No.821811 超次元ゲイム学園 八時間目 -喪失-2015-12-31 01:57:33 投稿 / 全8ページ 総閲覧数:1245 閲覧ユーザー数:1138 |
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明晰夢
睡眠中に見る夢の内、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと。
夢の状況は自分の思い通りに変化するとも言われる。だが逆に夢とわかっていながらどうにもならない光景を見せられるパターンも存在するとも
目には目を、歯には歯を
自分が害を受けたら、それと同じようにして復讐することのたとえ。
元はあくまでも目に受けたら目に返すことで許す、という同害報復にすることで無限の復讐を禁じるもの。だが、感情は底なしである
――――――――――――
―――ふと気が付くと、直前までいたはずの夜の部屋とは違う場所に立っていた。
寮の部屋とは比べ物にならないほど広く、壁一面に置かれた本棚には本がぎっしり。
左を向けば何故か壁についている大きな歯車。右を向けばエレベーターらしき入口と窓。
後ろを振り向けば窓を挟んで部屋と同じぐらいのテラスが広がっている。こんな豪華な部屋、学園にあっただろうか……?
「平和ね……」
後ろから聴き慣れたような声が聞こえてその方向を向く。さっきまで誰もいなかったはずの執務机では、ラステイションの女神【ブラックハート・ノワール】が片肘を立てていた。
「最近はプラネテューヌからの襲撃、という名の来訪も少ないからね。君としてはつまらないかもしれないが」
エレベーターの駆動音と共に、部屋に一人の銀髪の少年?が入ってくる。
見覚えは、ない。
「冗談言わないでよケイ。何回あいつに書類仕事邪魔されたか」
「ならいいさ。ノワール、数日引きこもっていた君には知る由もないかもしれないが、最近変なことが起こっているのを知っているかい?」
「知らないってのわかって言ってるでしょあんた……」
楽しそうに話すケイという少年とノワールねーさん。
二人の目にはわたしは映っていないようだ。夢、多分夢だから当然か。ふと自分の手をみようとすると、なんだか半透明になっている。
「最近、ラステイションのみならず全国各地で異常現象が起こっている。地面がまるごとえぐり取られたかのように消えるというものだ」
「単に穴掘られただけじゃないのそれ?」
「と、思うかもしれないがどうやら球体状にえぐられているようでな、一部だけ欠損した樹木や崖も目撃されており場所も不規則的だ」
その言葉にノワールねーさんも真剣な顔になり、ケイに向かい合う。
「つまり、街中がそうなる可能性が高いって?」
「現にルウィーの方で街がひとつ消失したという話がある。ここも他人事じゃいられないかもしれないよ」
「とは言われても、そんな災害じみたものをどうや―――」
突如、わたしを除いた二人が宙に浮いた。
それどころか机、本棚までが浮いている。咄嗟に外を見ると、景色が上に流れている。
いや、部屋の中が浮いているということは、この部屋が、落ちている。
数秒後、激しい音と共に落下が終わり着地する二人。わたしはどうやら多少浮いているようだ。まるで幽霊みたい。
咄嗟にケイが端末を取り出し、「何があった!?」と叫ぶが、反応はなかった。
「まさか……!」
ノワールねーさんが窓を飛び出し、落下の衝撃で崩れたテラスを跳び渡る。
するとわたしの体が引っ張られるかのようにノワールねーさんについていく。離れられない、みたいだ。
テラスの先に付くと、本来高くから街全体を見渡せるテラスから見えるのはラステイション上層部の発電所の煙突や用途不明のパラボラアンテナほど。
教会そのものが落ちてきた衝撃で下の建物は潰れ、所々から赤い液体のようなものまで垂れさらには火の手まで上がり始めている。
「なによ、これ……」
「まずい……ノワール!」
部屋の方からケイの声が聞こえる。どうやらさらに崩れかけているテラスを跳べないようで止まっているようだ。
グラグラと揺れる破片の上を乗ろうとするも飛ぶ前に崩れてしまい僅かに後退る。
「教会がどうやらこの部屋を残して消え去ったようだ!その上、ラステイションの中央柱がまるごとくり抜かれている。間もなくこの都市は崩落する……!」
「そんな……!避難誘導はできないの!?」
「端末が繋がらない以上ここからでは不可能だ!僕はここからなんとか脱出する、君は先に降りて避難誘導をしてくれ!」
ノワールねーさんはどっちに行くべきか悩んでいる様子だった。
ケイか、今尚崩れる市民か。無限に感じそうな一瞬の葛藤後、ノワールねーさんは部屋の方向に、ケイに向かって走り出した。
ガラガラと音を鳴らし、ひび割れるテラスを駆け抜ける。
通った直後に崩れた足場も多く、最早ここからまた戻るのは難しいのではと思うが、そんなことは構いやしないと走り抜け、ついにケイの許までたどり着く。
「ノワール、君という奴は……!」
「お説教なら後でいくらでも聞くわ、それより脱出するわよ!」
そう言ってノワールねーさんが振り返るも、テラスは完全に崩壊し火の海へと落ちていく。
悲鳴と爆炎が広がるラステイション市街を見て、ノワールねーさんは強く唇を噛んだ。
「ノワール、女神化は出来るかい?」
「エラーはないけどこんな状況よ、いつシェア切れを起こすか……うだうだ言ってられないわね!」
ケイの手を引いて走りだし跳ぶノワールねーさん。文句を言う暇もなく空中に飛び出し、ねーさんは黒い光に包まれて姿を変える。
わたしの記憶にもあった姿。黒く二つに束ねられていた髪が白く変わり、解かれて風に広がった。
守護女神ブラックハート・ノワール、ラステイションの女神の本当の姿だ。
