No.849658

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百十一話

ムカミさん

第百十一話の投稿です。

一刀、帰還。

2016-05-26 02:30:32 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2763   閲覧ユーザー数:2329

 

辛くも建業を脱出した一刀は、赤兎の足を頼って全速力かつ真っ直ぐに許昌を目指した。

 

元々この事態は最悪の展開を予測してのことだっただけに、鶸と落ち合う場所など設定していない。

 

明確な街道が整備されているわけでも無ければ、帰還ルートは各々の判断次第となり、合流はとても望めない状況であった。

 

それでも、一刀は鶸を心配していない。

 

一刀が建業を発つ時、既にアルの姿は無かった。

 

それはつまり、鶸は無事に脱出出来たということに他ならない。

 

馬家の名に恥じぬだけの腕を持つ鶸と赤兎に並ぶ名馬たるアルのコンビであるのだから、心配するだけ無駄だということだった。

 

久方振りの単独行であるが、それ故に速度と稼げる距離は赤兎と一刀の体力次第となる。

 

陣の設営なども勿論無いため、相当な距離を一日で稼ぐことが出来ているのであった。

 

呉からの追手の影も見えぬままに早々に国境を抜け、魏領へと入る。その時点で一刀はようやく後方に向けていた警戒を緩めるに至った。

 

それ以降は帰還の途上を楽しみつつ、ゆっくりと許昌へと戻る選択肢もありだったかも知れない。

 

が、元々のカモフラージュとして魏の皆に聞かせていた任務の内容からすると、日数的には既に帰還が遅い部類に入ってしまう。

 

加えて、鶸だけが先に帰還したともなれば……

 

幾人か騒ぎ出しそうな面々の顔が脳裏に浮かぶ。

 

その内容自体はそれぞれで異なる様相を呈しそうだが、ただどう転んでも鶸に多大なる負担が掛かってしまうことは間違いないだろう。

 

今更ながら、この事態に陥った際の、鶸の帰還後の行動も決めておけばよかった、と後悔してしまった。

 

だが、今それを考えても栓無き事。赤兎には労いの言葉と謝罪の言葉をどちらも掛けつつ、出来る限り許昌へと急いでもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最速で許昌へと駆け戻った一刀は赤兎を厩舎に戻して十分に労った後、その足で許昌の城へと向かう。

 

その門番に向け、端的に尋ねた。

 

「今帰った。馬休将軍は帰って来ているか?」

 

「ほ、北郷様?!お、お帰りなさいませ!

 

 馬休将軍でしたら数刻前、既にお戻りに。

 

 先程、現在城市におられる将の皆様が残らず登城されましたので、今頃は軍議をされているのではないかと」

 

「そうか。ありがとう」

 

数刻前。兵は鶸が帰還した時間をそう言っていた。

 

一刀も全力で建業から許昌まで走り切ったものだが、鶸はどうやらそれ以上だったらしい。

 

一刀との約束をそこまで忠実に守ってくれたその心根と一刀・赤兎ペアに対して差を広げていけるほどに高い能力値がここにきて仇となってしまった。

 

これは急がねば、と一刀は真っ直ぐ軍議室を目指した。

 

 

 

 

「だから!それでは詳しいことが分からぬと言っているのだ、鶸!」

 

「す、すみませんっ!ですが、本当にこれ以上のことは……!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてください、春蘭様~。

 

 さてさて、鶸ちゃん。五胡の軍の影が見えた、とのことでしたが、それがどうして鶸ちゃん一人のみの帰還に繋がるのかが風にはとんと分からないのですが~?」

 

「あの、それは……その……」

 

軍議室に近づけば、中から声が漏れ聞こえてくる。

 

半ば予想通りとは言え、やはり春蘭は怒号を上げている様子だった。

 

どうやら鶸は真実を口にするはまだ尚早として報告をでっち上げたらしい。

 

その詰めが甘いのは急遽思いつきでもしたのかも知れない。

 

どちらにせよ、鶸は明らかに困っているようだし、他の者も色々思うところもあるだろうから、さっさとこの騒ぎを治めるに越したことは無い。

 

「それは俺から説明しよう、風」

 

バン!とわざと大きく音を立てて皆の気を引き、一刀はそんな宣言と共に軍議室に足を踏み入れた。

 

集った者たちはその姿を目にすると無事を確認するかのように口々にその名を呼ぶ。

 

その声には皆を一通り見回してからの頷きで応えておいてから、華琳に目配せする。

 

華琳が無言のままに軽く頷いたことを許可の合図と受け取り、一刀は風に視線を戻して話し始めた。

 

「今回の視察ではいくつかの砦を回らせてもらったことは知っているだろう?

