帝暦元年、イブリース大陸をめぐるまぞくと人との大戦争はイブリース大陸の内陸にまぞくを封じ込める事と、魔王イルテバークの死をもって決着が付いた。太陽神サクルを初めとするまぞくと戦った英雄たちは、地位や名誉を得た者、無欲に何も褒美を受けずに去っていった者と様々だった。そしてその中にはティラン帝国初代皇帝ティラン一世もいた。彼は褒章としてユニヴェール大陸に領土を拝領し、荘園の領主となった。これがティラン帝国の始まりと言われている。
その後一三代の時を経てユニヴェールの全土を統べる程の超大国にまで領土を拡大していった。帝国領土を拡大する上での一番の功労者はドラゴンと言ってもよいだろう。ドラゴンはまぞくすら恐れ慄く存在と言われている。下級まぞくではまるで歯が立たないと。しかし私の目の前にいる4人はどうだろう?おそらく一人でもドラゴンを倒してしまえる実力を持っているのではないだろうか?
私の名はアサルシャ・シャウエンブルク。帝国陸軍分遣隊レジオン守護兵団兵長。そして今、私は蛇に睨まれた蛙の様な状況にある。シュクラと呼ばれるオッドアイの美女は、すでに私の顔色を伺って何か気づいている様子だ。私の背中の痣も知っていると見て間違いないだろう。では、秘密の名前を明かすべきなのだろうか?否、ここで明かせば秘密でもなんでもなくなってしまう。待て、今こそ衆目の元に名乗りを挙げるべきなのではないだろうか?いや、待て待てそもそもどこまで秘密にしていて、どこから明かしていいものなのだろうか?その為の合言葉だと聞いていたのだが、シュクラ以外のまぞくは知らない様子。ならば、私一人投降して部下たちを見逃してもらうのも一つの選択肢かもしれない。
そんな事を考えていると、再び空に今度は真っ黒な魔方陣が展開を始めた。先ほどの3倍ぐらいの大きさだ。「お姉さ~んいくよ~♪」ボール投げてるんじゃあるまいし!そんなこと言われても返す言葉も見付からない。もう一か八か特攻しかない。頭で考えるより早く脚が動いていた。その刹那、師匠から禁じ手として使うなと念を押されていたトランス・スパイナル・リフレクス状態(精神を極限まで集中させて体に記憶させた反射感覚のみで体を動かす)へと体の機能をトランスさせる。タイムリミットは約7秒、周りがとてもゆっくり動いているように感じる。もう一つ小技、神経を極限まで研ぎ澄ませることにより、ほんのわずかだが超感覚も身に付ける。普段はまったく使う事がなかったがこんな状況で、しかも今までで最も鋭敏な感覚が発揮されている気がする。騎士二人が前に出てくるのがはっきり感じ取れる。しかし目では残像しか捉えられないので本当に勘みたいな感覚だ。それでも透明な輪郭のようなものでわかる。黒衣の少女・アリスに届く前に、騎士2人とこれ以上無い本気で撃ち合う。「この娘、先ほどより剣速が増してるぞ!おもしろい!」とデュラハンが言うと、一歩引いて間合いから外れ、首とレイピアを左右持ち替えた。
その通りだ、訓練を積んだ体はすでにすべての技が体そのものに記憶されている。私は今、反射神経のみで体を動かしているにすぎない。速度だけは倍に近い速さで剣をくりだしている。ゆえに、手加減や寸止めが一切できないから師匠からも禁じ手とされていたのだ。実戦ともなれば、相手を切り伏せるか私が切られて絶命するまでこの技はもう止められない。そして師匠に私はこの技の素質が異常に高い事も聞かされていた。デュラハンが剣を持ち替えるほんの1秒足らずの間ではあったが、全身鎧を完全に圧倒する剣さばきで押し戻すことに成功した。そして今気づいたのだがこの鎧、中身が入って無いではないか!プレートの隙間と言う隙間に隙を見ては剣先を差し込んでみたがまったく感触が無い。なんという摩訶不思議なまぞくだ。空の鎧を押し戻した直後、再びデュラハン公爵が割って入ってきた。
