ここは益州に属する都、漢中。
この地は、北に関中、南に巴蜀、東に行くと、長江流域に出られることから交通の要所であり、町には様々な人が行きかっていて、大変なにぎわいを見せていた。
そこにある一軒の酒家に彼女たちはいた。
人数は三人。彼女たちは卓を囲み、そこで並べられた酒と料理を飲み食いしながら、今後のことを話していた。
「それで・・・これからどうしますか?」
キリッとした眼差しに眼鏡をかけた女性が二人に話を切り出す。
「そうですねー。この辺りはもう、あらかた見ちゃいましたし」
頭に人形を乗せた少女が間延びした声で答えた。
「そうだな・・・・・・二人が良ければ私は兗州にある、陳留という地に行ってみたいのだが・・・どうだろうか?」
蝶の羽の模様を浮かべた袖に白い服を着た女性がそう提案した。
「陳留・・・といいますと、確か曹操という方が刺史をしている所ですね、星」
眼鏡をかけた女性が尋ねると、星と呼ばれた女性は酒を飲みながらうなずいた。
「そうだ。少し風の噂で聞いてな、どのような人物か興味がわいたのだ」
「いいんじゃないですか、稟ちゃん?あの辺りはまだ行っていないですし」
「そうですね。私も曹操という方には興味がありますから」
稟と呼ばれた女性も料理を食べながらうなずいた。
「・・・・・・・・・ぐぅ」
「こらっ、風!料理を食べているときに寝るんじゃないの!」
稟が突然眠りだした少女――風を起こす。
「おおっ!?風としたことが、思わず寝ちゃいました」
「はぁ・・・・・・あなたのその所構わず寝る癖は何とかならないのですか?」
稟はため息と共にそうつぶやいた。
「いえいえ。稟ちゃんの鼻血を吹く癖に比べたら、風はまだましな方なのです」
「うっ・・・」
痛いところを突かれてしまい、稟は思わずうめく。
「はっはっはっ!確かにその通りだな!」
「星っ!」
星が笑うと、稟が顔を赤らめながら声を上げた。
そんな、なごやかな雰囲気を打ち壊す怒声が、酒家に響き渡った。
「酒だっ!酒を持って来いっ!」
声のした方を見ると、酒に酔った大柄な男が辺りに怒鳴り散らしていた。
他の客はその男と関わりたくないとばかりに、男と距離をとる。
そうしていると、その酒家の店主が男をいさめ始めた。
「・・・すいません、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにしていただけませんでしょうか・・・」
しかし、店主のその行動がかえって男を怒らすことになる。
「んだてめぇ!客の俺に意見しようって言うのか!?」
男は店主の襟首をつかみ上げた。店主の足は宙に浮き、苦しそうなうめき声を漏らす。
そこで星が席を立った。そして、近くに立てかけてある自分の槍、『龍牙』を手に取る。
「行くのですか?」
稟がそれを見て尋ねた。
「うむ。・・・ああいう無粋な輩を見てると無性に腹が立つのでな。少々ウサを晴らしてくるとする」
「その必要はないと思いますよー?」
風がそう言うと、稟と星が風を見た。
「風、どういうこと?」
「あれを見てください」
稟が尋ねると、風は指をさした。稟と星がその先を見ると、その先には一人の青年がいた。
その青年は酔った男に近づくとその男に声をかけた。
「そこまでにしてあげなよ、おっさん。もう、いい大人なんだからさ」
「あぁ?何だてめぇは?」
「通りすがりの旅人だよ。ほら、その人も苦しそうだから放してあげなよ」
そう言って青年は男の手首をつかんだ。
「っだ!?」
すると、男が痛みの声を上げて手を放した。床に落ちた店主に青年は話しかける。
「主人。ここは俺に任せといてください」
青年がそう言うと店主は慌てて二人から離れていった。
「てめぇっ!何しやがる!?」
男は青年の手を振り払って青年に殴りかかった。よく見るとその手首にはアザがついている。
しかし、青年はその拳を体を横にそらして安々と避けた。
男は避けられたことにより、体勢を崩して盛大に床に転がった。
だがその時、星は見た。青年が攻撃を避けたと同時に男の足を自分の足で引っ掛けたことを。
