その瞳に映りし者
~第6話 困惑~
晩餐会が過ぎてから、早3日がたとうとしていた…。
ソユーズ家では、ジュディが友達のサラとオリヴィアをお茶に呼んで、先日の晩餐会について話しをしていた。
もっぱら、話しの内容はおもにシュテインバッハの三兄弟のことであった。
「ねえ、ジュディ…シュテインヴァッハの殿方たちは、噂にたがわぬ美形揃いだったのでしょう?詳しく教えてよ」
サラは、興味深々で瞳を輝かせながら、言った。
「そうねぇ…それぞれ違う趣だけど、三人とも美形だったわよ…」
「どんな風に…?」
オリヴィアのほうも美形には目がない。
「長男のヴィトーさまは、黒髪でクールな感じの人…ちょっと冷たい印象を受けるけど、そこが又たまらないの…次男のジュリアンさまは、金髪で碧眼、まさに美少年って感じの容姿よ…三男のノエルさまは、私たちより年下だけど、薄茶色の髪に目がクリッとしてて、とっても可愛いの…」
ジュディの説明に食い入るように、身を乗りだす2人…。
「晩餐会、行きたかったわ~…ジュディが羨ましい!勿論、お話とかしたんでしょう?」
サラの言葉に、ジュディの表情は曇った。
「…も…勿論よ!三人とも、とっても優しくて…私をエスコートしてくれたわよ」
「素敵っ!さすがは、ソユーズ家の姫君ね…絵になるわ」
ジュディは、内心焦っていた。
なぜなら、ご存知の通り、実際は何も話していなかったからだ…。
それどころか、まったく違う男性とダンスをしたりして、本人としては不本意な結果に終わっていたのである。友達に本当のことを話す勇気はなかった。
ジュディたちが、三兄弟のことで盛り上がっているのを見て、執事のカイルは…
(ソユーズ家は、平和だな…)と、心の中で思った。
…が、そうでもないと、ある人物を見て考えなおした。
リリアが、賑やかな三人の娘達から離れたところで、ひとり窓辺に佇んでいたからだ…。
物思いにふけった様子で、ずっと窓の外を見ていた。
「どうされたのですか?リリアさま…何か、心配ごとでも…」
カイルは、リリアに声をかけた。
「……」
リリアから、返事はなかった。
「リリアさまっ…」
「っ!…あ…御免なさい…つい、ぼんやりして…」
やっと、カイルが傍にいることに気付いたという風で、リリアは答えた。
「一体どうしたんですか…晩餐会から帰ってきて以来、ずっとこんな感じですね」
カイルは、リリアの変化を心配した…。
「何でもないの…心配しないで、カイル…」
「ですが…」
「晩餐会は、とっても、楽しかったわよ…そりゃ、慣れないこともあって、緊張もしたけど…でも、いい経験になったわ…」
リリアは、無理に笑顔をつくってるように見えた。
「リリアさま…」
カイルは、それ以上は触れなかった…。
リリアが何かを深刻に考えているのは明らかだったが、そっとしておいた方がいいのではと、思ったからだ。
リリアは、ずっとジュリアンのことを考えていた…。
ジュリアンとヴィトーが言い争っていたことも、ショックではあったが…
そのあとの、ジュリアンの変貌ぶりが、さらに彼女の心を困惑させていた。
(あの人って、一体どんな人なのだろう…私が見た時、確かに泣いてるようだった。…でも、私に気付いた後、全然表情が変わって…無理してるみたいだった…もしかしたら、あの人も孤独な人なのかもしれない…)
リリアは、初めて逢ったジュリアンを、何故か自分と重ねて考えていた。
彼をもっと知りたいと思う反面、不安もよぎる…。
この感情が何を意味しているのか、自分でも解らないのだ…。
初めて、芽生えた感情だった…。
一方、シュテインヴァッハ家では、当主を引退したセルゲイが、屋敷を出る準備をしていた。
セルゲイは、息子達を呼んで先日の件について、語った。
「いいか、おまえ達…これからは、私もあまり意見することはなくなると思うが、これだけは言っておく…先日の、アレは何だ」
「アレとは何ですか…」
ヴィトーは、理解不能といった感じで尋ねた。
「ソユーズの姫君に対しての態度だよ…まったくなっていなかったじゃないか!」
セルゲイの言葉に、ヴィトーは無反応だった。
ヴィトーにとっては、どうでもいいことだったからだ。
「父上…あの、その件ですけど…僕たち、まだ女性の扱いに慣れてなくて…あ、でも実は今度また我が家に招待しようかという計画をたててるんですよ!」
ノエルが慌てたように、そう取り繕った。
「計画…?その話は本当か…」
「本当です!ねっ…ジュリアン兄さん」
ノエルは、横にいたジュリアンを突っついた。
「え…ええ、本当です…父上、ですから心配しないで下さい 僕たちも、それなりに考えてますから」
ジュリアンをいぶかしげに眺めたセルゲイは、ひとつため息をついて、
