~真・恋姫✝無双 魏after to after~side桂花・稟
遡ること数日前、友人である風が桂花さんと私に話したとある〝猫〟のお伽話、あの話は私には刺激が強すぎた。鼻血が止まらず、危うく向こう岸に逝ってしまうところだったのだ。
桂花さんのほうも顔を真っ赤にしてブツブツと何かを呟いていたあたり、相当刺激が強かったと見える。
「未成熟な風が猫の恰好をして・・・・ふぐっ」
思い出しただけでまた鼻血を噴きそうになってしまう稟。だが今はいけない、ストッパーである風がいない。寸前のところで耐えた。
「しかし・・・素直に一刀殿に甘える・・・ですか、私には難しい」
そう、軍事であればどうとでも策が浮かぶ稟ではあったが、色ごとに関してはどうにも自慢の知識も活路を見出してはくれない。どうしたらいいのか分からず途方に暮れていた。
「おや?・・・あれは桂花」
稟の目の前を歩いてたのは「一体どうすれば・・・私が?・・・・・・あの変態と?ありえないわ」
などとぼやく荀彧こと桂花だった。
あの様子だと、どうやら華琳に何かを命じられたようだ。
これも何かの縁だと思った稟は声をかけることにした。
「桂花、一体どうされたんですか?」
「稟・・・・・・今、華琳様にお使いを頼まれたのよ」
「ならば良いことではないのですか?先程から顔色が優れないようでしたが」
聞き返した途端、再び顔色が悪くなった。どうやら触れてはいけない内容だったらしい。だが、そこで気になるのが人間というもの。好奇心に負けた稟は、さらに探りを入れることにした。
「桂花、私でよければ相談に乗りますが?」
「聞くだけ無駄よ・・・・・・・ええ最初は有頂天だったわ。華琳様直々のご指名でお使いを頼まれて気分は最高だったのに・・・なのに・・・なのに、華琳様から仰せつかった大事な命だというのに『量が多いから案内役と荷物持ちに一刀を連れていきなさい』ですって!あの変態性癖男と二人っきりでなんて、絶対に孕まされるのよ!きっとそうに違いないわ!!だけど華琳様たってのお願いである以上、嫌ですなんていう選択肢はあり得ないのよ!!」
無駄と言いながらもスラスラと愚痴がこぼれてくるではないか、これにはさすがの稟も呆けざるをえない。
――ようするに、華琳様に使いを頼まれたことは嬉しいが、一刀殿と一緒にというのが原因というわけね。聞いたら少し馬鹿馬鹿しくなってしまいました。この様子だと私が交代するといったところで無駄に終わるだけでしょう。さて・・・・・・こういうときはどうしたものでしょうか。
「そこで風の出番というわけなのです」
「わぁ!」
どこから現れたのか、稟の背後には親友の風がいた。
「なんでこうなってるわけ?」
「私に聞かないでください。任せろと言ってきたのはあの子なんですから」
二人の目線は目の前を歩く一刀と風に向けられていた。
「すいませんお兄さん、ですがお兄さんが案内してくれたおかげで随分と楽に進みます~」
「まぁ、華琳の頼みでもあるしね・・・・・・ちょっと重く感じてきたかも。しっかし、いくらなんでも多すぎないか?桂花一人でなんて絶対無理だろ」
渡されたメモを見ながら一刀がぼやく。
――事の顛末は数時間前にまで遡る。
「というわけで、お兄さんの頼みたいのですが・・・どうでしょうかー?」
「そういうのだったら凪とかに頼んだほうがいいんじゃないのか?ほら、三年もいなかったんだし、新しい店とかの案内だったら・・・な?」
書類整理を手伝う三羽鳥のほうへ視線を送り、凪に問いかける。こういうときは凪に聞くのが一番心強いのだ。
「はい、私でよければ案内しますが・・・」
「せっかくのご厚意なのですがー、華琳様がお兄さんをご指名されたのです」
「よっ!にくいなぁ兄ちゃん」
「華琳が?」
とりあえず、宝慧の発言は流すとして・・・華琳の命という点に疑問を覚えた一刀だったが、深くは考えなかった。彼女が彼を名指しで出したという時点で拒否権がないからだ。
もし断ろうものなら、彼女の〝絶〟が閃きかねない。
考えただけで全身から血の気が引いた。なんとしても、それだけは回避せねばならない。せっかく帰ってきたというのに首を刎ねられては堪ったものじゃないからだ。
