なんやかんやでかがみは付き合い初めて間もない彼氏候補の優一と
二人っきりにされてしまったのであった。
つかさとこなたは気を利かせたつもりなのか、
あるいはただ単におもしろがってその辺の影から
こっそり覗いているのかは定かではない。
いずれにしても、かがみは困っていた。
突然デートに放り出されてもノープランなのだ。
心の準備もできていなければ何をしていいのかさえも分からないのだ。
右も左も分からない乙女なのだ。
(どうするのよ、あたし! どうするの? この状況!
なんでいきなり二人っきりなのよぉ!)
かがみとは対照的に、優一はこの状況を内心素直に喜んでいた。
どうしよう? と悩んでなどいない。
むしろ、どうなるんだろう? と楽しんでさえいるくらいだ。
憧れのかがみ様と二人っきりになれるチャンスが早速巡ってきたのだから。
「先輩、お腹空きませんか?」
優一に言われて時計を見てみると、
そろそろ昼食の心配をしても良い頃合いだった。
手遅れになると乙女らしからぬ音が腹の底から響くという失態を、
自分に憧れている男の子の前でやらかしてしまうことになる。
「よし、じゃあとりあえずお昼ご飯にする?」
「はいっ!」
優一は満面の笑みを浮かべた。
不意に訪れた幸運で、今は幸せの絶頂なのだ。
「お店は、僕に任せてもらってもいいですか?」
もちろんかがみには拒否する理由なんてなかった。
「いいわよ」
そうして連れてこられたお店。
「へぇ、良い喫茶店ね……」
言いながら、かがみは自分の口が開いたまま閉じていないことに気づかなかった。
驚きのあまり塞がらなくなってしまったのだ。
それはまるで絵本から飛び出したかのような可愛い建物だった。
メルヘンチックとは、この建物を形容するために用意されたのかと思ってしまう程だ。
妖精が住んでいそうな小さな緑の庭。
ビスケット色の壁。
チョコレート色のドア。
三角の屋根には、赤服に白髭で白い大きな袋を背負った小太りの老紳士が
如何にも似合いそうな煙突まで付いていた。
けれど、かがみには入るのが恥ずかしくなってしまうほど可愛すぎたのだ。
「つかさだったら喜びそうね……」
趣のある木製のドアを開けると、
シックなエプロンドレスを身に纏ったウェイトレスが深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
ヴィクトリアンメイドを彷彿とさせる、
ロングドレスに控えめなフリルがあしらわれた純白のエプロン。
そしてホワイトプリムを着用していた。
それに少女趣味的なアレンジが多少加えられてはいるものの、
高校生くらいの子供がいる女性が着ても上品さを欠いてはいなかった。
大きな窓と、三角の屋根に備えられた天窓から差し込む光で、店内はとても明るい。
「へぇ〜、お帰りなさいませご主人様って言わないんだ……」
つい、そう思ってしまったのは、こなたの影響を受けてしまっていたからなのだろうか。
「こなただったら喜びそうね……」
しかし、乙女であるかがみでさえためらう様な可愛い店なのに、
優一は驚くほど自然に馴染んでしまっている。
この建物に七人の小人と美しい姫が眠っていたならば、
さしずめ優一は助けに現れた王子様役が似合いそうだ。
それから、優一は一番奥の席にかがみを案内した。
丸い少し小振りなテーブルと、木製の二脚の椅子が向かい合った席。
そこからはきれいにガーデニングされた庭がよく見える。
植木越しに外の通りを眺めることもできた。
優一はこの席が店で一番の特等席だと思っているらしい。
ひょっとしたら、いつかはかがみを誘って二人でここに来たい、
などと夢想していたのかもしれない。
「うあっ! なにこの値段……
ここってちょっと高いんじゃない?」
ぺらぺらとメニューを眺めていたかがみが言った。
あたりを見回してみれば、高良さんちの奥様のような方々が、
優雅なティータイムを過ごしていた。
高校生が制服を着たまま入るにはいささか場違いのように思える。
「逢沢くんは、このお店によく来るの?」
「あ、実はここ、僕の母の店なんです」
言われてみれば、さっきから物陰に隠れて熱い視線をおくっているメイドさんの姿があった。
それから優一はお茶を取りに奥へと消えていった。
優一が消える隙を見計らって度々女店主が、
つまり優一の母親が邪魔をしにきたのは言うまでもない。
優一に追い返されても懲りずにやってくるのだが、
母親の目の届くところへ美しい少女を連れて行ってしまえば
こうなるのは当然の結果だといえる。
少し長く奥に引っ込んでいると思ったら、
優一は両手にパスタをもって戻ってきた。
「へぇ〜、これ逢沢くんが作ったの?」
「はい、本当はみなさんに食べていただきたかったのですけれど…」
そう言っていただけあって、
後に優一が持ってきたデザートは
一般的には二人で食べるには多いように思われた。
おそらく四人で食べることを想定したものと思われる。
しかし、事態は優一の予想を裏切る方向へと展開した。
「あの、先輩……。無理して食べていただかなくてもいいですよ……?」
優一が申し訳なさそうに言った。
この時、これだけの量を食べるのが普通は無理なことなのだとかがみは知った。
