孫家に仕えていた人達の新たな人事をようやく決定できた。
蓮華には主要都市の一つとなる建業に移ってもらい、長江以南の行政長官として力を揮って貰う。
亞莎や穏をはじめ主だった文官を率いてだ。
祭と思春には荊州と揚州の水軍を統合した新生水軍を任せる。
思春が蓮華の護衛の任を外されるのに抗議してきたけど、蓮華が諭してくれて事なきを得た。
明命は俺の護衛官と諜報員を兼ねる。
どうにか統治体制を整えられたので明日には寿春に戻るが、長沙を離れる前に孫家先代である孫堅の墓参りに行く事にした。
一度は挨拶しておきたいと思ってたからな。
「ここよ、一刀」
蓮華の案内で目的地に辿り着く。
俺が手元に持っているのは酒、今年出来た酒で一番良い物だ。
「お酒だけでいいのかい?他にも何か持って来た方が良かったんじゃ」
「いいのよ。お酒と戦があれば幸せな人だったから」
物凄い評価だけど、娘がそう言うのならいいか。
酒を墓石らしきものの前に供えて、俺は手を合わせて目を閉じる。
皆もおそらく同じで、暫く静かな時間が流れる。
静寂を掃ったのは孫堅の娘。
「全く、本来真っ先に報告に来なきゃいけない人は何をしてるのかしら?」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第49話
いい天気だ、お茶をするには良い時期だな。
新茶が良い香りだ。
私達が居るのは中庭で、同じようにお茶をしている華琳様と孫策殿から少し離れた席だ。
最初は私を含め五人でお茶をしていたのだが、姉者が警戒心剝き出しでいたものだから華琳様から離れるように言われた為だ。
叱責されて落ち込んでいた姉者は可愛かった、今は華琳様の方を凝視して聞き耳を立てている。
「夏侯淵将軍、雪蓮に対して貴女は姉君ほどに警戒心が見られないが何故かな?」
同席で共にお茶を楽しんでいる周瑜殿が問いかけてくる。
特に深い意図がある訳でもなく、話題の種に振っただけの様だ。
「そうだな。来訪時の孫策殿の言葉に納得した、というか共感したからかな」
おそらく華琳様もだろう、役目柄疑い深い軍師達すら追及しなかった有様だからな。
華に降服した筈の孫策殿が何ゆえ周瑜殿と共に魏に来たのか。
北郷なら喜んで迎えてくれたろうにと問えば、理由は簡潔だった。
「女の意地よ」
蓮華様の雪蓮様への叱責が止まりませんね~。
「本当に勝手気ままなんだから。王の責務から解放されたら私達に挨拶も無しに国を飛び出すなんて、冥琳まで巻き込んで」
「まあまあ、蓮華様。王の証である南海覇王は置いていかれましたし、それに冥琳様が付いていらっしゃるのですから、ある意味安心ですよ~」
むしろ離れてたら冥琳様こそ心配です、普段は冷静沈着な方ですが雪蓮様の事ですと思い込みの激しいところがありますからね~。
「一刀、本当にごめんなさい。民の噂で一刀が姉様を追い出したと広まってるわ」
そうなんですよね~。
抵抗せずに降服してきた者を放逐する、世間体は悪いですよ。
自分から出て行ったなんて、雪蓮様を知ってる者しか理解できないでしょう。
「いいよ。俺の噂なんてもう何でもありだし、・・特に女性関係は」
おや?最後に何か小声で呟かれてましたが聞き取れませんでした。
「雪蓮にやってもらいたい事は大陸統一後が本番だから、それまでは雪蓮の思うままにでいいと思う」
「でも姉様は一刀と戦う為に出て行ったのよ」
ですね~、何しろ直接戦闘を行ってませんから一刀さんと戦いたい気持ちは有り余ってるでしょうし。
「かまわない、俺だって全力を尽くす。但し俺なりの戦い方でね」
躊躇の無い返答です。
王には非常の決断を迫られる事が常に起こり、そこで情に流されるか、情を捨てるか、王の真価が問われます。
曖昧な態度を続ければ澱みが深まり、遂には取り返しの付かない事になるでしょう。
ですが果断な対処ばかりを行うのは思考を怠る一種の逃避ともいえます。
人の心を汲まない王は民に安心を与えません、最善手を考え続けての決断こそ王に求められる事です。
「それでよい。お主の思う通りにやれ、そんなお主に儂等はついていこう」
祭様の言葉には一刀さんへの信頼があります。
祭様も雪蓮様と同じように、孫家という背負われていたものから解き離たれたのでしょうか。
「あ、あの、一刀様。雪蓮様にやっていただきたい事とは何なのでしょうか?」
亞莎ちゃんの質問は私も気になりますね、何なのでしょう。
こう言っては失礼ですが、あの飽きっぽい雪蓮様が為す御役目ですか、ちょっと想像がつかないですね。
「水軍での外交官吏だよ。他国との交渉を任せたいんだ。雪蓮の胆力・武力・人懐っこさは友好でも交渉でも申し分ない。初見の相手には特に最初の掴みが大事だからね」
それはいいですね~、短時間で相手を見定める事なら雪蓮様に並ぶ者はいません。
あの独特な勘の良さが存分に発揮されるでしょう。
「それに」
「まだあるのですか?」
「普段から船に乗ってたら仕事から逃げられないだろ?」
ドッ!