「私も本気で参りますよ!」そう言ってデュラハンは打ち込んできた。2~3撃打ち込みを防いだところで私は悟った。速い!先ほどの手合わせで言っていた事は本当だったようだ手加減されていた。そして同時に後10撃以内で私は切られる事も悟った。私の速さではわずかに及ばないし、タイムアップの7秒を超えてしまう。「今、刺し違えるしか手が無い!」そう閃いた瞬間、デュラハンのレイピアを左腕に深く突きたてて動きを止めた。しかし時既に遅かった。頭上の漆黒の魔方陣は地表に炸裂寸前だった。デュラハンは飛び退いて回避していた。私にはもうそんな力は無かった。そしてアリスにも僅かに剣は届かなかった。そう脳裏をよぎった瞬間だった、何かが右手に触れた。何か分からなかったが私は反射で剣を手放し、宙にあったそれを掴んで無意識にアリスに投げつけていた。周りの者からは最後の悪足掻きにも似た行為に見えたかもしれないが、トランス・スパイナル・リフレクス状態には避けられない付随効果のようなものだった。辺りが、背後の方から黒い空間に包み込まれる。投げた何かが当たるかは確認できないが、鋭利な刃物のようなものであれば当たれば相打ちになるかも。なんて考えていると、完全に闇に包まれた。これは流石にもう駄目か・・・・・
突然、音も無く背後から迫ってきていた闇が細かく裂け、淡白い光を放ちながら砕けていった。何が起こっているのかさっぱりわからなかった。禁じ手を使い体力の限界に達していた私は四つんばいでその場にうな垂れた。両手を地面に付いた瞬間、左腕から一瞬血飛沫が噴出したが、傷みがまったく無かった。これはヤバいレベルで損傷している証拠だ。一息ついてから顔を上げると、アリスが仰向けに倒れて昏倒している光景が目に入った。シュクラは倒れているそれをしゃがんで悠長に眺めている。デュラハンも片膝をついて様子を見ている。ヘルアーマーはキョロキョロとアリスの周りで何かを探しているようだったが、すぐに何かに気づいて地面に落ちている物を拾って自身の鎧に貼り付けた。そこまで観察していたら、すべてが繋がった。脳細胞がトップギアーってヤツだ。あの時私が投げたのはヘルアーマーの鎧の一部だったのだ。色々な部位のプレートの隙間に剣を差し込んでいるうちにどこかで何かが外れて宙に弾かれていたのだろう、それがたまたまあのタイミングで落ちてきて右手に触れ、それをそのまま投げつけてしまった。そしてそれは確実にアリスの額に命中していたのだ。ただ、分からないのはあの漆黒の魔法がなぜ消失してしまったのかだった。
「あなた、なかなかやるじゃない。帝国の兵士なんて勿体無いわ。帝国って所は人材の墓場なのかしらねぇ?」いろいろと思うところがあるその言われ様には返す言葉も無かったし、何より体力は限界で立つ事すらままならなかった。「さっきの答え、聞いてなかったわ~あなたのお名前教えてよ?」ついびくっとしてしまった。どちらを名乗るべきか・・・・迷う。「おや?最初に名乗りを挙げていましたよ?確か・・・アイシャでしたか?」。盛大に間違えてくれているが誤魔化すにはナイスフォローだデュラハン公爵グッジョブ!と心で叫びながら「アイシャではない!アサルシャ・シャウエンブルクだ!」と再び名乗った。しかし、やはりあのシュクラという魔王級まぞくは私の家の秘密を確実に知っているのがはっきりした。「あら、そうなの?まあそういうことにしておいてあげるわ。」。心を読まれている心境だ。シュクラはそう言ってアリスをひょいと両手で軽々と抱き上げると、ヘルアーマーの背中におぶせた。そして私の方にゆっくりと、探るように近づいてきて耳元で言った「今日は帰るけど、また来るわね~」言うと同時ぐらいに私の左腕に触れてくる。熱っ!そう思った瞬間左腕の裂傷が瞬時に塞がって痕跡すらなくなっていた。「アーフ ヴィダーセーン!」シュクラはそう言い、4人は元来た正面入り口から堂々と去って行った。