ケイの腕を掴む手はそのまま、ノワールねーさんは上空高く飛び上がる。わたしも引っ張られるように飛んでいき、止まった時にはラステイション全域を見渡せるほどになっていた。
「こんな……」
「これが、ただの災害なわけがない……明らかに人為的な何かが起きている……これは、許されないことだ」
ケイの表情はよく見えないが、声が震えている。
声だけじゃない、ねーさんを掴む手も微かに震えていて、ノワールねーさんもケイを心配そうな顔で見ていた。
「とりあえず、安全な場所を見つけないと……」
「ノワール、一度高度を落とし、出来るだけ低空を飛ぶんだ。そうすれば急な女神化の解除にも対応できる。だが倒壊や崩落に巻き込まれないように」
「了解。しっかり捕まっててよ」
二人は未だ火の手の上がり続ける街中に降りる。
道も建物も崩れて谷と化した中縫うように飛んでいき、わたしもその後ろを(強制的に)付いていく。
だが、何か不自然だとか思っていた。人が、死体がない。焼けた血痕がところどころに見えるが、その元である人の姿が一切なかった。
「っ……」
「ノワール、無理はしないほうがいい。一度着地出来そうなところを探すんだ」
丁度崩落を免れていた広場を見つけ、着地する。
その直後ノワールねーさんの変身が解除され、息を荒げながら両膝を付いた。
ノワールねーさん!と声を出そうとするが、やはり息の出る音すらしない。
「ノワール……やはり、君ももう長くはなさそうだね」
「……平気よ、まだ」
気丈に振舞ってはいるものの、ねーさんの体から少しずつ、光が溢れ消えていくのが見えていた。
人間で言えば、少しずつ血液が流れ落ちているようなもの。大丈夫なわけがない。
「僕は、先代に拾われた時、彼女とこの国に尽くすことを決めた」
突然ケイがそんなことを言い出し、広場の先の手すりに手を置いて今もなお崩落し続ける町並みを一望する。
その顔は悲しそうな、見たことない今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「すまないノワール。僕の力不足で、君の代で終わらせてしまうなんて」
「あなたらしくないわケイ……こんなの、誰が想定できるのよ」
「それでもだ。例え僕に非がなくても、ラステイションの歴史が君の代で……僕の代で終わってしまうことが、残念でならない。ご覧ノワール。先代から受け継ぎ、君と僕で育てたはずの国がこの様だ」
ケイの声は、いつもと同じ軽いものに聞こえる。
だがケイも、ねーさんも。涙を堪えようともせずに流しながら並んで燃えるラステイションを眺めていた。
「これは何の冗談だ?そう今でも思わざるを得ない。君たちのラステイションがこんなにもあっけなく崩れてしまうなんて。夢なら早く覚めて欲しい。そう今でも思っている」
「ケイ……」
「だがこれは現実だ。建物が崩れる音、燃える炎の熱、微かに聞こえる人の悲鳴、焼けたモノの臭い。全てが本物だ……っ!」
突如、街が揺れた。いや再びか。
焼け残ったアンテナがぐらぐらと揺れ、ギシギシと悲鳴のように金切り音をあげる。
崩れ倒れ引っかかっていた建物が揺れでまた崩れ、瓦礫と化して堕ちていく。仮にあの建物でギリギリ生き残っていたとしても、この崩落で死ぬだろう。
その中、何かを察したのかケイがノワールねーさんの手を掴み、広場の先の崖の先、空へ投げ飛ばした。
「な、ケ……」
「ノワール。僕は君を、あ」
――――――ズォォォォォォォォォン
一瞬のことだった。
ケイが言葉を言い切る前に、黒い球体のようなものが激しい轟音と爆風と共に迫り、ケイを飲み込んだ。
広場までが範囲だったのか、投げ飛ばされたノワールねーさんは飲み込まれず、即座に女神化して体勢を立て直す。が、ねーさんの目に最初に映ったのは――――――
「あ、あ……ああ……」
ケイ諸共消し飛んだ広場であった空間だった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
広くなった空中に、ねーさんの声がこだました。
わたしは、ねーさんの背を、まるで他人事のように見ていた。おかしいと、自分でも思う。
記憶が半端にも残っていないとはいえ、ねーさんが大事に思っていた人、教祖だったのなら、女神候補生だった自分との面識はあったはずだ。
なのになんで、なんでわたしは目の前の光景をまるで映画を見るかのようにしか感じられていないのだろう。
なんで、わたしはこれっぽっちも悲しんでいないのだろう。
「ケイ、ケイ!嘘でしょ、あなたがそんなあっさりと死ヌはずがないでしょ!?返事をして、どこへ行ったのケイ!」
必死の形相で叫びながらねーさんは飛ぶ。
隙間あれば覗き込んではまた叫ぶねーさんの背を見ながらわたしも飛んでいた。
ここが夢だからか、何も感じない、見えて聞こえるだけの世界。それだけという環境が、わたしから現実感を奪っていたのだろうか。
そうして探しながら飛ぶこと数十秒。先ほどの球体の中心部辺りに着いた時、わたしも、ねーさんも目を見開いた。
クレーター状に抉れたの中心に紫色の光を纏い、紫色の鎧を身に付け、黒い髪を靡かせた女が佇んでいたのだ。
「あいつが……」
「……!」
ねーさんがつぶやいたのを聞いたのか、女は手に持った紫に光る剣を振り上げて飛び、ねーさんの目前で振り落とした。
轟音と衝撃がねーさんの横を通り過ぎ、瓦礫を吹き飛ばしていく。その線にはわたしが存在していたが、その衝撃も、瓦礫もわたしが存在しないかのように通り抜けていった。
「お前も……」
女が剣をノワールねーさんに突きつけ、呟いた。
「お前も、私を殺しに来たのか」
女がノワールねーさんに吐いた言葉を、わたしは理解できなかった。
私から見ても、先ほどの黒い球体といい今の振り下ろしといい、先に手を出したのはこの女だ。ねーさんはただ、見つけただけ。
ノワールねーさんも同じなのか、剣を突きつけられているにも関わらずに俯いたままだ。