「わかった…もう、私が心配することではないな…おまえ達も、もう大人だし…さて、わたしは、そろそろ立つとするか」
セルゲイは、上着を羽織り、荷物をもった従者と共に、外に出ていった。
外まで見送りに出た兄弟たちは、それぞれ別れの言葉を告げた。
「さよなら…いや、いってらっしゃい、父上…いつでも、戻ってきてくださいね」
「ありがとう、ジュリアン…おまえも元気で頑張るんだぞ…」
そう言うと、セルゲイはジュリアンの耳元でこう囁いた。
「ヴィトーのことは気にするな…おまえは、おまえのままでいいんだから」
「っ!…父上…」
ジュリアンは、その言葉に胸が締め付けられる思いがした。
…やがて、馬車はシュテインヴァッハ家を後にし、だんだんと見えなくなっていった。
ジュリアンだけは、いってしまった後も、ずっとその場に佇んでいた…。
しばらくして、ソユーズ家にシュテインヴァッハ家から使いの者がやってきた。
そして、ソユーズ家の令嬢を再び屋敷に招待したいという事を告げた。
ジュデイは、再びのシュテインヴァッハ家からの招待に歓喜した。
「よかったわね、ジュディ…あちらは、よほどあなた達のことを気に入ってるのよ」
遊びに来ていた叔母のベアトリスは、そう言って微笑んだ。
「ええ、そうね…きっと気に入ってくださったんだわ…なんだか嬉しい!また何を着ていくか選ばなきゃ」
ジュディは、さっそく自分の部屋へと服を選ぶために戻っていった。
お茶を飲みながら、ベアトリスはカイルにこう言った。
「カイル…リリアは、何処にいってるの?姿が見えないけど…」
「はい…おそらく、お部屋にいらっしゃるとは思いますが…」
カイルの煮え切らない態度に、ベアトリスは眉を吊り上げて、
「あなた…リリアの様子がおかしいことに気付いてるのでしょう…彼女は何か言ってましたか?」
「いいえ、特には…」
「あなたから、聞いてきてちょうだい…今度の招待に参加するかどうか…おそらく、私より、あなたの方が話しやすいでしょうから」
ベアトリスの真意がわからなかったが、カイルは頷くと、さっそくリリアの部屋へと向かった。
「リリアさま…カイルです…いらっしゃいますか」
カイルは、リリアの部屋を見回した。
そこにリリアの姿はなかった…。
(何処に行ったんだろう…もしかしたら)
カイルは、ピンときたのか、外に急いで出ていった。
リリアは、思った通り、牧場にいた…。
「リリアさま…探しましたよ…実は先ほどシュテインヴァッハ家から、ご使者が来られて、また屋敷に招待したいと言ってきたのですが…」
「…そう…」
リリアは、牧場に放牧されてる馬を眺めながら言った。
「どうしますか?今回も行かれますか…ジュディさまは参加するみたいですよ」
「私は、行かないわ…申し訳ないけど、お断りしてちょうだい」
「…えっ? 参加なさらないのですか…どうして」
てっきりリリアも承諾するだろうと思っていたカイルは、その言葉に驚いた。
「なんだか、気が乗らないの…本当に、申し訳ないけど…」
うつむいたまま話すリリアに、カイルはそれ以上問い詰めなかった…。
いつも明るく素直に話すリリアが、笑顔すら見せない…。
よほどのことが彼女を悩ませてるのだろうと思ったカイルは、
「わかりました…そうお伝えします…では」
と言うと、リリアに背を向けて屋敷のほうへ戻っていった…。
屋敷に戻ったカイルは、さっそくリリアからの返事をベアトリスに伝えた。
「なんですって?!…リリアが断った…またどうして」
「私にも、詳しいことは解りません…ですが、これ以上はもう…」
「ふ~ん…さすがのおまえでも、聞き出すことは出来なかったわけね」
ベアトリスは、ため息をついて立ち上がった。
「わかりました…あちらには、そう正直にお伝えします…でも、人数的に合わないわよね…リリアの代わりにジュディのお友達を行かせましょう…」
「は?…」
「リリアは、疲れてるのでしょう…この屋敷での慣れない生活もストレスになってるだろうし…ちょっと休めば、またもとのあの子に戻るでしょ」
「そうだといいのですが…」
ベアトリスもカイルも、リリアとシュテインヴァッハ家の兄弟との間に何かあったのだろうとは予測できたが、それ以上は触れないでおくことにした。
やがて、ジュディとその友達2人は、シュテインヴァッハ家を訪れた。
リリアの代わりとして参加したサラとオリヴィアは、初めてシュテインヴァッハ家の煌びやかさに触れて、はしゃぎまくっていた。
「素敵なお屋敷ねぇ!…さすがは、名門シュテインヴァッハ家だわ…ジュディも、素晴らしい方々とお友達になれてよかったわね」
ジュディは、サラの言葉に少しひきつった笑顔で、
「え…ええ、そうね…」
と答えた…。
しばらくして、兄弟たちが現われた。
その姿をみて、さらにジュディたちは、興奮状態に陥った。
