No.808722

とある不死鳥一家の四男坊 聖地巡礼シリーズ【半分の月がのぼる空】 その3(完)

ネメシスさん

これで半分の月がのぼる空とのクロスは終了です。
色々と試行錯誤していましたが、とりあえず私が書きたかった内容におさめることができたと思います。
それでは、最終話をどうぞ。

2015-10-18 14:18:08 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1851   閲覧ユーザー数:1819

 

 

 

「いやぁ、まさに危機一髪ってところか?」

 

妖気を頼りに空を駆けてできるだけ急いできたつもりだったけど、ついたときに見たのはボロボロにされている一般人と、かなり力を蓄えらしい妖魔がいい気になってその一般人をいたぶっているところだった。

いや、それはそれで大変なことなのだけど、個人的に今一番驚いているのはまた別のことだ。

 

(……こいつって、もしかして戎崎裕一じゃね?)

 

ちらっと見た所、他にも夏目吾郎っぽい医者と谷崎亜希子っぽい看護婦もいる。

砲台山の件で変だなぁとは思っていたけど、まさか半月の世界がここに存在していたとは。

驚き半分、うれしさ半分といったところだろうか。

 

(……っと、まぁ、とりあえずやることやってからだな)

 

個人的にこの世界を堪能したい気持ちマックスになってはいたのだが、さすがにこの妖魔を放っておくことはできないようだ。

獲物を喰らうのを邪魔されて怒り心頭といったご様子の妖魔が、俺に殺意に満ちた視線を向けてくる。

そんな視線をスルーして、俺は会員証を取出し操作する。

 

「……あ、あの、助けてくれたのはうれしいんだけど、いったい何を?」

 

「ん~? 手配書の中に、こいつがいればいいなぁって思って探してるんよぉ」

 

会員証を操作して目の前の妖魔を「パシャリ」と撮る。

すると、すぐさま協会で公開している手配書が載ってるサイトが開かれ、類似一覧が開かれる。

 

「……うぅん、こいつじゃない……こいつでもない……これは……お、こいつか?」

 

一覧の中で、こいつっぽい手配書を見つけることができた。

 

「ほぉ、しょうけらって妖魔なのか。なんか、ぬーべーで見たな。元々そんなに強い力は持ってなかったみたいだけど、やっぱりたくさんの人間の負のエネルギーを喰らってここまで力を付けたわけね。

お、お前すげぇなぁ。懸賞金15万魔貨もかかってるよ! 最初はただ働きかって思ってたけど、やっぱり来てよかったわ!」

 

どうやらこいつはCランクのはぐれ妖魔に認定されているらしい。

それで15万魔貨。低ランクにしてはそこそこなお値段だろう。

思わぬ臨時収入(予定)に少し小躍りしたい気持ちになったけど、他の人も見てるんだし少し気を引き締めるか。

 

「……なぁ、あんた。あんたはあいつを倒すことができるのか?」

 

「ん? まぁ、できると思うよ?」

 

やってみないことには断定はできないけど、こいつは対象を衰弱させる妖術を使うらしい。

能力としてはそこそこ厄介そうだけど、それでもCランク程度の術だったらある程度以上の魔力がある悪魔ならば十分に抵抗できる範囲だろう。

基本的にそういう呪いだの精神異常だのという力は対象の魔力や気等の量などによる抵抗力によって、効くか効かないかが分かれる物だからな。

今も目の前のしょうけらが俺に対して術を使っているような感覚はあるが、自覚できる範囲で体の異常は感じていない。

十分に抵抗できる範囲だったということだろう。

 

「だったら、お願いだ。あいつを何とかしてくれ! あいつのせいで里香が、里香が死にそうなんだ!」

 

「……なんですと?」

 

里香、というと秋庭里香とのことだろうか。

この少年が戎崎裕一だとしたら、もちろん秋庭里香もいるのだろうとは思っていたが。

 

「……あぁ、そっか。そういうことね」

 