「仕方ないか、覇王様のご指名とあっては・・・ね。そういうわけだから三人とも、警羅に向かっていいよ。その代わり、続きは明日になるけどね」
「わかりました。では一刀様、我々はそのようにいたします」
「あ~あ、明日も文字とにらめっこかいな。はぁ・・・しんどいわぁ」
「でも真桜ちゃん、最近は書類が少なくて楽なの」
「何言うとんねん沙和、警備隊の調錬の件が残っとるやないか」
「真桜、沙和、お前ら・・・・・・」
ぶつくさと何かを言いながら三人は一刀の私室を後にした。そうこうして今に至ったというわけである。
「今思い返してみると・・・あいつらちゃんと仕事してるだろうな」
「心配ないのでは?凪がいらっしゃるのでしたら」
「あんたみたいな屑で変態な男と違って凪は優秀なんだから」
「お兄さんが戻ってきてから、凪ちゃんはますます気合が入っちゃってますからね~」
凪の高評価に喜んだ一刀ではあったが、自分への評価がなかったり貶されたりで少しへこむのであった。
「ちょっと泣きたいかも・・・・・・まあいいけど。いやね、凪って案外流されやすいから」
三人を引き連れて角を曲った瞬間、懐かしい光景が一刀の目に映った。
――確かあの時は真桜と沙和の二人だけだったなぁ。
そんな風に懐かしんでみたりした。つまり、オープンカフェでくつろいでいたのは北郷隊の三羽鳥というわけだ。
「な?」
「流石にご自身の部下、私たちなどより遥かに理解されているのですね」
「どうせアンタがそうしろって言っただけでしょ?私の目は誤魔化せないんだから」
「お兄さんに開発されつくしただけあって、知り尽くされているというわけですねー」
テーブルをくっつけて相席しているわけだが、先程から三羽鳥は一言もしゃべろうとしない。居心地が悪そうに縮こまってしまっている。
「別に怒ってるわけじゃないんだから、そろそろ笑ってほしいな」
――笑顔が怖いですよ、天の御遣いさん。
「・・・」(あかん、一刀普通に怒っとる)
「・・・」(あわわわ・・・一刀さんが怖いの)
「・・・」(一刀様、すごい気迫です)
「・・・」(一刀殿にこれほどの気迫があったとは・・・変わらないものなどないということなのですね)
「・・・」(何が怒ってないよ・・・よ。というかなんで私が変態精液男なんかにちょっと興奮してるわけ?)
「・・・」(桂花ちゃんが、華琳様に可愛がられているときと同じお顔をしているのです)
風サン、貴女だけなんか視点がちょっとずれていますよ。
と、そこで一刀が何かを思い出したように表情を変えて真桜に話を振った。
「そういえば・・・なぁ真桜?」
「?なんや、一刀」
「あー・・・刀のことなんだけど」
真桜もまた、何かを思い出したように瞳をハッとさせた。ここから真桜は絡繰技師としての真剣な表情に変わる。
「あんな・・・あの刀は下手に弄らんほうがええで」
「それはまた、なんで?」
「うん、強化するにあたって色々調べたんやけど・・・あれはあんままが一番ええっちゅう結論に辿り着いたんや」
「そっかぁ・・・そりゃそうだよな。なんせ昔の職人が魂込めて鍛えた一振りだし、当たり前か」
「せやけど心配は無用や!三国一の絡繰技師のウチが一刀専用の超・すぺしゃるな刀を開発しとるからな!!」
「そっか、じゃあ期待してるよ真桜。ところで菊一文字は?」
「一刀の部屋の寝台に置いといたで。あっちは一人で鍛錬するときに使ったらええよ。ま、宝剣として飾っとくのもありやろけどな」
「ま、考えとくよ。でも、たぶん真桜が作ってくれるヤツを使うようになると思うから・・・」
そこである考えが浮かんだ。
(そうだな・・・・・・爺ちゃんが俺を認めてくれたときにくれたように俺も・・・)
そう考えると、ますます未だ見ぬ未来が楽しみになってくる一刀だった。が、蚊帳の外にされた他の五名からは嫉妬に近いどんよりしたオーラが発せられているではありませんか。
しかし、気付いたところで時に既に遅しだ。最早、殺気と言っていいものに変化しつつある。
「みんなどうかしたの?」
なんて聞いてきた瞬間、真桜を含めた女の子たちは一斉に溜め息をついた。
なんかこう、溜まりに溜まった怒りが何周も空回りしたために呆れてでてしまいましたという感じだ。
