第十八話 心が痛む理由
一刀が行った策はすごく上手くいった。まず最初に行ったのが城壁の修理だ。いくつものグループに競わせ、その中でもっとも優秀だったグループに褒美を取らせた。人数がかなり多かったにもかかわらず褒美は一番優秀だったグループにしか与えられなかった。修理を行った職人たちが策に乗せられたと気づく頃にはすでに城壁の修理は終わっていた。
とはいうものの、褒美は実にすばらしいものであった。一番優秀だった者は宮殿に呼ばれ、帝じきじきに命を下される。
「そなたたちの長は誰だ?」
「へえ!わしです!」
職人たちは宮殿に呼ばれ、帝の御前に並んでいた。みんなものすごく緊張しているのがわかる。無理もないといえば無理ないが。
「そなたの城壁修理の作業ぶりは実に見事であった!そなたに洛陽城壁役の長を申し付ける。」
「ちょちょちょちょっと待って下せえ!わしゃあ卑しいただの職人でさあ!」
職人たちのリーダー格の男はかなり戸惑っているようだ。
「そんな役は聞いた事ねえですし………第一、わしはそんな大それたお役目を買う銭など持っとりません!」
この時代は現代のような試験式の採用方法ではなく、お金による売買方法があった。つまりは賄賂だ。宮中にいる人間のほとんどはこの方法によって成り上がった存在だろう。民たちはこの事を知っていながら公に出来なかった。下手に口を開けば死罪になるかもしれなかったからだ。
神楽はこの者の言っている事が悲しくなるくらい理解できた。そんな風に思われるくらい、前政治は酷かったのだと思い知らされた。
「よい!役職とは必要に応じて新設し、その仕事において最大の能力を持つ者が長をやれば良いのだ。」
「へ、へへぇ!」
「一刀。この者に城壁に関するあらゆる権限を与えるよう手続きをとれ。」
「ああ、分かった。」
このように一刀たちは、新しい役職を次々と作り、その仕事で能力の発揮できる者を選別していった。一刀たちが新しい人間を採用すると同時に詠たちは宮中の害虫とも言える人間たちを制裁していった。
民たちは喜んでくれた。優秀者にしか褒美が貰えないと知っていても見事選ばれたら『権利』というものが貰える。『権利』とは強者にしか与えられないものだ。それは力の無い民にとっては金にも等しいものであろう。
つまりは、実力があれば自分たちも上に上がれると言う事だ。家柄も身分も人種も関係ない。実力さえあればいい。実に単純であり論理的なことであった。民たちはこのチャンスを掴むために一生懸命いいところを見せようとした。一刀たちもまた優秀な人材を欲しているのだから利害が一致している。
こうして、一刀の策は上手く機能していたのだ。
美羽・神楽side
「まったく、一刀の奴!せっかく七乃と歌の練習をしていたというのに種目に歌を出さぬとは!」
美羽は不機嫌だった。美羽は一刀に聞いたのだ。いつ歌の種目が出るのかと。
「そんなもの出すわけ無いだろう。」
一刀の回答はこうだった。当たり前だ。祭りと言ってもこれは優秀な人材を選定する策であり、お遊びではないのだから。
「本当ですよ!最近の一刀さんは横暴ですね!」
七乃さんも結構不機嫌になっていたようだ。
「い、いや……一刀はこの洛陽のために働いているのでは……」
美羽は神楽たちとお茶をしていた。美羽のあまりの言葉に神楽は少し引き気味だ。
「それはそうなのだが………」
美羽も分かってはいるのだ。だが、美羽は一刀にいい所を見て欲しい。ただそれだけの事であったのだ。
今、ここに一刀はいない。一刀は現在、詠と共に土地の開墾の様子の見学に行っていた。開墾は囚人たちの仕事だ。見事、囚人たちを指導し纏め上げる者がいればその者にもそれ相応の役職を与えるために。
囚人たちをいくつかの班に分けて、開墾の進み具合などを見ていた。
一刀side
「どうだ、詠?」
「そうね………あそこの班が一番優れているわね。囚人たちの統率力もいいし、何より作業が手早いわ。」
一刀たちは開墾の様子を見ている。詠はもっとも作業の手早い班を示した。
「俺はあちらの班のほうが優秀だと思う。」
一刀は反対側で開墾していた班を指差して言った。一刀の指差した班は、詠の班と比べると作業が実に遅かった。
「はあ!?なに言ってんのよ!?作業がぜんぜん進んでないじゃない。きちんと統率が出来ていない証拠よ!」
詠は当たり前のことを口にする。だが、一刀はこれに言葉を付け足した。
「確かにお前が指した班の作業はとても手早い。だけど見ろよ、囚人たちの顔を。みんなとても疲れた顔をしている。恐らくろくに休んでいないからだろう。」
詠が指した班の囚人たちは疲労が目に見えるほどやつれていた。指揮官はとても厳格そうで恐そうな人だ。一方で、一刀の指した班の指揮官はとても温厚そうで、囚人たちの顔もとても爽やかだ。適度に休憩をはさんでいるのだろう。
「そ、それがどうしたのよ!相手は囚人よ。これは罰もかねているんだから、あれ位がちょうどいいのよ!」
「詠。相手は馬や牛じゃない。俺たちと同じ人間だ。それにあんな方法は長くは続かない。いつか疲労困憊になって使い物にならなくなっちゃうよ。それどころか、不満を募らせて暴動が起こすかもしれない。」
一刀の言葉に詠はなにも言うことが出来なくなった。一刀は言葉を続ける。
「それにさ、あの人ちょくちょくこちらを意識しているよ。たぶん、俺たちが見に来ている事を知っているんだ。俺たちにいい所を見せようとしてこんな無茶な方法でやっているんだよ。」
詠の指した指揮官は確かにこちらを意識している。囚人たちが腕を止めると、すぐに怒鳴りつけ作業を急がせている。一方で、一刀の指した指揮官はこちらに気づいていなく、ただひたすらに作業を続け、疲労のたまった囚人たちの心配をしている。長期にわたる作業ならどちらが優れているのかは一目瞭然だろう。
