「今度のはちょっと手ごわい相手だけど、よろしく頼むよ」
「おう、まかしとけ!」
出陣前に主に言われて、俺は自信たっぷりに答えた。
「しんぱいしないでください。だって、ぼくにはすっごいみかたが、ついてるんだから!」
俺の横で、今剣も自慢げに答えた。
それは俺のことか、今剣よ。
確かにこの俺、岩融に倒せぬ敵などいない。さすが今剣。付き合いが長いだけあって、よく分かっている。
「そうだな、今剣。お前と俺がいれば、倒せぬ敵などいない! な?」
自分で自分の言ったことばに感動しながら横を見たら、今剣がいなかった。
「なきちゃん、なきちゃん! ちょっとだけ! ちょっとだけ、もふもふってしてもいい?」
そして聞いていない。
今剣は最近仲間に入った鳴狐がお気に入りだ。まあ、仕方ない。子どもが動物好きなのは世の常だ。キツネをモフモフしている今剣がかわいいので許そう。俺は心が広いので、そう思った。
翌日、俺は遠征に出かけることになった。今剣は主の元に残る。
「えー、えんせい?」
「そうだ」
「なきちゃんも?」
「そうだな」
「……やだ」
今剣はぐっと眉を寄せてかわいいしかめ面を作る。しかめ面だけどかわいい。大事なことなので二度言った。
「今剣。俺と別れるのが不安なのは分かるが、」
「ちがうもん!」
ちがうもん、ときたか。かわいい。じゃなかった。今剣の不安を取り除いてやらねば。
「強がらんでいい」
「つよがってない! 岩融のことなんてしんぱいしてないもん。なきちゃんは、えんせいにいっちゃだめ!」
「なん、だと……」
敵に重傷を負わされたとき以上の衝撃だった。
なきちゃんはだめ? 俺は遠征行ってもいいのか? むしろなきちゃんはどうでもいいだろう、今剣よ。
「なきちゃんは、あるじからはなれたらだめなの! おきつねさまは、こううんをはこぶんだよ。げんくろーちゃんは、よしつねこうも、しずかさまも、まもってくれたもの! おきつねさまがいれば、あるじはぜったいしなないの!」
必死に言い募る今剣を見て、俺は胸を突かれる思いだった。
「今剣」
そうか。鳴狐が仲間に入って喜んでいたのはそのせいだったのか。
思い出すのは吉野山。舞い散る桜と、喜び踊る源九郎狐。
義経公の、旅の難苦に疲れ果てたる御容がほんの少しほころんだ、あの美しい夜の奇跡を、お前は忘れられないのだな。
その夜、久しぶりに静御前にお会いになった義経公は、二人水入らずに過ごすために、今剣を弁慶殿にお預けなされた。
今剣は興奮しきっていて、俺の横で一晩中、刃をキラキラさせて喋り続けていた。
「げんくろーちゃん、すごかったね! てきはみーんな、あやつられてたよ! げんくろーちゃん、だれもころさないでみんなおいかえしちゃったんだよ! すごかったね! ねえ、げんくろーちゃんかえってきてくれないかな? そうしたら、よしつねこうも、おにいさんのけらいころさずにすむよ。きっと、やさしいよしつねこうでも、こころいたまずに、ぜったいかてるよ!」
義経公は強くて絶対勝つと、ただ無邪気に信じていた今剣も、さすがにこの頃には気付いていた。気高く強い義経公でも、いや、気高く優しい義経公だからこそ、あらがえない力があるのだということを。
義経公が勝つ未来を思い描くお前の横で、俺は何も言えなかった。夢のようなことを語るお前に、それは夢だとも言えず、その夢をかなえてやるともいえず、ただただ押し寄せてくる暗い予感にひたっていた。
だが、今ならば言える。失ったものはもう二度と手に入らなくとも、今、隣にあるこの輝きを失わないために、俺には、お前にはやれることがある。
「今剣。キツネがいなくたってお前がいるだろう。お前は義経公の守り刀。誰よりも優しく、誰よりも気高く、全てに裏切られてもその誇り高い魂を捨てることのなかった、源九郎義経公の刀だ。だからお前もその出自に、生きてきた道筋に、鍛えてきたその刃に誇りを持て。俺はもう、二度と失敗しない。お前もだろう? 自分の力を信じろ」
最期に義経公がお前を選んだことを、お前はきっと誇るまい。だが、吹き荒れる逆風の中、何度も折れそうになる義経公の心を支えたのは、きっとお前の剣だった。鞍馬寺の加護を受けた今剣の持ち主としてふさわしくあろうという気持ちが、きっとあの方を強くした。
だから、今剣。お前は強い剣であってほしい。あの義経公が持つにふさわしい、義経公が果てるに選んだにふさわしい、強く美しい剣であって欲しい。
「……うん」
今剣はゆっくりとうなずいた。
「わかった。あるじはぼくがまもるよ。だから岩融」
今剣は目にいっぱい涙をためて、俺を見上げた。
「かならずぶじにかえってきて」
そのひたむきなまなざしに俺の心は高鳴った。いや、高鳴ったなんてもんじゃない。射抜かれた。
「……」
「岩融?」
「今剣。『岩融のことなんか心配してない』といいながら、不意打ちで涙ためての上目遣いとかやめてくれ。……分かった。お前は強く、美しく、そして超かわいい剣であってくれ。それが俺の桃源郷」
「なにゆってんの?」
「必ず無事に帰ってくるからな!」
高まった俺は、思わず今剣の両手を握り締めて叫んだ。
「ああ、うん」
若干、今剣の目線が冷たくなった気がするが俺は気にしない。
なぜなら俺たちには、八百年以上前からつながる絆があるのだ。そして今もこうして共に戦っている。
今の俺を観たら、弁慶殿はなんて言うかな。ふとそう思った。
えらく情にもろくなったと笑われるだろうか。それとも、少しはましな刃になったと褒められるだろうか。
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典型的な判官贔屓である私は、とうらぶで今剣を見てずっこけました。まさかのあざとショタ…。
だが使っているうちに愛着が湧いてきて、中傷の姿を見てオチました。なんか、こいつ、エロ……。
しかし、そうかあ、義経ってばショタ好きかあ←ちがう。
というわけで、我が君様(義経)と今剣への愛を込めて書きました。岩融きゅんは当然持ってません。どんなキャラかよく分かってません。たぶんこんなじゃない気はする……。
作品中のエピソードは義太夫の名作「義経千本桜」河連法眼館の段 (四の切)をベースとしています。頼朝お兄ちゃんより疑いをかけられ、都落ちして吉野へ潜伏中の義経の元に、忠臣の忠信が駆けつけますが、そこへ静御前がなぜかもう一人の忠信を従えて登場する。忠信が二人? という話です。