なんでこいつらがボロボロになっていたかと思えば、しょうけらが元々狙っていた獲物が秋庭里香だったということか。

しょうけらを何とか秋庭里香から引き離したこいつらが、逆に目を付けられて獲物になってしまったってわけだ。

はぐれのCランクというと協会が認定しているランク付けの中で下位に属しているもので、ある程度以上の力のある悪魔からしたら歯牙にもかけないような存在が大半だ。

しかし、それはあくまでもある程度以上に力のある存在からしたらの話だ。

魔法も奇跡もある世界で、それでも彼らはあくまで一般人としてこの世に生を受けている。

下位のランクとはいえ協会から認定されるような妖魔に、霊力も気も使えない一般人が太刀打ちできるはずがない。

標的を変えることができただけでも、十分頑張った方だろう。

 

……というか、今はそんな考察はしている場合ではなかった。

秋庭里香が標的にされていた。

今が原作のどの時期なのかはよくわからないが、秋庭里香は元々病弱なのだ。

心臓に重い疾患を抱えていて、いつそれが悪化してしまってもおかしくはない状態。

それなのに、しょうけらの力にさらされていたとしたら、余計負担がかかりいつ命の灯が消えてしまってもおかしくはない。

 

(……あ、なんかちょっと、カチーンと来たぞ)

 

「……悪いなしょうけら。お前と遊んでやる時間はないみたいだ」

 

―――ギィ!? ギギイイイイイイイイイイイ!!!!

 

ちゃんとこっちの言葉が理解できてるのか、それとも俺の態度が気に入らなかったのか。

よくわからないが、とにかくめちゃくちゃ怒ってるのだけはわかる。

しょうけらは今まで抑えていたのだろう妖力を体に滾らせて俺に向かって突っ込んでくる。

元々そうなかった距離が、一瞬で埋まる。

鋭い爪で俺を串刺しにしようとしてくるしょうけらに、俺は焦ることもなくただその動きを見る。

そして……。

 

「……オラッ!」

 

―――ギガァ!?

 

爪が俺に届く瞬間、魔力を込めた足でしょうけらを思いっきり蹴り上げる。

少し床が陥没してしまったが、今はそんなこと後回しだ。

なにせ、こいつは秋庭里香を標的としやがったのだから。

病弱でありながらも我が強く、強情なところもあるが優しい一面も見え隠れする女の子。

いつ終わるかもしれない日々を大切な人たちと一緒に過ごしたいと願い、一生懸命に生きようとする女の子をこいつは殺そうとしやがった。

ただただ自分の欲望の赴くままに、面白おかしく嘲笑いながら。

 

(……これは、一半月ファンとしてはちょぉっと、許せないよなぁ?)

 

静かに怒りを燃やしていた俺は、上空に飛んでいくしょうけらを見つめながら拳大の炎の塊を作り出す。

もちろん、見た目通りの威力ではない。

魔力と俺の怒りを込めに込めて、圧縮してできた高密度の火球だ。

 

「……汚物はぁ……消毒だぁぁぁああああ!!!」

 

それをしょうけらに向けて放り投げる。

上空だいたい100mくらいだろうか。その位の所で火球がしょうけらと衝突する。

 

「……今まで散々人様の命を喰らってきたんだ。最期くらいは綺麗に咲いて逝きやがれ」

 

真暗な夜空に一瞬、大きな音とともに強い光が輝いた。

火球は間違いなくしょうけらという妖魔を消滅させ、同時に大きな花火を空に咲き誇らせた。

それは本物の花火のように色鮮やかで綺麗といえるようなものではなかったかもしれないが、それはとても力強い光を発していた。

まるで、今までしょうけらに喰われてきた人々の命が、しょうけらという檻から解放されたことの喜びに震えているかのように。

俺の後ろで座り込んでいる戎崎裕一たちもその力強い輝きに見入っているようで、目を見開いて空を見ていた。

数多くの人間を不幸にしてきただろう妖魔の最期にしてはなんともあっけなく、しかしいささか上等なものだったかもしれない。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