「あの指揮官は『今だけ』がんばっているんだよ。そんな人間に大切な墾田の指揮官を任せるわけにはいかない。」
一刀はキッパリと言った。詠は俯いたまま何も喋らなくなった。
「……わね……」
「ん?詠?どうかしたのか?」
「悪かったわね!人を見る目が無くて!……ふん!」
「お、おい。詠?」
詠はそのまま宮殿へと帰っていった。一刀はわけが分からないままその場にポツンと残されてしまった。
詠side
「……ただいま~。」
「おかえり。詠ちゃん。……ん?どうしたの?元気ないよ。」
いつもの様子と違う詠に月は少し違和感を感じているようだ。月はそれとなく聞いてみた。
「ご主人様と何かあった?」
「えっ!ち、違うわよ!何で僕があんな奴と………」
明らかに動揺している。伊達に長年の付き合いではない。月はすぐに詠の嘘に気づいた。
「やっぱり何かあったんだ。」
「ゆ、月~……」
「詠ちゃん。何があったの?」
詠はもう何を言っても誤魔化しきれないと悟り、月に今までの経過を報告した。自分の視野が狭かったこと、一刀に人を見る目がないと思われたのかもしれない事、等など。詠は経過のことはきちんと正直に言ったが、自分の心の中にあった本当の気持ちは喋らなかった。いや、本人自身も気付いていなかったのかもしれない。こんなにも悲しく感じてしまう理由。それは、一刀の前で情けないところを見せてしまったという事に。
月は、詠の本当の気持ちを自然と悟っていた。何て言えばいいのか分からない。だけど、口が自然と開いてくれた。
「大丈夫だよ、詠ちゃん。」
「………え?」
「詠ちゃんはとてもかっこいいよ。」
「ゆ、月~……」
詠は月に抱きつきながら甘えていた。この場には似合わない慰めの言葉であったにもかかわらず、詠の心はどんどん安らかになっていった。これも月の人徳というものなのだろうか?
「ご主人さまも詠ちゃんのことをかっこいいと思っているよ。」
「……本当?」
「うん。だって、ご主人様だもの。」
「うん。ありがとう、月。」
………………………………
……………………
…………
祭りは数週間ほど続いた。ある程度の人選が済み、次はいよいよ文官、武官の選定だ。これが本題といっても過言ではない。優秀な人材が見つかるといいんだけど……
一刀たちは洛陽に御触れを立て、近隣の街や村にも宣伝した。自分の武力、知略に自身のあるものは成績次第では召抱えるという宣伝を。
宣伝は天和たちの協力もあって、ものすごい数の人間たちが洛陽に訪れた。人が集まるところに商人や旅芸人も集まるというものだ。たちまち露店などが出来上がり、本当のお祭りのような雰囲気になっていった。
だが一刀たちは宮殿で右往左往していた。何分、エントリー数があまりにも多くて予想を遥かに超えた人間が洛陽に来たからだ。その集計に手間を取られていたのだ。
美羽・神楽side
「おお!洛陽があんなに賑わっているぞ!」
神楽は今、宮殿の高台に上って洛陽の様子を見て感動していた。一刀たちが来る以前の洛陽の状態はそれはもう酷いものであった。道行く人たちには覇気がなく、街を守るはずの官軍たちは暴力を犯し、それらを取り仕切る文官たちは賄賂を贈るために自分たちの利益のみを重視していた。そして、洛陽は酷い状態になっていったのだ。
「これも一刀たちのおかげだな。」
そんな風に思っていたら美羽と七乃さんがやってきた。
「うん?美羽か。」
「誰かと思えば神楽ではないか。何をしておったのじゃ?」
「いや、洛陽も随分と変わったなと思っておったのだ。」
「それもこれも妾達のおかげじゃぞ!」
「そなたのではなく一刀のおかげだろう。」
「むむ~……か、一刀は妾の部下じゃぞ!だから、あ奴の手柄は妾の手柄じゃ!」
何とも言えない美羽の言葉に神楽は呆れるばかりであった。そこにふと疑問に思った事がある。どうして一刀ほどの人間が美羽なんかに仕えているのだろうと。
言っちゃ悪いが、美羽はお世辞に言っても優秀とは言えない。別段、武に長けているわけでもなく、知力にも長けているわけでもない。そして、徳すらも高いとは言えない。それなのにどうして一刀は美羽に仕えているんだろう?
神楽は考えていた。やはり、容姿だろうか?美羽もなんだかんだ言って美少女である。だが、容姿だけなら自分も引けを取らないはずだ。むしろ、体つきならほんの少しだが自分のほうが美羽なんかよりもずっと女らしい。
などと、くだらないことを神楽は真剣に考えていた。
「これ、どうしたのじゃ?何やらボ~と呆けておって。」
「い、いや。なんでもない。」
自分でも考えていた事の趣旨が変わってしまった事に気付いてすぐに頭からさっきの思った事を離そうとした。
「それにしても楽しみじゃの~。早く時間が経たないかの~♪」
「何が楽しみなのだ?」
美羽はとても上機嫌だ。一体どうしてそんなに機嫌がいいのかと神楽は聞いてみた。すると美羽は、とてもうれしそうに言った。
「うむ。実はだな、今度一刀が妾と一緒に祭りの見学に連れて行ってくれるのじゃ♪」
「な、何だと!?それは本当なのか!?」
「うむ♪早く祭りにならないかの~♪」
美羽はとても上機嫌だ。このところ一刀は政務ばっかりだったので美羽にちっとも時間を割いてやることができなかった。だから、仕事をしながらだが、美羽を祭りに連れて行ってやっても良いのではないかと考えたのだ。当然、美羽はとても喜んでくれた。
「そ、そうか……よ、良かったな。」
「うむ♪」
そう言って、神楽はその場から離れた。なぜか、心にモヤモヤとしたものを感じる。嫌な感じだ。少しばかしイラついてしまっている。どうしてこんな気持ちになるのか理解できなかった。理解できないからまた気分が悪くなる。悪循環だ。
(余はどうしてしまったのだ?)