撃退したのか?とは言い難いか。辺りを見回すと昏倒した部下たちがすぐそばに6人、正門にも数人。死者はいないようだ。にわかには信じられなかった。それらを見て安心した所為か私もその場に伏して気を失った。
それからどれ位の時が過ぎたのだろう、目覚めると私は大修道院に併設されている病院の個室病棟のベッドに横たわっていた。重く感じる上半身を起こし、しばらくボーっとしていると今まで見たことの無いシスターが現れ、私を見るやいなや驚いた様で、再び廊下へと走り出してしまった。しばらくすると廊下の方からたくさんの足音が聞こえてきて、それらは私のいる病室に雪崩れ込んできた。病院の医者、看護婦、シスター、部下数人、後は知らない貴族っぽいの、騎士っぽいの、とにかく知らない顔の方が多くて何を言っていいのか分からないし、同時に何人も何かを話かけてくるものだからどう答えていれば良いのかも分からなかった。とりあえず医者の先生の質問だけはちゃんと聞いて答えていこう、そんな程度しか頭も回らなかった。
まだ意識が混濁していると医者が診断したので、その場は全員一度退出となり病室は再び平静を取り戻した。すると一人の紳士服姿の男性が入室してきた。間違いなく帝国政府高官だ。服装からして官僚か政治家のどちらかだと思うが、歳が若い。年齢で官僚と予想した。まぞくの斥候程度を撃退したぐらいで審問されるか?いや、強さが半端無かったから何かがあるのか?それとも何か大失態・・・・・頭の中が予想される問題と正しい模範解答を同時にいくつも作ろうとぐるぐる回っている。どれも答えがヤバい方向にしか進まないのは所謂マイナス思考ってやつなのか?
「初めまして、シャウエンブルクさん。私はヘルベルト・ホーエンツォレルンと申します。帝国情報省内にある戦略諜報局から来ました。いくつか事情をお聞かせいただこうかと思いまして、脚を運んだ次第です。」言葉の物腰はとてもソフトに聞こえるが、諜報事情聴取をすると言っているぞこの人!そんな事を考えながらも表面上は平静と意識が混濁しているフリを装おうとした。「それでは、この度遭遇したまぞくについてですが、あなたの指揮下の方々からの聴取で3名までの呼称は判明しております。残りのオッドアイの女性について知っている事を分かる範囲でよろしいですので、ああ、できればどんな些細な事でもいいですからお教えいただけますか?」一番触れられたくないまぞくをピンポイントで聞いてきたか・・・・・正直話したくないなぁ。というか、遠まわしにすべて知っている事は話せと言っているよこの人。「他のまぞくがシュクラと呼んでいました。剣はほんの一瞬でしたが交えはしましたが、実力の程は分かりません。後は・・・・・よく覚えていません。申し訳ありません。ああ、ユニヴェールでは使わない言語で挨拶を残していたと記憶しています。」と、盛大に嘘をついた。「そうですか、その残していった言葉は覚えていますか?もう一度聞いたら判りますか?」。嘘がそこそこ通じたらしい、というか信じてくれたか。「アー・・・・ビダー・・・センだったような、良く覚えていません、申し訳ないです。」と言うと「アゥフ・ヴィダーセーン?」とヘルベルトは流暢に発音してみせた。「そう!それです!」私はつい感歎の声をあげてしまった。「ふむ、ドイチェ語の挨拶ですね、「さようなら」か・・・・・あなたはこのまぞくとお知り合いなのですか?」。予想もしなかった展開に凍りついた。こんな情報付け加えるんじゃなかった!と心の中で激しく後悔。そして反射的に捲くし立てて「そんな訳無いじゃないですか!