No.871834

魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~【第4話:命運尽きず!絶望の淵に放たれた一矢!】

gomachanさん

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。

2016-09-29 23:42:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:456   閲覧ユーザー数:456

『???』

 

闇を丹念に染められた部屋の一角で、人ならざる者達は集まっていた。

 

――ずいぶんと派手にやられたようだな。ヴォジャノーイ――。

 

――見ての通りさ。獅子の尾を踏んだ代償がこれ。――

 

――傷の深さに体の再生が追いついていないか……おぬしだけでは手に負えぬか?――

 

――まぁね。認めたくないけど、もし、『銃』が竜具を使っていたら、僕は消滅していたかも――

 

――超越体を相手にするには、我々だけでは手に余るな。コシチェイは早々に動き出すだろう。――

 

――ふーん?じゃあどうするの?――

 

――しばらくは様子見じゃ。バーバ・ヤガーにも伝えておいた方がいいしな――

 

――トルバランは多分、『銃』に興味なさそうかな。あいつ、遊び呆けてばかりだし――

 

――あやつは無視してかまわん。さぼり癖のある奴は当てにならんのでな――

 

――どうする?『銃』の対応は?――

 

――我々の世界の為に、ヤツの心の檻に押し込められている獅子を、どうにか利用したい――

 

――でも、コシチェイはそうしないだろうね。だってあいつは『銃』の……――

 

――知っておる。人間どもはあまりにも無知すぎる。本来なら魔物や竜など初めから存在しないというのに……すべては竜具と同じ『造られしもの』なのだから――

 

――……『銃』は僕たちを救ってくれるのかな?――

 

勇者を標的とした魔物たちの次なる行動は一体?

 

 

 

 

 

 

 

 

Vadnais09『命運尽きず!|絶望の淵《アルサス》に放たれた一矢!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アルサス・セレスタの町周辺』

 

 

 

アルサスに住む人間にとって、テナルディエ軍の侵攻は、災厄と言うしかなかった。

渦中にあるアルサスの中心都市セレスタは、木の板をつぎはぎに並べた防壁のみ。軍勢の荒波を跳ね返すはずの堤防は、斧や槌を持つ侵略者によって瞬く間に打ち破られる。

なだれこんだ軍勢は、まず神殿を取り囲み、鬨の声を上げて、心身ともに疲れさせてあぶり出そうとしている。

神殿の中は、老人や子供達が身を寄せ合って恐怖に耐えている。神々をまつわる建造物が唯一の不可視境界線となっており、これを犯すことはすべてのブリューヌ全ての信者を敵に回す意味を持つ。

故に、テナルディエ兵達は神殿に侵入することを許されなかった。

神殿に避難した人たちは、身を寄せ合うように1ヶ所により固まっていた。

女ばかりの領民や、年端もいかない子供達、それとは逆の年寄り達は、外の鬨の声に対してただ震えるのみであった。

母は、泣きじゃくる子供を懐に抱き寄せてうずくまり――

老人は、追い詰められた孤独感に苛まれ――

子供達は、純粋な防衛本能「泣く」ばかりであった。

生まれて初めて感じる恐怖だった。

神殿の壁一枚が、なんとも薄く感じられるだろうか。

自分たちを殺しに、奪いに――

窓を除けば、外に敵、敵、敵、敵だ。壊れた家屋が散乱する光景を見て「兵隊さん達……怖い」と子供達は嗚咽と言葉を漏らしていた。

いま、セレスタの町は彼らに焼かれ、壊され、奪われている。

 

「……ティグル様」

 

何かしなければ。そうティッタは思うのだが、訪れた現実の衝撃と悲しみで、恐怖で体が動かない。

無力を痛感し、一筋の涙をこぼす。その涙が熱く感じたのは、神殿に閉じこもっている人が助けを求めているのに、自分には何もできない悔しさと恐怖からくる為だ。

少女の腕の中には、ヴォルン家に伝わる家宝である黒き弓が握られていた。

 

「あたしにも……ガイさんみたいに……戦う力と勇気があれば」

 

2階の窓から、町の惨状を見つめていたティッタは、つい渇望と嫉妬じみた言葉を出した。

獅子王凱。ヴォージュ山脈に|集会所《アジト》を構えるドナルベイン一派を蹴散らし、|物の怪《もののけ》の類と思われる蛙の魔物、ヴォジャノーイを退けた青年その人である。

その人智を超越した力を持つ青年は『黄金の鎧』を纏い、ティッタの視界で獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。

逃げ遅れた人に刃が振り下ろされようとした瞬間、ティッタは思わず目をつむりそうになる。しかし、すかさず凱が割り込み、逃げ遅れた人を庇うように現れて凶刃を防ぐ!

