第38-12話 援軍、来たる
No Side
アンダー・ワールドの人界守備軍、その囮部隊の野営地から六頭の飛竜が飛び立った。
先頭はキリトが騎手を務め彼の背中に抱きつき共に乗るのは【創世神ステイシア】のスーパーアカウントでフルダイブしているアスナであり、
飛竜はキリトの愛竜となった黒銀の飛竜黒天である。
その右後方はユージオと氷華、後方はアリスと雨縁、左後方はベルクーリと星咬、
ユージオとアリスの間の後方にレンリと風縫、アリスとベルクーリの間の後方にシェータと宵呼が続いている。
アリスを囲むように他の五人で五角形のような陣形を組んでいるのはアリスを守るためであるのは察せられるだろう。
僅かな飛行の後、彼らはアスナがステイシアの管理者権限である《無制限地形操作》を行使して造り出した谷の上空に近づいた。
谷ではキリト達の接近に気が付いたのだろう拳闘士団や暗黒騎士団が急いで荒縄を渡ろうとしている様子が窺え、
飛竜に乗る暗黒騎士達は上空の彼らを迎撃しようと飛竜を飛び立たせて向かってくる。
「それじゃあアスナ、俺は行くよ」
「うん、気をつけてね」
「ああ。黒天、アスナのことを頼むぞ」
「グルゥッ!」
キリトはアスナに黒天の手綱を渡し、後方に居るユージオ達整合騎士とアイコンタクトを取ると頷き合った。
直後、キリトは何の躊躇いも無く黒天の背から飛び降りた。
ロープのないバンジージャンプ、パラシュートのないスカイダイビング、頭から地面に向けて綺麗な直線で降下していく。
地面に到達する直前、背中にある神器『夜空の剣』を鞘から抜剣して心意を込めた斬撃を放った。
放たれた強烈な斬撃は地面に直撃すると衝撃波となり、
キリトは抜剣時の勢いで態勢を整えて衝撃波で降下の勢いを抑え、華麗に着地した。
対して、最初に荒縄で谷を渡り終えていた拳闘士ギルドのチャンピオンにして拳闘士団の長であるイスカーンは困惑していた。
空から人界の奴が降りてきた、彼は整合騎士かと判断したが、
降下してきた人物の装束が自分達暗黒界の者のように黒色のものだと分かり、どんな奴なのか興味が湧いた。
だが次の瞬間には剣による衝撃波で砂煙が立ち込め、
攻撃されたと判断したイスカーンはすぐに荒縄を渡っている拳闘士や騎士達を渡らせ、または引き返させた。
既に渡りきっている拳闘士や騎士達と戦闘態勢を取り、警戒する。
――……ィィィィィンッ!
「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」
凄まじいまでの金切り音、あるいは風切り音が響き渡り、イスカーン達は一斉に両手で耳を塞いだ。
同時に砂煙が円を描くように吹き飛ばされるが、その威力はユージオが天幕を吹き飛ばしたものと比べ物にならないくらいに強い。
黒衣の少年、キリトの表情は真剣そのもの。
だが彼が纏うその空気は自身という強者と弱者という相手を瞬時に別けた。
「(なんだ、アレは…)」
イスカーンは体の震えが止まらなかった。
強き者に従うという暗黒界人としての性故か、それとも本能から相手の強さを感じ取った故か。
どちらにしても、桁外れなことは解る。
「(なんなんだよ、アレは!? 騎士の奴らなんか、遠目で見た空の女なんか、皇帝なんか、全然及ばない!
