朝食時が終わり、町に活気が出始める時間。今日も王都トリスタニアでは人々が生活の糧を得るために働いている。
平賀才人も大工として工事をしたり、事業者として町中の営業先に出張っている時間だ……いつもだったら。
現在、才人とエレオノールは王城に……いや、王宮の中にいる。
王城には新都計画の補足説明をトリステインの役人に説明するために来たのだが、現在は王族が暮らす区画である王宮にいる。
いったい、なぜこんな事になったんだ?
エレオノールは先ほどからそう考えていた……激しい腹痛を堪えながら。
余裕で二十人は納まりそうなスペースの部屋。豪華な家具が並び、綺麗な内装、美しい花が活けてあり、お香を焚いているのだろうか?すごく良いにおいがする。
ここは王女アンリエッタの私室。この国の最高権力者の一族が暮らす部屋だ。
才人が暮らしている城下町では見ることの無い、中世の世界がここにある。
部屋の中心に位置するテーブルの前に三人が座っている。
一人はこのお茶会(ティー・パーティ)のホステス(主催者)である、アンリエッタ王女。
ゲスト(お客)は二人、ルイズの使い魔で平民の平賀才人と名家ラ・ヴァリエールの長女エレオノール。
アンリエッタが花のような笑顔を崩さずにお茶を飲んで、才人も久々の紅茶の味を堪能している、エレオノールは色々な意味で緊張してお茶を飲んでいる。
才人が飲み干して空になったカップに、メイドがお茶を注いでくれる。
「秋葉原で最近『メイド喫茶』が流行っているけど、まさか本物のメイドさんに御奉仕してもらえるとは思わなかったな」
「あら、サイト様の国にもメイドがいるんですの?田舎と聞いていましたのに……以外でしたわ」
「いや、本物のメイドさんじゃなくって飲食店なんかでウェイトレスがそういう格好をしてくれるだけ。本物のメイドさんなんていないんじゃないかな」
「偽者のメイドがいるなんて……サイト様の国は本当におかしな……いえ、変わった国みたいですね……クスッ」
「ああ、それ!よく言われるらしいんだよね、他の国からも。日本は変わっているとか、独自の文化色が強いとかさ」
エレオノールの心配をよそに才人とアンリエッタの会話は弾んでいる模様……アンリエッタの言葉に、少々棘を感じる事もあるのだが。
エレオノールはまだハラハラしていた。
先ほどの才人の挑発といい、アンリエッタの笑顔の怒気といい、いつ爆発するのか全く読めない爆弾と一緒にいるみたいだった。
(サイトったら……あんまり喋らないでってあれほど言ったのに。いつ失言するか分からないんだから堪忍してよ!そんなに楽しそうに……私、以外と)
ハラハラの他にも、ほんのちょっと嫉妬もあったりした。
「サイト様は私の知らない辺境の……失礼、遠い所からいらしたという事で」
「う~ん……たしかにトリステインから見たら辺境の地なんだろうな。まあ、随分とすごい所に来たもんだと思ってはいるよ」
アンリエッタの皮肉込みの質問に、才人は素直に答えを返した。
「そうでしょう、そうでしょう。では、サイト様から見てこの国はどういう風に映るのかお聞きしたいですわね」
「え……どういう風に映るかって?どういう事」
「外国の方から見たトリステインの評判が知りたいのです。直接お聞きする機会など滅多にないので……遠慮なくお話ししてください」
「ああ、なるほどね」
いわいる海外の反応や評判が聞きたいと……外の目を気にするのはどこの世界でも同じなんだな。
その横にいるエレオノールが目で才人に語りかけてくる。
(サイト……わかっているわよね!?褒めるのよ!絶対に悪く言わないで!接待するのよ!いいわね)
(安心しろよ、エレオノール。こういう時はどうすればいいかなんて決まってるって!)