ウィルナイフと敵兵の剣と鍔迫り合い!

長さで不利な翆碧の短剣で凱は難なく切り返し、敵兵の溝を忌々しい鎧ごと薙ぎ払う!

 

「早く逃げろ!」「は……はい!」

 

凱に意識を奪われて、敵兵は糸が切れた人形のようにだらりと地に倒れ込んだ!

危機的な場面で在りながら、紙一重であの領民の生命は助かったのだ。その光景を見て、ティッタは極度の不安の中で僅かな安堵を得た。

絶望の淵でアルサスに生きる民はもがきながら、一人の青年のまっすぐな姿を見据えている。

幸い生命を落とした領民はいないようだ。不思議なことに、殺せば出来あがるはずの血だまりすらも存在していない。

 

「ガイさん……」

 

――そんな凱の戦う姿に、ティッタの心は励まされ、そして少しずつ勇気付けられていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――美しい女は丁重に扱え!大事な売り物はあまり殺すなよ!では行けぇ!!――

 

このような欲望を膨らませる指令を出すのは、テナルディエ軍の総指揮官ザイアン=テナルディエ。

テナルディエ軍の歪んだ陽気さが、逃げる人々を嘲笑う。

古くからの名門テナルディエ家は、弱者を糧とする理念を以て――

ガヌロン家は、同族でさえも狂気の輪に巻き込み――

そう、ブリューヌの双璧を成す貴族は人道的見解に180度目を背けている。いや、始めからそのような、日本の自衛隊のように他者を介護的観点に見る概念は存在していない。

彼らは、始めから略奪をするつもりだ。雨後の茸の集落となど、戦争しようとする気は毛頭ない。

家屋を踏み倒し、黒煙をまき散らし、公共建物に、交通機関に、容赦のない攻撃を加えている。

金品を奪い、酒樽を奪い、何もかも奪い去る。全ては順調に行く……はずだった。

数で圧倒的に勝り、兵の練度も桁違いに高いテナルディエ兵の歩兵部隊のもとに、イークイップ状態の獅子王凱が舞い降りる。

そして瞬時に目標を固定すると、片手に携えた深緑剣のウィルナイフから光が迸った。

即ち、抜刀――

捕捉された歩兵部隊の一人は、一瞬にして戦闘力を奪われる。

鉄製であるはずの鍛えられた剣が、鎧が、盾が、まるで紙切れのように切断される。奪われたのは敵の生命ではない。戦意だった。

乱戦状態のこの状況下で、あやまたず的確に敵の部位を打ちのめした凱の戦闘力は、敵兵における戦の常識を遥かに超えていたのだ。

その凄まじい戦闘力に、敵のみならず、この戦いを遠くから見守っているティッタや、神殿の窓から覗き込んでいる人々は茫然して動きを止めた。

今、この一人の男によって、略奪と殺戮は妨害を余儀なくされていた。

だが、そうは言っても、物量と兵力は圧倒的にテナルディエ兵が断然上で、そして丘の向こうには、『2匹の竜』が控えている。凱のサイバースコープは、セレスタの郊外にいる、竜を跨る敵の指揮官を認識していたのだ。このままでは、民の心は恐怖に押し切られてしまう。

街中で赤熱銃弾(ブロウクンマグナム)空間障壁(プロテクトシェード)を展開すれば、余波だけで被害が拡大する。物的被害を最小限に、敵兵の局所破壊を狙うなら、ウィルナイフか近接格闘しかない。

口を開く体力さえも無駄にできない。一刻、一分、一秒でも時間を稼ぐ。バートランが必ず領主様を連れて戻ってくると信じて。

獅子王凱は有能であっても万能ではない。ひたすら戦い、今にも挫けそうなアルサスの民の心を鼓舞し、ティッタの心を勇気づけることしかできない。

 

「どうした!?どんどんかかって来い!!」

 

俺は何かに成りたい。何かに成らなかければならない。

心がとても渇いている。何かを助けたくて。救いたくて。代わりになりたくて。

 

(俺を信じてくれているアルサスの人たちの為にも、俺は勇者でなければいけない。たとえどんなに小さな|煌灯《きぼう》でも、それは決して消えちゃいけないんだ!)

