一体いつになれば会えるのだろう。
浜風はよく駆逐艦娘寮の屋上から、南を眺めている。港までは高い建物がなく、その先の大洋まで、彼女の視界を遮るものが何もないためである。そこはいつしか浜風が自室以外で最も長い時間を過ごす場所になっていた。
この茫洋のどこかに、貴女はいる
時折、浜風の夢の中に現れる女性がいる。彼女は長いつややかな黒髪と、ちょっと融通の利かなさそうな、強い光を宿した紅蓮の瞳をしている。最初はただ遠くにその影形を認めるだけだった。だが、何度も何度もこの夢を見る度に、いつの間にか表情がわかる程近くに立ち、そして、また少しずつ彼我の距離は縮まっていった。
私はまだ貴女の名前を知らない
夢の中で親しげな表情を浮かべるこの長身の女性に声をかけると、彼女は少し困ったように微笑んだ。
唐突に部屋の天井が視界に飛び込んできた。けたたましくなるサイレンが非常呼集を知らせる。
浜風は飛び起きて、一瞬で頭の中を整理して、自分がすべきことを認識し、部屋を飛び出していく。
私はまだ貴女に出会ったことがない
私はまだ貴女の隣に立ったことがない
でも、私は知っている
——磯風
貴女なんでしょう
ある日、浜風が自室の寝台でうたた寝していると、折からの暑気をはらんだ南風が、ふわりと湿った海の香りを運んできた。
その穏やかな南風に乗るように、彼女はやってきた。
優しげな意思を感じさせる、ゆっくりとした歩みと所作は、浜風の眠りの妨げになるのを憚るように。
寝台に、浜風のすぐ横に静かに腰を下し、その赤く輝く瞳を閉じた。
しばしの後、浜風がまどろみからわずかに目をさますと、彼女もまた目を開き、浜風を覗き込むように身をせり出した。ギシッと寝台がきしんだ。その白い手袋に包まれた手をのばし、浜風の額を愛おしそうに撫でる。浜風がのろのろと手を伸ばすと、彼女の手に触れた。今までは触ろうとすると、いつの間にか遠くへ離れていったというのに。
ハッとして、浜風は起き上がった。浜風の食い入るような瞳に、彼女は少し寂しげに微笑んでから、浜風の手をしっかりと握った。
浜風はその手を負けじと握り返した。
彼女は満足そうに頷くと、立ち上がった。浜風が手を離さずにいると、やれやれと行った表情で手の力を緩めた。それに浜風が応じると、彼女の手はするりと浜風の手より離れていった。
ゆっくりと立ち去るその背を見ながら、浜風は彼女の名を小さく呼んだ。
彼女は立ち止まりも振り返りもせず、しかし、右手を上げて浜風の声に応じた。
「先にありがとうと言わせてください。私の突拍子もない言葉を信じてくれて」
浜風の言葉に、谷風も浦風も肩をすくめてみせた。
「まぁ、浜がそう言うんだったらね」
「ウチらはそれに乗るだけじゃ」
谷風の言葉を浦風が継いだ。そして二人は同時に破顔した。
「それに磯がおらんと、十七駆は格好つかんけぇね」
「そういうこと。んじゃ、迎えにいこうかねぇ。今日ばかりは海の神様も野暮なことはしないでしょ」
谷風の言葉に、浜風は目を伏せたまま頷き、浦風は右手の親指を立てて合図した。
「それじゃ〜、出撃〜! 第十七駆逐隊、成るよ!」
谷風の一際大きい声が、果てのない紺碧へと響いていった。
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#陽炎型版深夜の真剣創作60分一本勝負
第三十七回:お題『恋心』
に則り作成。
恋とは遠くにあるものを強く思うことと見つけたり。