 

 その一つに蜀のみならず、五胡との境界線にも近い砦があるんだが、そこに視察に赴いていた際の話になる。

 

 物見の兵が遠方に違和を感じたらしく、その方へと草を向かわせたところ、武装集団を発見したらしい。

 

 それが丁度五胡の方面だったもので、西涼の政変を聞きつけて攻めてきたのか、と早合点してしまってな。

 

 足のある鶸に急ぎ救援を要請して貰いに走ってもらったわけだ。

 

 ただ、焦ってしまったせいで鶸には十分な言葉を預けられず、皆を混乱させてしまったみたいだな。すまなかった」

 

「ほぉ~、なるほど~。

 

 ですが、おやおや~?ならば、何故お兄さんまでここに?」

 

「ま、簡単に言えば、誤報だったと分かったんで、その修正のために、鶸の次に足のあった俺が走った、ってだけの事だよ。

 

 連中はただの賊だったから、砦に詰めている兵だけで対応出来る範囲だったからな」

 

「ふぅ~む、そうでしたか~。

 

 でしたら何より~」

 

取り敢えずの筋は通っているために納得してくれたのか、案外あっさりと風は引き下がってくれた。

 

さすがにあまり積み重ねればボロが出かねないだけに、これは素直にありがたいこと。

 

と、風との問答が終わるや否や、食い気味に身を乗り出して来たのは春蘭だった。

 

「一刀っ!本当に無茶はしてないんだろうな?」

 

「ああ、今回はね。もしかして、心配させちゃったかな、春蘭?」

 

「そ、それは…………しゅ、秋蘭と先日、話をしたのだ。

 

 私の時や秋蘭の時、お前は無茶なことをして私たちを助けた。

 

 それだけじゃ無い。汜水関での撤退時や呉へ攻め入った時の孫堅暗殺の時。そっちではお前は自分の命すら投げ打たんばかりだったじゃないか。

 

 お前はそんな、平気で無茶をする奴なんだと気付かされたんだ。それは心配もするだろう?!」

 

最後は逆ギレ気味だったものの、本気で心配してくれていたことは分かった。

 

それを嬉しいと思うと同時に、意図を尋ねんと秋蘭に視線を向ける。

 

これに対し、秋蘭は意味深な微笑を浮かべるだけであった。

 

(知りたければ後で聞きに来い、ってところか?

 

 …………この後、表で裏で俺がすべきことの多さは秋蘭も知っているはずだし……

 

 ”そういうこと”、なんだろうな、きっと)

 

要するに、遠回しなお誘いなのだろうと見当を付ける。

 

これを見越してなのか、単に今回は上手く利用出来ただけか、それは褥でじっくり聞き出すことにした。

 

春蘭を宥め、誤りつつ、一刀は軍議室に入ってきた時に芽生えた疑問を華琳にぶつける。

 

「なあ、華琳。随分と将が少ないみたいだけど、どうかしたのか?」

 

「まあ、ちょっとね」

 

言って華琳は軽く肩を竦めて見せる。

 

その様子からは深刻そうな様子は見て取れず、その点だけは安心出来そうであった。

 

華琳からの返答が来る前に改めて周囲を見回してみる。

 

姿が見えないのは恋、零、菖蒲、霞、月、詠、斗詩、猪々子、蒲公英、稟…………要するに、将の半数以上だ。

 

これで火急の事態では無い、とは一体どのような事態なのか。

 

「始めは久方振りの、ただの賊発生の報せだったのよ。

 

 民の被害を拡大させるわけにもいかないし、迅速に稟と蒲公英に当たらせた、までは良かったんだけれどね。

 

 そこからいくつかの賊発見、或いは発生の報が相次いだのよ。

 

 以前の定軍山での秋蘭たちの事もあるし、警戒してなるべく多めの兵と桂花が選定して将も不測の事態に備えた人選で出したわ」

 

