No.840272 とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:六neoblackさん 2016-04-01 17:45:52 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:658 閲覧ユーザー数:657 |
「何だ、てめえは?」
「あんたに殺されるかもしれない、無能力者《レベル0》だよ。どう殺してくれるのか、一つ見せてくれないか?」
他の選手に迷惑を掛けぬよう、抑えた声で問いかけた。『殺されるかもしれない』と言いつつ、殺気を宿らせているのは廷兼朗のほうだった。
廷兼朗の気迫に見下ろされた相手は、座ったまま居竦んでいた。
「あんたがさっき言ってたことは、皆承知している。それでも自分の強さを試したい、強い相手と戦いたいと思う人が、ここには来ているんだ。それを馬鹿にする暇があるなら、管を巻いてないで、とっとと出て行けばいいだろう」
G−1トーナメントには、これといった出場制限は存在しない。学園都市の学校に所属している健康な生徒ならば、年齢、性別、体重さえも問われない。ただ、その能力レベルのみが制限されている。
能力レベル5の生徒は、その出場を禁止している。あくまでG−1トーナメントは学生や一般の観客に、能力を使用した一対一の戦いを楽しんでもらうのが目的である。その中に超能力《レベル5》が出場した場合、同じ超能力《レベル5》でない限りはあまりにも実力に差が生じるため、観客が楽しめる試合展開にならないとの判断から、大能力《レベル4》から無能力《レベル0》の生徒に出場が限られている。
例え超能力者《レベル5》が出ていなくとも、自分の力を試したい、確かめたい、高めたいと思っている人間だけが、G−1トーナメントには出場している。
「……んだと! 調子ノんなよ、無能力者《レベル0》のくせにッ!!」
廷兼朗の注意に、逆上した相手が立ち上がり、太い右腕でがしりと道着の胸襟を取る。
一七五センチの廷兼朗が見下ろされている。一八〇センチと少しと言ったところだろう。よくビルドアップされ、全体的に大きな体をしている。ウェイトトレーニングで鍛えたのだろう。特に大胸筋と上腕二頭筋の発達が著しい。
「どうした? ビビってんのか?」
胸倉を掴んでいる相手は、それだけで勝った気になっているようで、それ以上の動きを見せない。
胸倉を掴むという行為は、一見して掴んでいるほうの有利に見えるが、冷静に見れば、捕まれている方は両手が自由に動かせるのに対し、掴んでいる方は既に腕が塞がった状態となる。捕まれている方は両手で攻撃しても良し、掴んでいる方は胸倉から崩しに掛かっても良しと、あくまで対等な状態だ。
折角胸襟をくれてやったのに、崩しさえ行わないので、仕方なく廷兼朗は相手の右手にひたりと手を当て、左足を退きながら逆に捻り上げた。
右腕を引き込まれてつんのめった相手の足を払い、手首に加えて肘関節も極めて地面に倒す。
大錬流合気柔術《だいれんりゅうあいきじゅうじゅつ》の転閻魔《まろびえんま》である。似たような技法は他の流派にも見られるため、そう珍しい動作ではない。
「いでででッ! この、やめろッ!!」
藻掻いている相手の右脇に左手を通して引き上げ、言われたとおりすくっと立ち上がらせる。
驚くほどあっさり解放され、呆けている相手に向かって、何も言わずに笑いかけた。
「てめえ、ふざけんなッ!!」
廷兼朗の笑顔をどう受け取ったのか、今度はタックルを仕掛けてくる。僅かに腰を落とし、それに備える。
そのとき、廷兼朗と相手との間に何かが入り込んだ。鋭い風切り音が上がり、タックルの体勢に入っていた相手は、突然勢いを無くしてその場に倒れ込んだ。
自分の攻撃ではない何かの存在を受け、廷兼朗がその場から素早く飛び退く。
「あ……、あ?」
何故自分が倒れているのか、分からない相手に対して歩み寄る人がいた。悠然と傍らにしゃがみ、耳元で囁く。
「ここは、無能力者《レベル0》が来ちゃいけない場所じゃない。そして残念ながら、学園都市最強を決める場所でもない。彼の言うとおり、自分自身の強さを試す場所だ。出たくないのなら、出なくてもいい。出場はあくまで自己推薦だからな」