「大丈夫か?随分と酔ってるみたいだから気をつけたほうがいいぞ」
青年はいけしゃあしゃあと倒れた男に声をかけると、周りから失笑がもれた。
「て、てめぇ・・・!ぶっ殺してやる!」
笑いものにされた男は酔いではない理由で顔を赤くすると、立ち上がって腰に下げていた剣に手をかけた。
ヒュンッ
しかし、その剣が抜かれることはなかった。青年の手にはいつの間にか箸が一本あり、それを男の目に突きつけていたのだ。
「いい加減にしろよ、おっさん・・・」
あまりのことに動けなくなっている男に青年は語りかける。
「それを抜くってことは、冗談ではすまなくなるんだぞ。分かっているのか?」
そう言いながら青年は突きつけていた箸をそっと引いた。
「分かったなら、さっさとここから立ち去るといい。・・・それでも、まだ分からないというのなら・・・・・・」
そう言って青年はスッと目を細めた。
「・・・俺が相手をしてやろう」
青年がそう言った瞬間、星は青年からものすごい殺気を感じ取った。龍牙を握る手が思わず強くなる。
男は何度も口を開いたり、閉じたりしながら、一歩、二歩下がると、身を翻して走り去って行った
「・・・・・・・・・ふぅ」
酒家が静寂に包まれたとき、青年がそう息を漏らすと、酒家の中で歓声が巻き起こった。
周りの人たちが口々に青年を賞賛しながら取り囲んでいく。
青年が気恥ずかしげにしていると、今度は店主がやってきて青年に何度も頭を下げていた。
それから、青年と店主がいくつか言葉を交わすと、店主が笑顔でうなずいて店の奥へと行った。
それを皮切りに、周りの人たちも青年から離れて行く。青年も自分の座っていた卓に戻って行った。
「中々、面白いものが見れましたねー?」
「そうですね。・・・・・・って星?どこへ行くのですか?」
星はおもむろに酒を持ち、席から離れていった。
「なに、少し挨拶でもしておこうかと思っただけだ」
そう言って星はあの青年が座っている卓へと向かって行った。
「まったく、星ったら・・・」
「まぁ、いいじゃありませんか。風もあのお兄さんには興味がありますし」
風もそう言って星の後を追って行った。
「あっ、風、待って!せめて料理を運ぶのを手伝いなさい!」
「ただいま、雫」
「お帰りなさい、一刀様」
席に戻った一刀はそこで待っていた雫に声をかけた。
「いや~、ビックリしたよ。いきなり人が集まってくるんだから」
「それは自業自得だと思います。次からは出来るだけ、あんな派手な行動は控えてください」
「そうだな、気をつけるよ」
とりあえず、形だけのお小言を言った雫は、気になったことを聞いてみた。
「ところで一刀様。先ほど、ここの主人と何を話していたのですか?」
「ああ、それはね――――」
「少し、よろしいか?」
突然、声をかけられて顔を向けるとそこには女性が酒を片手に立っていた。
「・・・何か用でも?」
「突然だが、相席をしてもらいたいのだ。構わないか?」
「それは構わないけど・・・・・・空いている卓なら他にもあるよ?」
一刀は周囲を見回した。客の出入りこそ多いものの、座る場所がないほどではない。
「確かに座る場所なら、そこかしこにあろう。だが、貴殿と話が出来る席はここしかないのでな」
一刀は女性の目的が分かってきた。なんてことはない。この女性はさっきの騒ぎを見て、何となく話をしてみたくなっただけなのだろう。
「そういうことなら別に構わないさ。雫もいいだろ?」
「はい」
「なら、遠慮なく座らせていただこう」
そう言って女性が対面に座ると、今度は頭に人形?を乗せた少女がやって来た。
「風もご一緒していいですかー?」
「君は?」
「私の連れだ。後、もう一人来るはずだ」
風という少女が女性の隣に座ると、そのもう一人がやって来た。
「・・・・・・・・・・・・」
一刀は絶句した。その女性は両手に両腕、果てには頭に料理を載せてプロのウェイトレスもかくやという姿でやって来たのだ。
「おおっ!稟ちゃんすごいですねー。まるで、凄腕の店員さんみたいです」