「私ガ、あんたを殺シに来たかッテ……?」
「そうだ。もしそうだとしたら、いやそうでなくても、早めに始末させ―――」
俯いていたノワールねーさんが突然顔を上げ、右手に生成した剣で女の剣を弾いた。
その光景に一瞬驚いた素振りを見せた女は、「やはりか」と呟く。
「アンた、ふざけてんの?P$(D*%(BE$(D*%(B?」
……?ねーさんの言葉にノイズが走った。
女もノイズの部分は聞き取れなかったのか、怒った様子でねーさんに怒鳴りつける。
「ふざけているのかだと?私は真剣だ!貴様らは私を殺そうと」
「そんなあんたの被害妄想で殺された皆が報われナイのヨ!!!」
涙を流しながらねーさんが剣を振るう。
が、ねーさんが持つ片手剣と、女が持つ両手剣のサイズの違い、そもそもねーさんはいま、かなり衰弱している。
力の少しも発揮できていない剣があっさりと弾き飛ばされる。が、飛ばされたらもう片手に生成、また飛ばされたら空いた片手に生成を繰り返し、女に休まず攻撃をし続ける。
「殺す
発狂したように―――いや、恐らくもう発狂している―――女に斬りかかり続けるノワールねーさん。
だが、ねーさんのものよりも大きな剣が、さらには女の掌から現れる障壁が剣を阻み、弾き飛ばす。
「何故無駄だということがわからない……!」
次の剣が生成される一瞬前。剣を弾き飛ばされ体勢を立て直して斬りかかる直前、女は姿勢を落としねーさんの胴体を薙ぐ。
呻き声も聞こえない速度で接触した剣に吹き飛ばされ、ねーさんの体がビルに突き刺さった。
「……」
「どうしてなのカシら―――」
ねーさんを睨んだままの女と、体を引き抜き、黒い血まみれのまま笑うねーさん。
ダメージを受けているのはねーさんだけなのに、女は正眼に剣を構える。
「どうシてもっと早ク気付けなかったのかシら―――」
「もっと早クこの力ヲ受けて入れていれバ―――」
「いヤ――――――」
ねーさんの体が、変色していく。全身黒で統一され、ひび割れた装甲が、インクを垂らされたように赤く滲んでいく。
普段とは正反対の真っ白な髪が、塗りつぶされるかのように赤く染まっていく。
いつも、強さが宿っていた青緑色の瞳が、灯るように紅く光った。
「最初かラコウスレバよかったンダ!!!」
血替わりのシェアで黒く染まっていた顔で、紅い瞳をギラつかせながらねーさんは、哂った。
「死ねシネ屍ネ滅ネシネしねシネェェェェェェェ!!!!」
変質したノワールねーさんは笑いながら、全身から肌を突き破って生えた剣を振るう。
女は明らかに変質したねーさんを見て、改めて剣を構えて真っ向から受け止める。ぎゃりぎゃりと音がなり、火花が散った。
指を突き破り生えた剣を爪の様に振るう。単純に両手から振るわれる斬撃は剣一本で抑えられるわけがなく、何度か剣を掻い潜り女に斬撃が当たる。
それなのに、完全に入ったように見えたのにだ。女の肌、鎧、剣のどれにも傷一つついていなかった。障壁を出した素振りなんてなかったのにだ。
「もうわかっただろう!何故勝てない戦いをする!」
「死ね、屍ネェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
女の言葉をもう聞こえないとばかりにねーさんは剣を束ね叩きつける。爪のように広がり大振りになった剣の隙を逃さず、腕を振りかぶった瞬間に合わせて女は大剣を喉目掛け突き出す。
喉を刺されれば、あんな状態のねーさんであれすぐに死ぬだろう。そう思った時、ねーさんの喉を突き破り広がるように剣が生えた。
「―――、――――――」
息の漏れる音だけが聞こえる。
嗤い、剣を束ねて女の胸を突き飛ばす。鎧には傷一つ付かないながらも女は大きく吹き飛ぶが、即座に回転し大剣を突き刺して減速、着地した。
「気味が悪い……」
「―――――――――!!!!」
吐き捨てるように女は言い、ねーさんは嗤う。
再度女がねーさんに向け跳ぼうとした時。女は突然方向を変え横に跳ぶ。その直後女の居た場所が爆発した。女が見る方向、瓦礫の上には小さな人影があった。
「お姉ちゃ、姉さん無事!?」
体より大きな銃を抱え、黒い髪を揺らしてその人は叫んだ。
ノワールねーさんの妹で、わたしの姉。ブラックシスター・ユニねーさん。
瓦礫を飛び移り、ノワールねーさんの近くに着地し再度叫ぶ。
「姉さん!……その姿、は」
「――!―――――!!!!!――――――!!!」
「ごめんなさい、 や市民の避難に時間がかかってるの。何があったのかって思って来てみたけど…あれのせいなのね」
「――――――――――――!!!!!!!!!!!」
爪の剣で床に擦るように音を立て、また嗤う。
そんなノワールねーさんを見て、ユニねーさんは目を伏せる。
「姉さん、 がこっちに向かってる。すぐ戻るから、それまで……」
「――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ユニねーさんは振り向き、同時に駆け出す。ユニねーさんは崖から飛び降り、ノワールねーさんは爪を引きずり跳んで振り回す。
十本束ねた剣を女は真っ向から受け止める。落下の勢いでねーさんと女の顔の距離が近づいた瞬間、ノワールねーさんの目の奥から、突然剣が飛び出た。
「―――っ!?ど、どこまで化物になるんだ!」
驚きながらも首を傾け女は避ける。
両目から剣が生えるように伸び、その先には眼球らしきものが刺さっていた。見ているだけのわたしも、吐きそうになる。
「――――――!!!――――――!!!」
無理やり近づこうとするねーさんに、それに抵抗して大剣を振る女。腕に向けて振れば腕の肌を切り裂いて折りたたみナイフのように剣が飛び出て受け止める。脚を狙ってもまた脚を切り裂いて剣が現れる。