先ほどの攻撃の主であろう彼は、相手の額に拳を押しつけた。
「それとも、試合に出られない体になりたいなら、また大声を上げればいい」
「……ッ!! よ、余計なお世話だ……」
尻すぼみな捨て台詞を吐きつつ、相手は定まらない足でふらふらと自分のスペースへと帰って行った。
それを見届けると、彼も自分のスペースへと戻っていった。
「あ、あの! 助けていただいて、ありがとうございます」
戻ってしまうところを呼び止め、廷兼朗は礼を述べた。自分一人で対処出来た事態とは言え、助けてもらった以上は、しっかり伝えることは伝えねばいけない。
「気にしないでくれ。字緒くん」
「僕の名前、よくご存じで」
「そんなのパンフに載ってるから、知ってるのは当たり前だよ」
言われてみれば当然だが、名前を覚えてもらうほど注目されているということこそ、廷兼朗には不可解だった。
「前回優勝された、『音速突破《スーパーソニック》』の井上駿馬《いのうえしゅんま》さん、ですよね?」
廷兼朗を助けたのは、前回のG—1トーナメントで優勝した井上だった。大能力《レベル4》の風力使い《エアロシューター》で、ボクシングの選手でもある。
先ほどタックルを仕掛けてきた相手を倒したのは、彼の右ジャブだった。右ジャブで正確に顎の先端を打ち、脳震盪を起こさせたのだろう。
「……『音速突破《スーパーソニック》』ってのは、周りが言ってるだけだよ。何か名前負けしちゃいそうで、嫌なんだけど」
そう言うと、井上は照れながら鼻を掻いた。廷兼朗は勝手なイメージで、居丈高な人物と思っていたが、その考えを改める気になっていた。
「ところで、さっきのは柔道の技かい?」
話しながら、その場でシャドーをし始める。軽く流す程度なのだろうが、その拳が恐ろしくキレている。あの速さがあれば、先ほどのように切って落とすような打撃も可能となるだろう。
「はい。柔術を少々囓っていまして」
「柔術か。俺は見ての通り、ボクシングやってるんだ。君のは、何て流派なのかな?」
「先のは大錬流合気柔術の、『転閻魔』という技です」
「先のは? 他にも習ってるの?」
「他には、それこそボクシングも習いましたし、ムエタイとか、中国拳法なども習っています」
「へえ、色々やってるんだね。こりゃあ楽しみだ」
「楽しみ、ですか? 無能力者《レベル0》の僕が?」
そう廷兼朗が言うと、井上はやんわりと微笑んだ。
「無能力者《レベル0》でありながら、こういう大会に出る。相当な勇気だと思うよ。だから、どんな戦い方をするのか楽しみなんだ」
井上は本当に楽しみなようで、子供のように純朴な顔で言う。何ら含むところのない、心からの言葉であることがその表情から伝わってくる。
廷兼朗もこういう誠実な人柄は好むが、同時にやりにくい相手だと悟った。
廷兼朗の主な戦い方は、無能力者《レベル0》であるということ、つまり能力を使わないと言うことを逆手に取って油断を衝くやり方が殆どである。無能力者《レベル0》であると知りながら、なお楽しみだと言ってのける井上に、油断を誘うやり方は通用しないかもしれない。
そして先ほどのシャドーから察するに、井上のボクシングの技術は相当な次元にある。そこに大能力《レベル4》の能力が合わされば、戦力はさらに相乗する。
「字緒選手、入場の用意をしてください」
井上と話していると、係員が呼びに来た。廷兼朗は一回戦の第一試合からである。
「おっと、呼ばれたようだね。がんばって」
励ますように軽く肩を叩かれ、今度は廷兼朗のほうが笑った。
「期待を裏切らないよう、精一杯やらせていただきます」
拳を握って応え、廷兼朗は控え室を出た。通路に出た時点で、会場からの歓声が鳴り響いていた。
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東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。
総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。
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