まぞくの知り合いなんていませんよっ!」と、つい声を荒げてしまったのは逆効果だったか?「ああっ、申し訳ありません、言い方が良くありませんでしたね前に遭遇した事があるかと質問したかったのですが、まあ、そうでしょうね、挨拶といってもこれは親しい間柄で交すようなものではありませんからね。どちらかと言うとかしこまった場で使うタイプの言葉ですから。想像ですが、このまぞくの捨てセリフというか、去り際の決まり文句だったのでしょうね。」効果覿面だった良かった。「私の知りたい事は大体揃いましたので、この辺りで失礼させていただきます。御自愛を。」そう言って病室から出て行った。
まさかの展開にどっと疲れた。ヘルベルトが病室を出ると、入れ替わりで看護婦が食事を運んできてくれた。二人のやり取りから推察するに、食事の前に2~3聴取させてくれと看護婦に頼み込んでいたようだ。食膳の用意をしてくれる間、看護婦に素朴な質問をしてみた「私はどれぐらい眠っていたの?」看護婦はこちらには目もくれず膳の準備をしながら、「確か3日だったと思いますよー」と答えた。そんなに眠っていたのか、道理で体がだるい訳だ。「大変だったんですよー大勢偉い人とか訪問してきてー」え?なにそれ?聞いてない?「シャウエンブルクさん、今やここの救国の英雄ですもんねー」はぁ?何言ってんのこの人?「帝国中央からもいっぱい来客の方が来てましたよー薔薇騎士団なんか全員でお見舞いにいらっしゃって、もう大変でしたよーいろんな意味でー」なんか凄い大事になってる気がする・・・・・「今日目が覚めて良かったですねー明日の教皇様からの叙勲式にはちゃんと出られそうですねー」私の知らない間に勲章が授与されてるしっ!「それじゃーゆっくり食べてくださいねー」と言い残して看護婦は病室を去って行った。
看護婦と入れ替わるように今度は少し派手なフォーマルを纏った初老の一団が入ってきた。食事を取りながら話を聞くと、この辺りの荘園領主や国衆といった少しお偉いさんといったところ。適当に話は受け流して、具合が良くないと言ってお引取り願った。その後も次から次へと来客が絶えない。これは相当大事になってしまった気がする・・・・・。
重要な件、地位、用事、そんな順序で来客をこなして、やっと見知った顔が現れるようになった。私の直属の部下たちだ。「兵長殿~無事でよがった~」病室へ入ってきて早々顔をくしゃくしゃにして一声を上げたのは部隊最若のヨアヒムというこれでも男だ。男の子か。「おーよしよーし」と言って頭を撫でてやる。「子ども扱いしないでくださいっ!」と、いつものお決まりのやり取りをしてみる。本当にかわいいヤツだ。食べてしまいたい。「いや~しかし本当に無事で良かったですよ!兵長!」オーデル上級兵が本当にうれしそうに言った、この男はすぐに顔に出るから判りやすい。「すんません兵長・・・・俺ら何にもできないで、脚引っ張るばかりで・・・・」マイナス思考のエルベも無事だったようで何よりだ。「無事に逃げたみんなも今はもう戻ってきていますよ!シャウエンブルク兵団復~活ですよっ!」変な部隊名は恥ずかしいので付けないで欲しいぞ、カジミール上級兵。「しかし、お前たち大丈夫だったか?のされてたろ?」と、のされていたジークムントやカールに向けて聞いてみた。「俺たちは急所に軽く当てられただけで30分もしたら動けるようになってましたし、みんなほぼ一撃食らっただけで昏倒なんで・・・・面目無いです。」「尋常じゃない強さだった。兵長はあんなのと一人で戦っていたなんて信じられないっスよ。」「やっぱ兵長がいなかった全員お陀仏でしたよ!アザーッス!」。顔を会わせて、話を聞けて内心ホッとした。本当に皆無事で良かった。部下たちはしばらく病室であの時の武勇伝をベラベラと話していた、一通り話をしたら満足したのか、気を使っての事なのか寄宿舎に戻ると言ってきた。「また来ますよ!今度は土産持ってね!」オーデルがそう言って病室を最後に出て行った。すると急に部屋が静まり返ったので、ちょっと寂しい感じに包まれたような、表現し辛い空気になった。
