えているというのであれば然程問題無いとも思える。
「分かったわ。こちらはこちらで手筈を整えておくから、あんたはもっと船上戦闘をこなせる兵を増やしなさい。
呉か蜀から邪魔が入るまででしょうけど、増やせた兵の数次第で策は大きく変わるわよ」
桂花が代表して一刀の言った内容に諾を返す。
周囲から声が上がらないということはつまり、皆も同意見に収まったということだった。
「ああ、任せてくれ。
鬼のように厳しい調練ですぐに鍛え上げてやるさ」
一部の将ですら顔を青くいて逃げ出してしまいそうな、そんな空恐ろしいことを一刀は宣うのだった。
その二日後には既に水練のために許昌を出立する第一陣の準備が完了していた。
その集団の中央には一刀がいる。
その一刀の見送りに、なんと協と弁が出て来ていた。
というのも、とある理由からそうせざるを得なかったのである。
「兄上、どうかご無事で。ご武運を……」
「一刀さん。是非とも、貴方のお力で大陸に平穏を齎してください。
そして、無事に御帰還を果たされてください。
協ともども、一刀さんに再びお会い出来ます日を心待ちにしております」
寂しそうに潤む目をした協と、いつも浮かべている微笑を引っ込めて真面目な表情をした弁。
その二人の様子と言葉から分かるように、一刀は兵の水練に赴いた後、そのまま後々に出るであろう本隊に合流する予定なのだ。
つまり、許昌に残ることになる協と弁が次に一刀と会うのは、全てが終わった後。
魏が大陸を手中に収めるか、あるいは消滅の憂き目に合うか。その後にしか会えないのである。
だからこそ、一刀も真摯に二人に向き合って言葉を返す。
「心配するな、白、朱。
これからの決戦には前々から準備をしていた。負けるつもりなど毛頭無い。
大陸に平穏を呼び込んでから帰って来るよ。
それと、ここからの言葉は九龍と雲龍に贈ろう。
この戦によって、長らく続いた漢王朝の歴史がいよいよ正式に終わろうともしている。
君たち二人は幾重もの不幸・困難に見舞われながらも、君たちに出来る限りのことをやってきた。
その頑張りには一切嘘偽りは含まれていない。とても、とても立派だった。あまりありがたみも無いだろうが、俺が保証しよう。
もう二人は……重圧から解放されていいんだ」
「兄上…………あり、がとう、ございます……っ!」
「…………今までずっと不安でした。私が皇帝を継いでから、全てが悪化していくだけなのでは無いか、と。
私たちのすることなど、何の意味も無いのではないか、と。
ですが……一刀さんのお言葉で、随分と救われたように感じます。
ですから……一刀さん、もう一度口にさせていただきます。
どうか、ご無事で。そして、どうかまた、今の言葉をお聞かせください。
その時こそ、私は本当に私自身を赦すことが出来そうです」
協は嗚咽を漏らし、弁も瞳を潤ませている。
やはり気丈に振る舞ってはいても、二人にとってはあまりにも重い責任だったのだろう。
皇帝という存在は大陸全ての民を背負うのだ、それが当然と言えよう。
そして。
今、弁にこう言われてしまったとあれば、益々一刀は負けるわけにも、況してや死ぬわけにもいかなくなった。
必ず勝利を掴み、生きて帰り、協と弁に再びこの言葉を。
その新たな決意を胸に、一刀は真っ直ぐに二人を見つめて言った。
「それじゃあ、行ってくる。皆によろしく頼むよ」
「はい。白はこの地で兄上のお帰りを待っております」
「行ってらっしゃいませ、一刀さん」
涙を湛えたままの満面の笑みを浮かべる二人の姿は、とても美しかった。
「……蔡瑁。手筈通りに頼むぞ」
「はっ、承知しております、隊長」
黒衣隊から選出した水練の教官、蔡瑁と一刀が水練場所に赴く馬上で密かに言葉を交わす。
どれだけ素早く、そして完璧にこの策を遂行できるのか。
それは蔡瑁と一刀に掛かっていた。
零が以前、華琳と共に作り上げた噂流布用の部隊を用いて魏の策はすぐに実行に移されていた。
これに対する蜀呉の反応は非常に素早かった。
手を組むとの合意を得れた後、すぐに劉備を含む蜀の将たちは建業に入っていた。
今はこれからの策の打ち合わせと蜀の部隊の調練の進捗を話そうとしていたところ。
そこに各地を飛び回って情報を集めていた周泰が飛び込んで来た。
「月蓮様、ご報告です!
現在、魏領南東にとある噂が持ち上がっております!