どうやらこの子も同じことを思ったらしい。
「誰の・・・・・・せいで・・・・・・こんなこと・・・・・・してると・・・・・・思ってるの・・・!」
稟と呼ばれた女性は途切れ途切れに文句を言った。
しかし、それがいけなかったのだろう。後一歩というところで、頭に載せていた料理が滑り落ちた。
『あっ!』
その場にいた全員がそう言った気がする。
「・・・っと!」
しかし、一刀は落ちてきた料理皿を空中で受け止め、そして中身がこぼれないように素早く皿を平行に戻した。
「・・・・・・・・・ふぅ」
料理を机の上に置くと同時に一刀は安堵のため息を漏らした。
「おお~!」
「いやはや、お見事ですな」
先に席に着いた二人が賞賛の声を上げる。
「ははっ、どうも」
「す、すいません!」
稟という子も料理を机の上に置きながら頭を下げてきた。
「気にしなくていいよ。・・・これで全員?」
「うむ。・・・まぁ、まずは簡単な自己紹介でもしておこうか」
稟と呼ばれた子も席について三人そろって名乗りだした。
「我が名は趙雲という」
「風の名前は程立です」
「私は戯志才と名乗っております」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・?一刀様?」
彼女たちの名前を聞いて絶句した一刀に雫は声をかけた。
「・・・あっ、すまない。俺の名前は北郷一刀だ。そしてこっちが俺の仲間の徐庶」
「一刀様の家臣を務めさせていただいてます、徐元直です。お見知りおきを」
互いに自己紹介を終え、一刀は趙雲に聞いてみた。
「えっと・・・・・・趙雲さん。聞いてもいいかな?」
「何ですかな、北郷殿?」
「もしかして、趙雲さんって字が子龍だったりする?あとは、出身が常山だったりとか?」
一刀がそう言うと、三人とも驚きで目を見開いた。どうやら当たりみたいだ。
「星ちゃん、お知り合いですかー?」
「いや・・・・・・すまぬがどこかでお会いしたかな?」
「そんなことないよ。君とは初対面のはずだ」
「では、なぜあなたが星の字と出身を知っているのですか?」
戯志才が探るようにこちらを見る。
「私も気になります。一刀様はなぜこの方を知っているのです?」
「そんなに大したことじゃないよ。ただ、そういう人の話を聞いたことがあるだけさ」
「ほう?それはどういった話なのか聞かせてはくれないか?」
趙雲が面白そうに聞いてきたので、一刀はあまり余計なことは話さないように言葉を選んで話した。
「常山の昇り龍、趙子龍。義に厚く、そして、類まれなる槍の名手。・・・俺が知ってるのはこのぐらいだよ」
「ふむ、その二つ名を知っているということは・・・・・・その話は私の故郷の者から聞いたのかな?」
「さぁ?どうだろうね?」
「ふふ、中々に食えないお方だ」
「お待たせしやした。へい、どうぞ」
そうやって趙雲と笑いあってると、横合いから威勢のいい掛け声と共に大皿に盛り付けられた美味しそうな料理が置かれた。
「・・・一刀様、これは?」
「ああ、そう言えば言ってなかったか。あの後、ここの主人にどうしてもお礼がしたいって言うから、『ここの店で一番美味しい料理をご馳走してくれ』って言ったんだよ」
あの時は、趙雲に話しかけられて言えなかったが、まぁ、そういうことだ。
「そうですか。・・・・・・それにしても多いですね・・・」
「・・・そうだな」
雫が言った通り、それはとにかく多かった。大皿に山のように盛り付けれた料理は、その頂点が一刀の目線と同じくらいだ。
「残すのは・・・・・・もったいないよな?」
「・・・はい、もったいないです」
食べ物を満足に食べることが出来ない人もいるご時世だ。残すなんてもってのほかだ。
恐らく、ここの主人が好意でやってくれたのだと思うが・・・・・・これは少し困ったぞ。
一刀たちが悩んでいると、趙雲たちが声をかけてくれた。
「北郷殿、よろしければ我々もそれを頂いて構わぬか?」
「本当か?それは助かる。どうか遠慮せずに食べてくれ」
「ありがとうなのですー」