揃って大笑いです、如何に雪蓮様でも周りが水では逃げられませんよね~。
「ねっ、一刀ったら薄情だと思わない、私が出て行くって言ったらあっさりと了承したのよ。恋人なら力尽くでも止めるべきでしょ」
「貴女の世迷言はともかくとして、止めて欲しいのなら残ればよかったじゃない」
「私は妹と違って迎えにきた男の胸に飛び込む女じゃないの。欲しい物はこの手で掴み取るわ、私はまだ負けてないんだから」
「国と国の戦が単純な力の衝突になる訳が無いわ。それ位分からない貴女じゃないでしょう」
「仕方ないでしょ、国力に差がありすぎて軍事以外で状況を打破する方法なんて無かったんだから。言っとくけど貴女だってこのままだと私と同じ轍を踏む事になるわよ」
「聞き捨てならないわね。確かに国力では負けてるわ、でも不足な程でもない。人の力で十分補えるわ」
「違うわよ!貴女、私を差しおいて一刀と仲良くしてるでしょ。だったら絶対に貴女の仲間にも一刀に惚れてるのがいるわ。あの女ったらし!!」
「・・そうね、・・ええ、その通りねえ、・・あの種馬!!」
孫策殿の発言に飛び出そうとした姉者だが、華琳様から発せられる怒気に足が止まる。
「フッ、やっとらしさが戻ったかな」
周瑜殿から聞こえた言葉に私と姉者が反応する。
「周瑜殿、らしさとは?」
「ああ、止むを得ない事だが雪蓮も華に対する重圧で苦しんでいたのだよ。普段の自分を見失うほどにな。かつての自分と同じ苦しみを持つ曹操殿と話す事で、ようやく自分らしさを取り戻せたように見えてな」
周瑜殿の優しく、そして悲しみを含んだ言葉。
王としての苦しみ、か。
孫策殿と断金の交わりと称される親友であっても、分かち合えない思い。
幼少の頃から華琳様のお傍にいた私達と同じで、踏み込めない領域。
答えの出せない事に囚われそうなので私は強引に話を変える。
「周瑜殿はどうなのだ。孫策殿のように北郷に含むところがあるのか?」
「そうだな。完璧な敗北を喫した軍師としては口惜しい気持ちがかなりあるな。戦わずに降服するなど夢にも思わなかったよ」
質問に微笑を浮かべながら返答してきた、北郷への負の感情は見られない。
国を失った者の在り様ではない。
もし負けた相手が華琳様や袁紹なら有り得ない事だろう、それ以前に徹底抗戦していた筈だ。
北郷だからこそ戦わずに降服する選択がなされた。
「百戦百勝は善の善なるものに非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり、か」
思わず口から出た感想に姉者が問いかけてきた。
「秋蘭、今言った言葉は何なのだ?」
姉者も孫子を読んだ筈なんだがな、華琳様に命令されて。
「百回戦って百回勝つのは最善ではなくて、戦わずに敵を降服させることこそ最善という孫子の言葉だ、姉者」
「何故だ?百回戦って百回勝つ方が凄いではないか」
生粋の武人である姉者には納得がいかないか。
「夏侯惇将軍、例え負けなかったとしても戦えば味方に被害も出るし物資も必要となる。無闇に戦ってはいけないという戒めなのだよ」
「む、そういう事か。確かに大事な兵士達を失いたくはないな」
姉者は兵士達に特に慕われている将だ。
感情を正直に出し、現場の苦労を一緒に分かつ姿勢が身分差を越えて連帯感を生んでいる。
「だが戦わなくてはどちらが強いのかハッキリせんではないか!」
あくまで武にこだわる姉者。
それでいい、その真っ直ぐさこそが華琳様の剣たらしめるのだから。
「夏侯惇将軍、雪蓮も貴女と同じ思いでここに来たのだよ。王ではなく武人としての矜持を貫きたいが故に。その心を汲んでやって貰えないだろうか?」