コイツは、紛れもない最強の存在だ!)」
最初に感じたのは恐怖。
直接戦い合った整合騎士よりも、この谷を造り出した女神よりも、
自分達を従えている暗黒神の皇帝よりも、いままで生きてきた中で最も強い恐怖を感じた。
下手なことをすれば即座に殺される、本能だけではなく自覚できるほどに。
次に感じたのは歓喜。
自分達の背後に控える皇帝よりも強いだけでなく、その在り方は見ているだけで覇者を思わせる。
そこに敵意は無く、しかし戦意はあまりにも凄まじい。
その次は畏敬。
彼にならば敗北したとしても従ってすらいいと思えるほどの風格、
漆黒の髪と瞳は暗黒界人の者に多いが彼のそれはどちらも澄み切っているから余計だ。
そして最後に憧憬を感じた。
暗黒神である闇の皇帝ベクタ、戦争だからこそ勝利のためにあらゆる戦術を取るのは解るが、
あまりにも部下達の命を無視した戦い方をイスカーンは嫌っている。
それは何処かへ姿を消してしまった前暗黒騎士団団長ビクスル・ウル・シャスターの後任である騎士団長も同じ思いだった。
自分達の主もこのような人物だったら。
だが、イスカーン以外の者達は全てが恐怖で凍りついていた、キリトが放つ戦意は背後のベクタよりも濃密なものだから。
そんな彼が言葉を放つ。
「死ね」
敵意の無い戦意が一瞬にして圧倒的な“殺の心意”に変貌し、キリトは夜空の剣を振った。
放たれた斬撃は後方からベクタが放っている“虚無の心意”を斬り裂いていき、
暗黒界軍本陣まで到達してベクタの居る場所を粉砕した。
死んでいない、だが軽くダメージは与えているとキリトは判断する。
「さて、これでこの場に居るお前達に言えるな。拳闘士団の長、イスカーンはお前だな?」
「あ、ああ!」
部下達と共に呆然としていたイスカーンだがキリトに名を呼ばれて慌てて応えた。
ほんの少し前と打って変わって、先程までと同じ敵意の無い戦意を溢れさせている。
一体どれが彼の本当の姿なのかとイスカーンは疑問に思ったが、いまは話しを聞くことにした。
その返答が良かったのかキリトは笑みを浮かべる。
「イスカーン、お前は拳闘士として強い者と戦うことを楽しみとしていると整合騎士長のベルクーリやシェータから聞いた。
お前は己の肉体で、シェータは剣で、互いの得物で戦うことを重きに置いている」
「あの女、シェータが?」
女と呼ぶなと、去り際に名乗った女性から言われていたのを思い出し自然と名前が出た。
「あぁ。お前とシェータの根元は似ている、ほとんど同じと言ってもいい」
「……っ、違う! 俺は暗黒界人で、アイツは人界人だ! 俺達は、違う!」
少しの間は何処か嬉しさを感じたからだが、すぐに自分達は違うモノだとイスカーンは言う。
個々としての違いではない、種族としての違い。それはここにいる皆が理解している。
だがキリトにとってそんなことは関係が無い。
「違わないさ。俺が人間であり、整合騎士達も人間であり、死んだ先代最高司祭も人間で、生まれた地域は違うがお前達もヒト族、人間だ。
神聖力と暗黒力は同じもので、死者や死んだ生き物がそのあとに生み出す空間力も同じもので、その魂の輝きに違いはない。
生まれた場所、種族、考えが違うだけでこの世界の全員が同じ魂のある存在だよ」
キリトの言葉、敵だと思った少年の言葉にイスカーンは言い返せない。
いや、言い返せないというよりか、言葉に重みがあり嘘だと感じられなかった。
“真の心意”、そこに偽りはなく、ただ真実を込めた心意。
「なぁ、イスカーン。お前はベクタの人形でいることがいいのか?」
「人形、だと…!?」
「そうだろう? 強い奴に従うというダークテリトリーの不文律、だがお前はベクタと戦い従っているわけじゃないだろう?
自分より強いと感じて、戦って確かめることもなく従属しているんだ?」
「それ、は…」
そういえばそうだ、何故自分は戦って確かめていない?
拳闘士とは誰かに従うにしてもまずは戦い、優劣を決めてから従うものだ。
戦わず、皇帝というだけで、【暗黒神ベクタ】というだけで、あの心意に恐怖して、従っているのではないか?
キリトの言葉でイスカーンは思考していく。
なぜ自分は従っている、戦っていないのに、あれほど部下を駒のように扱う者に。
短い時間で考えていく毎にイスカーンは右眼が痛むことに気が付き、右目を瞑りながらそこを手で押さえる。
そこへキリトが追い打ちを掛ける。
「俺はこの世界の住人じゃない。女神が、【創世神ステイシア】が降りたっていう報告は聞いているだろう?
彼女も俺と同じ世界の住人だ、ステイシアの体を借りているに過ぎない………そして、ベクタも同じだ」
「……いま、なんて…」
イスカーンは思わず聞き返した。人界軍に女神が降り、この谷を造ったことは聞いた。
その女神は実は体だけで別の世界の者が体を借りていて、暗黒神も同じ?