一刀は廊下を歩いていた。その時、向こうから神楽が見えた。一刀はそのまま神楽の元へと駆け寄った。
「よう!神楽。」
いきなり呼び出されて少し神楽は驚いた。
「あ、悪い。驚かせちまったな。」
「いや、大丈夫だ。」
神楽は、今は一刀に会いたくないと思っていた。今のこの感情が何なのか分からなく、一刀の事を考えるとそれだけで頭がいっぱいになってしまう。
「どうかしたのか、神楽?」
神楽は思わず聞いてしまった。
「か、一刀!」
「な、何だ?」
いきなり大声で呼ばれたのでとても驚いてしまった。
「そ、その……み、美羽と祭りの見学に行くというのは本当なのか?」
「えっ?……うん。そうだよ。」
一刀ははっきりと言った。一刀の顔はとても明るかった。一刀も楽しみにしているのだろう。神楽は何か心が痛んだ。どうしてなのだろうか?
「そ、そうか……」
「どうかしたのか?神楽。」
「い、いや、何でも無い。」
神楽は逃げるようにその場から離れた。なぜか、一刀のそばにいるととても辛かったからだ。
何日か経った。一刀たちの仕事は順調に進み、いよいよ残すところもう少しとなった。大陸中から武芸の達者なものや知略に秀でたものがぞろぞろとやってきて、そのエントリーの記録を書くのに忙しかった。だが、それももうすぐ終わる。
一刀や詠が仕事をしている同時刻、美羽と神楽はお茶をしていた。
「ふふ~ん♪ついに明日じゃ!楽しみじゃの~。」
美羽は祭りが近付くにつれて上機嫌になっていく。だが、神楽のほうはだんだんイラつきが強くなっていった。だが、そんな神楽の心境も分からず、美羽はどんどん調子に乗っていく。
「神楽は祭りの日に何をするのじゃ?」
「……………分からない。」
神楽は暗くなる一方だった。自分の心がわからない。美羽も一刀も大切な友人のはずだ。なのに二人が楽しそうにしているところを見ると心が痛む。
そんなこんなで、それぞれの想いが交差しながら時間が経った。そしてついに祭りの日の当日がやってきたのだ。
…………………
……………………
「う~ん………ゴホ!ゴホ!」
「大丈夫か、美羽?」
「わ、妾は大丈夫なのじゃ!そ、それでははよう出発するぞい!」
「そんな体で何言ってんだよ。」
美羽は風邪を引いてしまっていた。馬鹿は風邪を引かないというが、そうでもないらしい。何ともタイミングの悪い事である。
「うう……か、一刀……」
美羽は連れて行ってほしそうな顔で一刀のほうを見た。
「駄目ったら駄目だ!風邪をこじらせたらどうするんだ。今日は素直に寝ておけよ。」
「じゃ、じゃが~……」
今日の美羽はいつも以上にしつこかった。それほどまでに一刀と街に行くのを楽しみにしていたのだ。
「今日は無理だったけど、また今度みんなで出かけようよ。その時は必ず時間を作るからさ。」
「………約束じゃぞ……」
「ああ。約束するよ。………じゃあ、七乃さん。後はお願いしますね。」
「はい。お嬢様の事は任せておいてくださいね。」
「じゃあな、美羽。お土産にハチミツを買ってきてやるからな。」
「う、うむ。」
そう言って、一刀は自分の仕事をするために街へと向かおうとした。途中、神楽に出会った。
「美羽は風邪を引いたのか?」
「ああ。でもただの風邪だ。大したことはない。」
神楽は何かモゾモゾとしていて挙動不審だ。何だろうと思っていた時に神楽が訊ねてきた。
「き、今日は美羽の奴と街を見学するはずではなかったのか?」
「ああ。そうだったんだけど………美羽が風邪を引いてしまったからな。今日はさすがに自重してくれたよ。」
どことなく、一刀も悲しそうに見える。神楽は思い切って言ってみた。
「の、のう…一刀?」
「ん?何だ?」
「そ、その……き、今日……美羽の代わりと言っては何だが……余と一緒に……その…」
「……どうした?」
「…その……余と一緒に街を見ぬか!?」
神楽は勇気を出して言った。だが答えは呆気ないものであった。
「うん、いいよ。」
あまりにも呆気ないものだから神楽は力が抜けて行った。
(まったく……余が勇気を出して言ったというのに……)
「お前も街を見たかったんだな。」
「う、うむ。」
良く考えてみたら神楽は生まれ変わった洛陽を宮殿の上からしか見たことがない。だから、ちゃんと自分の目で見せてあげたいと一刀は思ったのだ。
「行くのはいいけど………さすがにその服じゃまずいよな。」
神楽は帝の正装を着込んでいる。あまりにも目立ちすぎるのでこのままではまずいと思った。
「大丈夫だ。美羽から貰った服があるからそれを着ていく。」
どうやら、服の件は問題ないようだ。
「そうか。じゃあ城門前で待ってるから着替えたら来いよ。」
「うむ。」
………………………
……………
……
(さてと……そろそろかな?)