魏の部隊が我等呉に攻め入る準備を行っている、と!」
突然の内容に呉の将も蜀の将も無く場がざわついた。
魏の狙いが呉だけなのだとしても、今推し進めようとしている策のことを考えれば蜀にとっても他人事では済ませられない。
呉だけが狙われているのなら、とここで蜀が手を引くような真似をしたところで利など無いに等しいということもあった。
皆の目は自然と周瑜、そして諸葛亮に集まる。
呉と蜀、それぞれの筆頭軍師としてこの二人が連合の策を取り纏め、指揮を取ることになっているからだ。
「ふむ。明命、準備とやらの具体的な内容は把握しているのか?」
周瑜は落ち着き払って、まずは魏の動向に関しての情報を全て引き出しにかかる。
周泰も得た情報の詳細を余さず話していった。
「魏は現在、主に兵の水練に力を注いでおります。
魏の水練の教官当たっているのは蔡瑁と謂う者で、船上戦闘に長けているとのことです。
それと、北郷の姿も確認されております。こちらもまた、教官としての立場で赴いているようです」
「そうか。今魏に入念な準備をされるのはあまり宜しく無いな。それに、北郷の得体の知れなさも考慮すると……
孔明、蜀の兵の水練の進捗はどのような感じだ?」
周瑜は片眉を少し顰め、諸葛亮に近況を問う。
周瑜が苦々しく思っていることは諸葛亮もまた同様に感じていたようで。
諸葛亮もまた周瑜と同じような表情をしていたが、問われ、答えるに当たって表情は平時のそれへと戻っていた。
「完遂とまではいきませんが、八割方は。
愛紗さん、鈴々ちゃんの部隊を始めに主要な部隊の兵の水練は終えています。
残るは予備兵力と騎馬部隊の兵のみ。
ですから……周瑜さんが今考えておられる策、私は実行に賛成します」
「!ほう……さすがは伏龍、いや、既にその顔を水中より覗かせているようだな」
諸葛亮の言葉に周瑜は驚きを示し、すぐに不敵な笑みを見せた。
それは敵に回したくない相手が味方であることに安堵し、それが相手にとって不運だと思えたが故。
しかも、周瑜がそう感じた相手は一人では無い。
諸葛亮の隣、鳳雛と呼ばれる龐統もまた、諸葛亮と同じく周瑜の考える策を理解し、賛同する気であるようだった。
ただ、この二人が分かっているからと言って、そのまま進めても良い理由にはならない。
改めて周瑜はこれから取ろうとしている策について話し始めた。
「どうやら孔明と士元は既に分かっているようだが、皆に問いたい。
北郷が動いていると分かった今、奴らに時間を与えることは避けたい。
幸い、蜀の水練も必要な分は終えているそうだから、すぐに策を始動したとてそれほど支障も無いだろう。
そこで、まずは魏の動きを止め、間髪入れずに連合軍の戦力を以て魏領に攻め入る。概要のみを話していた策の始まりというわけだ。
詳細な詰めはまだ終えていないわけだが、それはこれからの実戦の中で随時細かい修正を加えながら詰めていけば良いと思ってる。
皆はどうか?今すぐ連合を動かすことに反対か、或いは賛成か?」
「私は良いと思いますよ~。
蜀の皆さんも水練が十分なのでしたら、いざという時に不測の事態で動けない、なんてことは無いでしょうから~」
「私も異論はありません。
むしろ、どうやって目的の地へと誘い込むかの方に興味が尽きないわけですが」
呉から陸遜が、蜀から徐庶が先陣切って声を上げると、周囲からも続々と声が上がり始める。
それらは皆賛成の意を表すものだった。
「ふむ。どうやら反対意見は無いようだな。では……」
チラと周瑜は孫堅に目をやる。
策決定の全権を周瑜が任されてはいても、出陣の類の決定は孫堅が下さねばならない。
その孫堅はここまで黙って話に耳を傾けていただけ。
果たして孫堅はそのままGOサインを出してくれるのか。周瑜は少々不安になっていたのだった。
そしてそれは蜀陣営の方でも言えた。但し、こちらは国王たる劉備は早々に賛成の意を示していて、伺う相手は今では蜀の一将に過ぎない馬騰なのであったが。
孫堅と馬騰は無言のまま視線を交わす。
数秒の後、ほとんど同時に二人とも頷いた。
無言の二人の間にどんなやり取りがあったのかは誰にも分からない。
ただ、何かしらの結論は出たようで、孫堅が立ち上がると宣言した。
「方針は決まった。冥琳の策をすぐに実行に移すべく、各々準備しな。
劉備、そっちもそれでいいのかい?」
「あ、はい!
みんな、朱里ちゃんの指示に従ってすぐに準備しよう!」
呉の王と蜀の王が共に策に賛同し、即座の実行を命じた。
それが策の本格始動の合図となった。
「明命、魏の水練、それとその周辺の様子についてもう少し詳しい情報を頼む」
軍議の後、周瑜は周泰を呼び寄せて更なる詳細を尋ねていた。
それは魏の水練を頓挫させるための策の準備のため。
手っ取り早く離間計を仕掛け、魏の水練を中途半端に切り上げさせようと企んでいるのだ。
「詳細情報、ですか。
特にどういった辺りの情報でしょうか?」
「そうだな。北郷……の情報はあまり無いだろうから、水練の教官とやらの情報は何か無いか?」
「それでしたら――――」
周泰は要望に応え、蔡瑁について得た情報を周瑜に伝える。
聞き終えた時、周瑜は薄く笑みを湛えていた。
「なるほど。どうやら離間計は比較的容易に為せそうだ。
ただし、罠の可能性もあるな……
明命、部下の者に策の成功を二重三重に確かめるようにだけ伝えておけ」
「はっ!」
蜀呉連合軍はこうして予定を繰り上げて策を始動する。
遂に乱世最大にして最後となるであろう戦いの火蓋が切って落とされたのであった。
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第百二十九話の投稿です。
いよいよ決戦へと向けて動き始めた大陸の勢力一同。
果たして……