No.844438

第2話 拝み屋~九十九堂の住人たち

剣の杜さん

帰ることのできなかった、帰るべき家。そこにようやく帰ることができたとき、また一つ止まっていた歯車が動き出す――
自宅であり店でもある九十九堂へと帰った龍真には再会が待っていた。事件が起きる前のひとときを彼らは過ごす。

2016-04-25 21:25:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:332   閲覧ユーザー数:331

同日 PM4:30

龍杜市には、商店街が2つある。1つは市内東よりにある龍杜駅前の新商店街。もう1つは西側の、山近くにある春日神社付近の旧商店街である。

新商店街はここ5~6年で整備された区画で、道路は広く整備され、大型の店舗はもちろんのこと映画館やホテルも揃っており都会色がつよい。学生達の遊び場であったり、家電などを買い揃えるとなるとこちら側がメインとなる。

逆に旧商店街は個人商店が多く、道路にも石畳がひかれ、街灯もどこか時代がかったデザインを使い、どこか過去の下町にでも戻されたような感じのする場所である。こちらはどちらかといえば、高齢者が人付き合いを目的に訪れることが多い。

悠里たちの会話より約2時間前、龍真は旧商店街のとある店の玄関前に立っていた。その店は木造で、よく言えば懐かしい、悪く言えば古臭い雰囲気を持った建物である。昔ながらの板張りの塀が大きく敷地を取り巻いてることもあり、さらに古臭さを醸し出している。

大きめな引き戸の玄関の上には、やや黒ずんだ木の板に達筆で『骨董店九十九堂』の文字が書かれている。龍真はその看板を眩しげに目を細めて見ると、覚悟を決めたかのように店の戸に手を掛け、その店の中へと入っていった。

 

 

第2話 拝み屋~九十九堂の住人たち~

 

 

「ただいま」

 

龍真は店の奥へと声を投げかける。そう、ここは龍真の家なのだ。もともと、龍真はここに祖父とともに住んでいたのだが、その祖父の死をきっかけに今まで5年間ほど離れていたのである。

しかし、彼自身の家であるのに何故に覚悟を決めねばならないかというと―――、

 

「お帰りなさいませ、龍真様~~♪」

 

店の奥のほうから声がしたと思うと、1人の女性が龍真の首に飛びついてきた。身長は龍真より少し小柄な170cmあるかないか、龍真と似たシルバーブロンドの髪をストレートに流している。

顔立ちは瞳は大きく、碧眼が美しく、柔和な表情がどこか近所のお姉さんのような雰囲気を醸し出している。着ている服はクリーム色のブラウスにゆったりとした淡い青色のスカートを履いている。

突然飛びつかれたために、龍真はかわすこともできずに思い切り抱きしめられてしまう。と、同時にマシュマロのように柔らかい感触が顔全体に押し付けられてくる。

 

「うわっ、は、白幽!?」

「あぁん、龍真様がいなくて寂しかったんですよ~~。どうして、あんな早くに家を出てしまうんですか~?」

 

白幽と呼ばれたその女性は、一度体を離すと再びしなだれるように抱きついて龍真の胸板に頬摺りまでし始めた。どこもかしこも柔らかくすべすべとした彼女の感触に、龍真の理性がちょっぴり屈しかける。

 

「ちょ、ちょっと白幽、落ち着いて」

 

身体を押し付けるようにして抱きついている彼女を、龍真は無理矢理引き剥がした。

 

「あん…」

 

引き剥がされた白幽は名残惜しそうに龍真の目を見た。一方龍真は、赤みの残る顔でやや乱れたブレザーを直している。そして、深呼吸。

この2人にとっては、なじみのスキンシップというヤツなのだが、はたから見れば男性が女性に押し倒されそうになって、それから逃げたように見えなくも無い。

そして、此処にそのような誤解をするものがこの場に1人だけいた。

 

「いや、なんつーかお盛んなことで…」

「大希!?」

 

店の番台付近に、長身――180cm半ば――でがっしりした体躯の青年が野性味のある顔を呆然とした表情でいっぱいにしながら龍真達の方を見ていた。彼は北神大希。髪は重力に逆らうように逆立ち、どことなく鳥頭と形状したくなるような髪型に三白眼と体格の事もあり、とかく野性味に溢れている。龍真とは縁が深く、この5年間彼とともに旅をしていた人間でもある。

大希はすぐに、気を取り戻すと踵を返した。濡れ場の邪魔をする程、彼は無粋ではないのだ。

 

「あ~、邪魔者は去るんで、お楽しみを~~」

 

そう言って、そそくさとその場を後にしようとするがそれは適わなかった。

かつん、と乾いた音を立てて、大希の目前の柱に刀の調整に使う小柄が刺さったのだ。当然大希の足は止まる。大希はゆっくりと視線だけを龍真へ向けた。

龍真は小柄を投げた姿勢で、大希に何か嫌な笑みを向けている。

 

