7月18日――――
翌日、いつものように生徒会からの依頼を終え、仲間達と共に旧校舎の探索を終えたリィンは寮に戻ろうとすると仲間達に声をかけられた。
~夕方・トールズ士官学院・校門~
「あ、リィンも帰るの?」
エリオットの呼び止める声に気付いたリィンが振り返るとラウラとフィー以外のクラスメイト達がリィンに近づいてきた。
「ああ……って、みんな帰る所か。」
「ええ、何だか今日はちょっと疲れちゃったし。」
「俺も今日は切り上げることにした。」
「ふう、本当はもうちょっと自習して行こうと思ったんだが。」
「はは、そっか……あ……ラウラとフィーはいないのか。」
クラスメイト達の中にラウラとフィーの姿が確認できなかったリィンは尋ねた。
「ええ……ちょっと探したんですけど。」
「ARCUSにも連絡したけど繋がらないないのよねぇ。」
「フン、子供じゃあるまいし、勝手に戻ってくるだろう。」
心配そうな表情をしているエマと疲れた表情で呟いたレンの言葉を聞いたユーシスは相変わらずの二人に半分呆れた様子を見せながら呟いた。
「そっか……仕方ないな。それじゃあ、先にみんなで寮に――――」
そしてリィンがクラスメイト達と寮に戻ろうとしたその時
「―――兄様。」
「え――――」
聞き覚えのある声が聞こえ、声が聞こえた方向に振り向いた。するとトールズ士官学院とは別の学院と思われる学生服を身に纏った黒髪の少女がリィン達に近づいてきた。
「あら………」
「………………」
(……へえ?あのお姉さんがリィンお兄さんの………しかもエリゼお姉さんはリィンお兄さんの事を………うふふ、”アレ”を試すちょうどいい機会かもしれないわね。)
少女の登場に気付いたアリサが目を丸くしている中少女は静かな怒りを纏って黙り込み、自身に秘められている”グノーシス”の力で少女の記憶を読み取り、少女が何者なのかわかったレンは小悪魔な笑みを浮かべていた。
「……女の子?」
「あの制服は……」
エマは不思議そうな表情で少女を見つめ、少女が身に纏う制服に見覚えがあるマキアスは目を丸くした。
「エリゼ……!?どうしてここに……」
一方リィンは驚いた様子で少女を見つめた。
「えっ……?」
「ひょ、ひょっとしてリィンの妹さん!?」
「あ、ああ………でもエリゼ、こんな時間にいったいどうして――――」
「―――ご自分の胸にお聞きになってください。」
戸惑っているリィンの質問を聞いた少女――――リィンの義妹であるエリゼ・シュバルツァーはジト目でリィンを見つめた後呆れた様子で答えた。
「え”。」
「―――お初にお目にかかります。リィンの妹、エリゼと申します。お帰りのところ恐縮ですが……少々、兄を借りてよろしいでしょうか?」
その後リィンとエリスは屋上に移動して二人っきりになった。
~屋上~
「ふう……それにしても久しぶりだな。実際に会うのは半年ぶり……いや、7ヶ月ぶりになるか。」
「……ええ。去年の暮れ、私がユミルに帰って顔を合わせた時以来になりますね。春、兄様がこちらに入学してから会える機会はあったはずなのに。」
「いや……その、悪かったと思ってるよ。とにかく忙しくて……それに女学院の外出許可なんて簡単には取れないんだろう?」
静かな怒りを纏って微妙に自分を責めているエリゼの言葉を聞いたリィンは申し訳なさそうな表情でエリゼを見つめた。
「それとこれとは話が別です。トリスタから帝都まで鉄道を使えば30分ほど……中央駅から女学院のある地区まで導力トラムを使えば20分程度……妹の顔を見るのにその程度の時間すら割けないほどお忙しかったという事ですね。」
「―――悪かった!それに関しては本当にすまない!実習や試験で忙しかったのは確かだけど……その気になれば会う時間くらいは作れたはずだし。でも……」
ジト目で指摘してきたエリゼの正論に対して反論できなかったリィンは頭を下げた後申し訳なさそうな表情でエリゼを見つめて口ごもった。
「でも、何ですか?」
「いや、その…………年末会った時によそよそしかった気がしたからさ。男兄弟がうっとうしくなったのかとつい遠慮したというか……」
「よ、よそよそしくなんてしてません!あれはその、ちょっと個人的な事情があったというか……」
リィンの言い訳を聞いたエリゼは頬を赤らめて否定して口ごもった。
「個人的な事情?」
「と、とにかく!私が兄様をうっとうしいと思うなんてありえませんから!ええもう、女神に誓って天地がひっくり返ってもないです!」