「では、お二人も我々の料理を食べてください」
「分かりました。それでは・・・頂きます」
『頂きます』
雫の掛け声に合わせて、一刀たちは食事に取り掛かることにした。
あれ程の量がある料理でも、五人もいれば何とか全部食べきることが出来た。
今は食べた料理がこなれるまでの食休みといったところだ。
「へぇ、じゃあ三人は旅をしているのか」
「うむ、私たちは見聞を広めるために諸国を渡り歩いている」
「お兄さんたちはどこから来たのですかー?」
「私たちは西から下って来ました」
「西・・・・・・といいますと、ここからでは天水になりますね」
「ああ。俺たちはそこから来たんだ」
そうやって話し合っていると、不意に趙雲が思いついたかのように聞いてきた。
「そういえば、北郷殿。天水には『天の御遣い』が舞い降りたという噂を聞いたのだが、それは真だろうか?」
「・・・えっ?」
「そういえばそんな噂がありましたね」
「どうなのですかー、お兄さん?」
突然振られた、自分にとってあまりにピンポイントな話題に一刀は言葉を捜していると、
「それは本当ですよ」
雫が突然そんなことを言い出した。
「ちょっ・・・雫!?」
「・・・何か?」
一刀が慌てて声をかけるが、雫はあまりに自然に聞き返してきたので、一刀は何も言えなかった。
「ほぅ、あの噂が本当のことだったとは・・・」
「ちなみにどういった方なのですかー?」
程立が興味深そうに聞くと、雫は淡々と話し始めた。
「その方は智に秀でて、武は大陸でも随一のものを持っています。また、その心根はとても優しく、民草にも分け隔てなく接し、弱きものを不当な暴力から守ろうとする気高き志も持っていて、まさに人々が望む英雄をそのまま具現化したような方だと思います」
「・・・北郷殿?何ゆえ、そのように顔を赤くしておられるのです?」
「い、いや・・・何でもないよ・・・」
戯志才が顔を赤くする一刀を不思議に思い尋ねるが、一刀は慌ててごまかした。
つまり、雫が今言ったことは、全部一刀に対して言ったことも同然なわけで・・・・・・
そこまで大仰に称えられて、照れるなというほうが無理だ。
「ふむ、なるほど・・・」
「そういうことですかー」
「・・・あぁ、そういうことですね」
三人が納得したかのように、何度かうなずいた。・・・・・・もしかしたらバレたかも・・・
「ところで北郷殿。先ほどの件は中々に見事でしたな」
趙雲がそんなことを言い出した
「先ほど・・・?」
「あの無粋な輩を追い払ったことです」
「ああ・・・あれね・・・自分としてはそれほど大したことをしたわけではないと思うけど」
「ご謙遜を。あの時、貴殿が助けなければ、この店の主人はどうなっていたことやら・・・」
「その時は趙雲さんが助けてたんじゃないの?」
一刀はごく自然にそう言うと、趙雲はまるで試すかのように聞いてきた。
「何ゆえそう思われた?私が義に厚いと、そう聞いたからか?」
一刀はそれに首を横に振って答えた。
「違うよ。趙雲さんの目が綺麗だからだよ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
趙雲はあまりに予想外のことを言われてポカンとしていた。
「これは祖父の受け売りなんだけど、その人がどういう人生を送ってきたかは目を見たら分かるんだ。善行を積んだ心優しい人は明るく澄んでいて、逆に悪行ばかりしている人は暗く濁っている」
このことを初めて祖父から聞いたとき、納得と同時に感心もした。今でも自分の中では教訓として残っている。
「その中でも趙雲さんはとても真っ直ぐで綺麗な目をしている。だから、俺は趙雲さんなら助けていたと思ったんだよ」
その言葉を聞いて趙雲はしばらく呆然としていたが、不意に吹き出すと、いきなり笑い出した。
「ぷっ、はははははっ!そうか!私の目が綺麗だからか!なるほどっくっくっくっ・・・!」
そうして、ひとしきり笑った後、趙雲は目元の涙をぬぐうと居住まいを正した。
「ふふ、すまぬな北郷殿。貴殿が余りに嬉しいことを言ってくれるものだから」