「なるほど。賊の様子は?どこかの工作の疑いはあるのか?」

 

「各地に出した部隊から定期的に連絡兵を出させているのだけれど、今のところその報は無いわ。

 

 いずれも見つけて殲滅・捕縛をしたか、しようとしているのはただの賊だったそうよ。

 

 気になる点と言えば、賊の発生が西方から北西に偏っていたこと。それとやたらと賊の気が立っていたらしいという点ね。

 

 とにかく、どの子にも賊の対応が終わったらすぐに帰って来るよう言い聞かせてあるわ」

 

「密に連絡させているのか。それは良い手だな。異変・異常があればすぐに対処出来る。

 

 ともあれ、さっきの懸念点に関しては今は推測しか出来ない感じなんだな?

 

 だったら、皆が見聞きしたことを直接聞いてから考える方がいいか」

 

「ええ、そうね」

 

なるほど、と一刀は心中で再び呟く。

 

これはすぐにでも呉で得た情報を桂花と精査する必要がありそうだ、と考えたのである。

 

だからと言って、今ここでその旨を発言するわけにもいかない。

 

一刀は軽くお茶を濁して辞すことにした。

 

「それで、華琳。俺も出る準備をしておいた方がいいか?」

 

「いいえ、貴方は長く離れていて帰って来たばかりでしょう。

 

 暫くは休んでいていいわ。と言うより、貴方は許昌の防衛層として残っておきなさい」

 

「了解。だったら、今日はもう休ませてもらおうかな」

 

「そうなさい。一刀、お疲れさま」

 

華琳の労いの言葉に礼を返し、一刀はそのまま軍議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっぱりここに居たわね」

 

そんな声と共に一刀のいる部屋に入ってきたのは軍師筆頭の桂花――ではなく情報統括室長の桂花、であった。

 

勿論その部屋は情報統括室で、一刀は呉から持ち帰った情報の検討を行いに来ていた。

 

「そりゃあね。俺の任務はこのためだったんだし、情報は鮮度が命だ。

 

 それにさっきの話……ちょっと気になることがあるんだよな。

 

 ってわけで、早速報告に移らせてもらう」

 

前置きもそこそこに、一刀は今回の蜀と呉での任務で得られた情報を桂花に残らず話した。

 

蜀に関する情報は概ね間諜からのものと大差が無く、向こう側の所見を信用して今後も運用していくこととなる。

 

簡単に言えば、武関連は参考程度に、政治関連は詳細を含めて検討を、といったところだ。

 

また、呉の内情は今まで情報が薄かった分、文武両面で良質な今後の検討材料となった。

 

そして蜀からの情報の最後の一部、加えて呉で得られた情報の中からの一部。

 

それが今回の報告で一刀が最も桂花に検討を依頼したい内容となっていた。

 

蜀で得られた情報の内容は、馬騰が孫堅に連絡を取ったらしい、というもの。

 

そして、呉で得られた情報の内容は、孫堅が馬騰に”悪戯”を唆したらしいこと、そして馬騰がこれを受けて動くのだとしたら既に動いているだろう、というもの。

 

これらを念頭に置いて今の魏周辺の状況をもう一度見てみる。

 

西方と北西。蜀と国境を接するその方面に久方振りの賊発生が数件。

 

華琳も言っていた通り、これは以前の定軍山の時の状況を彷彿とさせるものがある。

 

但し、前回と今回との相違点は実際に賊の被害が発生し、かつ既に数ヶ所ではこれを排除し終わっていること。

 

後から冷静に分析すれば擬兵・工作兵を用いた釣り要素満載だった前回とは異なり、今回は本物の賊が出ているのである。

 

一部、目撃情報のみの場所については敢えて兵と将を厚くして派兵していることを桂花が教えてくれた。

 

さらに、桂花はこんな考えも口にしている。

 

「伏龍、鳳雛とまで呼ばれるあの二人と、その二人が信を置き、実際に多大な成果を挙げている徐庶。

 

 いずれが策を立てたのだとしても、前回と同様の策が通用するなどと考えるタマかしら?」

 

自身も軍師であるからして、その立場からの意見がこれだ。

 

確かに前回は不用意に過ぎたところはあった。

 

その分、今回は様々対策を講じている。

 