客将とはいえ、国の王であった者が他国に身を寄せる。
心中に消化しきれないものがあるだろう。
孫策殿の心中を最も知る周瑜殿の願いに、
「春蘭だ。私の事はそう呼べ。客将であってもこれから共に戦う者に遠慮は不要だ」
姉者、私は妹として誇らしい。
「私は秋蘭、頼もしき戦友を得た事を嬉しく思う」
私と姉者の伸ばす手が掴まれる。
「我が真名は冥琳、心から感謝を。持てる力を全て出し尽くす事を約束する」
固く握手する、互いの気持ちを表すように。
「何よっ、華琳のケチ!」
「誰がケチよっ、この馬鹿雪蓮!」
「褒賞に江南の地と一刀を頂戴ってささやかな願いじゃない、それ位いいでしょ!」
「どこがささやかよっ、働き次第で江南の地は考えてもいいけど、一刀は駄目に決まってるでしょ!」
「恋人同士を引き裂くなんて無粋じゃない!」
「あれは私のものなのっ!」
・・何時の間にか真名を交わされたらしい。
すっかり仲良くなられたようだ。
あれほど感情を剝き出しの華琳様を見るのは久しい、幼少の頃を思い出す。
寂しくはあるが嬉しく思う。
だがそろそろお止めせねばならんな、既に姉者が飛び出してる。
私と冥琳は同時に頷き、騒ぎの収拾に向かう。
そろそろ引き上げる時間じゃの。
最後に酒を墓石にかけるが、芳醇な香りが儂の鼻腔を刺激する。
「一刀、酒はまだあるんじゃろうな?以前に飲む約束をした時に、一番いい出来の物を飲ましてくれると言っておったじゃろ」
「あるけど、城に戻ったら政務があるから一緒に呑むのは今度で」
「駄目じゃ、お主は働きすぎじゃ。今晩は儂と付き合え、なんなら酒以外でも相手をしてやるぞ。これは手付けじゃ」
一刀を引き寄せ、有無を言わさず唇を奪う。
慌てて離れようとしてるようじゃが無駄じゃ、お主の力で儂に敵う訳がなかろう。
権殿達に総出で引き離されるまで味わわせて貰う。
「一刀、母様の墓前で不謹慎よ!」
「えっ、俺が悪いの?」
「特別に去勢で許してやる」
「特別でそれ?」
「一刀さん、私なら大丈夫ですよ~」
「だ、駄目です、穏様」
一刀を攻め立てて儂を攻める者がおらぬのが面白いところじゃのう。
皆、若いわ。
騒いどる皆を背に、儂はかつての主に語りかける。
どうじゃ、炎蓮。
羨ましかろう、おまえと獲り合った男よりも好い男じゃぞ。
向こうで精々口惜しがっておれ、一人で先に逝った罰じゃ。
共に死ぬ約束を破りおったな。
・。
・・儂はまだ、おまえの処にはいけぬ。
見届けたいのじゃ、この大陸が生まれ変わる様を、若者達が切り開く未来を。
おまえが描いていた夢が叶う世をな。
その事を告げるために今日は来た。
炎蓮よ、死に場所を求めていた儂はここに置いていく。
儂もまた、精一杯生きていこう。
再びおまえに逢う時は、土産話を山程抱えてからじゃ。
楽しみにしておれ、・・友よ。
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あとがき
小次郎です。
読んで頂きありがとうございます。
今回は拠点話に近い話をおくらせて頂きました。
前話のコメントに雪蓮の件で色々と考えてくださってた事に、シンプルな動機しか頭になかった私は本当に感心してしまいました。
自分の頭だけでは思いつかない視点や発想を教えていただけるのは本当に有り難いです。
続きを書きたい気持ちが湧いてきます。
上手く纏めれるかは手探りなので時間がかかってしまうのですが頑張ります。
次回も読んで頂けたら嬉しいです。
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先代孫堅の墓に向かった一刀たち。
その頃雪蓮は華琳と。