「・・・まぁ、喜んでくれて何よりだよ」
あそこまで大笑いされるとは思わなかったが・・・
「お礼に貴殿には私の真名を預けよう。我が真名は星。次からそう呼んでくれて構わない」
「えっ?」
「おおっ!星ちゃんが真名を許すとは、お兄さん中々やりますねー。ちなみに、風の真名は風ですので、よろしくですー」
「ええっ!?」
「二人が真名を許したとなれば、私も許さないわけには参りませんね。私の本当の名は郭嘉、真名は稟と言います」
「ええーっ!?」
「一刀様、うるさいです」
雫の冷静なツッコミが入った。
「あ、ごめん・・・・・・じゃなくて!三人ともそれでいいの!?真名って大切なものなんじゃないの!?」
「無論、大切なものですとも。だから、貴方に預けたのだ。ご不満かな?」
「不満ってわけじゃないけど・・・・・・三人がどうして真名を預けてくれるのかが分からないんだ」
本当に分からない。趙雲はともかくとしても、二人はどうして教えてくれたのだろうか?
「そうですね・・・・・・貴方風に言うのなら・・・」
郭嘉がそこまで言うと、程立が後を引き継いだ。
「お兄さんの目が澄んでいて、とっても綺麗だからですねー」
「まぁ、そういうことだ」
「・・・・・・・・・・・・」
うぅ・・・・・・面と向かって言われると案外恥ずかしい・・・。俺は趙雲さんにこんな小っ恥ずかしいことを言ったのか・・・
「そういうわけだから北郷殿、我らの真名、受け取っては下さらぬか?」
「・・・・・・分かった。三人の真名、ありがたく受け取らせてもらうよ。ありがとう、星に風、稟」
「気になさるな。私は貴殿を見込んでいるのだから」
「そうなのです。お兄さんはとってもいい人だと風は思うのです」
「私も貴方は信じるに足る人だと思います」
こうして奇妙な三人組に気に入られた一刀であった。
どうやら、随分と長居をしてしまったらしい。
酒家を出ると、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。
あの後、三人と雫を交えてちょっとした会議みたいなのをしていた。
この大陸の行く末や情勢、有力な諸侯はどの辺りか、ついでに一刀のいた国の話など、話すことは湯水のように湧き出てきて尽きることはなかった。
雫も三人と話していくうちに感じ入るものがあったんだろう。三人とは真名を交換するまでになっていた。
「それで、北郷殿達はこれからどうするおつもりだ?」
突然、星がそう尋ねてきた。
「どうするって?」
「貴方たちは洛陽に向かうのでしょう?それなら、途中まで私たちと一緒に行きませんか?」
「どうですか、お兄さん?」
三人の提案に一刀はしばらく考える。向かう方向が一緒なのだから一緒に行っても問題はないが・・・
「雫は?」
「私は一刀様のお考えに任せます」
雫に意見を聞こうとしたが見事に俺任せだ。
どうするか・・・。確かに三人と一緒に行けば、道程が楽しくなるかもしれない。旅は道連れとも言うけど・・・・・・
「うーん・・・・・・悪いけど、俺たちは別の道を行くよ」
「別の道、とは?」
星が不思議そうに聞いてきた。
「俺たちは旅を始めてから、まだそれほど経っていないんだ。だから、まっすぐ洛陽に向かうんじゃなくて少し遠回りするようにして行くよ」
ここから洛陽に向かうには東の長江に沿って行き、長安を抜ければ洛陽まではすぐそこだ。
だけど、この旅の目的には見聞を広げることも含まれている。だから、すぐに目的地に向かうのではなく、多少、遠回りしてからの方がいい。
そのことを言うと、星はあっさりと納得してくれた。
「そうか、それなら仕方ない」
「すまない。せっかくの誘ってくれたのに」
「気にしないで下さい。風たちは、お二人の蜜月を邪魔するつもりはありませんので」
「風!そういうことは、思ってても言ってはいけないの!」
稟が風をたしなめる。・・・・・・どうやらそういう風に受け取られたらしい。
「・・・・・・・・・・・・」
雫もこっちを見ないで!俺はそんなつもりで言ったんじゃないんだから!