一刀は城門前で神楽を待っていた。
「美羽の服か……一体どんな服だろう?」
何回か美羽の私服姿は見たことがある。どれもこれも本当に女の子らしい服ばっかりだった。ボーイッシュな神楽に似合う服があったのだろうか?
などと、考えているうちに誰かが一刀に近付いて行った。
「待たせたな、一刀。」
「……え?」
そこには白いワンピースのような服と白い帽子を着ていた神楽がいた。とても清楚でかわいらしかった。今まで威厳たっぷりの帝を演じていたためどことなく男の子な感じがしていたが、今の神楽は間違いなく女の子だ。
あまりにも似合っているために一刀は魅入ってしまっていた。
「そ、そんなにジロジロと見るでない。………もしかして……似合ってないのか?」
「……はっ!……そ、そんなことあるもんか!とてもかわいいよ!」
「かわいい……余がか?」
「ああ、本当にかわいいよ。」
「……うっ……あ、ありがとう。」
神楽は耳まで真っ赤にしながら俯いてしまった。こうして二人は街へと足を運んだ。
………………………
一刀と神楽はいろんな露店を見て行った。さすが大陸中からの行商人たちだけの事はある。見慣れないものがたくさんあってとても楽しかった。
「とても楽しいな、一刀。」
「そうだな。」
神楽はこんな風に街を出歩いたことはないだろう。彼女はとても興奮していた。珍しい物からありきたりな物にまで興味を絶やさなかった。
その時、ふと一刀はある物に目が行った。それはハチミツの売っている露店であった。
「どうしたのだ、一刀?」
「いや、美羽にお土産を買っていこうと思ってな。」
まただ。また胸が締め付けられるような感じに襲われた。理由は分からない。だが一刀が美羽の事を考えている時だけ胸が痛くなる。
「どうしたんだ、神楽?」
「い、いや!少し疲れての……それだけじゃ。」
「ふーん……じゃあ、あそこの喫茶店で休憩しよう。」
そう言いながら、一刀は神楽の手を引きながら喫茶店へと向かった。
今、二人は休憩しながらお茶をしていた。神楽はお茶を飲みながら考え事をしていた。
(どうして、こんなにも心が痛むのだろう。一刀と美羽が仲良くやっている事はとても素晴らしい事ではないのか?)
そんな風に思いながら、神楽と一刀は休憩を終わらせ、改めて出発したのだ。
いまの洛陽は人がたくさんいる。人が多いという事はそれだけ面倒事も多くなるという事だ。向こうのほうから大きな声が聞こえる。どうやら、ガラの悪い男たちが通行人にイチャモンを付けているようだ。
「……神楽、ここにいて。……おい!やめないか!そちらの方もきちんと謝罪しているだろう!」
「なんだ、てめえは!!」
一刀は見かねる事が出来なかったらしくその場を抑えようとした。だが、相手は数人。しかも刃物を持っていた。それに比べ一刀は素手だ。勝負になるはずがなかった。ガラの悪い男たちは一刀の言う事が気に入らなかったらしく、いきなり切りつけようとした。
「一刀!」
一刀は切りつけられたが寸でところでかわす事が出来た。武器を持っていたら何とかなったかもそれないが、あいにく今は持っていない。男たちはジリジリと一刀を追い込んでいく。
その時、横から一刀の助太刀に入った人が現れた。その者は物を言わせない速さで男たちを吹っ飛ばしていった。
「てめ~!!一体何もんだ!」
「下郎に名乗る名など無い!」
その者は一瞬で数人を倒し、その場をすぐに収めたのだ。一刀もあまりの強さに声が出なかった。
「お怪我などはありませんな?」
「え、ええ。ありがとうございます。」
ガラの悪い男たちはそのまま警邏の人間に連れて行かれた。一刀を助けてくれた人はとても強い人だった。もしかしたら恋にも匹敵するかもしれない。
「一刀!大丈夫か!?」
「神楽か。大丈夫だよ。………格好悪いところ見せちまったな。」
「何をばかなことを言っておるのだ!怪我がなくて本当によかったぞ。」
「ははは、ありがとう。」
勇んで助けに行ったら自分が助けられるなんてとても情けないと一刀は思ってしまった。
「いや、あのように勇敢に助けようとするなど簡単には出来ますまい。十分に誇ってもよいと思いますぞ。」
一刀は心が読まれたのではないかと驚いた。
「あ、ありがとうございました。」
「うむ、では私はこれで。」
「あ、名前を聞かせてくれませんか?」
一刀は引き返そうとした武人の名を聞こうとした。助けてくれたのだから何かしらの礼をしなければならないのではないかと思ったからだ。
「名乗るほどの者ではありませんよ。」
そう言って、その人はそのまま行ってしまった。大陸にはいろんな人がいるのだと一刀は思った。
「星ちゃん、どこに行っていたのですか?そろそろ時間ですよ。」
「いや、面白い御仁に会いましてな。」
「すでに受け付けは済ませました。私たちはあちらのほうですが、星は武道の方でしたね。」
「うむ、ではここで一時お別れという事ですな。」
「はい、星ちゃんなら何の問題もないと思いますけど気を付けてくださいね。」
「うむ、では互いの健闘を祈る。」
一刀は困っている人たちを助けていた。迷子の子供を助けたりとか、落し物を一緒に探したりとか。どう見ても、国の重役がする様な事ではなかった。どうしてそんな事をするのかと神楽は訊ねた。
「困っている人たちをほっとくわけにはいかないだろう。」
一刀らしい答えであった。神楽は思った。
(そういえば、こいつはそういう奴だった。)
そんなこんなで神楽も一刀の手伝いをしていた。帝がこんな事をしているなんて誰も思わないだろう。だが、人に感謝されるというのはとても気持ちのいいものだ。そうやって、人助けをしているうちに時間が経って行った。
「あっ!!」
一刀は何か思い出したような素っ頓狂な声を出した。
「な、何だ!驚くではないか!」
「仕事の事すっかり忘れていた。」
そうだった。一刀は武道会の審査員としての仕事があったんだ。日はもうかなり高い。もう始まってしまっているかもしれない。一刀は神楽の手を引っ張ってすぐに武道会場へと急いだ。
「遅すぎるです!」
「悪い、ねね。」
今回の審査員は一刀だけではなく、恋とねねも一緒だ。もう、武道会が始まる寸前であった。一刀たちは審査員用の特別席に向かった。途中、霞と華雄に出会った。
「霞と華雄。一体こんなところで何をやってんだ?」
「何って……うちらも参加するためや。」
「はあ!?」
これは、ただの武道会ではなく、彼らにとっては武官になるための試験であり、一刀たちにとっては個々の能力を測るための選定だ。すでに武官であり一騎当千の武を持っている二人が出場してどうするんだよ?