しょうけらを倒した後、簡単にではあるが戎崎裕一たちの怪我を回復魔法で癒しておく。

俺が使えるのは軽傷クラスの怪我を癒す程度の魔法ではあるが、それでも彼らを回復させるくらいの力はあったようだ。

体を走る痛みが消えたことに驚きを見せる3人。その中でも、ベテランの外科医である夏目吾郎は回復魔法の存在に「怪我を一瞬で治すとか、なんて非科学的な」と少なからずショックを受けているようだが、俺以上の回復魔法を使える奴もいるということは黙っていた方がいいのだろうか……。

とりあえずそれは置いておいて、秋庭里香の様態が気になるところだ。

俺たちはそろって秋庭里香の病室へ向かった。

 

「里香!」

 

病室に入ると戎崎裕一が秋庭里香の眠るベッドへ駆け寄る。

秋庭里香を見ていた婦長らしき人は戎崎裕一と俺の存在に怪訝な表情を浮かべていたが、一緒に入ってきた夏目吾郎や谷崎亜希子が何も言わないため、素直に戎崎裕一をベッドに近付けた。

 

「里香、大丈夫か里香!? もう化物はいなくなったんだ、だからもう大丈夫だよ!」

 

「……ゆ……いち……んっ!」

 

「里香? おい、里香!」

 

「戎崎、少し下がってろ!」

 

一向に目を覚まさない秋庭里香。

しょうけらを倒したから、彼女を襲っていた苦しみは消えたはず。

それなのに、いまだに彼女は苦しみに襲われているようで、小さな呻き声をあげている。

夏目吾郎は戎崎裕一を押しのけると聴診器を耳に当てて、素早く心拍を聞き取る。

位置を移動しながらしばらく診察していると、夏目吾郎は目を見開き一言つぶやく。

 

「……不規則な流れに、呼吸の乱れ……嘘だろ……発作が再発してるのか?」

 

「……ちょっとまちなよ、それって」

 

「そんな、すこし前にやっと手術が終わったばかりなのに……」

 

彼らの絶望したような表情。

医学に詳しいわけでもなく、本でしか彼らを知らず、おまけにその本の内容もうろ覚えな俺ではどれほどのことなのか想像しにくいが、彼らの様子を見る限り秋庭里香の状態はかなり悪いということだろうか。

 

「……えぇっと、第三者が口出しして悪いけど、そんなに悪いんだったら早く手術した方がいいんじゃないのか?」

 

「……簡単に言ってくれるんじゃねぇよ。里香はな、大体1ヶ月くらい前に手術が終わったばかりなんだ。それでも、完治したわけじゃねぇ。もともと体の細胞が弱くていつまた発作が起きるかわからない状況なんだ。だから、手術が終わった後しばらくは様子見として絶対安静にさせてた。

そんな中で、あの化物のせいでしばらく前から体調を崩して、今の里香は手術前以上に体力が足りねぇんだよ。あの時でさえ、何とか成功させたようなもんだ。それなのに、こんな最悪なコンディションで手術なんてしたら、まず間違いなく術中に命を落とす。

……もう、二度と目をさまさなくなっちまうんだよ!」

 

夏目吾郎は吐き捨てるように言ってくる。

 

「……なぁ、あんたは、何とかできないんですか? さっき使ったのって魔法ってやつでしょう?

それ使って、里香の病気を治したりできないんですか?」

 

「魔法?」

 

「婦長、そのことは後で説明しますので」

 

一般人らしい婦長が、戎崎裕一の発言に疑問の声を出すが、それを夏目吾郎がたしなめる。

戎崎裕一はヨロヨロと俺に向かって近づいてきながら、藁にも縋るといった風にそう言ってきた。

……しかし。

 

「悪いが、俺はそんな魔法は使えない。どんな病気も完治させる奴なんて、俺の知り合いにもいないしな」

 