「ベクタもステイシアと同じ、俺と同じ世界の住人で奴が言う『光の巫女』を奪いに来た。
ベクタの体を使っている奴は『光の巫女』、アリスを奪うためだけにここへ来て、
暗黒界の命を駒のように、いやこの世界の住人すら命と見ていない。
それにアリスを無理矢理奪われることになれば、この世界は消滅する」
「わけ、わかんねぇ…。
それじゃあ、後ろに居る暗黒神は別の奴が乗り移っている偽物で、
俺達はそいつの訳も解らねぇ目的のために使い潰されて、挙句の果てにみんなまとめて死んじまうっていうのか?」
最初から何も手に入らないのだ、皇帝の目的を果たしてしまえば世界は滅びてしまうから。
呆然自失、彼だけでなく話しを聞いていた他の拳闘士も騎士も、皆が皆同じような状態だ。
このままではフラクトライトの崩壊に繋がる、だがキリトはそうはさせない。
「それでいいのか? いいわけがないだろう? 俺は滅ぼさせないために来たし、お前達にも生きる権利がある」
そうだ、自分達は生きている、けれどどう皇帝に抗えばいい?
「イスカーン、右眼が痛むんだろう? 痛みに耐えて目を開いてみろ、そこに『871』という文字が見えるはずだ」
「つっ、あぁ、確かに、見える…」
キリトの言葉を確認するように痛む右眼を開いてみれば、確かにそこに871の数字がある。
それは封印、裏切り者が定めさせた理に抗えないようにするための処置、
イスカーンは生まれてからこんなモノを施されていたことに憤りを覚え、痛みが徐々に強くなる。
「その封じを破れば右眼が吹き飛ぶ、だが破ることができればそのあとは悩まされることはない。
それに眼はあとで癒して治すことができる」
「それは、いいことを聞いた…!」
痛みを堪え、イスカーンは一度考えることをやめた。
頭が良いわけじゃないことは理解している、だが少年が話していることは真実であり、
それを利用しろと言っていることも察することができた。
故に、まずはダークテリトリーの流儀を行う。
「一撃でいい、俺と立ち合ってくれ!」
「応、拳闘の王者」
キリトとイスカーンは僅かな間合いを残して近づいた。
剣と拳、二人の得物に心意が込められる。二人は同時に動きだし、ぶつかり合った直後に大規模な爆発が起きた。
それは周囲だけでなく、上空のアスナ達や荒縄にしがみ付く者達にも届いた。
砂煙が晴れたところにキリトとイスカーンは居た…が、拳闘の王者は片膝を突いた。
「暗黒界の住人は自身より強い奴に従う…俺の負けだ、漆黒の剣士」
「キリトだ。良い拳だったぜ、イスカーン。次は俺も素手で戦ってみたい」
「それはいいな……拳闘士団を、拳闘士ギルドを、拳闘士の一族を頼む…!」
「任せろ。だが、それはお前も生き抜いてこそだ」
チャンピオン、イスカーンの敗北宣言。それは拳闘士達にとって衝撃的であったが同時に納得できるものだった。
あれほどの強力な一撃の打ち合い、キリトと名乗った剣士の少年は無傷、
自分達のチャンピオンであるイスカーンは全身に薄い切り傷が出来ている、重傷ではないが片膝を突かせるほどの攻撃だったのだ。
元々、自分達に勝利したチャンピオン・イスカーンで勝てないのなら、少なくとも今の自分達では勝てない。
だが皇帝の時とは違う、今度は正々堂々正面からの立ち合いだった、ならばそれに異を唱える者はいない。
「ここからは俺自身が打ち破るものだ…!」
「そんなお前に報せだ、シェータはその封じを過去に打ち破っているぞ」
「はっ! アイツが出来たのなら俺が出来ないわけにはいかねぇっ!」
『コード:871』を破ろうとするイスカーンにキリトが掛けた言葉、それは彼を奮起させるに十分なものだった。
競い合う女性が既に打ち破っているのなら、自分がこれに躓くわけにいかない。
イスカーンは怒りを込めた。
自分はいい、代表としての責任があるから逃れるつもりはない。
だが、手塩に掛けて育て慕ってくれる拳闘士達、同じ拳闘士の一族、別種族だが同じ暗黒界に生きる者達、
残虐であっても一族の為に戦った亜人族達、豊かな生活を夢見る幼子達。
それを踏み躙るのは人界ではない、目的のためにこの世界の全てを命と見ていない存在、それを許しはしない。
強くなるために幾度となく受けた痛みの前に、ほんの一瞬の激痛など些細なものだった。
弾け飛んだ右眼、痛みはあるがイスカーンは何処か清々しい気持ちだった。
そこへ心配したのか、副官であるダンパが歩み寄ってきた。
「無事ですか、チャンピオン?」
「応とも、それどころかすっきりした気分だ!」
切り傷だらけに右眼が無いというのに、これまでの戦の時よりも明るいイスカーンにダンパは驚いた。
だがそんな場合ではない、副官として進言しようとした時、キリトが話しかけてきた。
「拳闘士だけじゃない、暗黒界の全ての安全を保証する。成すのは和平だが、俺達の世界の敵がまだまだくる」
「和平の保証として、ここで共闘しようぜってわけだな? いいのか、別に従えてもいいんだぜ?