「そうですね……なんて言うか……古くさい国かな」
「……え?今、何と仰っしゃて」
「このトリステインはハルケギニアの中でも長い歴史と伝統を誇る国なのよサイト!そう言いたいんでしょ!?ね!?」
エレオノール、ついには王宮の中で絶叫。
「いろいろと文化的に遅れていると言うか……未熟と言うか。まあ、日本と比べるのも酷な話なんだけどな」
軽く見積もっても才人が住んでいた世界と、この世界では三百年ぐらいの差はありそうなのだから仕方が無い。
「そ……それは凄いですね。まさかこのトリステインが遅れていると言われるなんて……そんなに進んでいる国なのかしら?」
「厳密に言えば国っていうわけでも無いんだけど……だいぶ差があるとおもうぜ。いや、本当にさ」
「…………では、サイト様。この私にどこが遅れているのかご教授いただけないでしょうか?ねぇ……」
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
才人の『遅れている』発言がプライドを刺激したらしく、アンリエッタの背景に謎の効果音が浮かび上がった。
「……………………」
姫さまの怒気再び!そしてエレオノールは……気絶した。
「そうだな……言っても良いけど怒らない?結構、辛らつな評価になると思うけど」
「ええ……是非お願いしますわ。わざわざご教授いただけるのに怒るなんてとんでもないですわ」
「そっか……それなら遠慮なく」
アンリエッタは笑顔を崩さずに才人に話すように促してくる。怒らないと約束して……。
「まずは社会制度のバランスが悪いかな」
「……具体的にお願いします」
「その前に聞きたいんだけどさ、この国って絶対王政なの?それとも司法とか行政とか分けているの?」
「絶対王政?分ける?」
「ええっと……女王様がこの国の事を全部決めているのか、それとも、法律とか行政とかを王族以外が決めているのかって事」
「行政、司法、軍、はそれぞれ独立しております。王族が直接関われるのは軍部のみと聞いていますが……それが何か?」
「行政と司法には王族は関わらないのか?」
「関わろうと思えば出来るのでしょうが……そんな事をすれば国に奉仕をしている臣下の心が離れてしまうでしょうね」
「……ちなみにさ、この国の役人って全員貴族なんだよな?」
「…………はい。それが何か?」
重税に苦しむ平民、貴族階級、行政や司法などの役人は貴族のみ、王族は行政に口出ししない(もしくは見て見ぬふりか?)、何だろう……歴史の授業で習った覚えのあるシチュは……革命フラグが建ってるよ。ギロチンの音が聞こえる気がするよ。
「え~と……本当に怒らないんだよな?」
「何度も言わせないで下さい。そこまで狭量ではないつもりですわ」
「ひとまず絶対王政に戻したほうがいいんじゃないかな……なんて」
「はぁ?……随分と古くさい考えをお持ちですわね」
「いや、だってさ……」
「一人の王が圧政を敷いて国が滅びるのは過去の歴史からも分かるはずですが……サイト様がそんなに遅れていらしたとは。非常に残念ですわ……ウフフ」
「この国でも圧政を敷いてるだろ!……分からないのかな」
「なっ……なんて無礼な。お母様がそのような事をするはずがありませんわ!発言を撤回なさい!」
アンリエッタ、怒りの絶叫。
「いや……お母様がじゃなくってさ。貴族が平民に対して圧政を敷いているって言ってるの。知らなかった?」
「そういう不満が平民から出ている事は知っています!ですが彼らを統治する貴族がある程度の税を頂くのは当然の事ではないでしょうか!?それに平民の言葉を全て鵜呑みにするわけにはまいりません!!」
「いやさ……そういうレベルの話じゃなくって。食べる事も出来ないくらい苦しんでいるって話だよ……『お菓子を食べればいいじゃない』とか言うなよ」
「サイト様……それはお話を盛りすぎではないのでしょうか?貧富の差が無いとは申しません……ですが、トリスタニアは毎日活気に溢れています。仮にあったとしても一部の極端な例ではないのでしょうか?」
「はあ……この国の未来がなんとなく想像できる気がする」
「ウフフ……サイト様のお話は本当に面白いですわね。せっかくですからその未来と言うのをお聞かせいただきませんこと?」
「アンリエッタ様、そろそろ昼食のお時間です。ここらへんでお話を切り上げていただきたいのですが」
白熱した場の中で部屋に控えていたメイドが口を出す。そう言えばだいぶ時間が過ぎている。部屋の中にある時計が十二時を軽くオーバーしている事を示している。
「えっ……もうそんな時間なのですか?」
「はい。そちらのお客さまもお昼すぎから宰相との面会があると伺っておりますので、お茶会はここまでという事に」
「そういえば……王城に来たのは役人に新都計画の補足説明をするために来たんだよな。すっかり忘れてた、ありがとうメイドさん」
才人も時間を忘れるぐらいにはアンリエッタとのお茶会(ディベート)を楽しんでいた。だが当初の目的を忘れては本末転倒だ。メイドさんにお礼を言って席を立とうとするのだが……。
「それは後にして下さいまし。この国の未来とやらを先にお聞かせください、サイト様」
まさかの延長戦突入!?