「実はカクカクシカジカでな。」
霞はこれまでの経緯を話した。どうやら、この武道会で決着をつけるらしい。
「お前らな~……」
「堪忍しといてな。……それに、うち等とやりあえんで武官なんぞにはなれへんで!せやからうち等もちょっと試験してやろうと思っとるんや。」
口は達者なようだ。だが、霞の言う事はもっともだ。傍から見ているだけではその者の強さなど分かるはずがない。実際に、打ち合わなければ分からないだろう。
「わかったよ。でも瞬殺だけはするなよ。ある程度、打ち合うんだぞ。そうじゃなきゃこっちも判断しかねる。」
「当たり前や。おおきにな。一刀。」
「ありがとうございます。一刀様。」
そうやって、二人はこの武道会へと乱入したのだ。
武道会が始まった。戦闘形式は一対一の一騎打ち方法のトーナメント式。気絶したり、降参したりしたら負け。あと、獲物(武器)が使用不可になった時点でも負け。勝負がつかないときはこちらで判断する。というルールだ。
早速、試合が始まった。一回線目は霞だ。
「うおおおおりゃあああああ!!」
叫び声とともに相手に突進していき、そのまま相手を吹っ飛ばしていった。
「………瞬殺するなって言ったのに……」
有無も言わさず霞は相手をふっ飛ばし勝利してしまった。これじゃあ、相手の実力が分からない。
「………………霞、手加減している。」
恋が言ってきた。どうやら霞は手加減しているようだ。
「あんな一撃を受けきる事も出来ない奴に武官なんか勤まるわけないのです!」
彼女たちはとても冷たく言う。だが、霞の方も受けられたら合格、というギリギリの所まで手加減しているようだ。
次々と対戦が決まっていく、大陸中から腕自慢の輩が来ているだけあってとてもレベルの高い戦いなのだが………
「どおおりゃあああああ!!」
ドッガーン!!
霞がほとんど一撃で倒していき、ついに一つのブロックを潰してしまった。どうやら彼女の眼鏡にかなう奴はいなかったようだ。霞はそのまま決勝戦へと行ってしまった。
「たいした人間がいなかったですな?恋殿。」
「………………コク。」
どうやらすごいと思っていたのは一刀だけであったようだ。恋も大したころないと思っているらしい。ねねに関してもまじかで恋をいつも見ているのだから大した事ないと思ってしまうのだろう。
どちらにしろ、今回は霞と華雄の決戦で終わりそうだ。
「さてと……次は華雄のブロックか……」
この大会は二つのブロックに分かれていた。一方のブロックはすでに霞が制覇してしまった。残るは華雄のブロックだけである。
戦いが始まった。とはいうものの、先ほどと何一つ変わった様子はない。先ほど、霞に吹っ飛ばされた連中と大差ないような戦いであった。ねねも今回は武官候補がいないだろうと嘆いていた。
いよいよ華雄の出番だ。霞がすでに決勝戦に出るのが決まったためにとても張り切っている。相手は本当にかわいそうだと思った。そうして対戦相手が華雄の前にやってきた。
「一刀、あの者は!?」
「ああ、あの人確か………」
華雄の前にやってきた対戦者は先ほど一刀を助けてくれた人だ。名前は聞かなかったけど間違いない。彼女も武官に立候補しているのだろうか?一刀は対戦表を見て、彼女の名前を確認しようとした。
(え~と……趙……雲……?……趙雲だって!?)