とにかく、早々に誤解を解こうと一刀は口を開いた。
「誤解だって。本当に俺は――・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・一刀様?」
話の途中で、急に言葉を切った一刀に雫は声をかけるが、一刀は黙ったまま、通りの脇のほうを見つめていた。
「星」
「ああ、わかっている」
一刀が星の名を呼ぶと、星がうなずいて龍牙を手に取った。
一刀も聖天を手に取り、他の三人はそれで、ただ事ではないことに気づいた。
「隠れても無駄だ。出て来い」
一刀は通りの脇に向かって、短くそう言った。
しばらくすると、その通りの脇から一人の男が現れた。
「・・・・・・あの時のオッサンか・・・いったい、何のようだ?」
現れたのは、酒家で一刀に追い払われた大柄の男だった。手には剣が握られており、剣呑な気配を漂わせていた。
「てめぇ・・・・・・あん時はよくも俺に恥をかかせてくれたな。ただじゃすまさねえから覚悟しやがれ!」
「それで?貴様一人では勝てそうにないから、仲間を連れてきたのか?」
星がそう言うと、男は驚いたように星を見た。一刀と星は物陰に隠れている不穏な気配を感じ取っていたのだ。
「まるでチンピラだな」
「うるせぇっ!お前ら、出てきやがれっ!」
星の言葉に男はわめき散らすと、男は辺りに呼びかけた。
すると、脇の道からぞろぞろと男の仲間が出てきた。手にはボロボロの剣を握っている者もいれば、クワやカマを持っている者もいる。一目で農民崩れだと分かった。
それらがざっと、二、三十人ぐらい出てきたのを見て一刀はつぶやいた。
「物陰から、わらわらと出てきたりして・・・・・・まるでゴキブリだな」
「ごきぶり・・・とは何ですか?」
雫が不思議そうに尋ねたので、一刀は答える。
「油虫のことだよ」
そう言った途端、女性陣が嫌な顔をした。やっぱり、時代が違ってもゴキブリは嫌悪の対象らしい。
「・・・ああ、アレですか」
「確かに、言いえて妙ですねー。一匹見かけたら二十匹以上はいる辺りなんかは特に」
「いや、あやつらと一緒にしたら油虫に悪いだろう。油虫は害虫だが、それでも人を襲ったりはしない」
星も結構ひどいこと言うな。・・・・・・同意するけど。
そんな、ゴキブリ以下と言われた男たちは、全員が怒りに震えていて、今にも襲い掛かってきそうだった。
「てめぇら・・・やっちまえ!」
その男の言葉を合図に、全員が一斉に襲い掛かってきた。
「風、稟、雫は後ろに下がってて。星、出来るだけ殺さないようにね」
「心得ているとも!」
そう言って星は駆け出した。そして、瞬く間に彼我の距離は詰まりぶつかる。
「はぁぁーーーーーーーーーーっ!」
星は気合と共に一閃、槍を大きく横に振るった。
ブォン!
その槍が薙いだ瞬間、星に押し寄せた男たちが塊となって吹き飛んだ。
「はいはいはいーーーーーーーっ!」
そうやって男たちの勢いを止めると、星は霞にも負けず劣らずの神速の突きを繰り出した。
ヒュンヒュンヒュン!