やがて【ねーさんの体から剣が生えている】ではなく【剣の塊にねーさんが混ざっている】と言い表したほうが正しいような姿になっていた。横から後ろからみても、最早肌の部分の方が少ない。
「しつこいにも、程がある……!」
女は、未だ無傷。だが明らかに疲労している。対してねーさんは……最早顔がどこかもわからないが、嗤っているかのように、カタカタと剣を揺らす。
「■■■■■■■■■■■■―――――――――!!!!!!」
金属が擦れあう、金切り声のような音を上げねーさんは空を走る。大剣を真っ向から胴体から生えた剣で受け止め、両腕らしき部位の剣を女の背中に回して引き寄せる。ねーさんが女に真正面からしがみついた。
「こ、っの!離れろ!」
全身から生えた剣が女の脇や股に挟まり身動きが取れていない。だが、剣でまとわりつかれているにも関わらず女の鎧、肌にも傷が付く様子はない。
ふと、二人に影が落ちた。見上げると、黒い剣。両手でも持てそうにない巨大な剣が、剣先を二人に向けて浮かんでいた。
それには女も気づいたようで、逃れようともがくものの、絡みつき床に刺さったねーさんの拘束は離れない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫ぶような音と共に巨大な剣が落下する。
仇を自分ごと押しつぶさんと唸るような音を立て、剣が堕ち、爆発した。
わたしは咄嗟に顔を庇う。わたしに影響はないと分かっていても、反射的に自らを守ってしまった。
黒い光の奔流が辺りを包み込む。まるで、ケイが消し飛んだ時の黒い球体のような感覚だ。
やがて光が収まり、煙が晴れる。そこには――――――
「―――っくはぁ!」
瓦礫の一部が吹き飛び、女が現れた。鎧には傷一つついていないものの、肌の一部一部が焼け腫れていたが、致命傷には程遠い。
吹き飛んだ瓦礫の一部が足元に転がり、その中にあるものが目に入った。
針鼠のように剣が伸びた、微かに肌のようなものが見える物体。ノワール姉さんだったもの、だ。
体から大量に生えた剣に少しずつひびが入りそして――――――割れて、消えた。
叫びたかった。今にも殴りかかりたかった。だが口は開いても呼吸の音すら聞こえず、身動き一つ取れやしない。
ただ、強烈すぎる無力感に襲われた。
『……わかったかイ?これが君の【敵】ダ』
ふと、聞いたことがあるようで、聞いたことのない声が聞こえた。声の方向を向くと、瓦礫の上には一人の少女が座っている。だが、靄がかかっていて、顔がよく見えない。
だが、黒い服にところどころ紅く記された三角のマークと、左右で黒と白に分けられた髪が印象的だった。
『例え守護女神が
『な、ら……』
声が出るのに気づくのに、数秒かかった。
体が動く。周りを見渡すとさっきまでの惨劇がなくなったかのように黒一色の空間。そこに私と、高台に座った少女がいるだけだった。
『少なくとも君一人であれを倒すことは天地が返されたとしても不可能だろウ』
『諦めろっていうのか……こんな夢を見せられて』
『だがこれは紛れもなく事実。実際にあったことダ。今回表には出ないって約束だったんだけド、見てられなくてネ』
少女は飛び降り、わたしの目の前に立ってわたしに手を伸ばす。
咄嗟にその手を取ろうとして、思いとどまった。何か、嫌な予感がしたから。
『今回はそっちに着くことにしたんダ。夢が覚めテ、朝になったら……がすとを頼っテ。【Aを得た】って言えバ、協力してくれるように伝えておくヨ』
『……』
『信じられなイ?まぁ、うちはともかくとしテ……あの夢の内容は事実。これだけは認めて欲しいナ』
何も答えられない。意味がわからない。
ただ、目の前の少女が話す様を見ていることしかできない。
体、わたしの何かが、こいつを信用してはいけないと囁く。だが、あの光景を前にして、何か縋る存在が欲しかったのだろう。だから、わたしは――――――
『どうして、こんな……』
『うちハ、いつも弱い者と友達の味方なんダ。今回は前者……っト』
目の前の少女の姿が揺らぐ。
いや、揺らいでいるのはわたしの視界だ。何もない空間なのに、風が巻き上がっていくような感覚があった。
『もうすぐ目覚めるみたいだネ、うちができるサポートはここまデ。あとは君たちの力次第ダ。君の願いが叶ったラ、こう言ってほしイ。【精霊の癖になまいきだ】ってネ、それがうちへのお礼ってことデ』
『待―――て、名――――――』
『名前なんてないヨ。ただの通りすがりの神様モドキサ』
光が目の前を覆い、意識が消え――――――
~ラステイション寮 一室~
目を開くと、まだ見慣れない天井が視界に広がった。
寝起き特有の気怠さを一瞬感じるが、すぐさま自分から鳴る駆動音と共に消え失せたためゆっくりと起き上がる。そして考える。夜になりかけまでエネットとユニねーさんが騒いで、夜になりそうだからということでエネット……エネが帰っていって、ねーさんも戻って……そして、騒ぎ疲れて眠って、今に至った。
やはり夢だった、と安心したかったが鮮明に覚えている。崩壊する街、化物に変貌したノワねーさん。そして、命を捨てなお倒せない精霊。そして、がすとという奴に【Aを得た】と伝えろと告げた自称神様モドキ。
『ただの夢だ。現実じゃない』そう考えるわたしと『あれは現実にあったことだ、自分はあれから逃げてきた』そう感じるわたしが胸中でせめぎあう。だが、崩壊する街の中で、ユニねーさんと逃げた夢……そうだ。
一度目に見た夢、ユニねーさんと崩壊する街を逃げる夢で、私はノワールねーさんを見ている。そのときは確か、ノワールねーさんはちゃんとブラックハートの姿をしてあの女と戦っていた。
でも二度目に見た夢ではノワールねーさんは化物となり、あの女と戦っていた。同じ場面、同じ場所、違う光景。
自称神様は【紛れもない事実】と言った。それは何のこと?化物となり死んだノワールねーさんが?
