No.840080 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:五neoblackさん 2016-03-31 13:28:48 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:589 閲覧ユーザー数:589 |
何だか白井黒子と一緒にいると、ろくな目に出くわさないということに気付き始めた廷兼郎だったが、それを本人に面と向かって言う勇気は無かったので、やはり喉の奥へと飲み込んだ。
「錬公先生、来られていたのなら連絡くらい下さいよ」
先ほど白井たちを助けた老人に向かって、廷兼郎は少しだけ責めるようなことを言った。
その老人は、名を錬公三國《れんこうみくに》と言う。大錬流合気柔術の師範を務める武術家である。廷兼郎は先ごろに行なわれた出稽古で、錬公老人に手解きを受けている。
「お前さんの活躍を見ようと思っての。揚連《ようれん》さんに頼んだんじゃ。んで街ん中さぶらりしちょったら、面白そうなこっただやっとう。しかもお前さんも出るっち聞いたき。こりゃ師匠として見んわけにはいかんちゃ」
聞いたところによると、錬公老人は北海道の出身らしいが、明らかに北海道以外のものも混じった方言は、本当に日本の生まれかどうかさえ怪しく思えてくる。
「このお爺さん、廷兼さんのお知り合いでしたのね」
「はい。この間の出稽古で、柔術の指導をしてもらいまして」
そう言うと、白井は眼を丸くして驚いた。
「廷兼さんも、人から教わるんですのね」
「ほえ? 何で? 教わるのなんて、当たり前じゃないですか?」
「だって廷兼さん、風紀委員の教導訓練を指導なさっているではありませんか」
しばらくクエスチョンマークを頭に抱えていた廷兼郎だったが、その言葉の意味するところを自分なりに解釈して、何故だが急に落ち込み始めた。
「ああ。まだ人から教わっているような奴が、教導の仕事なんかするなってことですか……。ええ、自分でも分かってるんですよ。まだ早いって。そりゃ高一ですからね、未熟なのは当たり前じゃないですか。でも、仕事だからそんなこと言ってられないんですよね。やめたら、長点上機からの奨学金も切られちゃうし。だから今ある手札で、何とかやりくりするしかないんですねえ。でもそれじゃ、限界来るの目に見えてるんだよなあ……」
聞き取れるか取れないかの小声で、廷兼郎は呪詛のように呟いていた。
白井はただ、いつも教導で柔術や捕縛術を教えてくれる廷兼郎が、さらに人から教わっているという様子が想像できなくて、素直に驚いただけだったが、期せずして廷兼郎の精神はダウナーに入ってしまったらしい。
いちいちフォローを入れるのもだるいので、白井は廷兼郎を放っておいて自由席のゾーンへと向かった。
「あの、白井さんに初春さん。錬公先生のこと、お願いできませんか」
早速立ち直った廷兼郎は、そんなことを二人に頼み込んできた。
「錬公先生は、学園都市に来るの初めてなんです。二人が付いていてもらえると、とても助かるのですが……」
「わたくし、本当なら病院で休んでいるはずですのよ」
「そこを何とか。お願いしますよ。ザバスのミルク味プロテインおごりますから! ココアパウダーを混ぜるとめちゃ旨いですよ!」
その台詞の後、十秒ほど沈黙が漂ったのは言うまでも無い。
「うわあ。ある意味流石です、字緒さん」
「え? 違った? そういうんじゃないんですか?」
「……廷兼さんがわたくしをどう思ってるのか、問い質す必要があるみたいですわね」
「そ、そんな、白井さんのことをどう思ってるかだなんて……。言えるわけないじゃないですガハッ!」
無駄にしなを作って頬を赤らめる高校一年生の頭に自由席を一つ落とすことで、とりあえず白井は手打ちにした。
「仕方ありませんわね。一般来場者の案内も、風紀委員《ジャッジメント》の立派な業務ですから」
「僕の頭に座席を落とすのも、業務なんですか……」
「女性にプロテインを勧めるうつけを可及的速やかに制圧するのも、立派な業務ですわ」
席に向かう三人を見送り、廷兼郎は試合の準備のために、控え室へと向かった。
控え室には、既に他の選手が入っていた。皆一人ではなく、それぞれ知り合いの人間を連れてきていた。恐らくコーチかセコンドなのだろう。
部屋の隅にスペースを見つけた廷兼朗は、穴だらけのバッグを置いて道着に着替え、手足にテーピングを施した。
入念にストレッチをしながら体の調子を探る。調子は悪くない。ここ数日の競技で多少は消耗しているが、まだまだ体力は残っている。
何気なく周囲に目を向けると、コーチに手伝ってもらいながらストレッチする者や、シャドーで軽く流している者もいる。学園都市最強を決めると言うには小規模な大会だろうが、皆気合いの乗りは十分のようだ。大覇星祭の得点にもならない大会に望んで出るくらいなのだから、相当腕に自信のある連中が集まっているのだろう。
「だははッ! でさー、そいつが言うにはよー」
(ああいう人って、どこにでもいるよなー)
試合に向けて精神を集中させるはずの控え室に、大きな笑い声が響く。
努めて無視していると、声の主はこれ見よがしに廷兼朗のことを話題にし始めた。
「そういやこの大会、無能力者《レベル0》も出てるらしいぜ。マジ勘違いしすぎじゃね? 無能な奴が来ていい場所じゃねえっつうの。ぎゃはは!」
聞き流して、廷兼朗はシャドーを始めた。軽く体を温め、感触を確かめる程度に止めておく。
「てかさ、学園都市最強とか言ってるけどよお、超能力者《レベル5》出てないんだよな。おかしくね? 優勝しても別に最強じゃないんじゃ、マジ意味ねえよこの大会」
折角試合に向けて集中している心に、水を差すようなことをズケズケと言う。
「あ~あ。こんな大会で勝っても嬉しくねえけどよ。超能力者《レベル5》が出ねえんじゃ、俺が優勝って決まったもんだよな。無能力者《レベル0》なんかと当たったら、間違って殺しちまうかもしれねえけど。ぎゃはは!」
(ああ。もう、駄目かも……)
精神修行も怠らずにいた廷兼朗だったが、もはや我慢の限界だった。
「おい、そこの」
自分の至らなさを痛感しつつ、廷兼朗は声の主の前に仁王立ちした。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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