首を振る俺に、力尽きたように膝をつく戎崎裕一。他の2人も多少なりとも期待は寄せていたのだろう、落胆した様子が見える。

 

……状況は何気に俺が思っていた以上に深刻らしい。

とりあえず、彼らの話ぶりから今の時期が大体予想ができた。

秋庭里香が生きる覚悟を決めて手術に挑み、手術が成功した約1ヵ月後。

戎崎裕一の、病室へ向けてバンジー騒動が起きた前か後かはわからないが、婦長の戎崎裕一に対する様子からしてその後だろうか? まぁ、それはいい。

それにしても、俺自身が普通の悪魔と比べても割かし回復力があるために、回復系統の魔法を覚えるのを後回しにしていたのが悔やまれるところだ。

仮に優先して覚えようとしたところで、万病を癒すことができる魔法があるのかわからないし、あったとしても習得できる可能性もどれだけあったのかわからないが。

確か、悪魔の中には“ブエル”っていう医術に関する一族がいたはずだけど、そこももう断絶してるらしいし、仮に一族の誰かが生きていて万病を癒す力を行使できるやつがいたとしても、そいつの居場所がわからないから結局どうしようもない。

……他に可能性があるとしたら、主人公サイドにいるアーシア・アルジェントの持つ神器くらいだろうか?

確か作中では、神器中最高峰の回復系統の神器とかなんとか言われてたな。

なんでも、俺の一族秘伝の秘薬“フェニックスの涙”と同等かそれ以上とか……。

 

「……あれ?」

 

俺は腰につけているポーチ型空間収納バックの中を漁る。

 

「……あった」

 

あれでもないこれでもないと、暫くポーチの中を漁っているとようやく目的の物を見つけた。

それは数滴分の液体が目薬サイズの容器に入れられたもの。

 

“フェニックスの涙”

 

昔、俺がまだ小さい頃に転生したばかりで色々なものに興味津々で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりとふらふらしていた俺を心配して、母が持たせたものだ。

確かこれ一つで、当時の価格で100万魔貨くらいした気がする。

レーティングゲームとかが流行っていることもあるが、それ以外にも争いの絶えない世界だ。

需要は多くあり、値段も天井知らずで毎年上がっていっているらしいから、現状どれくらいの価値があるのかはわからないが、それでもいえるのはかなりの高級品ということくらいだ。

 

「……これを試してみるか」

 

「それは?」

 

「これは、“フェニックスの涙”。どんな怪我も治すことができる秘薬だ。

一応、怪我をした奴が生きてるんだったらどんな大怪我でも、例え虫の息であっても怪我を直すことができるらしい」

 

実際にその様子を見たわけではないから又聞きでしかないが。

 

「……す、すごい! それなら里香も!」

 

さっきまで沈んでいた戎崎裕一の表情が、見る見るうちに嬉々としたものへと変わっていく。

 

「あんまりはしゃぐな。これを使ったって治るとは限らないんだから」

 

「え、でも、そんなすごい薬だったら」

 

「いっただろ? これは“怪我”を治す秘薬だ。あくまで怪我なんだよ。

どんな怪我をしていてもたちどころに治してしまうけど、それが万病に効くかどうかは俺もわからない」

 

「……そんな」

 

「だけど、どうせこのままじゃ遠くないうちに死ぬんだろ? 効くにしろ効かないにしろ、これ以上悪化することはない。

……試してみて損はないだろ?」

 

戎崎裕一は俺の話に少し考える様子を見せたが、すぐに決心を固めたようだ。

 

「お願いします。それを使ってください」

 

「あいよ」

 