「グーテンタック!案外元気そうね。」声の方向に振り向くと、そこには普通の人風に変装したシュクラがベッドの横にあるイスに腰掛けようとしていた。病室の入り口の反対方向、どこから入ってきたのかまったく判らなかったし、真横にいた気配さえも感じられなかった。「そんなに驚かなくてもいいわよ~ん。何もしないから。」と言うが怖い・・・「真の名前は言う気になってくれたかしらん?」。私はシュクラから目を逸らして「何の事でしょうか?」と探りの一言を入れてみる。「とぼけちゃうんだー刻印は引き合うからわかっちゃうんだよん。」。だから何を言っているのか判らない・・・沈黙を答えにしてみる。するとシュクラは何かを取り出して私に見せようとする「ほら~光ってるも~ん」そう言って剣の鞘の様な物を私の目の前に差し出す。確かに何か光っている・・・でもなんだかよくわからない人にはついて行っちゃ駄目ってお母さんに言われてるから・・・「・・・多分、何かの間違いでは・・・?」口から出てくる言葉が自分でも良くわからなくなってきた。「まあ~しょうがないか~訳もわかんないのにまともに話なんてできないよねぇ。言葉に催眠効果混ぜてみたけどあまり効かないわねぇ。後でセルセラに効かなかったって言っておかなくちゃ」アンタの仕業だったのか!「疲れちゃったから普通に話してあげるわ。何から話せばいいのかしら・・・あなたの出生からがいいのかな?」。なんだと?「あなた、知ってるか知らないけど、あなたの祖先、ズバリ、イルテバーク様なのよ。」驚愕!「イルテバーク様がちょっとした火遊びのつもりで人とデキちゃったのよねぇ。」ウソッ!「それは冗談だけど。太陽神との約束事みたいなものかしらね。簡単に言うと人質みたいなものね。」。ああっ、荘園領主の政略結婚みたいなものか。「まぞくは戦争で負け、イルテバーク様が逝去して、人質になっていた姫も人間の世界に戻る事になったんだけど、結局、戻ってもいい事無かったのよね。」。そこまで聞いていて一つ疑問が頭をよぎった「なんで人質の姫を人間に返したの?普通殺してしまうんじゃないの?」。
シュクラは脚を組み替えながら話を続ける「そのお姫様、イルテバーク様をはじめ、まぞくのみんなと仲よくなっちゃってたし、遺言でもあったからね。」。納得「戻った先のお城に居場所の無くなったお姫様は、ユニヴェール大陸に一人で移り住んで伝承を残して今に至るって訳。」。そうだったのか・・・私の祖先、お姫様だったのか・・・驚愕の事実・・・。「どう?俄然やる気が出てきたんじゃない?」うっ・・・心をまた読まれたか・・・。「あなたには王位継承権もあるから、現魔王アーディの征服した領土はあなたにも割譲される権利ができるのよ?そう!名乗りさえすれば!」。そういうことだったか!この女、私を利用して領土を手に入れようとしてたか!「今ならこのイルテバーク様の残した私にも良くわからない家紋(刻印)入りの得体の知れないモノもあなたの物にできるのよっ!」。いらないし!「ちょっと腐食しちゃってるみたいで使い物にはならないと思うけど、置物ぐらいにはなるでしょ。思い出はお金では買えないって言うじゃない?」。単に自分の手元に置いてもしょうがないから、厄介払いしたいだけなのか!「物欲にはあまり興味無いのかしら?じゃあ、あなたに秘められている力なんて、興味あるかしら?」。え?今何と?「あーやっぱり興味あるんだ、あなた顔にバッチリ出るからすぐわかっちゃうよw」。