……考えがまとまらない。とりあえず顔でも洗おうと思った時だった。
電気が付いていないにも関わらず、視界が明るい。咄嗟に時計を見ると、2時。深夜も深夜だ、明るいはずがない。
立ち上がり、備え付けられていた鏡を見てその理由がわかった。
「なんだ、これ……」
眩しい。普通光源もなしに鏡を見て眩しいなんて思うことはないが、ここには光源があった。わたしの瞳だ、わたしの瞳が紅く光っていたんだ。
暗闇でわたしの目から伸びる赤い光は鏡で反射し、私の目に戻り眩しく感じる。
そもそも私の瞳は茶色だし、光ったりもしない。ただひたすらに気味が悪かった。こうやって紅く光る目をわたしは知っていた。さっきの夢の、ノワールねーさんだ。
わたしも、ああなるのか?夢のノワールねーさんのようにモンスターになるのか?そんな考えが渦巻いて、視界が揺らいだ。
誰か、誰かにいてほしかった。1人でいたら夢のノワールねーさんのように化物になってしまう気がしたから。
急いで自分の荷物をあさり、二枚の板状の端末を持ち部屋を出る。
そして、振り返り端末の内一枚を扉に差し込んで開く。
光る目のせいで完全な暗闇の中でも迷うことなく部屋の中に入り、転がっている銃器や箱を避け歩きベッドに潜り込む。
わたしのわがままで、起こしたくはなかったから。
「どうしたの、ネロ?」
頭上から声をかけられ、完全に体が止まった。ゆっくりと上を向くと、眠そうな目のユニねーさんがわたしを見ていた。
起こしてしまったのか、目をこすっている。
「怖い夢でも……、どうしたの、その目」
「わかりません……ただ、怖い夢を見て、起きたら……」
気づけばユニねーさんの胸に縋り付いていた。
ねーさんの表情はわからなかったけど、抱きしめられ、やさしくなでられていたのはわかった。
「明日、お姉ちゃんに相談しましょ。アタシじゃ対処法わかんないし……」
寝ぼけたような声色で、わたしを撫でながらねーさんはいう。
「だいじょーぶよ、お姉ちゃんを信じなさい……」
ねーさんの言うお姉ちゃんがユニねーさん自身のことか、ノワールねーさんのことかはわからなかったけど、すぐにまたねーさんの寝息が聞こえるようになったため追求はできなかった。
気づけば、視界が暗くなっている。もしかしたら、瞳が元に戻ったのかもしれない。そうだったらいいなと思いつつ目を閉じる。
次は平和な夢、ねーさん達と過ごしていた頃の平穏な夢が見れる気がして、意識が沈んでいった。
~同時刻 学園内 某所~
学園内の一室。天井から伸びる一筋の光が台座に置かれた一冊の本を照らしているだけの空間。
そこにコツコツと足音を立て光の浴びる場所に現れる人影があった。
兎の頭を逆さにしたような帽子を被った子供、がすとだ。がすとは薄ら笑いを浮かべながら台座の前に立ち、服腹部のポケットから到底入らないようなサイズの椅子を取り出し座る。すると台座に置かれた本がひとりでに開かれ、中から紫色の光を放ち小さな人の姿が形成される。
「何かを呼んだ覚えはありませんが、あなたでしたか」
「どうもこんばんはですの、イストワール学園長」
イストワールとよばれたそれはがすとと同じように薄ら笑いを浮かべる。
鏡のような反応を返されたがすとは不機嫌そうな顔をして口を開いた。
「現在時刻2:17。何用ですか?」
「簡単なこと、現在学園内に混入している人間でも女神でもないものに対する御身のご考察を伺いたく候」
「どうでもいいです」
イストワールの即答にがすとは唖然とした。
仮にも学園長であるイストワールが学園に混入した異物をどうでもいいと言い放ったのだ。例え入学式だろうと卒業式だろうと代用のホログラム越しにしか姿を現さないほどに引きこもりではあるが、そこまで学園のことに関心がないのかと思うほどだ。
「現在存在されている異物……便宜上精霊と呼称するですの。この精霊、何らかの目的を持ってここに混入しており既に何らかの行動を起こしているようですの、それでもどうでもいいと?」
「はい。学園全体のことは大凡把握していますから、私自身に影響がなければ行動を起こすつもりはありません。それよりは―――」
イストワールが手を伸ばすと一枚の画面が現れる。がすとからも見えるその画面には学園内の部屋とは思えないような煌びやかな装飾がされている。まさにその場だけ別次元、城の中のような光景だった。
「この部屋が、なんですの?」
「ジャミングが仕掛けられています。いついかなる時もこの光景だけが映し出されています」
「……それで?」
「私の
微笑んだまま話すイストワールを見てがすとも釣られて笑う。
がすとが笑った理由は単純だ。単に面白かったからに他ならない。
自身が創った学園はどうなろうと知ったことではないが、自らそのものに対する干渉は許せない。保身しか考えない官僚の究極系みたいなものだと、がすとは笑いが抑えられなかった。
それが多少不満だったのかイストワールは若干不機嫌そうな顔をして画面を閉じる。
「とまぁ、精霊が何をしようが何をしまいが私は興味ありません。世界の歴史にそういうことがあった、とただ記録するだけです」
「流石プラネテューヌ教祖にして学園長イストワール、生徒のことなぞ微塵も考えていないですの」
「元教祖ですよ。学園長となる時に
「エゲツねぇ……」
「ああそうそう。がすとさん?」
ここに来て初めてイストワールから口を開いた。
「あなた達の行動も私は黙認します。好きに願い、好きに遊び、好きに学びなさい。ですが私の記録作業に支障があるとすれば、対処を検討しますのでそのつもりで」
「……学園長の御高説確かに拝聴いたしました、ですの」
立ち上がり椅子を収納し、がすとはイストワールへ背を向ける。それはこれ以上話したらまずいと逃げ出すようにもみえた。
そのがすとに対しイストワールは何も言わずただ見守る。知ってか知らずかその視線ががすとに多大な不快感を与えていた。
「最後に一つ。イストワール、あなたはなにが目的なんですの?」
「世界の記録。私が創造主に遣わされた使命は世界を見守り、その歴史を記録すること」
「それは、人類が滅亡の危機に瀕していたとしても?」