 

アルサスの人々に燻ぶっていた希望の火が、徐々に灯っていく。それはさながら、一本一本、心のロウソクが灯っていくように。

凱の雄々しき戦いに、皆は勇気を与えられている。

 

「ガウにーちゃ!」

 

まだ発音の乏しい小さな子供が――

 

「ガイさん!頑張っておくれ!!」

 

妙齢の夫人たちが――

 

「ガイ殿!シシオウ=ガイ殿!」

 

高齢に差し掛かっている老人たちが、避難先の神殿の窓から声を荒げて叫んでいた!神殿の外には敵兵がいるというのに、わが身の危険を顧みず――

その声援を受けて、いつしか疲労を見せていた凱は、今だ感知していないヴォジャノーイの毒性によって、わずかにグラつきながらも息を吹き返す!

前後に!左右に!視界を埋め尽くさんとするほどの、群がる敵兵を倒す為に獅子は戦場で舞い踊る!

 

――俺は……みんなを……アルサスの皆を……ティッタを死なせたくない!――

 

衝動的でしかないただの願望は、敵に笑われるかもしれない。

けれど、今の凱に必要なのは、己の魂の示せる場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『アルサス郊外・テナルディエ軍本陣』

 

――たった一人に略奪や破壊行為を妨害されているという報告は、既にザイアンの耳に届いていた――

 

「何?たった一人の男にだと?」

 

「はっ!あの黄金の鎧を纏った男にございます」

 

その獅子奮迅の戦い振りは、あまりに目立つために、丘上の人のザイアンでも簡単に見据える事が出来た。

 

仔細を聞くと、その男は人智を超えた速度で敵に詰め寄り、瞬く間に敵兵をなぎ倒していったという。

神殿で鬨の声を上げていた兵達は苦戦中。重装甲の鎧を、まるでピースのように解体され、無力化されていったとの事。

速さを図り間違え、馬が驚いたことを逆手にとって、騎兵たちを落馬させる。落馬した騎兵たちの、連鎖的に誘倒される様は美しく、それはさながら宮廷での遊戯である|倒牌《ドミノ》そのものだった。

飛び道具で黄金の騎士の動きを追求し、次々と矢を放った。それも、空間を埋め尽くすほどに!

手が何本もあるかのように見えるほどの速度で、鎧の隙間、すなわち多少生身の部分にかすり傷は追ったものの、黄金の騎士は捌き抜いて見せた!

それからも、黄金の騎士は荒れ狂うセレスタの街中を、跳躍し、疾走し、所せましと駆け抜けていった!

次第に、慌てる味方が増え始める。動揺から広がる不安はやがて同士討ちを生み出した。

展開の速さと状況の誤認による指揮系統の混乱。

この報告を聞いたザイアンは、軟弱な味方に対する苛立ちと、屈強な敵に対する尊敬と畏怖を抱いたのだった。

相手はたった一人である。強い敵である。速い敵である。賢い敵である。

ザイアンはとある神話の一文を思い出していた。

 

――銀閃のように、行動が迅速な勇者だ。――

 

――凍漣のように、分析が冷静な勇者だ。――

 

――光華のように、剣技が輝かしい勇者だ。――

 

――煌炎のように、闘志が焦熱せし勇者だ。――

――雷禍のように、眼光が紫電の如き勇者だ。――

 

――虚影のように、戦術が変幻自在な勇者だ。――

 

――羅轟のように、精神が豪胆不屈な勇者だ。――

 

一人の側近は意見した。「黄金の騎士の狙いは、おそらく我々の混乱の拡大でしょう。圧倒的な個人の戦闘力で味方を同士討ちさせる為かと」と

対してザイアンはこう一笑した。「雨後の茸を養生することに何の意味がある?」と。

だが、黄金の騎士の活躍は、目を見張るものがある。

これほどの騎士を生け捕りにしたら、父上は喜ばれるだろう。

テナルディエ家の一人息子、ザイアンは幼少のころから、神話や英雄譚に出てくる聖戦士や勇者の類が大好きだった。

 

――伝説の鎧を着て、伝説の風貌を備え、伝説の剣をあつらえる、そんな存在を――

 

我がテナルディエの大軍へ一人で立ち向かっている等、それこそ神話や英雄譚に出てくる登場人物のようではないか。空想から現実へ飛び出したような喜びは、歪んだ欲望をかなえるべく、ザイアンの心を激しく駆り立てる。

有能な人材発掘の|没頭者《マニア》である父上の為にも、この機を逃すべきではない!