そういうことだったのか・・・別に心を読まれていた訳では無かったのか・・・少しホッとした「あなたに秘められた力、もう薄々気づいているんじゃない?」。思い当たるのは一つだけ、きっとあれと関係あるのだろう。「アリスの力を無効にした・・・」「その通り!あなたに備わっている秘められた力は魔王独特の力のみに干渉して無効にしてしまう力なのよ。体にあるはずの刻印の力ね。イルテバーク様があなたたちに残してくれた言わば遺産みたいなものかしらね。」。あの時の謎がまた一つ、いや、二つ解けた。この背中の痣にはそんな効果があったんだ。まぞくの王に感謝する事になるとは、複雑な心境だ。だってあの時は神に祈っちゃってたし「でもね、これ、どういう意味か解る?」。正直にわかりませんっていう顔をしてみる「あなたはすべての魔王たちにとって天敵になりうる人間なのよ。」。今、私の顔はきっと顔面蒼白になっていることだろう。
そんな私を見て、シュクラは言葉巧みにうまく誘導できたと思っていた事だろう。しかし、この時の私は彼女を露程も疑わなかったのだから、まさに術中に嵌るとはこの事を言う。「そこで私と取引しましょう。」と、渡りに船を出してきた。やはりそうくるかと、想像通りの展開に「取引?私の力を対価に何かをさせる気?」と私は答えた。シュクラは「うん。そうね、私が呼んだ時、私の傍にいればいいわ。」と、それだけ聞くと簡単そうに思えるが、これは重大な選択を迫られている。事と次第によっては帝国のみならず人を裏切れとも取れる内容だ。「その内容だと状況次第では取引が不可能になったりすると思うけど、それでもいいのかしら?」内容を突き詰めないと何とも返事をし難い取引だ。するとシュクラは少し考えてから「あなた、帝国の兵で終わるつもりなの?それともまぞくと共に世界を支配下に置いて、その一国の支配者として統治者になる気は無いの?」。それは魅力的な話なのかもしれないが、人としてその選択肢はどうなのだろうと言わざるを得ない。「帝国にいて地位向上を目指すのが、あなたの目標?まあいいわ、それは置いておいて、あなたの最終目標は何なのかしら?地位?金?領地?男かしら?どれも手に入るわよ。私に着けば。」そうかもしれないが、それは質が伴わないだろう。私がまぞくを従えて人を支配したとしても、それは異質としか言いようが無いし、まぞくを使って金を徴収すればそれは立派な恐喝行為だ、同様の事が他にも当てはめられる。その条件で取引を飲めば、私は人として生きてゆく事ができない外道に落ちる事になる。それはそれとして、私の人生の目標と改めて聞かれると、そういえば何だったんだろう?と考えてしまう。確かに若い頃は大きな野望を持って帝国兵となったような気もするが、家出同然で飛び出してきた私には、まず帰る家を確保する事が最初の人生の目標だった気がする。「言っておくけど、まぞくは確実にこの大陸を支配下に置くわよ。そして次の大陸もその次もすべて支配下に置くわ。人間に着く意味なんて無くなってしまうのよ?それならば、あなたに支配された方が人も喜ぶんじゃないかしら?少なくともまぞくよりいいと思う人はいるんじゃないかしら?」話が飛躍してきて頭がついていけなくなりそうだ。要約するとどういうことになるんだろう?「要するに、私に何をさせたい訳なの?」話がややこしくなる前に私の役割分担が何なのか聞いてみた。「人とまぞく二つの顔を使って、まぞくの侵攻を止めたり、逆に人間の町を侵攻したりするのよ。帝国兵としての顔と、まぞくの魔王としての顔とを使い分けてね。」そんなの・・・・・無理でしょっ!
続く
Tweet |
|
|
1
|
1
|
追加するフォルダを選択
つづき書きました。完結編までどれぐらいかかるかわかりませんが、できるだけ善処していきます。