それを相手方が予測していない筈が無いのだ。

 

むしろ、その程度の予測すら出来ていないのであれば、所詮はその程度なのだと安堵することが出来る。

 

一方でこれが敵の策の一部なのだとすれば、その意図が判然としない。

 

敵の姿が靄の向こうにボンヤリと見えるかどうか。そんな状態なのだから桂花の警戒も一入なのだった。

 

「敢えて、って策の可能性は無いか?」

 

「利があるとは思えないわ。さっきも言ったけれど、私たちはあの件を経て既に対策を講じている。

 

 基本路線が同じ策なのであればそうそう不覚を取ったりはしないようにしているわよ」

 

「そうか……なら、もしかすると馬騰の動くらしいこととは無関係の偶然の可能性もあるんだな。

 

 ともあれ、不穏な情報であることだけは間違い無いと思う」

 

「ええ、それには同意するわ。

 

 そうね…………蜀との国境線少し向こうに潜ませる隊員を厚くしておくわ」

 

不確定要素は多いものの、だからと言って放置は愚策。

 

そう考えた結果、桂花が出したのはそんな結論であった。

 

これには一刀も同意を示す。

 

「うん、それが良さそうだな。頼む、桂花」

 

「分かっているわよ。

 

 あんたの方も、何があるか分からないんだから、隊の一人として出てもらう可能性も高まっていること、忘れないでよね?」

 

「それは大丈夫だよ。いつも頭の片隅には置いてある。

 

 さて。それじゃあ俺はここらで。

 

 まだやっておきたいこともあるしな」

 

「そう。お疲れだったわね、一刀。

 

 おかげで呉への対策も随分と進むわ」

 

「それは何より。また何かあったら言ってくれ」

 

話し合いが終わればすぐ、軽く挨拶だけ交わして部屋を後にする。

 

そのまま一刀は次の目的地へと向けて再び歩み出した。

 

 

 

 

 

「お~!一刀はん、お久~!」

 

そんな声と共に一刀を迎えてくれたのは、魏どころか大陸切っての発明家を自他共に認める真桜だった。

 

詰まる所、一刀の次なる用事は帰って早々ながら新たな作戦物資の製作依頼ということになる。

 

「久しぶり、真桜。今ちょっといいか?」

 

「おう、ええでええで~。

 

 あ、その前に……虎爪、どうやった?ウチとしては上手いこと出来てたと思てんねんけど」

 

一刀が話を振る前にまずは真桜からの問い掛けが飛んでくる。

 

これに対する答えは既に一刀の方でも用意していたのでスルスルと答えた。

 

「全般、申し分無かったよ。その中でも一番助かったのは強度だな。

 

 正直、真桜がこいつをこの水準で製作することに間に合ってなかったとしたら、手傷は確実、最悪腕の一本を持っていかれていたかも知れないからね」

 

「ちょ、一刀はん、腕て……

 

 ま~た何ぞ危険なことしとったんかいな。

 

 こら、秋蘭様が心配しはるんも納得てなもんやで」

 

半ば呆れたような真桜の言葉を聞いて、一刀は意外な事実を知ることとなった。

 

昔からポーカーフェイスが得意だった秋蘭だが、どうやらこのところは磨きが掛かっているらしい。

 

彼女が心配してくれていたらしい様子、そこからくる一刀の姿を目にした時の安堵の感情は一刀には感じ取れなかったのだから。

 

「取り敢えず、虎爪は要望通りどころかそれ以上とも言える出来だったよ。ありがとう」

 

「いやいや、ウチの方も目新しいもん作らせてもらえて楽しかったんやし、お互い様ってとこやね。

 

 ほんで?今日はどんな案件持って来たん?」

 

過去の製作物のフィードバックを終えたら、すぐに切り替えて新たな提案に飛びついていく。

 

その根底には以前にも感じた貪欲なまでの研究・発明への情熱が燃え滾っている。

 

これでいて手に掛けたほとんどのものに一定以上の成果を挙げているのだから、彼女もまた、恋たちとは別な意味で化け物だと言えるだろう。

 

今まで何度も思っていながら、どうにも真桜に頼り過ぎているな、という感想を禁じ得ないまま、一刀は新たな提案を切り出した。

 

「今回は武具の製作依頼じゃ無いんだ。そして前も言った通り、兵器の製作依頼はもう持ち掛けることはない。

 

 今回はどちらかと言うと玩具のような意味合いが強いものになるんだが……

 

 この先、恐らく起こるだろう大きな戦で有用かも知れないものになる。というより、そこで使えなければ他ではまず使えないだろうな」

 

「使い方自体が相当限定的なもん、っちゅうことか?

