鍛錬場の裏手は日当たりが悪く、じめじめしているため、昼間でも人がいない。
俺にはお似合いの場所だ。山姥切国広は自嘲気味に思った。
最近、本丸にも刀剣男士が増えてきて、どうにも居心地が悪い。なぜなら、そのほとんどは由緒ある真作ばかりだからだ。
「写しの俺には、こんな日の当たらない場所がお似合いなんだ」
そう独りごちながら、お気に入りの草むらの陰へ向かった山姥切は、そこに小さな人影を二つ見つけてビクリと震えた。
「……何をしている」
山姥切に声をかけられて、勢いよく振り返ったのは今剣と小夜左文字だった。
「たいへん! 山姥切さんにみつかってしまいました! 小夜くん、どうしましょう!」
「落ち着いて。きっと話せば分かってくれるよ。分かってくれないときは、僕、ちゃんと殺せる装備を持っているからね……」
そう言って、小夜が弓兵を展開させる。
「山姥切さん、ぼくたちのひみつ、まもってくれますか?」
そう問いかけてきた今剣に、山姥切は深くうなずいた。だってその秘密を守れなかったら、小夜の持っている殺せる装備が火を吹くんだろう。山姥切はまだ死にたくはなかった。
「じゃあ、なかまにいれてあげます。いいですか。そっとのぞいてくださいよ?」
今剣にうながされて、山姥切は草むらを覗き込んだ。
そこには薄茶色に縞模様の入った被毛のケモノがいた。外見は五虎退の連れている虎に似ている。
「なんだこれは? 虎か?」
「もう、しらないんですか? ねこですよ!」
山姥切はなるほど、と深くうなずいた。これが猫か。はじめて見た。
「猫か。虎に似ているんだな」
「この種類は虎に模様が似てるから、茶トラっていうんだよ」
小夜の説明を聞いて、山姥切はおどろいた。
「なんだと? こいつは、虎の模様を写しているのか!」
「写してるっていうか、似ているんだよ」
「そうか。お前も写しなのか」
山姥切は感動していた。こんなところで写し仲間に出会えるなんて。猫はくりくりした目で山姥切を見つめた後、山姥切の足に身体をこすりつけた。
「そうか。こいつには分かるんだな。俺がこいつと同じ写しだってことが」
「……そうかな?」
ぼそっとつぶやいた小夜の声は、山姥切の耳には入らない。
「いいですか。ぜったい、だれにもひみつですよ? あるじさまにばれたら、すててきなさいっていわれるかもしれませんから」
「心配するな、誰にも言わん。俺はこの写し仲間を守って見せる」
山姥切は力強くうなずいた。
写し仲間の猫を守るために必要なこと、それは食料の確保である。
幸いにも今日の夕食は鯛の塩焼きであった。猫は鯛が好きなはずだ。燭台切グッジョブ。山姥切は心の中でつぶやいた。
今剣も猫のために鯛を残そうと考えたのだろう。他のおかずはほとんど食べ終わったのに、鯛だけを残している。
「なんだ今剣よ。口に合わなかったのか? どれ、食ってやろう」
そう言うなり、岩融が今剣の皿から鯛をかっさらって、ばりぼり骨ごと食べた。
「あー!! なにするんですか岩融!!」
今剣が怒って岩融をぽかぽか殴った。しかし、食べつくされて無くなった鯛が返ってくることはない。
「小夜、どうしたんですか。体調でも悪いのですか?」
向こうでは左文字兄弟が揉めていた。
「そんなことはないよ」
「いつも残さず食べるではないですか。食欲がなくなるようなことがあったんですか? 兄に話してみなさい」
そう言われて小夜は困った。
「本当に何もないよ」
「自分では気付いていないだけで体調が悪いのかもしれません。食欲がないなんて心配です」
「だ、大丈夫だよ、食欲あるから。ほら、今から食べるから。ね?」
おろおろと心配する江雪を納得させるために、小夜は鯛を食べることを選んだ。
どうやら仲間の二人は鯛の確保に失敗したらしい。ここは、俺がしっかりしなくてはならない。山姥切は覚悟を決めた。だが、鯛もちょっと食べたかったので片身だけ食べた。その残りを皿にのせて席を立つ。
「どうした? どこへ行くのだ?」
突然三日月に声をかけられて、山姥切は皿を取り落としそうになった。