「だとすれば人類はそこで途絶えたと記録するだけです」
「……失礼いたしますですの」
イストワールの声に冗談のようなものは含まれていなかった、そうがすとは捉えた。
捕えどころがない、気味が悪いとも評されるがすとだったが、そのがすとにとってイストワールはわかり易すぎて気味が悪いと感じていた。
一言で表せば暴走した機械。命令に準じ過ぎてそれ以外は命令を実行するための舞台装置としか思えなくなったもの。
自分の思うがままに好き勝手するのが信条のようながすとはまさに正反対の存在。それゆえに理解しやすく、納得し難く、認めたくない存在だった。
一刻も早くこの場を離れたい一心でがすとは部屋を後にし、ポツンと置かれた台座に乗る本、そしてその本に乗るように浮かぶイストワールだけが残った。
「またのお越しをお待ちしております」
そう呟き、イストワールの姿が消え本に吸収される。その後本がひとりでに閉じられ、また照らされる台座と閉じた本だけの静かな空間に戻った。
~翌朝 学園本棟―ラステイション寮間道路~
朝。わたしと、ユニねーさんと、ノワールねーさんは並んで通学路を歩いていた。
ユニねーさんとノワールねーさんはわたしが潜り込んできたことについて盛り上がっている。ユニねーさんは嬉しそうで、ノワールねーさんはやれやれと言いたげ。確かにこの年になってまで怖い夢を見たからわざわざ潜り込んできた、なんてのは笑い話だろう。仮にユニねーさんがそういった理由でノワールねーさんのベッドに潜り込んできた、なんてことがあればわたしもノワールねーさんも話の種にするだろうし。
「あ、そうだお姉ちゃん。少しいい?」
「ん?他にもネロが何かしたの?」
酷い言いようではないでしょうか。文句を言いたかったけどわたしにノワールねーさんに言い寄る気概はなく、目をそらして答えた。
「その昨日の夜のことだったんだけど、ネロの目が紅く光ってたの。色が変わるだけならカラコンでもなんでもできるけど、目が光るっていうのは何かあったのかって思ったの」
「目が紅く光る……元々そういうことできたりしたの、ネロ?」
わたしは首を振って返答する。
暫くはベッド潜り込みの件でネタにされ続けるだろう、と思ったら正直気が滅入る。所謂後悔はしていないが反省はしているということだ。そして何よりこういうのに積極的に食いついてくるであろう奴を1人知ってしまったこともあったし。
「……こっちでも調べてはみるけれど、っと」
ねーさんの鞄から音楽が鳴り出し、その音の元、携帯端末が取り出される。
メールだろうか、端末を見ていたねーさんの顔がみるみるうちに青くなっていく。
「メールですか?」
「……ごめん、ネロ、ユニ。呼ばれたわ」
「え、ちょっとお姉ちゃん!?」
わたしたちの返事も待たずにねーさんは走り去っていってしまった。
何があったのか、わたしとユニねーさんは首を傾げる。呼び出し、って誰にだろうか。
ユニねーさんはユニねーさんで何かを企むような顔をしている。恐らく放課後かに詰め寄るつもりなのだろう。多分わたしも連れて。
「まぁ、いいわ。お姉ちゃんが頼りにならないってんなら、あたし達自身でなんとかするしかないわね!行くわよネロ!」
「え、は、はいぃ!?」
ねーさんがわたしの手を取って走り出す。
突然のことにわたしは慌てながらもねーさんに引っ張られ、校舎に向けて走った。
~同時刻 学園屋上~
朝日が射す屋上に、三つの人影があった。
一人は薄紫色の剣を漂わせ、バイザーで目を覆った少女、女神化したキャストリーム。
一人は床まで届くほどの髪を2つに束ねた女性、グリス。
そして一人は血のように滲んだ赤い水玉模様が特徴的な着物の女性、キュービアス。
三人は向かい合い、何かを待つように佇んでいた。
『グリス、キュービアス。早朝よりの招集に応じたこと、当機より感謝する』
飄々とした雰囲気を一切出さない、機械的なキャストリームの言葉に、キュービアス、グリスの二人共が苦笑してキャストリームの肩に手を置いた。
「情報、出たのでしょう?」
「まさか昨日の今日やとは思うてへんかったけどな」
『ネプテューヌ、ノワールを招集し、対精霊戦闘における情報を収集する。戦法は構築してある』
バイザーで隠れて目元は見えないものの、口元が笑っていることからも自信がうかがえる。
そうしている間に、天から二つの人影が落ち、着地する。
紫色の装甲を纏った女性と、黒色の装甲を纏った女性。女神形態のネプテューヌとノワールだ。
「ネプテューヌ、ノワール到着しました」
『時間には遅れていない。まずは全員これを』
キャストリームが全員に自らがつけている目を覆うバイザーを配り、全員が装着する。
遮光バイザーどころか完全に覆われて前も見えないと言いかけたところで全員の視界が開き、視界の隅々にゲージや数値のようなものが絶え間なく動く。これは何かとキャストリームに聞こうとする前に既に口を開いた。
『完全な作戦にするため当機が指揮官機として全員を管制する』
「そもそも、何をするつもりなの?来て、としか言われていないのだけれど」
『すぐに……今わかる。全員微浮遊にて待機』
グリス以外の全員が僅かに地面から浮遊する。
何故浮遊しないのかとノワールが問うが、問題ないと返され仕方なくノワールも納得することに。
キャストリームが目線を逸らす。全員がその先を追うと、一人のゴシックドレスに身を包んだ左目に金時計が浮かぶ少女、時崎狂三が佇んでいた。
狂三は五人を一瞥し、改めてキャストリームに視線を向ける。
『ターゲット・時崎狂三を確認。以降対象をSⅠと呼称』
「わざわざ呼び出してくれてこの対応は如何なものかと思いますわぁ?」
『我々は対話をするために呼び出したのではない、討伐するために呼び寄せた』
「昨日あんなに情けなく逃げ帰った子の言うこととは思えませんわねぇ」
『戦闘開始』
キャストリームが手を振ると同時に横に浮いていたはずのキュービアスの姿が消える。
咄嗟に構える狂三の目の前にキュービアスが現れ、腹部に拳が突き刺さった。
「すまんなぁ。あんさんに恨みないんやけど恩のためや」
「ぐっ―――」