 

 何や、ある戦限定で他の戦では使えんもんっちゅうんが想像出来んのやけど……まあええわ。

 

 図面とかあるん?」

 

製作したものがどう使われるかについては深く考えない。飽くまで興味があるのはその構造、作製可能性、そして作製過程。

 

それ故にさらっと流して真桜は先を求めた。

 

「一応描きはしたんだが……図面、と呼べるほどのものかどうか」

 

一刀は真桜に懐から取り出した一巻きの書簡を手渡す。

 

真桜はこれを紐解き、内容に目を通す。これを終えるまでの暫し、場には沈黙が訪れた。

 

「ん~…………見たまんまやとこれ、武器にしか見えんねんけど……

 

 これが玩具やっちゅうんか、一刀はんは?」

 

「そ。分かりにくいかな?ほら、ここ。こう、記したような構造に作ることって出来る?」

 

「多分出来んことはないと思うんやけど、こんなんしたら武器としての性能なんて何もあらへんで?」

 

真桜は一刀の示した図面を見て困惑を示す。

 

が、対する一刀は冗談を言っている様子もなく、真面目な様相であった。

 

「いや、それでいいんだよ。

 

 むしろ、この部分は殺傷能力を殺すためにしっかりと刃引きしておいてくれ。

 

 それから合わせてこっちのものみたいな道具も作って欲しいんだが、どうだ?」

 

「刃引き、ねぇ。ま、言われたんならやるだけなんやけど。

 

 ほんで、こっちの奴は……ちょいと構造考えなあかんかなぁ。

 

 ウチが今迄に作ったもん流用したとしても、これはちょっと作れんと思うわ」

 

「そうか。まあ、こっちは出来たらで構わない。あまり無理して作ろうとしなくてもいいからな。

 

 それと、もう一つ頼みたいことがある」

 

渡した図面の物に関しては、頭から納得したわけでは無いものの真桜が引き受けてくれたことで一旦話題を終える。

 

そして一刀はもう一つの依頼として、別な書簡を懐から取り出した。

 

これまた真桜は目を通し、しかし今度は明確に困惑を前面に押し出すこととなる。

 

「はい?これ、絵かいな?これがなんやっちゅうん?」

 

「これに関して頼みたいのは、完全に工芸品の部類に入るんだが。

 

 その人物の精巧な人形が欲しい。それも等身大で。最悪、頭部だけでもいいんだ。

 

 期限は明確に設けはしないが、是非とも完成にこぎ着けてもらいたい。

 

 どうだろう?真桜の仕事分野とは離れている気がしないでも無いが、出来るだろうか?」

 

問われ、真桜は腕を組んで唸る。

 

暫しの間その状態を保った後口を開いた真桜が発した言葉に、一刀は繋がりを瞬時には見出すことが出来ないものであった。

 

「なあ、一刀はん。こっち来てから春蘭様のお部屋って入られたことある?」

 

「ん?春蘭の?ん~…………

 

 あれ?そう言えば許昌に来てからは尋ねたことが無かったか。

 

 大体会う時は俺の部屋で二人か三人、或いは秋蘭の部屋で三人で、ってところだったし。

 

 だけどそれがどうしかしたのか?」

 

「あ~、やっぱそうなんかぁ。

 

 一刀はんがこん話を春蘭様に持ってかずにウチに持って来た理由がピンと来ぉへんかったんやけど、それで分かったわ」

 

何かに納得したように真桜は何度も首を縦に振る。

 

これに訝しむ一刀が問う言葉を発する前に、真桜は一刀に提案としての言葉を紡ぎ出した。

 

「この案件はウチより春蘭様に持ってった方がええで。

 

 そん理由はさっきも言ったけど、春蘭様のお部屋見れば一瞬や。

 

 他のやつはウチの方でやっとくさかい。

 

 ほんじゃあ、ま、ウチは早速こいつの製作に取り掛かってみるわ~」

 