実際、この秘薬以上にこの急場を乗り越える方法を俺は知らない。

……いや、一つだけほぼ確実に病気を治す方法はあるし、その方法を俺も持ってはいるが、あくまでそれは最後の手段だ。

なるべくならば、それは本人の意思を聞いた後で実行したい。

下手をすれば、それは彼女の人生をめちゃくちゃにする外法といえるものにもなるのだから。

俺は蓋を開けると中の液体を彼女の口の中に流し込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

“フェニックスの涙”を飲んだ秋庭里香はそれまでうなされていたのが嘘のように、落ち着いた様子で眠りついていた。

安心した一同だが、現状落ち着いているだけで病気が治ったのかどうなのかはわからない。

夏目吾郎は翌日改めて秋庭里香を診療することにしたようで、その晩は婦長や谷崎亜希子とともに騒動の収集に努めることにしたらしい。

流石に、屋上があれほど壊れるくらいには物音も響いていたのだ。眠っていた患者も起きて不安がっているだろうし、他の看護師たちへの説明も必要だろう。

俺としても秋庭里香の状態がどのように変化するのか気になったし、最低限俺のことを知った婦長や当事者である秋庭里香、その親御さんくらいには事情の説明はした方がいいだろうと考え翌日、秋庭里香の親御さんが来る時間帯に改めて病院を訪れることを約束して旅館へ戻ってきた。

……夜が更けてからの帰館にも関わらず、深くは聞かずに温めた料理を出してくれた女将さんには脱帽するばかりであった。

 

翌日、約束していた10時ごろに秋庭里香の病室に向かうと、昨日の面子が勢ぞろいしていた。

一人だけ見知らぬ女性がいたが、どことなく秋庭里香と似た雰囲気を感じる。

恐らく彼女が秋庭里香の母親なのだろう。

一応念のため夏目吾郎に聞くと、予想していた通りだった。

軽く挨拶を済ませるが、奥さんは俺のことを怪しい人を見る目で見てきている気がする。

夏目吾郎から簡単に説明は受けているのかもしれない。

まぁ、俺も魔法は御伽話の中の存在と思っていた一般人だった時に昨日の顛末を聞いたら、まず間違いなく頭のおかしい人か精神疾患者の戯言と思っていたかもしれないから仕方ないか。

ここで夏目吾郎から秋庭里香の状態について説明がされる。

血液検査やX線検査などを朝一番に行って確認したらしいが、どうやら秋庭里香の心臓の状態はほぼ初期状態にまで治まっているらしい。

皆は驚きと安堵を見せる。奥さんや秋庭里香にはいまだに信じられない様子であった。

手術をした後で収まってきてはいたが、いつまた発作を起こしてしまってもおかしくない状態だった。

そして、今度発作を起こしてしまえば助かる可能性はかなり低いとまで言われていたのだ。

それなのに、今主治医の夏目吾郎の口から心臓の状態は手術前、もしかしたら幼少時のまだそこまで進行していない状態まで戻っているらしい。

今の状態なら少しくらい外を出歩いても、そこまで大きな問題もないだろうという。

そんな奇跡のようなことがあるのだろうか、そうこの母娘が思っても仕方ないことだ。

 

「……完治は、しなかったんだな」

 

それでも、俺はそこまで喜べはしなかった。

俺のその言葉を聞くと、夏目吾郎は難しい顔をして頷いた。

 

「あぁ、確かに初期状態まで進行は収まってはいるが、それでも完治はしてなかった。

里香の体の体質もそのままだし、症状も残ってる。今は落ち着いてるが、時間が過ぎればまた今みたいな状態になる可能性が高い」

 

それでも、初期状態まで治まっていることから薬の投与でだいぶ進行を遅らせることはできるそうではあるが、何年先にまた今までの状態に戻ってしまうかわからないらしい。

 

「……なぁ。お前が昨日使った薬、あれはもうないのか? あれがあれば、また最悪の事態に陥った時でも抑えることができると思うが」

 

「ないな。あれは、俺が小さい頃に親にお守りとしてもらった物で、あれ一つしかない。取り寄せることもできるだろうが、かなり高価な秘薬でな。需要も多く年々価格も上昇してるらしい。

“フェニックスの涙”を生涯使い続けることは、考えない方がいい。金がいくらあっても足りない」

 

「……あの、なんでも、里香に貴重な薬を使ってくれたとか。値段が高いといいますが、いくらするんでしょうか?