俺はお前に負けたんだからな」
「共闘という形を取れればいい。人界と暗黒界、両者の平和のために俺の世界の敵には両方の敵にもなってもらう」
「なるほどな、世界の危機に一緒に戦えば和平をし易くなるってことか!」
「ああ。ま、当然だが俺の仲間も来るが、仲間と敵の見分けはおそらく容姿でわかる」
戦場だというのに、背後にベクタが居るというのに、このあとの動きを話していくキリトにダンパは驚愕する。
これほどの策謀家が居たとは思わなかった、この一言だろう。
話し終えたキリトとイスカーン、拳闘王は戦場に響き渡るように声を張り上げる。
「拳闘士団団長イスカーンだ!
これより拳闘士団は俺の勝者であるキリトと人界軍と共に【暗黒神ベクタ】の肉体を乗っ取った奴をぶっ倒す!
俺達を駒としか見ていなかった奴に俺達の力を思い知らせてやる!
反対する奴を止めはしない、好きにするといい! だが、俺の前に立ち塞がるなら容赦はしねぇからなっ!」
「「「「「「「「「「おうっ!」」」」」」」」」」
拳闘士団に否はなく、この瞬間に暗黒界軍から拳闘士団は離脱し、人界軍と共闘戦線を行うことになった。
前代未聞の事態にビクスルの後を継いだ暗黒騎士団長と騎士達は混乱するしかない。
裏切った拳闘士達を倒すべきなのだろうが、ここで下手な動きを見せればキリトに攻撃されることを騎士達は理解していた。
皇帝ベクタの居る本陣を容易く破壊してみせたのだ、慎重に行動しなければならない。
「くっ、対岸への移動は失敗だ! 態勢を立て直す、一度退くぞ! 奴らには目もくれるな!」
暗黒騎士団長はそう指示を出して騎士達と荒縄の途中にいる者を飛竜で回収しながら、自分達の本陣側の大地に撤退した。
それほど距離を置いているわけではないが、明確に陣形を整えて戦闘準備をしている。
拳闘士団も既に全員がキリト達の居る対岸に渡りきり、このあとの戦闘に向けて集中している。
そのキリトだが、現在は地上に降りてきたアスナとユージオ達五人の整合騎士、イスカーンという面々と共に居る。
信頼としての証か、それとも単に被害を最小限に留めたいからか、それとも両方か、
どちらにしてもキリト達は拳闘士団の先頭に陣取っている。
人界軍囮部隊は拳闘士団の後方、つまり拳闘士団は挟まれる形になっているが前述のどちらの意味も取るためだと言える。
しかし、これこそキリトが思い描いた状態。
暗黒騎士団はともかく拳闘士団のイスカーンについてはシェータとベルクーリからの話しで、
こうすることができるかもしれないと判断したのだ。
「本当に拳闘士団を味方に付けるとはなぁ…」
「キリトならやるとは思ったけど、こうして目にするとまた違うね…」
「ん~、同じ心を持ってる人なんだから別に驚くことじゃないと思うけど」
「そう思えるのは別の世界で生きてきたアスナとキリトだからだと思うわ」
感心するベルクーリに対して、ユージオは最早諦めの境地で呆れているし、
アスナとしては現実世界の人間としての価値観から大したことではないと思うが、
アリスの言うとおりでUWの価値観で捉えてしまうからである。
「(まずはコード:871を解除して、そのあとに価値観を少しずつ変えていく努力をしないといけないなぁ。
大変かもしれないが、あの二人を見ていれば大丈夫かもって思うが…)」
全てを終わらせた後のことも考えつつ、二人で話しているイスカーンとシェータを横目で見る。
戸惑っているようなイスカーンと普段通りに見えるが少々明るく見えるシェータ、
キリトはこの二人がいればきっと大丈夫だと予感している。
その時、崖の先の暗黒騎士達に動きがあった。