「まさか!?」
同姓同名なのか?そんな風に思っていたら、一騎打ちが始まった。
「はあああああああああ!!!」
華雄は戦斧を思いっきり振り上げる、その時の衝撃波で砂塵が舞い上がる。並みの人間であったならばその光景だけで尻もちをつく様なものであろう。だが、趙雲はそれを軽くかわし、反撃に出る。槍で突く。ものすごい速さであった。四、いや五連撃だっただろうか?目が追いつく事が出来ない。
それらを何とか防ぐ華雄もすごい。だが、華雄はすでに余裕がなくなっていた。顔からは焦りが見え始めていた。華雄も気付いたのだろう。相手は間違いなく自分よりも格上だという事に。最初は華雄が攻めていたというのにいつの間にか防戦一方になっていった。
焦りからか、華雄の動きは大振りになってきた。大振りと言っても常人では間違いなく反応できないような鋭い振りであった。だが、それすらも華麗にかわし、反撃に移る。それらの行動一つ一つがとても綺麗だった。観客たちも声を失っていた。
「でやあああああああああ!!」
華雄は渾身の一撃を放った。趙雲は今度は避けるのではなく真正面から立ち向かっていった。華雄の渾身の一撃は間違いなく大岩すらも破壊できるものだろう。そんな一撃を真正面から受け止めはじき返した。そのまま、華雄の戦斧は宙を舞い、遥か後方まで飛ばされていった。
「………わ、私の負けだ。」
この勝負は華雄の負けで終わった。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。信じられない事が起きた。董卓軍の中でも最強クラスの武将が負けてしまった。ねねも口をあけながら信じられないという顔で呆けていた。
「ふむ。其方もなかなかの強さであったよ。」
慰めで言っているわけではなさそうだ。素直に華雄が強敵であったと認めていた。
「……どんなに良く言われようとも……負けは負けだ。」
結構メチャクチャな性格をしている華雄だが、基本的に彼女は武に対してはとても真面目だ。だからこそ、自分の不甲斐なさが許せなかったのだろう。何も言わず、そのままその場から離れた。
一刀は華雄の所に行った。
「お疲れ様。残念だったな。」
「か、一刀様!?見苦しいところを見せてしまい申し訳ありませんでした!」
「いや、相手があの趙雲なら仕方ないよ。もしかしたら、恋だって苦戦するかもしれない。」
「奴を知っているのですか!?」
「ああ、天の知識での事だけど。」
案の定というべきか、趙雲はあっという間に決勝戦まで行ってしまった。一刀はあの子が本物の趙雲子龍だという事が分かった。
(間違いないな、あの子は俺の知っている趙雲だ。)
「おっしゃ!ちょっくら華雄の敵討ちに行ってくるわ。」
とうとう決勝戦だ。霞は今までにないくらい張り切っていた。
「気をつけろよ、霞。相手はただ者じゃない。」
「心配してくれてあんがと。でも大丈夫や。んじゃ、行ってくるで。」
「ああ。がんばれ。」
霞はついに趙雲と対峙した。いよいよ、ふたりの戦いが始まる。緊張が高まる。二人ともあ互いにただ者ではない事を感じ取った。
合図が鳴った。二人は最初から全力で相手に向かって行った。
「うおおおりゃああああ!!!」
霞は自分の獲物、飛龍偃月刀で禍々しい風切り音とともに切り放った。趙雲はギリギリのところでそれをかわし、反撃に出る。
「ふっ!!」
地面を蹴る力強い音と共に一気に距離を詰め、流れるようなコンビネーションの突きに、
「させるかい!!」
霞はこれを何とか防いだ。先ほどの華雄との戦いのときある程度実力を出していた趙雲の動きは霞に読まれていた。霞はすぐさま反撃に移る。足が地にめり込むほど強く踏み込み、電光のように偃月刀を走らせる。
趙雲の動きよりも一歩はやく、斜めから肩口に吸い込まれていく偃月刀の軌跡に、
「もろうたでええ!!」
霞は勝利を確信しただろう。だがその瞬間。
ドガ!
死角からから襲ってきた趙雲の蹴りが、獲物を振り落とした霞の肩に叩きつけられた。
鋭い痛みが霞を襲う。肩にめり込んだ蹴りで偃月刀の軌道がずれた。
「ぐっ!!」
霞は苦痛に顔を歪める。だが、趙雲の方もずれた軌跡が予想外だったらしく、一瞬怯んでしまった。
「うらああああ!!」
霞はその隙を逃さず、崩れた姿勢のまま、趙雲に向かって身を投げ出した。趙雲もこれを避け切る事が出来ず、二人はそのままもつれ合うような形で倒れこんだ。
あたりは静まり返っていた。ほんの少しの時間しかたっていなかったというのにあまりの激戦に声を出す事が出来なかったからだ。しばらくたって、二人が起き上った。
そして、ようやくねねが声を出したのだ。
「そ、そこまで!そこまでなのです!!」
二人は引き分けという形で決着がついたのだ。
一刀は選手控室のような所で霞に会いに行った。
「お疲れ様、霞。」
「おお、一刀やん。」
「相手、ものすごく強かったね。」
「強いなんてもんじゃあらへん!華雄との戦いを見ておらんかったらこっちがやられとった!」
かなりギリギリだったようだ。霞がこれほど言うのだからやっぱりあの子は趙雲子龍なのだろう。
「さっきの子、どこに行ったんだろう?」
試合が終わった途端、趙雲はいずこへと行ってしまった。
「彼女のような武官がほしいな。」
一刀は心から思った。何せ相手はあの趙子龍だ。三国志の中でも知らない人間はいないだろう英雄だ。彼女に来てもらえたなら百人力だ。
「大丈夫やろ。さっき、ねねが書簡を持って追いかけて行ったから。おそらく宮殿で会う事になると思うで。」
それなら、問題ないだろう。宮殿に来たらその時にスカウトすればいい。
こうして、この武道会は趙子龍の活躍で幕を閉じたのだ。
……………………
……………
……
霞と趙雲のおかげで武道会が思ったよりも早く終わった。一刀と神楽は霞と別れて何をする事もなく歩いていた。
「さてと……仕事も終わっちゃったし……どこに行こうか?」
一刀の仕事が終わったのならこのデートとも言える逢引も、もう終わりと思っていたが、一刀はもうちょっと付き合ってくれると言ってくれた。それが少しだけ嬉しかった。
「そなたの行きたい所でいいぞ。」
神楽は洛陽に住んでいると言っても、あまりこの街の地理に詳しくないのだ。いつも宮殿の中にいるから。
「う~ん……どこでもいいと言われてもな~……どうしよう?」
実際のデートの時でもそうだが、『どこでもいい』という答えが一番難しいのだ。ここで一刀のセンスが問われると言っても過言ではない。
(どこに行こうかな~?神楽が退屈しないような場所……)
一刀は気付いていない。神楽はこうして目的もなく歩いている事さえ楽しんでいるのだ。ずっと宮殿の上からしか見れなかった街。そこで一刀と歩いているだけで彼女はとても幸せであった。