その切っ先は正確に男たちの肩やヒザを突き刺し、次々と戦闘不能にしていく。その戦いぶりを見れば、歴史に名を残すのもうなずける。
他の男たちはそれを見てかなわないと思ったのか、数人が星の横を通り抜けると、一刀たちの方に向かっていった。
一刀が立ちはだかると男たちは足を止めたが、相手は木の棒を持った青年。大した脅威ではないと思ったのか、そのまま一刀に襲い掛かった。しかし・・・
一刀は間合いに入ってきた敵を、まるで動かない的でも突くかのような自然な仕草で突いた。
ドゴォ!
仲間のうちの一人がすごい勢いで吹っ飛んだのを見て、再び足が止まった。
「ここから先は行かせないよ」
青年がそう言うと同時に姿が消えた、と思った瞬間、背後から声をかけられた。
「次からは心を入れ替えて、このようなことはやめるんだな」
それが聞こえた瞬間、凄まじい衝撃が男たちを襲った。
「やれやれ、これで終わりかな?」
一刀がそう言って辺りを見回すと、周りには倒れ伏した男たちで埋め尽くされていた。
一刀は誰一人殺すことなく戦った。その為、各所から時折うめき声が聞こえてくる。
「北郷殿、こっちも片付いたぞ」
「ご苦労様、星。怪我は無いかい?」
一応ないとは思うが聞いてみる。
「無論、平気だ。それより、北郷殿はかなりの腕前だな。」
「どういたしまして。星こそ、素晴らしい槍さばきだったよ。・・・そういえばあのオッサンは?」
ふと、そこらに倒れている男たちを見回すがそこにあの男の姿はなかった。
「あの男なら、仲間が全員やられたのを見て逃げ出しましたよ」
「一目散に逃げちゃいましたねー」
危険がなくなったからか、三人がこっちにやって来た。
「どうします、一刀様?このことをここの太守に訴えますか?」
「いや、何となく面倒だからやめておこう」
「面倒だから・・・ですか?」
雫は表情こそ変えてないものの、その声音には若干の呆れが混ざっていた。
「まぁ、それは半分冗談で・・・・・・本当の理由は、多分行っても無駄だと思うから」
「どうしてですか?」
雫が不思議そうに尋ねた。
「だって、考えてみろよ。俺たちがこれだけ暴れたのに警備の兵が一人も来ないじゃないか」
それを聞いて雫は気づいたかのように辺りを見回した。
確かに夜とはいえ、これだけのことが起こっているのに、城の方からは誰一人出てくる気配が感じない。
「俺が思うに、ここの太守はあまり仕事熱心ではないと見えるな」
「ですが、あの男がまた襲ってくるかもしれません」
「その心配もないだろう。仲間を見捨てて逃げるような奴に人がついてくるはずないんだから、ほっといても特に害はないよ」
「私もそう思う。そういうわけだから、夜ももう遅い。我らは宿に戻らせてもらうとしよう」
「そうだな、俺たちも宿に戻ろうか」
「はい」
そうして一刀は星たちと向き合った。
「それじゃあ、みんな。短い間だったけど楽しかったよ」
「我らも、中々に面白い話を聞かせてもらった。礼を言わせてもらう」
「はい。お兄さんの国の話はすごく興味深かったのですー」
「機会があったら、またその話を聞かせてください」
「ああ、縁があったらまた話そうな」
「それでは皆さん、お元気で」
一刀たちは互いに手を振り、それぞれの帰路についた。
一刀と雫はしばらく夜道を歩いていると、一刀がつぶやいた。
「それにしても、面白い人たちだったな」
「そうですね。また、会えますでしょうか?」
「会えるさ。近いうちに、きっと」
一刀が断言した。その確信に満ちた声に、思わず本当にそうなってしまうような気がした。
「一刀様?」
雫は一刀を見ると、一刀は空を見上げていた。
「星が・・・・・・綺麗だな・・・」
雫も空を見上げた。確かに、夜空には満天の星空が輝いている。
「・・・そうですね」
そうやって、道行く二人の足取りは自然と軽くなっていた。
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第二部始まりました。
やっぱり旅といったら、あの3人組みですよね?
最初は一緒に旅をする案もあったのですが、唐突にあるキャラを出してみたいと思いまして急遽、話を変えました。
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