そして、その結果として彼女たちの昼食の全額を奢らされるハメになりましたとさ。
三羽鳥と別れた一刀たちは、メモに記載されていた買い物の続きをしていた。しかし一刀の顔はとても沈んでいる。
「あれは当然の結果ね。無能馬鹿には相応しいわ」
「桂花と同感です」
「まあまあ。そう気を落とさずにー」
「奢りを提案した君がそれを言うの?」
「はてー?」
「君ね・・・」
そう、一刀の財布が軽くなったみんなへの〝御馳走〟。これは裁判の結果、程昱裁判長によって下されたものだ。
もちろん一刀に異議を申し立てることなど出来る筈もない。おまけに、誰一人として弁護してくれなかったとあっては、もう落ち込むしかないわけである。
「そういえば一刀殿、真桜と一体何の会話をしていたのですか?」
「わかってなくてあんなむごい判決を下したの?君たちは」
「ノリよ。私に被害が及ばないんなら、乗っかったほうが得なことぐらい誰にだってわかるわよ。ああ、あんたの馬鹿で変態で女のことで一杯の頭じゃわからなくて当然ね」
「ツン子ちゃんの桂花ちゃんは置いといてー、稟ちゃんの質問の答えを教えてください」
「・・・別に大したことじゃないよ。今の武器のままじゃ、魏の武将たちと手合わせするときに強度に少し難があるから、真桜に強化を頼んでたんだ」
「ああ、なるほど。では彼女が作っているもう一振りというのは?」
「今の刀は、今の状態が一番なんだってさ。だから、菊一文字を基にした新しい刀を作ってもらってるってわけ」
合点がいったようで、稟も風もそれ以上は聞いてはこなかった。まぁ納得してもらったところで羽ばたいていったお金は返ってこないのだが。
(このままいって・・・俺の貯えは大丈夫かな?)
じつのところ、一刀の貯えは相当なものになっている。それもこれも、一刀には立ち去った後の三年の間も給金が支給され続けていたからで、もちろんこれは華琳の采配によるものである。
もっとも、それとこれは別問題で関係なく、誰だって無情にもお金が無くなっていけば沈むのではないのだろうか。
「でも今さらあんたがなんでそんなこと頼むのよ?武官としての才能なんて皆無のくせに」
「些か言いすぎな気もしますが、確かに桂花の言うことも尤もです。一刀殿は以前、ほとんど文官だったではありませんか。まあ、凪や春蘭様との手合わせでは僅かながらでも武官の才があることは窺がえましたが・・・」
「はぁ~・・・桂花ちゃんも稟ちゃんもわかってませんねぇ~」
風だけは一刀の〝理由〟を分かっているようで、含んだ笑みを浮かべている。しかし、彼女たちは分かっていない。だから当然、風にそれを訪ねるた。だがここで思い出してほしい。
――当人は君たちの真後ろに荷物を持ってそこにいるということを。
いつの間にかはぶられた一刀は半泣きだ。
「簡単ですよー。お兄さんは風たちを守りたいのです」
「はぁ!?」
「失礼ですが風、一刀殿より強い武将が魏には何人にもいるのですよ?守る必要など」
「ホントにわからないんですかー?お兄さんより強い人がいるなんてこと、お兄さんが一番よくわかってるはずです」
――その通り、桂花や稟に言われるまでもなくそんなことは分かり切っている。もし、それがわからないと言うんだったら、それは彼女たちに対する侮辱だろう。
だけど、それでも俺は・・・
「それでも、お兄さんは守りたいと思っているのですよ。だってお兄さんは風たちの事が・・・・いえ、皆さんの事が好きなのですからー。好きだから守りたいと思うことは・・・強くなりたいと行動されるのは、風たちが華琳様やこの国のために知恵をお貸ししたいと思うのと何も違いはないと風は思うのですよー」
何か誇らしさを感じさせる風の自信の満ちた言葉だった。
そしてそれに何か感じたのか風が言った後、二人は黙りこんで何も言わない。
一刀でさえ感動で何も言えなくなっている。なんか涙目になってるし・・・。
――このあと一刀たちは、買い物が終わるまでの間、必要以上の会話をしなかった。
――その次の日。
「風、ホントにやるのですか?」
「なんで私まで!」
「桂花ちゃん、お静かにー。稟ちゃん、今更ですね」
木陰に設けられた休憩所に、三軍師は集まっていた。どうにも、桂花と稟が風に何かを訊ねていたらしく、風が言った答えに動揺しているようだ。