美女を連れ去ることより、奴隷として男を売り払うより、勇者の名に恥じぬ戦士の存在は、何より価値が高いように思えた。

ただ一つ、雨後の茸を護ろうとする姿勢は気に入らないが――

帯刀していた腰の剣を引き抜き、ザイアンは意気揚々に叫ぶ。

 

「テナルディエ家たる者!そして仕えるもの!神々のご照覧する地に生まれ、生きがいのある戦場の勇者を掴まないでどうする!」

 

何とも大仰な台詞を叩いたザイアンだが、次に下した命令は苛烈である。

 

「あの男を生け捕れ!決して矢を射るな!殺したものは死罪とする!」

 

瞬間、兵士たちの間に動揺が走る。

殺すことさえ至難だというのに、生け捕りはさらに難を極める。

現に、あの男はセレスタの包囲網を打ち破ろうとしている。相当体力を消耗していると推測できるが、それを思わせない戦いを見せているのだ。

おそらく、黄金の騎士こそが、アルサスの心柱となっているはずだ。あの男がいなくなれば、アルサスを焼き払えるのではなく、あの男を捕縛することが、アルサスを焼き払う事と等しいのだ。

 

「しかし、ザイアン様……我々には手に負えない獅子を一体どうすれば?」

 

側近の弱々しい態度に、ザイアンは一瞥した。

 

「馬鹿かお前達。弱点がないなら、弱味を作るまでよ!」

 

そういうと、ザイアンの脳内に何か名案が浮かんだと言わんばかりに手を叩く。周りの家より一際大きいヴォルン家の屋敷を見据えたのだった。

 

「もしかしたら、弱味となるものがあるはずだ。どれ、焼き払う前に見てやろうか?」

 

高揚心を抑えつつ、ザイアンは馬を屋敷へ走らせた。一人の少年を凱の捕縛に任せておいて――

その少年の名は、ノア=カートライトと名乗っていた。

ザイアンは、同世代故にその少年を毛嫌いしていたが、実力は本物の為、彼に全て任せた。否、任せるしかなかった。

 

(どうして父上はよりにもよって、この男を重宝しているんだ?)

 

ザイアンは、納得のいかない心情を抱きながら、馬の足を進ませるのだった。

 

 

 

 

 

『セレスタの町・神殿周囲の戦地』

 

 

 

――神殿を取り囲んでいた兵たちは、凱によって一時の沈静を見た――

 

「キツイわけじゃないけど……さすがにキリがない」

 

丘の上を見やり、凱は憎々し気に吐いた。体内のGストーンが臨界状態を迎えたため、凱は一時的にIDアーマーを解いた。分解された黄金の鎧の各部位は、左手の獅子篭手に、まるで吸い込まれるように集約されていく。

破壊された家屋や財産を痛々しく見ていたものの、既にテナルディエ兵の増援が送り込まれてくる。一人の青年を先頭にして背後にはさらなる大軍が現れた。

金髪を短くあしらった優男風な少年は、凱も知っている輪郭をしていた。

凱の攻略に手こずっていた雑兵は、大きな歓声で少年の名を呼んだ。

 

「ノア様!」

 

「ここは僕に任せて、あなた達は本隊と合流してください。ザイアンさんも来ていますよ」

 

「さて、久しぶりですね。ガイさん」

 

「君は……ノアか?」

 

久しぶりに見る少年の姿に、凱は思わず固唾を呑んだ。

さらに、あの阿鼻叫喚な戦争を生き抜いた少年が、テナルディエ軍に組み込まれている地点で、凱の思考はかすかにブレた。

 

「生きていたのか?|第二次代理契約戦争《セカンド・ヴァルバニル》で、行方が分からなかったが……」

 

歯切りの悪い言い方をする凱の仕草に、ノアは察してやった。

 

「ああ、そのことですね。大丈夫ですよ。ホレーショーさんもヴェロニカも無事ですよ。正確には、みんなテナルディエさんの所で元気にやってます」

 

「!!!」

 

驚愕と安堵の複雑な感情が、凱の中で入り乱れる。こいつら、一体何をする気だ?