狂三、いや精霊の纏う衣装【霊装】は見た目に反し異常な耐久性能と衝撃遮断性能を持ち、ただの布であれば呼吸すら困難になるであろうキュービアスの拳が刺さったにも関わらず一瞬怯むだけ。
だが、その一瞬で十分だった。
「ほれ行くで!」
『ネプテューヌ、ノワール、飛べ!』
拳が突き刺さったまま大きく腕を振り上げ、狂三の体が高く打ち上げられる。
キャストリームの指示を受け、状況を飲み込み切れていないながらも体に促されながらノワールとネプテューヌは追いかけるように飛び上がる。
「この……!」
『動かすな』
「三十二式―――」
「トルネレイド―――」
狂三を挟むように位置取り、二人同時に掌を向ける。
キャストリームは狂三を動かすな、と指示した。そのためにどうすればいいか、どのやり方が最適かが二人の頭に流れてくるように
「エクスブレイド!」
「ソードッ!!」
掌から飛び出た魔法陣から飛び出した大剣が双方から狂三を挟む。
普通ならば挟んで押しつぶされるはずの威力が霊装によって阻まれ、ただ挟む程度の障害にしかなっていない。
だが、二人はなんとなくわかっていた。これで十分だと。何故目の前の少女相手にこうして戦わなければならないのかはわからない、だが【戦わなくてはならない】。そんな不可思議な高揚感を感じていた。
「キャストちゃん、ええで!」
『ASF Activate.』
軽く踏ん張った後に跳んだキュービアス、そして挟まれた狂三と挟むネプテューヌとノワール。
それら全てを包むように、周囲に飛び配置された剣から光の膜が箱のように空間ごと四人を包んでいく。
やがて8機のビットを頂点にした立体形の結界が完成する。面全体が強く発光し、中から外の様子も、外から中の様子も肉眼ではわからない。
強い光に、狂三も咄嗟に目を覆うが、中に入っているネプテューヌとノワール、それにキュービアスも目が眩んだ様子がない。
狂三を挟む二本の剣が消失し、重力によって下面に落下するが、軽く回転し着地する。
「これは……わたくしの影を封じるための……!」
『肯定、SⅠを完全に無力化し、情報収集、あわよくば討伐を目的とした結界、
キャストリームの声が一旦途切れると、結界が回転し始める。
床にしていた面が壁に、坂に、天井になり、空中に浮かんでいる三人とは違い狂三は目が見えない中突然足場が傾き逆さまに落ちていく。
『足場を完全に使用不能することにより戦闘そのものを不能にする。これは戦闘ではない、【情報収集】であり【討伐】である』
「こ、のぉっ!?」
『耐久性能の収集』
真っ逆さまに落下する狂三の腹部をネプテューヌが蹴っ飛ばす。
頑丈であろうと見た目程度の体重しかない狂三の体は強化された脚力で弾かれるように飛んでいく。
「オーライ!」
その先にノワールが待ち構える。持つ剣をバットのように見立て、飛んできた狂三の背を打ち返す。肌の部分を叩いているにも関わらずノワールに手応えは戻らなかったものの流石に衝撃を殺しきれなかったのか「ぎぃっ」という微かな声と共に飛んでいく。
『衣装以外の耐久性能は通常級と判断』
「ちょいと重く行くでー!」
飛ぶ狂三の体をキュービアスが踵落としでむかえる。
62tという体重から生まれる勢いと固く鋭い装甲に包まれた蹴りで撃ち落とされ、頭から回転する壁に落下する。
ただの地面ならばそれで終わりだが、高速で回転している面にぶつかり、跳ね飛ばされさらに別の跳ね飛ばされる。
ただの人間ならばその内死に至る状況だが、突然狂三が目を見開いた。
「<
叫び声と共に、結界内に時計らしきものが出現し、時計の中心部に狂三の体が引き寄せられ、停止する。
時計の短針と長針として填められていた古式の銃が狂三の両手に収まり、衣装以外ボロボロの狂三は―――
「きひ、ひひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!」
笑いだした。ボロボロで、未だに三人を補足すらできていないだろうに、狂ったように笑う狂三。
得体の知れない気味の悪さを感じながらも、再度武器を構えると、一頻り笑って満足したかのように狂三は口を開いた。
「わたくしを追い詰めるなんて、随分とがんばりましたわねぇ」
『銃は照準をつけなければならない。形成は変わらない』
「
「……決着を付けましょう。時間をかけていい相手じゃないはず」
「ひとまず、再起不能なまでぶっ叩けばいいわけでしょ!」
『解析率60%。既に勝負は決し』
ザシュッ。
キャストリームの言葉を遮るように狂三以外の三人の耳に、そんな音が入った。今の音は何か、例えるならそう、肉を貫くような音だった。
『キャスト……?キャストリーム!?』
「なんや、何が起こったん!」
『キャストリームに、致命的な損傷……SⅠが、もう一体……!』
ずっと黙っていたグリスの声が流れてきた言葉に、三人は耳を疑った。
明らかに動揺したキュービアスの声を聞いてなのか、それとも別の要因か。狂三は高らかに叫んだ。
「チェックメイトですわぁ!!!」
結界の外、屋上の床の上で、グリスは自分に倒れ掛かるキャストリームを抱きとめていた。
目の先には、今現在結界の内にとらわれているはずの時崎狂三が立っていた。狂三の右手は赤く染まり、キャストリームの背には人の腕大の穴が空き大きく出血していた。
「そんな、キャスト……!」
「迂闊の一言ですわねぇキャストリームさぁん?」
狂三がしたことは至極簡単なことだった。
ただ一人【地面に接していた】グリスの影から現れ、キャストリームの背を貫いたのだ。それも、素手で。
油断、情報不足、慢心、数え上げれば切りがなく特定できないこの事態の原因。
キャストリームは、苦痛で意識が飛びそうな中、顔をあげようと、グリスに向かい合おうとしながら、呟く。
『ぐリス……』
「キャストリーム、喋らないで、体力が……!」
『どウセ助からナい、グりす……』
指輪から光刃をだし壁にして狂三を牽制するグリスに、キャストリームはおぼろげに言い続ける。
『……ょ』
「キャスト……?」
小さな声で聞き取れなかったからか、顔を近づけるグリス。
それを待っていたかのように、突然キャストリームの顔が近づき
「負けないでよ、グリス」