話の区切りが付いたと見るや、真桜はそう言って研究所の奥へと戻って行った。

 

これが、真桜が初めて一刀からの依頼を彼女の方から断ることになった時なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行けば分かる、ねぇ……」

 

ぼやきのような独り言を呟きつつ、一刀は城の廊下を歩く。

 

向かうは真桜の指示通り、春蘭の部屋だ。

 

軍議の場では碌に挨拶する暇も無く、その後も優先事項があって方々を回っていたので一刀は帰って来てからまだ春蘭たちと面と向かって言葉を交わしていなかった。

 

その意味では好都合とも言えた。

 

「一刀っ!探したぞ!」

 

そんな折、後ろからよく知った声が掛けられる。

 

それは一刀が今まさに訪ねようとしていた人物、春蘭その人のものであった。

 

「や、春蘭。っと、秋蘭も一緒だったか。二人とも、さっきは碌に挨拶も出来なかったね。ごめん。

 

 それと、ただいま」

 

「うむ。おかえり、一刀」

 

「ああ!おかえり、だ、一刀!」

 

秋蘭はいつも通りに小さく笑みを作り、そして春蘭は満面の笑みを持って一刀に応えてくれる。

 

久方ぶりの二人との交流に一刀の口元も気が付けば緩んでいた。

 

それを敢えて結び直すことはせず、柔らかい雰囲気を保ったままで一刀は用件を口にする。

 

「ちょうど良かった。今から春蘭の部屋に行こうと思ってたところだったんだ。これから行ってもいいかな?」

 

「わ、私の部屋にか?!」

 

突然の申し出とは言え、春蘭は珍しく慌てた様子を見せる。

 

少しの間、俯き気味に何やら小さく呟いていたようだが、すぐにバッと顔を上げると勢いに任せた様子で言った。

 

「分かった。来てくれ、一刀。こっちだ」

 

一刀も場所くらいは知っているのだが、折角春蘭が先導してくれるのであればそれに付いていくのもいいだろうと考える。

 

そうして春蘭に続いて歩き出した一刀の後ろでは、二人の様子を見て漏れそうになる笑いを堪えている秋蘭がいたのだが、一刀も春蘭もこれに気付くことは終ぞ無かったのだった。

 

 

 

 

 

それから少し歩き、とある一室の前に辿り着くと、春蘭はその扉を開いて二人を招いた。

 

「ほら、ここだ。入ってくれ」

 

「ありがとう、春ら――――えっと……これは何?」

 

招きに応じて部屋に入った一刀は、その瞬間に真桜が言っていたことを半分理解した。

 

そこには本物と見紛うほど精巧に作り上げられた2体の人形が置かれていたのである。

 

この時点で『半分』と言ったのはつまり、一刀はこれを春蘭の意外な収集癖か何かかと勘違いしたからであるが。

 

「ん?おお、そうか。一刀にはまだ見せたことが無かったのだったな。

 

 見ての通り、これは華琳様と一刀の人形だ!

 

 どうだ?上手く出来ているだろう?」

 

「ああ、凄いな、これは……これはどこで?」

 

「ん?木のことか?それだったら街のすぐ近くの森から採ってきたものだぞ?」

 

「へ?」

 

「ん?」

 

話が噛みあっていない二人に補足を入れるべく、一刀に続いて部屋に入ってきた秋蘭がここで口を挟んだ。

 

「一刀よ、意外かも知れないがそれは姉者が手ずから作ったものだぞ?

 

 華琳様は我等が敬愛する主なのだし、お前は我等が唯一愛する男なのだ。

 

 何時でも気軽に会えるわけでは無くなったとあって、姉者もかなり気合を入れて作り上げた渾身の出来栄えの二体だな」

 

「えっ?!こ、これほどのものを春蘭が?!」

 

その補足に一刀は目を限界まで見開くほどに驚いてしまった。

 

スーパーリアリズムもかくやと言わんばかりのそれは、きっと華琳と並べてどちらが本物かと問えばほとんどの者が迷ってしまうだろうと思えるほど。

 

そしてそれは何とも都合の良い事に、今まさに一刀が求めて止まない技能でもあった。

 

「むぅ……そんなに驚かなくても良いでは――」

 

「春蘭!是非是非、春蘭に頼みたいことがある!