「いえ……しかし……お食事のお時間が……アンリエッタ様、お気持ちは分かりますがここはどうか……」
「この国の未来を教えて下さるとサイト様は仰っているのですよ……私の昼食よりも重要だと思いませんか……ウフフ」
「アンリエッタ様……私がメイド長と宰相に怒られてしまいます……どうかご勘弁を」
「では、私に無理強いされたと仰っしゃってかまいません。あなたの責任にはならないようにしましょう」
アンリエッタを必死に諌めるメイドだったが、ごり押しに負けそうだ。
その姿を見た才人は「やっぱりわがまま系のお姫さまだったんだな……初対面で見た時の印象通りだ」と、そんな事を思っていた。
アンリエッタは最初は怒っていた。
どうみても平民の少年が王族に対してぶっきらぼうな喋り方をしていて、なおかつ反抗的な態度を隠そうともしない。
外国から来たと言う目の前の無礼者に一国家の王族の力を誇示しようというプライドからお茶会に誘った。
だが、話をしているうちにトリステインは自分の国と比べると遅れていると言い出す始末。
アンリエッタのプライドにまた触れた。正直言って気に入らない。絶対に言い負かせてやると話に夢中になるアンリエッタ。
そして、そんな不遜な男がこの国の未来が分かると言いだした。正直、すごく気になる。どんな未来を想像しているのか聞きたい。
自身の昼食、目の前の少年が宰相との面会、そんな事が些細な事に思えるぐらい聞きたい。
アンリエッタのお茶会は第二幕を迎える。
「アンリエッタもわがままだな。さっきのメイドさん、最後には半ベソをかいてたぞ」
「そうですか……後で謝ります。それよりもお話の続きをして下さらない?」
「じゃあ……そうだな。話を途中で端折られると分からなくなりそうだからさ、最初に全部話すから質問はその後でって事で……どう?」
「はい……それで構いません。どうぞ」
才人は少し頭の中で言いたいことを整理した、これから話す事を、才人の知る歴史の実話をベースにトリステインという国を重ね合わせて……。
「この国は強力な貴族階級で成り立っている。貴族が平民を統治して平民が貴族に税を納める社会構造だ」
「支配するものと支配されるもの……非常にわかりやすい仕組みだ。だけどいつまでこの体制を維持できるんだろう?」
「貴族は何を思っているんだろうか……国家の繁栄?より良い社会を築く?そんな事を思っている貴族もいないとは言い切れない」
「平民は何を思っているんだろうか……国のため?統治している貴族に感謝?そんな事を思っている平民もいないとは言い切れない」
「でも……人間ってさ本当に欲深い生き物なんだ。もっと良い暮らしがしたい、美味しいものが食べたい、綺麗な女を抱きたい、欲望なんて留まるところを知らない」
「平民にも貴族にも欲っていうのは当然あるんだ……人間だからね。それで貴族の欲望……平民の欲望はどういう形で出てくるのかな?」
「貴族たちの欲望の形は結構わかりやすいよね、重税を掛けて必要以上に平民から搾取する、己の強権を背に若い女を自分のものにする……まあ、いまこの国で行われている事なんだけどさ」
「じゃあ平民の欲望はどういう形で出てくるのかな?お金が欲しくても簡単には手に入らない、美味しいものが食べたくても買うお金が無い、それ以前に生きるための食べ物を買わなければならない、女は……そんな余裕は無いかな」
「貴族は思う存分欲望を発散できるのに平民はそれが出来ない……同じ人間なのに不公平だよな。じゃあ平民はどうするかって話だけど……」
「もういいですわ……どんな未来を聞かせて下さるのかと期待しておりましたが……予想通りと言うか……正直、がっかりです」
「へえ……予想通りねぇ……じゃあこの後どうなるのか分かるのか?」
「不満を持った民衆が反乱を起こして、体制を覆そうという話でしょう。ハルケギニアの長い歴史の中でもそのような事例はよくありました。成功した例も失敗した例も……」
「あ~……たぶんだけどこの国の未来予想は少し違うと思うよ。あくまでも俺の予想だけど……話を続ける?」
「わかりました……続きをお願いします」
「反乱までのプロセスが分かっているなら、こっちも話を飛ばして核心部分から話すよ……アンリエッタ……あんたは近いうちに貴族たちにこの国ごと売られるはめになると思う」