「そうだ!詠の所に行こう。」
詠は現在、文官たちの選定の試験をしている。武道会同時進行で行っていたのだが、武道会が思ったよりも早く終わったので、まだやっているだろうと思ったからだ。
「もしかしたら、さっきの趙雲みたいにすごい人たちがいるかもしれないしな。」
「うむ。行こう。」
神楽は反対などはしなかった。自分たちの城を任せられるような人材がいないか自分の目でも確かめたかったからだ。
そうして、二人は詠の所へと向かったのだ。
……………………
文官は武官になるよりも難しいだろう。物事を忠実に行う事のできる基本力、とっさの事の反応できる判断力、柔軟な考えを持つ思考力、それらを纏めあげる応用力。いくつもの要素を同時に操らなくてはならない。
これらは学問だ。決して家柄や血筋だけではどうにもならない。まさに実力ある者にしかなる事を許されない神聖な職業なのだ。だからこそ、選定には細心の注意で行わなければならない。
だが、以前の文官たちはその神聖な職業を金銭で買っていたのだ。とても嘆かわしい事である。だからこそ、わが軍の中でも最も厳しい詠がその審査員をしているのだ。
文官の試験会場へと着いた。詠の邪魔をしたくなかったから、一刀と神楽は気付かれないように脇から見るようにした。
…………………
すでに、大半の人たちは詠によって落第させられていた。政治関係と経済関係の試験はすでに終わっているようだ。今は軍事関係の事について詠は聞いてきた。
「『百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり』これは?」
どうやら詠は孫子について聞いているようだ。この時代は、孫子はかなり有名な兵法書だ。しかし、この時代にとってもとても古く、さまざまな引用を用いて自分なりの解釈で考えていたのだ。
一刀の世界での孫子の兵法は曹操によって解釈され定義付けられたものだ。だから、今のこの時期はきちんとした答えなどは無く、自分たちの考えによって定義付けられていったのだ。だから、『兵は詭道なり』という基本的な事さえも『兵士は勇敢に戦うもの』と解釈している者も珍しくはない。
とは言うものの、優秀な人間の考えは、詳細は違えども大体の事は同じ考えなのだ。詠はいかにして孫子を自分のモノにできているのか、という事に注目しているのだ。
「……難しすぎだろ……」
一刀は詠の試験方法があまりに厳しくないかと思ったのだ。一刀は三国志を知っているとはいえ、孫子の兵法は基本的な事しか分からない。しかも、それが正しい答えなのかはこの時期には誰も分からない。
「そうか?結構、基本的な事だと思うが……」
神楽はさも同然のように答える。そう言えば、史実で劉協は曹操に孫子の解釈の手伝いをさせられていたんだった。ならば、孫子に精通していてもおかしくはない。
(……美羽にも見習わせたいよ、まったく。)
美羽side
「ぶえっくしょい!!」
「大丈夫ですか?お嬢様。」
「う~む……誰かが妾のうわさをしているのじゃ。」
「きっと、お嬢様の事を褒め称えているのですよ。」
「う~ん……そうかの~?」
「そうですよ。ですから早く元気になってくださいね。」
「うむ♪」
詠の選定は熾烈を極めた。一人、また一人と落ちてゆく。たくさんいた人たちは遂に二人のみとなってしまった。
「すごいな!あの二人。詠の残酷なまでの問いに難なく答えている。」
一人は眼鏡をかけ、キリっとした目つきをした女性。もう一人は人型の不思議な帽子を被っている女の子だ。
詠は、もはや常人では答えられないような問題を出してくる。ムキになっているのだろうか?だが、二人は同じ答えではなく、それぞれの答えで回答した。二人の答えはどちらも的を得ている。ついには詠の方が折れた。
「明日、宮殿に来なさい。その時に褒美を与えるわ。」
詠は二人に合格点を与えたようだ。二人に書簡を渡し、受け取った二人はそのままどこかに行ってしまった。
「大陸にはすごい人たちがたくさんいるんだな。」
一刀は心から思った。
………………………………・
…………………
………
「おや、星ちゃんです。」
「本当だ。星~!!」
「おや、二人とも終わったのですかな?」
「ええ、試験官は董卓軍の軍師、賈詡でした。噂に違わぬ人物でしたよ。」
「結構、苦戦しました。」
「ふむ、二人がそれほど言うとはな……こちらも武官と思われる人物とやりあってきた。すさまじい使い手だったよ。」
「星ちゃんも苦戦したのですね。これは遂に仕えるべき人物に会えたのでしょうか?」
「いや、まだ分からんよ。袁術と董卓を見てからでなくては何とも言えぬ。」
「それに『天の御使い』と言われる人物に会っていませんしね。」
「うむ。今日はもう遅い。宿に向かおうではないか。」
「は~い。」
「はい。」
時間はもう夕方だ。一刀と神楽は満足しながら宮殿へと戻って行った。
「今日は楽しかったな、神楽。」
「うむ。実にすばらしい時を過ごした。また、こんな時間を過ごしたいものだ。」
神楽は少し暗くなった。今日が楽しかったのは本心だ。だが、こんな時間を過ごすことはもう無いだろう。自分は皇帝だ。そう簡単に街に足を運ぶ事なんか出来やしない。だから、もうこんな楽しい時間を過ごす事なんか出来ないのだ。
「そうだな。今度は美羽や月たちも連れてみんなでハイキングのでも行こうか?」
「はいきんぐ?何だそれは。」
「う~ん、そうだな……みんなで山とかに行ったりしてさ、釣りをしたり、川で遊んだり、とても楽しい事をするんだ。」
「楽しそうだな。だが、余は……」
神楽はそう簡単に宮殿を離れられないのだ。
「大丈夫だよ。」
「え?」
一刀は神楽の頭を撫でながら言う。
「お前が自由になれるように俺たちがお前を支えるからさ。」
「か、一刀……」
「だから、行こうぜ?」
一刀は神楽の事を理解していた。その上で一緒に行こうと誘ってくれているのだ。
「うむ!余が自由に出歩けるようになるためにお前たちにはがんばってもらわなければな!」
「ああ。」
一刀は眩しいくらいの笑顔で答えてくれた。神楽は気付いた。今日、一刀と共に行動して分かったのだ。一刀はとても優しい男なのだと。一刀は困っている人を見ると黙っている事など出来ないのだ。たとえ、それで自分が傷つくかもしれないというのに、暴力の前に立ちふさがる。そんな男だ。
神楽は理解した。どうして一刀がほかの女と一緒にいると心が痛むのか。自分は一刀に惚れている。浅ましいものだ。自分は美羽に嫉妬していたのだ。あの時、自分はどれくらい醜い顔をしていたのだろう?