 

 なるほど確かに、真桜の言っていた通りだ。これなら期待以上の効果が得られそうだ……っ!」

 

「と、突然どうしたというのだ、一刀?

 

 一刀が私に頼み事?それにどうして真桜が関係あるのだ?」

 

「ああ、ここに来る前にちょっと真桜のとこに頼み事があってな。結局そっちでは断られて、春蘭ならってことを聞いたんだよ。

 

 それで、だ、春蘭。春蘭に一つ、作ってもらいたいものがある」

 

そう言って一刀は先ほど真桜に見せたものと同じ絵を春蘭に提示する。

 

これを目にした途端、春蘭の機嫌が若干傾いたのだが、改めて人形の出来に目をやっていた一刀はそれに気付けなかった。

 

「これは孫堅のところの黄蓋とやらだな?こやつがどうしたというのだ?

 

 そもそも、こやつの人形など作って一体何に使おうと言うのだ、一刀」

 

「後々の戦で必要になると思っている。上手く利用出来れば、より良い形で華琳の覇道を後押し出来ると考えている」

 

「む……それは本当なのだな?」

 

「ああ」

 

不機嫌を隠さず放った問い詰めに対し、一刀から返ってきた内容は春蘭に真面目な表情を戻させるに足るものだった。

 

じっと一刀の目を見つめて、春蘭は真意を問うように確認する。

 

一刀もまた、一切偽りの無いこと、本気であることを示すため、真っ直ぐに春蘭の瞳を見つめ返していた。

 

「…………分かった、一刀を信じよう。

 

 ただ、華琳様や一刀と違って黄蓋のことなどよく知らんからな。少し時間が掛かると思うぞ?」

 

「ああ、構わない。ありがとう、春蘭!」

 

暫しの間を置き、やがて春蘭が言葉を発する。それは一刀の期待通り、諾の答えであった。

 

呉の地で思いつき、進めようとした策の目途が立った安堵から、一刀は大きな笑顔と謝辞でこれに答える。

 

その一刀の顔を見て俄かに顔を赤くした春蘭は、俯き気味にボソボソと恨み言を呟いた。

 

「まったく……期待させておいて、一体なんだと言うのだ……」

 

そんな姉の様子に遂に堪え切れなくなったように笑い声を上げたのが秋蘭だった。

 

一しきり笑った後、口元に笑みを残したまま彼女は一刀に提言する。

 

「一刀よ。姉者はお前の部屋に誘われた理由を別のものと考えていたようだぞ?」

 

「え?……あ、そうだったの、春蘭?」

 

「んな?!しゅしゅしゅ、秋蘭っ!何を馬鹿な!」

 

「間違ってはいなかろう?先ほど姉者はしきりに呟いていたではないか。

 

 久しぶりでいきなり、とか、まだ心の準備が、とか。私はそういう意味だと思ったのだがなぁ?」

 

「な、な……い、いや、あれは違――」

 

「それに、私も期待していたのだぞ、一刀?丁度今日も仕事は片付けてあったし、な。

 

 確かにまだ日も沈み切らぬ早い時間ではあるが……どうなのだ、一刀?」

 

春蘭を揶揄っていたかと思えば、秋蘭もまたしっとりと濡れた瞳で一刀に選択を迫っていた。

 

その秋蘭と未だあわあわ言っている春蘭とを順繰りに視野に収め、それから一刀はその面一杯に柔らかい笑みを浮かべて答える。

 

「俺もさ、ずっと二人が恋しかったんだ。

 

 二人が望んでくれているのならば、是非とも」

 

「ふふ。やはりそうでなくてはな」

 

「む、むぅ……か、一刀。私もずっと……ま、待っていたのだぞ?」

 

それぞれの”らしい”言葉で応え、三人は誰からともなく寝具へと向かう。

 

その後、春蘭の部屋は三人の体力が尽きるまで嬌声の響く空間となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、一刀は不思議な夢を見る。

 

言い様の無い不安に駆られることになる夢。

 

朝方、それから目覚めた時、一刀は全身に嫌な汗をじっとりと掻いていた。

 

嫌な予感がする。

 

それが”予感”なのか、それとも別の何物か。

 

これを確かめるべく、一刀は起きた直後から精力的に動き出すのであった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
16
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択