高いといっても、それで里香が生きていてくれるなら、私が頑張って稼ぎますから!」

 

娘のことが本当に大事なのだろう。

今まで信じていなかったというのに、それでも愛娘が長く生きられる可能性があるのならば自分の苦労など関係ないと。娘想いのいい母親だ。

……それでも。

 

「……今の“フェニックスの涙”の価格はわからないけど、俺が貰った当時の値段だと大体100万魔貨くらいだった。多分今じゃもっと値段はつり上がってるだろうな」

 

「100万……魔、貨? 何処の通貨なんですか? そ、それよりも、日本円にしたらどれくらいの値段なんですか?」

 

「魔貨は俺が住んでいた冥界を含め、天界、この人間界でも一部では通用する通貨だ。その時々で変動もするが、大体1魔貨で10円くらいの値段だ。つまり日本円にすると“フェニックスの涙”一つで大体1000万円はしたということだ。

しかも、保険なんて効かないし、分割払いもやってない。現金一括払いだ。」

 

「い、1000万円!? そんな、そんな大金、里香に使ってもらった分でさえ払えるか……」

 

「あ、それは別に気にしなくていいよ。お守りとしてもらってはいたけど、つい昨日までその存在忘れてたくらいだし」

 

「え、でも」

 

「いいっていいって。それに自分で言ってたでしょ? 払えるかどうかわからないって。

だったら、払わずに済んだことを喜んどけばいいんだよ」

 

「……すみません、この恩は決して忘れません」

 

そういうと、奥さんは深々と頭を下げる。

まぁ、将来必要になるかもしれないけど、秋庭里香が昨日死ぬことになるなんて個人的に許容できなかったからな、一ファン的に。

それに、結局持っていて使わないなんてこともあるかもしれないんだ。

だったら、今回使ったことは俺の心の平穏的に考えて、決して悪いことじゃないだろう。

 

「……まぁ、何でもいいさ。それに、そんな金を使わなくても秋庭里香を完治させる方法はあるにはある」

 

「え?」

 

俺の言葉に、皆が驚いている。

当然だろう、ならばなぜそれを使わなかったのか。

俺は秋庭里香を完治させることができる方法を、ポーチの中から取り出した。

 

「……チェスの駒……ですか?」

 

黒いチェスの駒。

もちろん、それはただのチェスの駒なんかじゃない。

 

「これは悪魔の駒(イーヴィル・ピース)と呼ばれている。簡単に言えば、これを使うと悪魔になるという代物だ」

 

「あ、悪魔に?」

 

「悪魔の駒、これは悪魔がチェスの駒を介して力を分け与えることで、自分の下僕にするというものなんだ」

 

「……下僕」

 

皆の表情が曇る。

まぁ、現代日本においてそういった物言いは好まれないのは仕方ないか。

ちなみに、これは俺が小さい頃に上級貴族の悪魔の嗜みとして、悪魔の駒一式を父が誕生日にプレゼントしてくれたのだ。

俺自身は特に下僕とかいらないし、レーティングゲームとかにも興味ないから使うことはないと思っていたが。

 

「下僕とはいっても、言ってみれば俺の眷属のようなものだ。これを使うと人間や動物といった悪魔でない種族であっても悪魔に転生させることができる。転生というのは言葉どおりの意味で、新しく生まれ変わることだと思って間違いない。つまり、これを秋庭里香に使うことで今の病弱な体を捨て去り、寿命も延びて健康で丈夫な悪魔の体へと生まれ変わることができるわけだな。

悪魔に転生するといっても現状もってる記憶がなくなるとかもないし、体の構造的には人間そのものだから普通に子供を作ることもできる。弱点として聖書とか聖なる加護のありそうな物に触ることができなくなるけど、特に普通に生活してた人だったら問題ない範囲だろ?