無数の飛竜が飛来し、暗黒騎士達はそれに乗っていく、一人だけで乗るのではなく数人で騎乗している者達もいる。
そのさらに後方、少しばかり大きな飛竜には皇帝ベクタが乗っている。
「敵が来るぞぉっ!」
「戦闘態勢に移行、迎撃用意!」
イスカーンとベルクーリが怒声のように声を張り上げ、すぐに全員が行動に移していく。
そんな中、キリトとアスナだけは様子が違う。
アスナはキリトの左斜め後ろに控えたまま、そのキリトは空を飛ぶベクタを見据えたまま。
直後に彼の周囲に凄まじい殺気と殺の心意が溢れ、その表情は獰猛な笑みに変わっている。
近くに居る拳闘士からこちらに向かっている飛竜と暗黒騎士まで、さらには後方の囮部隊にもそれは届いた。
ベルクーリ、レンリ、シェータ、イスカーンですら硬直してしまうし、敵の飛竜に至っては叫び喚いて操る騎士が手間取る始末。
アリスも戦慄はしたが、以前のように不思議と恐怖はなく、彼女の隣のユージオは引き攣った笑みを浮かべながらも余裕そうだ。
次いで、アスナは嬉しそうな笑みを浮かべているように見えるが実際には怒りが頂点に達しかけており、
その理由は言わずもがな愛するキリトの大切なモノを傷つけたからであり、
その怜悧な笑みを見てしまったアリスはアスナもキリトと同じなのだと思った。
そしてキリト、彼から放たれる殺気と殺の心意は全てが集中されてその対象はベクタことガブリエル・ミラーにのみ向けられており、
しかし周囲に影響はあるしキリト自身も把握しているが、
精神的とはいえ約二年という歳月によって枷が外れたキリトを止めることはアスナであってもできないのである。
ベクタとなっているガブリエルは飛竜の背からアリスの姿を認識し、
そこに幼き頃に愛を誓いながらもその手で命を奪った少女アリシアの姿を幻視する。
アリスを手に入れ、いまこそあの時の感動を得よう、そう思った途端いままでに感じたことのない殺気を感じる。
アリスのすぐ前から圧倒的な殺意が自身に向けられており、それはいままで経験してきた戦場でも感じたことのないもの。
「(いや、つい最近にも確か……そう、GGOで似たようなものを…)」
一、二ヶ月ほど前の日本のVRMMOでの大会、その決勝戦で戦った少女のような外見の少年から発せられたものに似ていた。
同じではないがそれと類似していることだけは解る。
アリスを手に入れるために油断はならない。
だが時は来た。
作戦は現実世界のVRMMOプレイヤーをフルダイブさせて戦力とし、暗黒界軍諸共に敵を葬り、アリスを奪う。
日本は午前四時半を過ぎた頃で救援を寄越すにしても時間がかかるはず、アメリカは午後なので多くのプレイヤーがダイブできる。
作業が完了した、現実世界にて作業を担当していたクリッターが相手の妨害に手間取ったものの成し遂げたことに満足し、
こうして直接奪うために来たのだ。
暗黒騎士団の全員が谷を越えてキリト達の居る方に到達した時だった。
空中に血のような線が引かれ、そこから血が滴るかのように無数の赤が降りていく。
液体のようなそれは、すぐに形作っていく、人の形を。
鎧、装甲、軽装の防具を纏い、剣を、槍を、鎚を、あるいは様々な武器から弓などの遠距離系のものまで。
それらを持つ者達が現れる、その数にして約三万人。
拳闘士や囮部隊の者達、ベルクーリ達もアレがキリトの世界の敵なのだと判断できた。
しかし、味方であるはずの暗黒騎士達に向け、赤い敵は駆けだした。
笑いを含んだ叫び声を上げ、武器を高々と掲げながら迫っていく。
困惑、混乱する暗黒騎士達に魔の手が迫り、人界軍や拳闘士団ですら驚愕して息を呑む……凶刃が…、
――……ィィィィィンッ! ズルッ、ドシャッ!