「流石に今は、警備隊としての仕事の最中だと思うのですが・・・」
「そ、そうよ。というか私はやらないわよ!」
「ぐぅ~~」
「「寝るなっ!!」」
「おおっ!・・・ふぁ~~・・・・・・すみませんー。あまりにも稟ちゃんがエロエロなことを言うものだから寝てしまいました」
「そのようなこと!」
「いえいえ、だって風は今からだなんて一言も言ってませんからー。ですが、稟ちゃんは先程『流石に今は』と確かに言いましたよね~?」
「そ、それは・・・・・ぷっ・・・・・・・ふぐっ」
稟は寸前のところで首を振り、妄想を振り払って鼻血を堪えた。それに風が感心したのは言わずもがなである。
桂花に至ってはさっきから何も言おうとしていない。稟と同じことを考えていたからか、下を向いているので表情は窺がえなかったが、その耳が真っ赤になっていた辺り、恐らくは考えていたのではないかと風は思った。
(桂花ちゃんは、ほんとーに素直じゃないです)
いい加減、嘆息してしまう。
「ではお二人は、このままお兄さんと何もしないままでいられるのですか?」
「「・・・・・・」」
「はぁ~~・・・・・・お二人より、季衣ちゃんと流琉ちゃんのほうがよっぽど素直ですね~」
「あの二人はそれこそが持ち味と言っても過言ではないと思うのですが」
「桂花ちゃんも稟ちゃんも、いい加減に言い訳はカッコ悪いのです。お兄さんはちゃんと〝ここにいる〟のに、どうして不安を消さないままでいるのですかー?」
「「・・・・・・」」
二人は何も言わなかった。
自室に戻った二人は何か仕事をするわけでもなく、ただ考えていた。
――北郷一刀の事を。
――北郷がいたころは、まともな働きは見なかったけど、それでもその辺の無能な男たちよりは優秀だった。警備隊の件にしたってあの馬鹿の働きのおかげで昨今のような町の治安が保たれているわけだから、全く役に立たないわけじゃなかったわ。
だけど森の件といい、あのクズはろくな事をしなかった。あまつさえ私の・・・・・・思い出しただけでも寒気がする。
あの色情狂は何をやっても全く堪えないふざけたヤツ。でも、私の事を何度も可愛いなんて言ってくる。華琳様以外にそんなこと言われたって、嬉しくとも何ともない・・・・・・はずなのに。
私は、心のどこかでそれを喜んでいた。そのことに腹が立って落とし穴を掘ったりしたというのに、どこまで行っても空回り。
自分が引っ掛かったり、華琳様が引っ掛かってしまわれたりで散々だったわ。
でも、あの変態色情男に差しのべられた手を仕方なしに掴んだ時の温もりにどこか安心していたのもまた事実で、そのことが益々私を不快にさせた。
――でも、魏の主要たる武将たちの留守を狙った蜀の連中の襲撃の際、あいつの働きに普通に感心していた。
そして、秋蘭の救出のために華琳様たちが向かわれた時にアイツは倒れた。
このとき私は、嘘といった体裁もなくただ私の本心のままに北郷の心配をしたの。
この時を機に、北郷は度々に意識を失うようになった。
――でも私は、そんなに心配をしてはいなかったわね。今まで馬鹿みたいにはしゃいでいたせいよって〝無理やり〟思い込ませていた。
結局、あの男は私たちの前から姿を消した。
華琳様を誑かす変態がいなくなって喜ばしい筈だというのに、ほんの少しでもそう思うことができないことを不思議に思った。
――その日から、魏の武将たちは皆揃ってその輝きを曇らせてしまった。
春蘭は武官としての仕事に今まで以上に自分の体を酷使するようになって、秋蘭は文官としての仕事に打ち込むようになった。季衣は、片時も流琉の傍を離れなくなって、風は居眠りの頻度が爆発的に増えて困ったことになったわ。
誰が起こしても「○○ちゃん《様》ですか~」としか言わなくなり、稟に至っては鼻血の回数がぐっと減った(?これは別に良いことじゃないかしら)
霞はお酒に溺れて、張三姉妹もいつもの調子がなりを潜めてしまった。
中でも北郷の部下だった凪は一番危険な状態だったといえたわね。真桜と沙和がいなかったらどうなってたかわからないくらいに・・・・・・。
そして私は、何かにかこつけて北郷と比べるようになってしまった。