 

「早速ですみませんが、僕と戦ってくれませんか?」

 

唐突なノアの物言いに、凱は僅かながら動揺した。そして視線を横へ見やる。

まずいな。テナルディエ兵の増援がヴォルン家に向かっている。次第に凱の心に焦りが生まれる。

ノアの実力は凱も知っている。あの戦いより強くなっているかもしれないと思うと、なおさら油断できないからだ。

逆に、ノアも凱の実力を知っているはずだ。

 

「実はザイアンさんからガイさんを生け捕れって命令されてるんですけど……気にしないでください。ただ『殺さずに守る』今のあなたの実力がどれだけ衰えたか、知りたいだけなんです」

 

殺さずに守る。そこだけ妙な感情がこの青年には含まれていた。それは、凱でさえ気づかなかった小さな変化だ。

 

「これだけの兵力を相手にしても無事でいられるあたり、流石ですね。ですが、思った通りあなたは|第二次代理契約戦争《セカンド。ヴァルバニル》より実力が鈍っていますね」

 

何か妙に突っかかるノアだが、今はそんな与太話に付き合っている場合じゃない。

 

「あいにく俺もゆるりと昔話をするつもりはない。ノア。君がこの場から引かないというのなら――」

 

「それは、聞くまでもないことですよ?ガイさん。まずはおさらい、|2段階加速《セカンド・アクセル》です」

 

凱とノアの殺陣が始まった。

そして、書生風な優男から想像できないような実力に、見たことのあるような|変速技術《トランスミッション》に、凱は苦戦を強いられた。

 

(……まずい!このままじゃティッタが!)

 

その間に、テナルディエ兵が悠々とヴォルン家に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セレスタの町・ヴォルン家の屋敷』

 

 

――ヴォルン家に誰かが入ってきたとき、屋敷にいたティッタは体を強張らせた――

 

この状況で入ってくるものなど決まっている。

 

「ガイさん……」

 

震える声で、今アルサスの中心で戦っている青年の言葉を思い出していた。

 

――ガイさんは、明日が怖くないんですか?――

 

――怖いさ。だけど……たくさんの|勇者《おとこ》から貰った|勇気《いじ》が、俺を動かしてくれるんだ――

 

――…………――

 

――うん。一度怖い気持ちから逃げちまったら、二度と怖さに立ち向かえなくなっちまう――

 

――怖い気持ち……――

 

――いつも俺は思うんだ。確かに今のアルサスは絶望的かもしれない。けれど、勇気を出せば、もしかしたら勝てるかもしれないって――

 

――勇気……――

 

――だから俺は、いつも勇気だけは捨てないんだ――

 

「ティグル様、ガイさん、あたしに勇気をください」

 

自然と、ティッタの足は動いた。それは、自分自身の勇気なのか、凱からもらった勇気なのか、くすんだ赤い若者の勇気からくるのかは、分からなかった。

ティッタは土足で上がり込んだ無礼な輩を迎え出る。

 

「どなたですか?」

 

そこには鎧を着た若者、ザイアン=テナルディエが立っていた。乱暴に蹴り倒したのだろうか。あたりには燭台や装飾の数々が散乱としていた。

整った顔立ちからの二つの眼球が、ティッタの体を丹念に嘗め回した。その薄気味悪さから、身震いし、かつてヴォジャノーイという魔物に拉致された恐ろしい記憶が、彼女の脳裏に蘇ってきた。

 

「ほう、ヴォルンのくせに、なかなかいい娘をかこっているじゃないか。頭の下げ方次第では俺が抱いてやってもいいぞ」

 

「……出ていって」

 

「なんだと?」

 

「出ていけって言ってるのよ!このお屋敷は!この町は!ティグル様のものよ!あなたみたいな人は指一本触れないで!それが分かったら出ていけ!出てけ!」

 

「テナルディエ家の、この俺様に向かってよく言えたものだ。その勇気だけは誉めてやろう……だが!」

 

「その暴言がどれほどの重罪なのか、思い知るがいい!」

 

(どうすれば……どうすればいい?)

 

うろたえるティッタは、ふいに自分の腰元を見やった。そこには、あの青年と同じ深緑の短剣が帯刀してあった。万が一の為に持たせていた、IDアーマー装備の2刀のウィルナイフの片割れを、護身用としてティッタに持たせていた。

 

「ガイさん……あたしに勇気を」

 

ティグルの引き出しにある大ぶりなナイフよりも大きいものの、ザイアンの長剣に比べれば、刀身ははるかに短い。

使用者の意志の強さによって、自在に切れ味が変化する。勇気ある者が振るえば、竜の鱗さえ斬り裂ける伝説の剣となり、勇気なきものが振るえば、肉を着る事叶わない末刀となる。

だが、凱は確信していた。――ティッタの勇気が本物なら、ウィルナイフは必ず応えてくれるはずだ――と

胸元を斬り裂こうとしたザイアンの太刀筋が、振り下ろされる。対してティッタの姿勢は、身を固めたような『正眼の構え』に見えなくもない。

刹那、長剣と短剣が交錯する。しかし、『明らかに鉄製でできているはずのザイアンの剣が、木製を表すかのように』斬り裂かれていく。

僅かな火花を散らしながら、凶刃からティッタを護ったのだ。

 

「な……何なんだ!?」

 

ザイアンも、ティッタも、今、この目の前で起こった超常現象にわが目を疑うばかりだった。

 

(これなら!)