「「「「「「「「「「ギャアァァァァァァァァァァッ!?」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
暗黒騎士達へ届くことはなく、赤い者達へと襲いかかった。
腹部を斬り裂かれて上半身と下半身にわかれ、本来ならば味わうことのない体を真っ二つに斬り裂かれるという経験と激痛により、
斬られた者達は絶叫の悲鳴を上げながら消滅していった。
勿論、彼ら自身が死んだわけではないが、少なくともアカウントのデータが消失している可能性はあるし、
制限の無くなったペイン・アブソーバーによる痛覚の完全再現によって現実世界に戻っても少しの間はその痛みの残滓に悶えるだろう。
驚愕しているのは襲われかけた暗黒騎士団と襲おうとしたが目前の光景に動きを止めた者達、
人界軍と拳闘士団で一様に呆然として固まった。
それはガブリエルも同じであった、自分が呼ばせた
全滅したわけではなく、それでも百数十人が同時かつ同じ攻撃で倒された。
そこでアリスは気付いた、ほんの少し前までアスナの前に居たキリトの姿がないことに。
「アスナ、キリトは何処に…」
「キリトくんなら接近して剣を振ったよ、見えてなかったかな?」
「二度、いや三度の跳躍で目前にまで接近、さっきまで放っていた殺気と殺の心意を剣に乗せて集中、
奴らが降りてきた瞬間に剣を振って放たれた“殺の斬撃”に自分から迫った奴らは見事に胴体が離れたってわけだよ」
「ユージオ君やるね! キリトくんのアレが見えていたなんて」
アリスはさらに驚愕するがそれは傍にいるベルクーリ達も同じだった。
たった三度の跳躍であそこに到達して百数十もの敵を斬ったキリトにも、それが見えていたアスナとユージオに対しても。
「全部じゃないさ。でも、二年間ずっとキリトの剣を見てきた、アレとは違うけど本気の剣も見せてもらったことがある。
だから見えたっていうのもあるし、なによりキリトに剣を届かせてみたいっていう思いもある」
「キリトくんの傍に居るわたしが断言してあげる。
いますぐじゃないけど、ユージオ君の剣は届くよ。そのためにも、いまは目の前の敵をね」
「了解。あの赤い奴にもベクタにも、アリスに触れさせない」
「(あ、ユージオ君ってキリトくんと同じタイプかも…)」
二年間一緒に行動して、キリト自ら鍛えたというユージオの様子を夜から見ていたアスナは総じて悟った。
すぐに余計な思考は頭の片隅に置き、アスナはキリトから受け取った剣『セイクリッドゲイン』を構え、
ユージオも鞘から抜き放っている神器『青薔薇の剣』を構える。
言うならば、共にアインクラッド流の構えであり、
アスナは武器こそ片手剣だがいつもの細剣のものでユージオはキリトと同じ片手剣の構えである。
既に暗黒騎士団は現実世界のプレイヤー達から距離を置き、キリト達の右翼側に避難している。
そこへキリトが三度の跳躍でアスナ達の許に戻ってきた。
その時、キリトの前の空に光の粒子が集まりだし、人の形を成していった。
それは、暗き世界に広がる蒼穹、その果てから白く輝く星々が降り注ぐ。
濃紺の鎧、雲のような白いスカート、激しく揺れる短い水色の髪、左手に握るのは巨大な長弓を持つ少女。
その女性に向けて、キリトは確かに声をかける。
「俺の先制攻撃は終了だ……二番手頼むぞ、
「まったく、人使いの荒い
降臨したのは【太陽神ソルス】であり、そのスーパーアカウントを用いてフルダイブしたシノンこと朝田詩乃である。
キリトが持つ第六感は確かに彼女の存在を察知し、そして自身の指示通りにソルスで降臨していることを確認した。
その頃、オーク族の長であるリルピリンの許に訪問者がいた。
鮮やかな金色の髪、抜けるように白い肌、若草色の装束と煌びやかな鎧に身を包み、
瞳は磨き抜かれた翠玉のような、世にも美しい美少女がいた。
彼女は【地神テラリア】であり、そのスーパーアカウントでフルダイブしているリーファこと桐ヶ谷直葉である。
本来ならばリーファもキリト達の許に降臨するはずだったのだが、
使用しているSTLの調整を行っていたのがキリトでありその影響なのか降臨地点にズレが生じてしまった。
彼女が降りたのはキリト達が交戦している谷から北方で東の大門の西方地点、オーク族が陣を張っている場所だった。