それに、俺は別に眷属の悪魔にしたからといって束縛するつもりもないし、そこは秋庭里香の自由に過ごせばいい」

 

「……本当にそれだけなんですか?」

 

「あぁ、それだけだぜ? 基本的に、悪魔って種族は契約時に嘘はつかないものだ。今言ったことに嘘はない」

 

まぁ、別に契約としてこちらから何か要求する気はないけど。

だが、今の話を聞けばかなりうまい話のように感じるだろうな。

実際、人間の中には今の自分が嫌で悪魔と契約する奴もいるし、病気がちな人間が健康な体に憧れて契約することもある。

 

「……あの、少しいいですか?」

 

「ん、何か質問か?」

 

今まで話を聞いていた秋庭里香が、控えめに手を挙げながら口を出してきた。

 

「えと、さっき寿命が延びるって言ってたけど、どれくらい伸びるんですか?」

 

「……基本的に悪魔という種族は長命でな。個体差にもよるが、大体1万年は生きるという」

 

「いっ!?」

 

皆の表情が驚愕に変わる。

それはそうだろう。俺も初めて悪魔の寿命が平均して1万年と知った時は同じ反応だった。

まぁ、俺はそんなに長くは生きないから気にすることでもないけど。

 

「確かに長いけどな、それでも君はまたいつ発作が起きて死ぬかもわからない状況なわけだろ?

それだったら、悪魔になるのもいいとは思うけどな。実際、そういう理由で悪魔に転生したという例もある。なぁに、生が長い分いろいろと世の中を見る楽しみができるから、楽しみには事欠かないと思うぜ?

それに、人間界が居辛かったら俺の故郷の冥界を紹介してやることもできるしな」

 

流石に俺の死んだあとまでは面倒見切れないが、俺が生きているうちならばある程度の生活基盤を作る手助けくらいはするつもりだし。

 

「……なんで、貴方はそこまでしてくれるの?」

 

「……む」

 

「私は貴方とは初対面でしょ? それなのに高価な薬を使ってくれたり、私の体のことを気にかけてくれたり」

 

「……そう、だなぁ」

 

個人的な理由で、気に入った作品の気に入った女の子だから、という単純なものなんだが。

当たり前だが、他の人に対してもこんな契約をそうそう簡単に持ち出したりなんてしない。

ただ、秋庭里香は今までの人生で病室という狭い空間の中で、本やテレビでしか世界を知る機会はなかった。

もちろんそんな人はこの世にごまんといるだろうが、ラノベを読んでいるうちに感情移入してしまったのだからしょうがないだろう。

彼女にはできれば、今まで見れなかったいろんなものを見てほしい、そういう思いが俺の中にあるのだ。

……まぁ、そんなこと俺が知り得てるはずないのだから、この場で口にすることはできないが。

 

「……理由はこいつだよ」

 

「え、裕一?」

 

「ぼ、僕?」

 

皆の視線が戎崎裕一に集まる。

 

「悪魔っていう種族はな、人の心を強く感じることができるんだ。そして、こいつは昨日、自分が敵わない妖魔に対して命を懸けて立ち向かっていった。

秋庭里香、お前の命を助けるためにな。その時の心の輝きは純粋でとても強く眩しく、そして綺麗なものだったよ」

 

「……裕一」

 

自分のことをそこまで思ってくれた戎崎裕一に嬉しそうに微笑む秋庭里香の視線に照れてか、戎崎裕一は明後日の方に目をそらしていた。

 

「そんなこいつに絆されたからか、俺も君には生きていてほしいと思うんだよ。

悪魔になればそれこそ寿命も延びて体も丈夫になる。今まで行けなかったところにも行けるだろうし、体調を気にせずにはしゃぐこともできる」

 

ちなみに今言ったことは後付けの理由ではあるが、何も嘘ということでもない。

はっきりとしたものではないが、半人半魔ではあるがこの体になってから確かに心の輝きのようなものを感じることができるのだ。

悪そうな奴にはどす黒い輝きが、善さそうな奴には綺麗な輝きが。

感覚的なものでしかないから説明は難しいが、そんなものをこれまでの旅で感じることができた。

 

「だから、俺は君に提案するんだ。人の身を捨てて、悪魔になってみる気はないか?