「……どこでもいいだろう」
秘密を守らなければならないので、山姥切がそっけなくそう言うと、三日月は少し寂しそうな顔をした。言い過ぎただろうか。山姥切は少し後悔した。しかし今は三日月よりも大切な存在がいる。だって、三日月は山姥切が相手をしなくても死なないが、あの写し同士の猫は、山姥切がこの鯛を持っていかなければ飢死してしまう(かもしれない)。
山姥切は三日月をそのまま捨て置いて、庭へと向かった。
猫は鯛をペロッと平らげた。
「おなかがへってたんですね!」
今剣がうれしそうに言った。
「ありがとう、山姥切。僕たちだけじゃ、この子にご飯をあげられなかったよ」
「小夜くんのいうとおりです! ありがとうございます」
「別に、礼を言われるほどのことじゃない」
とはいえ、礼を言われて悪い気はしない。もじもじと照れながら、山姥切は猫の毛並みを整えてやった。
ふわふわだった。なんだ、このふわふわの毛は! 山姥切は夢中で撫で回した。
「撫ですぎだよ」
「そうか、すまない。つい夢中になってしまって」
小夜に注意されて、山姥切は我に返った。
「でもわかりますよ! ねこちゃんはもっふもふですからね!」
「そうだな。この猫は虎のニセモノなんかじゃない。だって虎に負けず劣らずのふわふわだからな」
「ニセモノとか毛並みに関係ないよね」
そんなことを言いながら、三人とも夢中で猫を撫で回していた。
「なにをしておるのだ?」
突然後ろから声をかけられて、三人は驚いた。
「三日月!」
慌てて山姥切は自分の纏っている襤褸の中に猫を隠した。
「なんでもありません!」
「はっはっはっ。その様子は、何でもなくはないだろう」
「お前には関係ない」
山姥切がそう言うと、三日月は非常にショックを受けた様子で打ちひしがれた。
「俺は仲間に入れてはくれんのか」
「そ、そういうわけじゃないが……」
三日月の様子に山姥切は慌てた。
「もうよい。そういうことなら、俺にも考えがあるぞ」
そう言うと、三日月は常にないスピードですたすたと歩き出した。
「ちょっと待て。どこへ行くんだ?」
その三日月を追いかけながら、山姥切が聞いた。
「主のところだ」
「あるじになにをいうつもりなんですか?」
今剣に言われて三日月は不敵に笑った。
「俺の勝手だろう。……主!」
三日月は主の部屋の障子をパァン! と開け放って言った。
「知っておるか、主? この者たちは主に隠れて、猫を飼っておるぞ!」
その時の三日月のドヤ顔と、後ろで崩れ落ちる3人の顔がたぶん一生忘れられない、と後に審神者は語った。
「あの時はどうなるかと思ったぞ」
縁側で猫を撫でている三日月に、山姥切が恨みがましい目を向ける。
「はっはっはっ。結局、主公認で猫を飼えるようになったのだからよかったではないか」
「捨てろと言われたら、どうするつもりだったんだ」
「主は動物好きだぞ? そんなことは言わんだろう」
「そうだったのか……」
主はいつも五虎退の虎や鳴狐のお供の狐に会うたびに「にゃああああああ!」と奇声を発して身もだえしていたので、動物が怖いのかと思っていた。
「そうだぞ。だからもっと早く俺に相談すればよかったのだ。俺は頼りになるぞ?」
「分かってる。どうせ俺は写しだ。頼りにならん。天下五剣のあんたとは違う」
「……そういう意味ではないんだが」
襤褸を深くかぶりなおす山姥切を困ったような笑顔で三日月は見つめた。
「まだまだ道は長そうだな」
「? 何がだ?」
「まあ、よい。とりあえずは猫の世話仲間に入れてもらったからな。よきかな、よきかな」
「ああ、猫は、いいな……」
この二人の会話、微妙にかみ合っていないな、と声を掛けるタイミングを逃した小夜は思っていた。
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お友達にリクエストされたまんばちゃんといまつるちゃんが出てくる話、ていうので書きました。キャラ崩壊してると思いますすみません。広い心でお願いします。ちょっぴりみか→んば風味です。