気負いもなく、ただありのままに、いつも通りの
オークであるリルピリンは驚きを露わにした、自分達を醜いと言っていた人族が、楽しそうに話をしてきた。
自分達は同じ心のある生き物、姿なんて関係ない、姿が良くても心が醜い人だっている。
そんな彼女の言葉にリルピリンは暗黒術師団の長である女の姿を思い描いた、
確かにあの女は容姿こそ美しい方だとリルピリンも思ったが、その心は酷いものだったと感じていたのだ。
だが、勝手はできない。捕虜として皇帝の許へ連れていくことを決めたが、彼女の手に巻いた縄は緩めにしている。
そこへ、黒い靄のようなものが出てきた。
長く手のようなものが伸びてきて、リーファの後ろに纏めている髪を引っ張り、態勢を崩させた。
リーファを捕えた靄の正体、それは前述の暗黒術師団の長であるディー・アイ・エルだ。
禁術の生物変化で作り出した盾、暗黒術師達の命を吸い上げることでディーはアリスの攻撃から生き延びていた。
彼女は捕えたリーファに腕から伸ばした長虫を噛みつかせ、
その生命力と神聖力を奪っていき、さらに伸ばされた触手が腹部や腕、脚を貫いていく。
リルピリンはディーにやめろと叫んだ、自分の捕虜だと、
なにより心の奥では初めて人族でありながら普通に接してくれたことが嬉しかったのだ。
そのリルピリンに対し、ディーは嘲笑と共に暴言を浴びせる、醜くて汚らわしい豚だと、
その言葉は彼だけでなく周囲のオーク族達の心にも突き刺さる。
それを咎めたのはディーに傷つけられているリーファであるが、
リルピリンはディーの言葉に傷つけられながらも反感をより強くしていく。
暴言と差別への屈辱と怒り、死んでしまったレンジュのように優しい少女が傷つけられ、
他にも生け贄や戦いの駒にされた仲間達への想いが、リルピリンの右眼に痛みを与え、871の封じを打ち破らせた。
自身がなにもしていないのに起きたその出来事にさすがのディーも驚き、リーファはその様子に顔を顰めた。
だが、それだけでは終わらない、リルピリンはその手に持つ剣を振う。
「うぉぉぉぉぉっ!」
「ぐっ、この豚がぁっ! よくもこの私に傷をぉっ!」
右眼がない故に感覚に狂いが生じ、ディーの脛を僅かに斬っただけに終わったがそれで十分だった。
怒り狂い、十本の触手を刃のようにしてリルピリンに振るおうとするディー、その彼女に降り注いだのは殺気と殺の心意である。
ディーはそれに恐怖し、身を固めてしまったことで大きな隙が生じ、
身動きがとれるようになったリーファが舞うように剣を振るい、
自身に刺さっていた五本とリルピリンに向かおうとしていた十本の触手を斬り裂いた。
「人族が、豚を助けて……人を斬る…?」
「違うわ。人を助ける為に、悪を斬るのよ」
訳が解らない、そんな様子で口にしたディーにリーファは応える。
彼女の肉体は既に再生している、テラリアの管理者権限の《無制限自動回復》によるものだ。
けれど、肉体と
羞恥がないわけではないが、なによりも
「おい、クソ女……お前だな、ボクの大切な人に手を出したのは」
「ヒッ!?」
リーファの後ろに現れて殺気と殺の心意を纏う者、
銀髪で長めの前髪によって左目は隠れており、その背中には翅がある少年だ。
「リーファがやる必要ないよ、こういうのはボクらの仕事だ」
「ルナくん…」
リーファが名を呼んだ少年、ルナリオは再び命を刈り取る覚悟を決めていた。
SAOにて『狩人』であったあの時のように、それは彼女の手を汚させたくないから。
ルナリオはリーファに上着を掛け、その手に持つ
「行くぞ!」
「く、来るなぁっ!?」
かなりの速度で接近してくるルナリオに対し、ディーはリーファから奪った力を使い暗黒術を放つが、
彼は心意を込めた棒で暗黒術を叩き弾いていく。
目前にまで辿り着いたルナリオは強烈な一突きをディーの腹部に放ち、彼女が後ろに吹き飛ばされる前に背後に周り込んで薙ぎ払う。
既にディーの内臓は破裂して背骨は砕けているが、連撃は止まらない。
両腕両脚は強烈な攻撃によって砕かれ、地に落ちないように空中で全身の骨を粉砕されていく。
そこで地面に落ち、最早身動きも取れないディーに最後の鉄槌が下される。
「我、狩りし者を狩る者、『