「うっ……売ら……売られるって!どういう事です!?」
「俗に言う『売国奴』って奴だよ。その中でもアンリエッタの商品価値は結構高いほうだと思うからな」
「どういう事ですの!?私を商品などと……なんと無礼な!!」
「だってアンリエッタって第一王女で王位継承権が高いんだろ?この国の次の王様……違った、女王様なんだからさ。アンリエッタを手にすればこの国を手にしたも同じ事……違うの?」
「確かに私は次代の女王です……ですが売るってどこに売るのですか!?誰が私を買うというのですか!?」
「え……本当にわからないの?トリステインが欲しい国、もしくは組織があれば買うだろ」
「このトリステインにそんな不忠義な貴族はおりません!!なんて恥知らずな事を仰るのですか!?」
「いや、普通に売るだろ。本当は分かってるんじゃないの?」
「………………」
「さっきは貴族って言ったけど平民だってそうだよ。たとえば『お姫さまを無理やりにでも捕らえてくれば一生楽して暮らせるようにしてやる』って言われたら大体の平民は話に乗るよ」
「………………」
「まあ、さすがに平民には荷が重いけどさ、貴族の……それも強欲で地位のある人物なら結構簡単に出来るんじゃないのかな?」
「………………」
「アンリエッタ?大丈夫か顔が真っ青だぞ。話を続けるのを止めようか?」
「……いえ、お気になさらずに。続きをお願いします」
「わかった。話を少し戻そうか……もう一つの未来予想なんだけどね、こっちはある意味さっきよりも酷いかも」
「……ある意味?」
「貴族たちが平民に圧政を敷いて苦しめているってさっき言ったよね……覚えている?」
「はい……わかりやすい欲望の形と言ってましたね」
「うん、その圧政で苦しむ民衆の……平民の怒りが全てアンリエッタに向く。アンリエッタは暴虐女王としてこの国に処刑される事になる」
「……暴虐女王……酷い……私が一体何をしたのです?」
「あくまで予想なんだからそんなに落ち込むなよ。簡単に言えば貴族が平民から富を奪って、怒った平民たちに貴族は『アンリエッタに無理やりやらされた、俺たちは悪くない、悪いのは全部アンリエッタのせいだ』と責任を全て擦り付けてめでたしって話」
「………………」
「フラン……俺の国でも昔、同じ様な事で一人の王妃が処刑された。世間一般的には『傾国の美女』とか『世界三大悪女』とか言われているけど、おれは世間知らずな普通のお姫さまだったと思う」
「悪人としての汚名を着せられて、後世まで語り継がれる……哀れですね」
「人間なんて粗を探そうと思えばいくらでも出て来るんだし、歴史に残る大悪人が実はすごく良い奴だったって事も普通にあるんじゃないかな?」
「そうですね……サイト様の未来予想はこれでお終いなのでしょうか?」
「本当はそうならないような傾向と対策の話もあったんだけど…………ドクターストップかな」
結局、最後までエレオノールは気絶していた。
だいぶ時間が遅れてしまい面会予定の役人と会えなかったのだが、まさかの一箇所だけのサイン漏れだったらしく一筆書いただけで用事が終わった。
エレオノールがまた絶叫するのでは?とヒヤヒヤしたがお茶会の件でだいぶ元気が無かったようで助かった。
王城を出てからしばらく歩いた。もう空が赤く染まっている……夕方になっているトリステインの町。
「サイト……今日のあなたはどこか変よ。すこし性格が強気になったと言うか……変なものでも食べた?」
「う~ん……変なものね……昨日の夜中にエレオノールを少し食べたぐらいかな……」
と、親父ギャグを飛ばす才人と夕日に負けないぐらい真っ赤になったエレオノールの二人。
(やっぱり、今日のサイトはおかしいわね)
才人の横顔を見ながら、エレオノールはそう思った。
次回 第34話 【間幕・短編】最近のルイズの様子/ガールズ(?)トーク/アンリエッタ悩む/サイトが構ってくれない/革命の序曲(予告編)
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お茶会・それは淑女のたしなみ。
男子たちには分からない女の子のキャッキャッウフフなものらしい……あれ?
才人とエレオノールとアンリエッタの楽しい(?)お茶会が始まります。
がんばれ!エレオノール!