代償は……そうだなぁ。君が“悪魔としての生をしっかりと謳歌すること”にしておこうか」

 

「……」

 

秋庭里香は俯き何かを考えているようだ。

なお、悪魔転生を行ったら、それこそ悪魔の駒を取り出さない限り人間に戻ることはない。

悪魔の駒は使用した者の体と同化して効果を発揮する。そんな悪魔の駒が体外へ排出されるということは、それはその身が朽ち果てる時に他ならない。

つまり、転生したら死ぬまで悪魔のままということだ。

暫くすると、秋庭里香はこちらを見上げてくる。

その顔は何かを決心したような、強い表情をしていた。

 

「……私は」

 

 

 

 

 

 

「……うぅん、何度見てもいい景色だねぇ」

 

ここは俺が伊勢市に始めて来た時に最初に登った砲台山。

てっぺんにある砲台跡の上に座り、ぐっと背伸びをする。

数日にわたって行われた伊勢巡りもついに終わり、最後にこの景色を見ていこうと思いここに来たのだ。

今日は雲一つない快晴。気温もそれほど高くなく、ポカポカといい天気だ。

ゴロンと横になって、どこまでも青い空を見上げながらこの街でのことを思い返す。

 

「……まぁ、予想はしてたけどね」

 

思い出すのは、つい先日の秋庭里香に対して持ちかけた提案のこと。

 

「……私は、悪魔にはなりません」

 

俺に向かってはっきりとそう言った。

 

「確かに、今のままだと私の好きなように好きなところへ行けないかもしれない。不自由な生活になってしまうかもしれない。

それでも、私の隣にはいつも裕一がいてくれる、お母さんがいてくれる。亜希子さんも夏目先生も。

これから先、病気で辛い時もあるかもしれないけど、またいつ死んじゃうような発作が起きるかわからないけど、それでも私はみんなと一緒に生きたい。

私は人間のままで、限られた短い時間をみんなと一緒に精一杯生きていきたい。

だから、ごめんなさい。あなたのお話を受けることはできません」

 

(……人間のままでみんなと一緒に、かぁ)

 

そう言った秋庭里香の目には、これから先の生への不安もあるがそれでも自分の持てる力全てを使って精一杯生きようとする強い意志が見えた気がした。

そして、そんな秋庭里香に感じた心の輝きは、戎崎裕一が放っていたものと遜色なく強い力を秘めていた。

病弱で少し前まで死にかけていたような女の子の輝きとは思えないくらいとても綺麗で、今まで恋なんてしたことのない俺も思わず惹かれてしまいそうな輝き。

 

「……ああいう人間の強い心に悪魔達も惹かれて、取引を持ち込むのかもな」

 

ここまで強い心の輝きは初めて見たが、それを見てしまうと確かにそういう気持ちになるのも頷けるというものだ。

 

「……さてっと」

 

体を起こすと、砲台跡から飛び降りる。

良いものも見れたし、臨時収入もあった。

次の旅先には、いったいどんなものがあるのだろうか。

 

「……次は、どこに行こうかな」

 

次の旅に思いを馳せながら、砲台山を後にする。

 

 

 

 

 

(あとがき)

どうもネメシスです。

というわけで、半分の月がのぼる空のクロスは終了となります。

最初の話に書きましたように、この作品とのクロスがしたかったから書き始めた作品ですが、ちゃんと終わらせることができて個人的には満足しています。

途中の展開とか、いろいろと入れていた独自設定とか、最後の里香の選択とか、皆様としてはもしかしたら物申したいこともあるとは思いますが、これが私の全力でございます。

そして、個人的にはそこそこ満足できた内容だと思っております。

この作品を見て、まだ半月を見たことがないという人がいたら興味を持ってもらえて、もう半月を見たことがあるという人がいたら懐かしく思ってもらえたら幸いです。

それでは、これにて。


 
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