「そ、そっか……なら嬉しいけど。今後は、時間を作って帝都にエリゼの顔を見に行くよ。今回みたいにそっちが遊びに来てくれてもいいんだし。」
「ほ、本当ですかっ!?―――コホン。ええ、そのくらい兄様としては当たり前の交流ではないかと。」
リィンがいつか自分から会いに来る話や士官学院に遊びに来ていい話を聞いたエリゼは嬉しそうな表情をした後気を取り直して答えた。
「はは、そうだな。そういえば、それを言いにわざわざこんな時間に来たのか?それにしては問答無用というか有無を言わせない感じだったけど。」
「兄妹の交流の少なさももちろん大問題ですが……私が今日訪ねた主な理由はとうぜん別にあります。」
「え。」
自分の説明を聞いて呆けているリィンにエリゼは手紙を取り出してリィンに見せた。
「それは……この前俺が送った手紙か?あ、そうか。ノルド高原に行った時の土産を一緒に受け取りに来たのか?一応、現地の可愛らしい装飾品を買ってあるんだが……」
「ほ、本当ですか!?―――じゃなくて!手紙の最後の部分です!」
リィンが自分の為にお土産を購入した事を嬉しく思ったエリゼだったがすぐに自分の目的を思い出して気を取り直し、手紙の最後の部分をリィンに読むように強制した。
卒業後は軍に行く可能性が高いだろうし、そうでなくても家は出るつもりだ。その前に父さんと母さんには親孝行がしたいと思っているからそのうち相談に乗ってくれ。―――それじゃあ、またくれぐれも身体には気を付けて。
リィン・シュバルツァー
「あ………………………………」
手紙の最後の部分を読んだリィンは呆けた後複雑そうな表情で黙り込んだ。
「”そうでなくても家を出る”ってどういうことなんですか……?父様と母様に親孝行って……どうして改まって言うんですか?」
「……………………………」
「まさかとは思いますけど……家を継ぐつもりがないとか、そんなわけありませんよね……?」
「―――そのまさかだ。俺はシュバルツァー家を、男爵位を継ぐつもりはない。」
エリゼの問いかけに答えに一瞬詰まったリィンは決意の表情で答えた。
「!!」
「当然のことだろう?そもそも俺は養子で、血の繋がりなんてない。お前が将来、婿を取って男爵家を継ぐのが筋のはずだ。」
「そ、そんなのおかしいです!たとえ血の繋がりがなくともシュバルツァー家の男子は兄様ただひとり……帝国法でも養子の家督相続はちゃんと認められているはずです!」
「それは大抵、引き取られた子が”しかるべき血筋”だった場合だ。……俺は違うだろう?」
「…………あ…………」
「12年前――――ユミル領主である父さんが拾った吹雪に埋もれていた”浮浪児”……自分の名前以外は覚えておらずどういった出自かもわからない……そんな子供を養子にして迎えたばかりに父さんは社交界のゴシップの的になった。常識外れの酔狂だの、よりにもよって”隠し子”だの……『高貴な血を一切引かぬ雑種を貴族に迎えるつもりか!』なんて難癖をつけた貴族もいたらしい。そして父さんは、そういった雑音が疎ましくなってしまって……ユミルから出ず、滅多に社交界に顔を出さなくなってしまった……」
「………………」
リィンの話をエリゼは辛そうな表情で黙って聞き続けていた。
「これ以上、俺はシュバルツァー家に迷惑をかけたくない。さすがに貰った性まで返すのは難しいだろうけど……それでもお前達の将来に迷惑をかけるのだけは避けたいんだ。来年は16歳―――社交界デビューの歳だろう?」
「…………!」
「だから、どうかわかって欲しい。…………家を出たとしてもユミルにはたまに顔を出すつもりだ。父さんと母さんにだって育ててもらった恩はずっと―――」
「…………わかってない。」
そしてリィンの答えをこれ以上聞きたくないかのようにエリゼは首を横に振って呟いた。
「え。」
「兄様、ぜんぜんわかってない……父様の気持ちも……母様の気持ちも…………わたしの気持ちも………」
「エリゼ……?」
エリゼの様子を不思議に思ったリィンがエリゼを見つめたその時
「兄様のバカッ…………!朴念仁!分からず屋!大ッキライ!!!」
「…………あ…………」
エリゼが悲しそうな表情でリィンを睨んで声を上げた後、その場から走り去った――――
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第106話