「ごきげんよう、皆さん…今日は、遊びに来てくれてありがとう!どうぞ、楽しんでいってくださいね」
ジュリアンの言葉に、サラやオリヴィアは何度も頷いた。
「あの…ジュリアンさま…ヴィトーさまは?」
ジュディは、姿の見えないヴィトーが気になって尋ねた。
「彼は、自分の部屋で仕事をしてます…おそらく、後で参加するでしょう…それより、リリアは、今回なぜ参加しなかったのですか?」
逆に質問されて、ジュディはとまどったが、
「私には、解りかねますわ…姉は、少し変わってるんですの…」
と、返答した。
「そうなんですか?…でも、先日逢ったときは、そんな感じじゃなかったのにな」
「え…姉とお逢いになったんですか?…」
ジュリアンの意外な言葉に、ジュディはビックリして尋ねた。
「ええ…少しだけ話しましたよ…」
「……」
ジュディは、リリアからいっさいそんなことを聞いていなかったので、、先を越されたようで、少し憤りを感じた。
「そうだ…実は今回人数が多いほうが盛り上がるかなと思って、従兄弟のダニエルたちも呼んだんですよ」
ノエルは、明るくダニエルとリオンを紹介した。
「ごきげんよう、ジュディ…噂に違わずお美しい…」
ダニエルは、いつもの調子で、ジュディの手をとった。
「ご…ごきげんよう…ダニエルさん…」
ふと後ろに目をやると見覚えのある男性が…。
「あら…あなたは…」
「覚えておいでですか…リオンです…お久しぶりです!」
リオンは、爽やかな笑顔でジュディと握手した。
「……」
ジュディは、先日の晩餐会のことを思い出して、軽くあしらおうとした。
「あの…ジュリアンさま、庭を案内してくださらない?」
リオンを無視して、ジュリアンに話しを振った。
「ええ、いいですよ…ノエル、彼女たちを案内してあげて…」
なぜか、ジュリアンはノエルに託すと、自分は他の部屋へと消えていった。
「ちょ…ジュリアンさまっ!」
あてが外れたジュディは、呆然としたが…
残されたノエルとダニエルとリオンは笑顔で、ジュディたちをエスコートしてくれた。
3人の男性に傅かれて、サラとオリヴィアは幸せな気分だったが…
ジュディは、なんだか複雑な心境だった…。
(どうして、こんなことに…あてが外れてばかりだわ…ヴィトーさまは、全然姿を見せないし…)
表情が冴えないジュディを見てリオンは、心配そうに尋ねた。
「どうしたんですか?ジュディさん…なんだか、楽しそうじゃないですね」
「え…いいえ、そんなことありませんわ…とっても楽しくってよ」
ジュディは、無理やり笑顔を作ってそう答えた。
「…ちょっと、2人きりになりませんか…」
「え…」
リオンの突然の要望に、ビックリしたジュディは急に立ち止まった。
「お…すごい積極的だな、リオンは…よし、これから2人ずつになって行動しよう…」
なぜか、この後ダニエルの提案で無理矢理2人ずつにさせられた…。
反対することも出来ず、渋々それに従ったジュディだったが、なぜ自分がこの地味な青年と2人きりなのか理解できないでいた。
そして2人は、湖のほとりにあるベンチに腰かけた。
「綺麗な景色でしょう…ここにいるとなんだか、落ち着くんです」
「そう…」
ジュディは、リオンに素っ気なく答えた。
「ジュディさん…実は僕…先日の晩餐会のときから、ずっと…あなたのことが忘れられなくて…」
リオンは、顔を赤らめながらジュディを見つめた。
「僕と…あの…付き合ってくれませんか!」
「……」
ジュディは、思わぬ告白に言葉をなくした…。
一方、自分の部屋に戻っていたジュリアンは、椅子に腰掛け、考えこんでいた。
(なぜ、彼女は来なかったのだろう…先日の件のことを気にしているのだろうか…それとも…)
ジュリアンは、リリアが不在だったことが気になって仕方なかった。
だから、どうにも気がのらず、他の人達と一緒に行動できないでいたのだ…。
リリアに、ヴィトーと言い合ってるところを見られたことも気になったが、今回彼女が屋敷に来ることを拒んだことが更にジュリアンを困惑させた…。
(不思議だな…別に気に留めることでもないのに…でも…このままではいけない気がする…)
ジュリアンは、椅子から立ち上がり、窓から外を眺めた。
そこからは、一望にシュテインヴァッハ家の広大な庭が見えた。
ふと目をやると、サラと腕を組んで歩いているダニエルの姿が…。
「あいつは、相変わらずだな…見境がないっていうか…」
ジュリアンは、その光景を見て苦笑した。
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晩餐会が過ぎてから、3日がたった…。
それぞれの心に何かが生まれようとしていた。
少年少女たちの愛憎劇・第6話めです!