「キャストリー……っ」
唇を重ねた。
咄嗟のことに抵抗できないまま、一秒も経たないうちにキャストリームの姿が発光し、光の粒子となり、グリスに吸収されるように―――消えていった。
「キャストリーム……」
主であるキャストリームが消滅したことで、宙に浮いていた結界を維持していた剣達が消えていき、結界そのものが消滅する。
キュービアス達三人は座り込んでいたグリスの位置まで飛び、閉じ込められていた狂三は時計塔と共に屋上にそのまま落下。二人の狂三に四人は挟まれることになった。
「二人、いたの……」
「グリスさん、どういうことよ、これ!」
全員の目を覆っていたバイザーが砕け散り、ノワールとネプテューヌの困惑の表情を晒させた。
キュービアスは何も言わず、銃を持つ狂三を睨んでいる。
「キャストリーム・リ・ラ・フィリアーヌ……
「……そか。」
「正しく形勢逆転ですわねぇ」「わたくし事ながらボロボロでみっともなぁい」
「グリスちゃん、ネプテちゃん、ノワールちゃん。撤退しいや。わてが引き受ける」
「っ…………!イジェクト!!!」
グリスが取り出したボタンを殴り押し、グリス、ネプテューヌ、ノワールの姿が消える。
ダンジョン探索に必須の緊急離脱アイテム、イジェクトボタンを使用したのだ。残ったのはキュービアスと、挟むように立つ二人の狂三のみ。
先に口を開いたのはキュービアスだった。
「悪うなぁ。見逃してもらってもうて」
「見逃したつもりなんかありませんわぁ、全員ぜぇったいに食べさせてもらいますものぉ」
「そか……わてらは、あんさんを倒そうとした。その過程でわてらが倒されることがあるのは、至極当然のことじゃ。誰かを責められるもんじゃぁなかよ」
キュービアスが酷く穏やかな表情で、目の前の銃を持つ狂三に話す。
恐らく友人の死の直後にここまで落ち着けるのか、と怪訝に思いながら、背後に位置する狂三はじりじりと距離を詰めていく。
目前の狂三も、銃を向け牽制しているが、キュービアスは構えの一つも取らなかった。
「じゃがの、じゃがのぉ……」
すぅ、とキュービアスが息を吸った瞬間。背後から狂三の貫手が襲った。
完全に接触した指先は着物に穴を開けるもキュービアスの背中には傷一つつかず、止まっていた。
一瞬の隙を逃さず、キュービアスは後ろ手に狂三の首を掴む。その動きを見た狂三が発砲するもキュービアスは掴んだ狂三を盾にして防いだ。
「ぎ、ひっ……」
「そんな理屈で、そんな摂理で、友達が死んだ時の感情が抑え込めるかっちゅうえばのう……抑えられるわけがなかろうがぁ!」
もう片手で顔面を掴み、喉と共に引っ張りぶちっ、という音とともに一体の狂三の首を引きちぎった。
胴体側から噴水のように吹き上がる血。それをモロに浴び、白に赤い水玉模様だった着物が赤黒く染め上げられる。
「わての甘さが招いたことや。わてが代わりに成してやらなあかん。抉らせてもらうで、精霊」
「それほどお友達が大事なら、同じところに送って差し上げますわぁ!」
双方が向かい合い拳と銃を構え、踏み込もうとした瞬間だった。ふたりの間に小さい人影が入り込み、両方に向け手を向けた。
「双方、そこまでですの」
二人の間に入り両手を向けた者、それは学園でも有名な問題児にして錬金術師、がすとだった。いつもにやけた顔をしたがすとが真剣な顔で、二人を止めていたのだ。
「ふざけたことをしてくれますわねぇ」
「黙ってろですの三下、がすとはお前たちを助けたんですの」
「助けた?わてらを?」
「がすとはお前らふたりの相討ちを望まないですの。時崎狂三、あんたにはあんたが追い求める情報を。キュービアス・アンジェリカ。あんたには精霊と再び戦う機会を。それぞれがすとが与えるですの。双方武器を収めるですの」
「お断りと言ったらぁ?」
三下と呼ばれたことで苛立っているのか狂三が銃口をがすとに向けながら尋ねる。その答えを待っていたかのようにがすとは笑った。
「まぁ、がすとが戦ってやってもいいですの。ただ……自分以外の何もかもを失う覚悟を持ってもらうですの」
「ふん」
がすとがポーチに手を突っ込むとほぼ同時にそのまま引き金を引き発砲。対してがすとが取り出したのは石版。銃弾に対する盾にするように持つと石版に接触した銃弾がその場で停止した。まるで、時でも止まったかのように。
止まった銃弾を摘み、ぽいと捨てながらがすとは嗤う。
「時間に対する干渉が自分だけのものだと思わないことですの。錬金術は無限の可能性を秘めているんですの、た か が時間を操作できる程度でいきがるんじゃないですの」
「……わては、下がらせてもらうわ。情報、ありがとさんながすとちゃん」
キュービアスが大きく後ろに跳び、そのまま外に落ちていく。それを見送ったがすとは狂三に向き直り、右手を伸ばした。
「がすとの知る情報はあなたの求めるものときっと一致するでしょう、ですの。」
「今ここで、あなたの額を撃ち抜いてもわたくしにはなんの損もないと思いますがァ」
「損だと思いたくないなら思わなければいいですの。ただし記憶も戻らず、目的もないまま、住処へ変えることすらできずに、殺されるまで追われ続けたいならばですの」
「ならば、アナタは知っていると?」
「それはあなたが決めること。私は錬金術士であり商人。まず商品を見せるか、何が欲しいかを聞かなければ何も始まらないのにいきなり銃を向けられては怯えて話も出きやしないですの」
うすら笑いを浮かべながら言うがすと。少なくとも銃を向けられて言う事ではない。
このまま引き金を引けば殺すことは容易い。それどころか銃を使わず素手でも木の枝を折るようにこいつを殺せると狂三は推測できた。
「白々しい……そこまで自分を売りたいのならば、利用して差し上げますわ」
いつでも殺せるなら、利用してから殺せばいい。そう判断したのか不愉快そうな顔をしながらも銃を時計にしまい、空いた右手でがすとの手を狂三は握った。
握手、契約成立の証だ。
「毎度有り、ですの」
一見すれば見かけ通りの幼児のように、がすとは微笑んだ。
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