「冗談は程々にするように。それと、荷物の整理をサボろうとするな」

「チッ!」

 

どうやら荷物整理から逃げ出す為に一芝居演じようとしたらしい。だが、それも失敗に終わってしまった。

 

「掃除の方は、学校に行っている間に白幽がやってくれているんだ。自分たちの荷物の整理くらいは俺たちでやるのが筋だろう」

「…まぁ、そりゃそうだけどよ……」

 

ブスッとした顔で大希は答える。

 

「タンスも何も無ぇッてのにどうしろってんだよ!?」

「あ…」

 

いわれて、龍真ははっと気付いた。ここに以前住んでいたのは、祖父と白幽、そして自分だけだったのだ。祖父のタンスや家財道具は祖父が亡くなった時に処分してしまっている。

使われることのない物は不要と判断して、必要なものを取り出したうえで廃棄していたのだ。つまり、この家にある家財道具は白幽と龍真の分しかない。

 

「すっかり忘れていたな。さて、どうするか…」

 

しばし黙考。そして、カレンダーに視線を移して1人頷く。

 

「よし、明日はちょうど休みだし、必要な家具をそろえにいくか。生活用品もそろえる必要があるし、そのついでだ」

「乗った。んで、金はどっち持ちだ?」

「今回は忘れていた俺の不手際だから、こっちが出そう」

 

その台詞を聞いた瞬間、大希の表情が、まるで日が射したかのように明るいものになった。

 

「マジか!? 言ったな! お前が出すって言ったな?」

 

大希の異様なまでの念押しに龍真は嫌な予感を覚える。

 

「あ~、なんか、これと同じやり取りを学校でもやったような…」

「冬のロシアで、俺の金が尽きた時でも、金を貸してくれずに、俺に極寒の土地でホームレス、『ギネスに挑戦、人は氷点下で何時間眠り起きれるか』なんて真似をさせた龍真が!」

 

なにやら、思うところがあるのだろう、大希が急にエキサイトし始めた。

何気に、体験談に洒落になっていない題名がつけられているのは、少しでも客観視しようとしている彼なりの努力の結果であろう。というか、普通は凍死していておかしくない。

ちなみに、龍真はそのエキサイトし始めた大希を、何も言わずに、優しい表情を浮かべながら見ている。あくまでも、優しい表情でだ。肉体はとある準備に入り始めている。

だが、その龍真の表情・動きなどお構いなしに、大希は今までの苦しかった体験を、感情のままに次々と口に出していく。

 

「財布を砂漠に落として、ラクダも何も借りれず、困惑していた俺に『サハラ砂漠命がけの徒歩縦断、超えろデス・ロード』を何の躊躇も無くやらせた守銭奴の龍真が~~~~~!!」

「………………」

 

9つ目くらいになってから、はっきりと龍真のこめかみに青筋が浮かび上がった。なくした財布には少なからず、貸していた龍真の財産も入っていたからだ。

 

「今こそ復讐の時、高級品を山ほど……」

 

そこで、ぷちん、と音を立てて龍真の堪忍袋の緒が景気よくぶちきれた。無言で、先ほどの大希より晴れやかな笑顔を浮かべながら、彼の肩に左手を置く。

 

「へ?」

 

振り返った大希の目に映ったのは、天使のごとき笑顔と、悪鬼のごとき座った目を同時に宿した龍真の姿だった。瞬間、龍真は半歩踏み込み、大希の水月に右手を掌の状態で添える。

 

「ッ!?ヤベッ!!」

 

時既に遅し…。龍真は踏み込んだ足、軸足ともに捻りを加え、それを腰、背筋、さらには肩、肘へと遅滞なく伝えていく。放たれるのは浸透性のある打撃。

 

「いや、それは死――」

 

『ぬ』という言葉を聞かず、どずん、と音がこだまし、龍真の掌は大希を吹き飛ばすことなく、彼の胸にめり込んでいた。

音もなく、静かに大希が白目をむいて膝をつき、綺麗に倒れた。

 

「さてと、俺は着替えてくるから。とりあえず、大希を人目につかない所に捨ててきてくれ。生きてはいるから、身動き取れないようにはしておいた方がいい」

 

龍真は5年の年月苦楽をともにした男にした仕打ちを軽く流しながら、そう白幽に言いつける。

 

「分かりました、生コンにでも詰めておきますね」

 

彼女も彼女でえげつないことを交えながら答えると、ピクピクと痙攣を繰り返している大希を縄で縛り上げた。

 

「それでは、今はとりあえず庭の隅の方に転がしておきますね~~♪」

 

笑顔でそう言って、大希を麻袋のように担ぎ上げると庭の方へと姿を消していった。それを見届けて、龍真は1人、店の番台の奥の居間へと上がる。

 