「―――――」
全力の一撃がディーの体に叩き落とされた。
声にもならない僅かな悲鳴を上げながらディーの命は完全に絶えた、これによって暗黒術師団実質的に壊滅となった。
「ルナくん。ごめん、あたし…」
「いいんだよ、これで。それより、リーファが無事でよかったっす…」
謝るリーファの頭を撫でるルナリオの口調は徐々に普段のものに戻っていった、彼は激怒すると口調が変化するからだ。
そんなルナリオだったが、リルピリンの方へと歩み寄る。
「ボクはルナリオっす。ありがとう、ボクの大切な人を助けてくれて。キミの名前、よかったら教えてもらえないっすか?」
「お、おでは、リルピリン! オーク族の長だ!」
「改めてありがとう、リルピリン」
「あたしからもありがとう、貴方のお陰よ」
「おではそんな、アイツのことが嫌いだったからで…」
二人からのお礼にリルピリンは照れた様子で応じた。
先程のルナリオの様子に彼は恐怖を感じていたがいまなら解る、彼は愛する人を傷つけられて怒っていたのだ。
自身が生け贄によってレンジュを無くした時のように、自分達は同じ心を持っていることを理解した。
「こで以上奪われるのはごめんだ! おでは長として、皇帝達に戦いを挑む!」
リルピリンにコードはない、そしてオーク族達に長に抗うつもりはない。
多くの仲間達を駒のように扱われ、怒っている彼らに長の命令は渡りに船だから。
「皇帝のところにいぐなら、おで達も一緒にいくぞ!」
「それはありがたいっす! じゃ、あっちの人達と一緒に行くっすか」
あっち? リーファとリルピリンが首を傾げてルナリオが示した先を見た。
向かってくるのは人界守備軍本隊、それを指揮するのは最高司祭カーディナルである。
リルピリン率いる亜人族残党はこの後、カーディナル率いる人界守備軍本隊との接触を行う。
キリトがシノンをソルスのアカウントで降臨させた理由、
それはソルスの持つ管理者権限《広範囲殲滅攻撃》が彼女の武器などに適性があるからだ。
「アンタ達にやらせはしないわ! キリトの大切なモノの為に、アンタ達に命を奪わせない為に!
ゲーム感覚で、人の命を
限界にまで引き絞られた弓から放たれた光の矢は天へと届き、
直後に超高熱のレーザーとなって赤いプレイヤー達に雨のように降り注いだ。
熱の雨に体を焼かれて数百人規模のプレイヤーのHPが0となって消滅していった。
満足そうな表情で降り立ったシノン、続けざまにキリト達の上空に光の線が引かれる。
次々と降りてくる光は様々な人の形を正しく取っていく。
様々な近接系の武器を、敵を射抜く弓系や銃火器類の武器を、
鎧などに身を包んだ者達は人界の人々と同じように確りと人の姿をしている。
キリトの策は成った、SAO・ALO・GGOなどからフルダイブした日本のVRMMOプレイヤー、総数五千人である。
キリトはニヤリと笑みを浮かべる。
「さてと、じゃあ
いま、最終決戦の幕が上がる。
No Side Out
To be continued……
あとがき
今日は間に合いました、よかったよかったw
原作と同じところはいつものように申し分程度の説明文にしましたが、キリトがいるのでかなり変化していますね。
まずはキリトがベクタに先制攻撃、その隙にイスカーンを煽って封印解除、一撃の立ち合いで倒して協力関係にして、
騎士団は撤退するしかなく撤退、今度はベクタが飛竜達を率いて騎士を渡らせ、そこに三万人規模の敵プレイヤー、
それをキリトが心意の斬撃で攻撃、さらにシノンの広範囲攻撃、リーファの方はルナリオも助けに入ってえげつない倒し方、
それでもって日本プレイヤーの参戦、というのが簡単な流れです。
次回からは原作のような戦闘の組み合わせをしつつ、色々と内容も大幅に変えます。
参加アバターの戦闘風景は丸々一話分使って書きますがそれ以上は出ないのでご理解ください、その一話分を濃くしますのでw
とにかく次回はまだアバター戦ではないですが、それでも待っていただけたら幸いです。
では次回で・・・。
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第12話目です。
タイトル通り、ついに来たる援軍ですよ。
どうぞ・・・。