(まったく、この男は優しすぎるな。……だから、余は惚れてしまったのかもしれぬ。)
「一刀。」
「うん?」
「少し、しゃがめ。」
「え、どうして?」
「いいから、しゃがめ。」
「あ、ああ。……これでいいか?」
「目を瞑れ。」
突然、分からない事を言ってきた神楽。一刀は言われた通りにした。
「………ん。」
チュ!
「えっ!」
それは唇に触れるような柔らかい口づけであった。お世辞にも上手とは言えなかったが神楽は必死であった。
「か、神楽?」
いきなりの事で思考が纏まらない。一刀は少し混乱していた。
「き、今日の礼だ。」
と、その時、横から一風の風が通った。
「あっ!」
その風は、神楽の帽子を飛ばしていき、そのまま過ぎ去って行った。
詠side
「さてと、今日はもう帰りましょう。」
詠は仕事を終え、宮殿の帰路の途中であった。
「うん?あれは一刀?」
間違いなく一刀だ。だが、その隣にいるのが誰なのか分からない。その時、二人は口付けをした。
(ち、ちょっと!あ、あいつは一体何をやっているのよ!)
詠は愕然とした。一刀が見も知らぬ女の子と口付けを交わしていたからだ。すぐに駆け寄ろうとしたが、その時、突風が通り過ぎた。
「きゃ!」
大した風ではなかったが、一刀の隣にいた女の子の帽子が飛んで行ってしまった。詠は、その女の子の顔を見て驚愕する。
「あれは………劉協様!?」
一刀・神楽side
神楽は飛ばされた帽子を拾うとそのまま一刀の元へと行った。
「……神楽。」
一刀は何も言えなかった。礼とか言われたが、口付けはそんな事にするものではない。神楽もそれが分からないほど愚かではないはずだ。
「い、嫌だったか?」
「嫌じゃなかったけど……いきなりでビックリしただけだ。」
「そうか……か、一刀!余は……」
その時、横からものすごい怒鳴り声が上がった。
「一刀!」
詠だった。
一刀たちは宮殿に戻った。詠は月たちを王の間に連れてきた。
「説明して頂戴!」
一刀はこれまでの経緯を話した。神楽が女であること、美羽たちはその事を知っている等など。詠はとても怒っていた。無理もないだろう。今まで自分たちはだまされ続けていたのだから。
「……詠ちゃん……」
月は詠の怒りを何とか抑えようとした。
「あんたは何を考えているの!?劉協様と道端であ、あんな事をして!もし誰かに見られたりでもしたら……」
詠は、先ほどの二人の行動を思い出した。
「詠、本当にすまない。いつか話そうと思っていたんだ。」
一刀は頭を下げて謝った。神楽も隣で頭を下げた。
「本当に済まぬ。そなたたちを騙すつもりなどは無かったのだ!」
自分たちの主と皇帝陛下に頭を下げられれば、さすがの詠も引かなくてはならなかった。
「わ、分かったわよ!許す、許すわよ!」
詠が物分かりがよくて助かる。詠はすぐさま今の状況を整理し始めた。
「……秘密を知っているのは本当に僕たちだけなんだね?」
「ああ、それは間違いない。」
「……そう。」
詠は何やら思いふけっていた。今の状況を整理しているのだろう。そしてこれからの事も。
「とりあえず、劉協様は今後、出来る限り自重してくださいね。あなたの秘密はこちらで何とかしますから。」
それが、詠の最大の譲歩であり策でもあった。絶対に神楽が女であることが外に漏れてはならない。
だが、詠が策を練るのは少し遅かった。
「華琳様!情報が届きました。やはりあの『噂』は本物だったようです。」
「そう。もういいわ、下がりなさい。桂花。」
「はっ!」
乱世の奸雄は王座でほそく笑んでいた。
「やはり、帝は『女』か……」
一刀たちは知らない。あの場にいたのは詠だけではなかった。曹操の仕掛けた間諜が天の御使いである一刀を常にマークしていたのだ。
「ようやく、あなたと合間みえる事が出来るわね。待っていなさい、一刀。あなたを必ず手に入れてみせるわ。」
続く
あとがき
こんばんわ、ファンネルです。
……ようやく終わった。我ら学生が逃れられぬ最大の敵『期末テスト』が!
だが、数日後、新たなる敵が待ちうけている。その名も『実力テスト』!
二大強敵を前に私の体はもうボロボロです。だが、私は負けるわけにはいかない!
それを過ごせば夏休み!一ヶ月間の休暇である!
これから毎日更新できるかもしれない。(たぶん)
どうでしたでしょうか?今回の本編は。
初の戦闘シーンです。うまく書くことができたでしょうか?
そして、どうやって反董卓連合まで持っていくのか分かった人がいると思います。
では、次回もゆっくりしていってね。
Tweet |
|
|
202
|
27
|
追加するフォルダを選択
こんばんわ、ファンネルです。
ずいぶんと日が経ってしまいましたが十八話です。
また、長編です。どうかお付き合いください。
続きを表示