 

ウィルナイフの斬れ味に助けられたものの、初めての実戦で本能的な恐怖は隠せない。

驚き戸惑っていたザイアンは、そこに付け入った。

 

「どうした?刃が振るえているぞ?」

 

どんなに優れた刃物を持とうとも、所詮は一介の侍女と踏んだザイアンは、ウィルナイフの切断力を恐れることなく、二の太刀を振るった。

刃の切れ味が協力なら、柄を狙ってしまえばいい。

勇気を持ちながら、剣術を持たないティッタは、抵抗空しくザイアンにウィルナイフの柄をはじかれ、切り返しで胸元の服のみを斬り裂かれる。羞恥と悔しさから顔を赤くし、獅子に追い詰められた兎のように、とうとうバルコニーへ追い詰められる。

退路を亡くしたティッタは、乱暴に押し倒されて、必死でこらえるように両目をぎゅっと閉じた。

 

「ティグル様!」

 

泣きそうになるのをこらえ、必死に大好きな主様の名を呼び続けるティッタ。

 

「なんだ?侍女の分際で、ご主人様に想いを寄せていたのか?」

 

人物らしき単語を聞きとがめ、ザイアンの歪んだ苛虐心は妄想で膨れ上がる。あの黄金の騎士の弱点とする前に、一つ楽しませてもらう。

 

「ティグル様は……ティグル様は必ず帰ってくる!!」

 

勇気が恐怖へと徐々に変わる瞬間を、ティッタは味合わされていた。

 

「こいつはいい!オレの下で喘ぎながら、せいぜい奴の名を呼ぶことだな!」

 

ティッタの切ない思いをあざ笑うかのように、ザイアンは欲望の限りをぶちまけた!

おぞましいテナルディエ指揮官の魔の手が少女に迫ろうとする半瞬前――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一瞬、風が唸った――

 

 

そして、風が唸ったと同時に、生々しい貫通音が発生する。

一本の矢が、ザイアンの手に突き刺さっていた。痛覚が脊髄に到達する前に、ザイアンの背筋には悪寒が走った。

 

(馬鹿な!?一体どこから!?まさかこの小さな柵の隙間から俺の手を狙って!?)

 

もし、それが本当だとしたら――まさに、『針の穴に糸を通すような精密射撃』だ。

戸惑いの後に手を貫通された激痛が、ザイアンの認識を現実に引き戻す。

おとなしく狩りの対象にされるつもりはティッタにない。動揺しているザイアンを振り切って、矢羽の後方を見やると、そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ティッタ!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、幻聴かもしれなかった。むしろ、幻聴と思えれば、いくらか気が楽なように思えた。

神様の気まぐれかもしれない。記憶の片隅でご主人様に合わせてくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティッタ!!」

 

 

 

 

 

 

 

幻聴……じゃない!

確かに聞こえる!自分の名を呼ぶこの人を、あたしは知っている!忘れるわけがない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛ぶんだ!ティッタ!!」

 

矢の正体は、少女が待ち望んでいた、くすんだ赤い髪の若者のものだった。

ティッタは何の迷いを見せず、自身を捕まえようとするザイアンの手を振り切り、柵の向こう側へ身を躍らせた!

 

――信じてた……必ず帰ってくるって……ティグル様……帰ってくると……信じてました――

 

涙声まじりで、ティッタは何度もつぶやいた。胸にこみ上げてくる熱い想いが、それ以上の言葉を失わせていた。

 

「心配かけたな……けど、もう大丈夫だ」

 

希望の矢によって繋ぎ止められた。「必ず帰ってくる」という約束も。絆の強さも。何もかも。

まだ、アルサスの命運は尽きてはいない。そしてティッタは確かに学んだ事がある。

戦うことだけが勇気ではない。だが、戦わざることも勇気とは言えない。待ち続ける事と信じ続ける事もまた、一つの勇気の形だという事を。

ここから始まるんだ。若人達の本当の戦いが――

 

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