「ケーキだったらこれくらい普通でしょ」
などということは、さすがに男の子の前では言わないらしい。
「の、残したらもったいないでしょ? せっかく作ってくれたんだから」
そう言いながらも気づけばケーキを頬張るペースが落ちていた。
だって女の子なんだもん。
けれども、結局は全部食べてしまったのだ。
「た、たくさん食べるのは元気な証拠ですよね!」
優一は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「し、しかたないでしょ! だっておいしかったんだから……」
確かに、値段に相応しい味がした。
これに比べれば食べ放題のケーキなんて砂糖と小麦粉の塊だ。
そう思えるくらい豊かな味と食感が楽しめた。
こんなに高くておいしいものはそう滅多に食べられるものじゃない……
という乙女の欲望が色気に勝ったようだ。
「そう言えば、この間もらった手紙のことなんだけど……」
かがみははずかしそうに切り出した。
あえて目を合わせず、うつむき加減で。
それはあの時からずっと気になっていたからなのか、
あるいは話がとぎれて沈黙を埋めるためだったのだろうか。
「なんか、私の勇姿に一目惚れしたって書いてあったんだけど……」
「はい……、僕はあの時柊先輩を初めて目にして……それで……。
それで、好きになってしまったんです!」
恥ずかしがりながらも、優一は真剣だった。
「勇猛果敢にパンへ向かっていく姿、力強く噛みつく姿、
台が倒れても最後まで喰らいついていた姿、とても男前でした!」
その言葉に微塵も悪意はなかった。
体育祭でのかがみの勇姿を目の当たりにして、本当に心を奪われてしまったのだ。
その心のうちを素直に打ち明けただけにすぎない。
「それ……褒めてるの……?」
かがみは怪訝そうに尋ねた。
「ええ、もちろんです!」
「……男前って……私、女なんだけど……?」
「嫌だな、先輩。そんなことわかってますよ〜?」
しかしどの言葉も決して褒め言葉には聞こえなかった気がするのは
かがみだけではないだろう。
「柊先輩はポニーテールにすると武士みたいできっとすごくカッコ良くて、
とても似合うと思います!」
優一に、悪気はないのだ、本当に。
喧嘩を売っているわけではない、決して。
褒めているのだ、これでも。
「それ……褒めてるのよね!」
「ええ、もちろんです!」
どの優一の顔も、こなたのような悪意が微塵も満ちていなかったものだから、
かがみも怒りが湧き起こってくるどころか少しばかり傷ついてしまった。
「私って……やっぱりそんな風に見られているのかな?」
などと少しばかり自分の言動を省みたりしてしまった。
もちろん、その日、かがみはご機嫌で過ごせたはずもなく、
優一にしてみれば何故か不機嫌なかがみさまのご機嫌とりで、
泣きそうになっていた。
初デートの相手の女の子が何故か不機嫌なのだから無理もない。
お店の選定に問題があったのだろうか?
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?
年下の癖に食事代を全部出してしまったのがまずかったのだろうか?
かがみ様と並んで歩くのに相応しくない服装をしているのだろうか?
泉先輩が言っていたツンデレという謎のキーワードを未だに理解できていないからなのだろうか?
あれこれと、考えてみてもちっともわかりやしない。
そう言えば、しばらく前から会話が途切れていた。
もうダメだ……。
優一は絶望した。
その情けなさと悔しさが、耐え切れずに目から溢れ出そうになってしまった。
気がつけば、かがみが乗って帰る電車がホームに近づいていた。
黙ったまま鞄から手帳を取り出したかがみは、サラサラと何かを書くと、
やぶいて優一に差し出した。
「これは……?」
それが久しぶりに発した言葉だった。
紙には十一桁の番号が並んでいた。
携帯電話の番号だろうということはすぐにわかった。
「つ……付き合ってるんだから、電話くらいしなさいよね」
かがみはその時どんな顔をしていたのだろうか。
優一に顔を背け、夕日の方を向いていたから見ることは叶わなかった。
「きょ、……今日は楽しかったわよ。……ありがとう」
ホームに電車が滑り込んできた騒音の中で、
かがみがごにょごにょと言った。
おまけにかがみは優一に背を向けていた。
けれど、優一にはしっかりと聞こえていたようだ。
その一言で優一は満面の笑みを取り戻した。
今はそれが最高の褒め言葉だ。
「僕も楽しかったですよ〜!」
大きく手を降りながら走りさる電車に向かって叫んだ。
「恥ずかしいやつだな」
かがみは窓からその姿を見ていた。
けれど、まんざらでもなかった。
*** お知らせ ***
7/5は陵桜際です。
D-4のDark-MagiCさんに委託配布(無料らしい)
をお願いしているのです。
是非是非足を運んでくださいな。
夏コミは二日目、東モ59aです。
あと、当サークルでは絵描きさん募集中です。
挿絵描いてくれる人とか。
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かがみが年下の男の子にラブレターをもらったら……なんて話の5話目です。