「考えてみれば、ここに戻ってきたのも5年ぶりか……」

 

ここだけは5年前と全く変わらない家具の配置を見て、龍真は懐かしむ。右腕を包帯でミイラのように巻かれて、憎悪に濁った目のまま、この店の戸を叩いたこと。

それからの祖父との修錬と右腕のリハビリの日々、初めてこの店の住人たちと会話した時のこと、右腕で鉄心入りの木刀を振るえた時の祖父の喜んだ顔。

そして、その祖父との死別の時のこと、ここで起きた事が次々と脳裏に甦る。

 

『坊、寂しいんでっか?』

 

ふと、龍真の背後から声が掛けられてきた。

 

「目連さん……」

 

龍真の振り返った先、店の中には誰も人間はいない。いくつかの売り物の壺や皿、それと年季は入っているものの立派な朱塗りの唐傘が立てかけられていた。

 

『どないなん?』

 

再び声が、明らかにその唐傘から聞こえてくる。人が隠れている気配はない。気絶し連れ出された大希の仕業でも当然ない。ならばなんなのか?

 

「よくわかりません…」

 

龍真が良く知った風にその唐傘に話し掛けると、その傘の部分に1つだけの大きい目玉と大きい口が現れた。さらに柄と取っ手の部分は猛禽類のものに似た一本足に変化する。

いわゆる唐傘お化けというヤツである。声をかけてきたのは龍真に目連とよばれたこの唐傘お化けだった。

 

『そか…、けど、ワイらは嬉しいで。また、坊が戻ってきて。あの日、坊が出てってから、ワイらは人と話すような機会はあらへんかったからな。

それにあの兄ちゃん…大希言うたな、あの兄ちゃんもえらい面白そうや。八角の祖父さんが居た頃とはちゃうけど、なんやおもろい日々がまた戻ってきそうな気がするんや』

 

その唐傘お化けこと、目連はそう言って、1つ目を楽しそうに細め笑顔を作る。

 

『なんせ、元通りとはいかへんけど5年ぶりに家族が揃うんや。これほど、嬉しいことはワイらにはあらへん』

 

『家族』という言葉に、龍真は表情を暗くした。

 

「すいませんでした、5年間も殆ど無断でここを空けてしまって…」

『ワイらは何も言わずにここを出て行ったことには何も言わへん。坊なりに考えて、そうしたんやろからな。せやけどな…、5年間連絡無しっちゅうのはいただけへん』

 

目連の声が僅かに厳しくなる。

 

『坊が出て行ったときも大変やったけど、その後の、白の姐さんの落ち込みようは洒落になってへんかった。

最初1ヶ月間はずっと電話の前で、それこそ1日中、坊から連絡がくるかも知れへんって待っとった。

1ヶ月過ぎて、連絡がきそうにも無いって分かると、今度はずっと自分を責めつづけてたんやで。自分がずっとついていれば、もっと慰めていればって…』

「……………」

『坊がなんで、ここを出て行ったのかは五龍院の方から理由は聞いてる。それに、坊が連絡をせぇへんかった理由も教えてもろた』

「それなら…!」

『せやけど!!』

 

初めて反論しようとした、龍真の感情の篭った声を、目連の声が遮る。

 

『せやけど、それでもワイらは連絡して欲しかった。ワイらは家族や。

坊がワイら家族を危険な目に合わせとうないっちゅうのと同じくらい、ワイら家族も、坊を、坊だけを危ない目には合わせとうないんや』

 

諭すような優しい声。

 

『皆も同じように思ってるで』

 

そう言って、器用に一本足で飛び跳ねると商品の陳列された棚を、ぐるりと見回した。そこには大小さまざまな影が姿を表している。それは皆、ものに宿った付喪神や精霊たちだった。

彼らは何かを期待するように龍真を見ている。その姿を見て、龍真は大事な一言を忘れていることに気が付いた。

 

「皆…」

『坊、皆にいわなあかんことあるやろ?』

 

穏やかな目連の声。先程の『ただいま』は、白幽と大希に向けられたもの。なら、次に言わなければならないのは彼らに対してだ。

龍真は棚から自分を見詰める付喪神たちを見回し、穏やかな笑みを浮かべると、

 

「ごめんなさい…。そして、ただいま。5年間もここを空けてしまったけど…今、帰りました」

 

心を込めて5年間の謝罪と感謝を込めて家族への挨拶を言葉にした。優しい龍真の声に、全員が笑みを浮かべ、こう返した。

 

『おかえり、龍真』

 

その声は、春の日差しのような温かさのこもった優しい声だった。

 

 

 

こうして、九十九堂の住人たちは再開を果たした。しかし、この再開もつかの間、すぐに彼らにはひとつのトラブルが舞い込むこととなるのだが、今の彼らにはそれを知る由はない。

 


 
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