『どうしてあの変態のように仕事が出来ないの!?』、『少しはあの男を見習おうとか考えたらどうなの!』、『あの馬鹿はもっとまともな働きをしていたわ』なんて、とにかく引き合いに出していたわ。
――そうしないとあいつを嫌っていた私は、あいつのことをすぐに忘れてしまいそうだったから。
だから、あいつが戻ってきたとき皆とともに言った「おかえりなさい」は、驚くことに私の本心だ。
だから認めるわ。アイツはいつの間にか私の心の中に居座っていたのよ。
もし、また勝手に消えたりなんかしたら魏の国の総力を持って天を陥落させて見せるわ。華琳様の御威光と、私たち軍師の智謀、そして春蘭たちの武をもってして、あんたを奪う天を攻め落としてやるんだから。
「――だから、もう勝手に私たちの前から消えるんじゃないわよ・・・・・・北郷」
彼女がこの思いを素直に伝えることはない。けど、言葉にせずとも伝わるものある。
――私は、一刀殿に対してあまり好感を持っていなかった。初見の時はいきなり風の真名を呼んだ時からどこか冷めた感じで見ていたと思う。
再会した時は最初が最初だったから、すぐに同一人物だと思いだせなかったわね。
それから彼が天の御遣いであると聞いて少し驚いた。
この時もだった…じゃなくていつもなのだけど、風ののんびりとした在り方がうらやましい。
私の中で、彼という存在はどこまでも胡散くさかった。武官としては全く役に立たず、文官としては中の上程度。華琳様がお傍に置くならば、もう少し優秀な人物がいるのではないかと思った時もあった。だが、桂花率いる春蘭様たちとの模擬戦での働きもそうで、時に彼は私たちとは全く違う発想をみせてくれる。
次第に、北郷一刀という男を認めるようになっていました。その後、華琳様の命もあって自分の妄想に耐性をつけるために湯を共にしたり、最終的には肌まで重ねた。まぁ、閨ではありませんでしたが。
――しかし私は、やはり風ほどに一刀殿が見えてはいなかった。
定軍山の一件以来、一刀殿は度々不調をきたすようになった。私がそのことに違和感を覚えたのは赤壁の戦いの時だ。
この戦いの後、風は一刀殿に問いただしたらしい。このことからも、風にとって一刀殿が私よりも大きな存在になっていたことがうかがえる。
つまり、想い人が一刀殿で友人が私ということだ。
風の努力も実らず、一刀殿は天に帰ってしまわれた。
三国に平和をもたらした天の御遣いはその役目を終えたのだと華琳様は仰られた。しかし私は宙を歩いているような感覚の中にいた。私の意識が地に足をつけた時、彼の部下であった三人は、全ての時が止まったように立ち尽くしていた。凪は目を見開いて他の二人以上に、まるで立ったまま気絶しているようでしたね。
その後は目まぐるしく時の流れに翻弄され、慌ただしく事象が起きた。
魏の武将たちの意気消沈、戦争の爪痕の復興、――そして五胡の侵攻。
もし三国が手を取り合っていなかったなら、あの戦にはきっと勝てなかったことでしょう。だから、三国に和平をもたらしてくれた一刀殿には何度も感謝しました。
そういえば、私は学校の先生を務めるようになりましたね。常にというわけではありませんでしたが、ああしてたくさんの子供に物事を指導するというのは非常に面白いものです。これはきっと、風や桂花も同意見でしょう。
だから、一刀殿が帰ってきたときは、お礼を言わなければと願っていたのです。
可笑しなことに、何に対してのお礼なのか今ひとつ分かりませんでしたが。
――そして、その願いはかないました。
天の御遣いは、再びこの大陸に帰ってこられたのです。
今度は、華琳様に天下をもたらすためではなく、我々のために彼は再びこの地に降り立ったのです。
もし、再び天が一刀殿を奪おうならば攻め落とすと華琳様は仰られましたが、私は激しくそれに同意しましょう。
「――ですから一刀殿、もう貴方はいなくならないでください」
これまでの思い出を振り返り、自分の本心を思い描く二人であった。
それからほどなくして、二人はほぼ同じ時間に風の部屋を訪れた。順番的には一位・桂花、二位・稟である。
――ちなみ事態を既に予測済みだった風は、あるアイテムをすでに用意して「ふふふふー」と笑っていたとか何とか。
――その夜、一刀は一人で書類整理をしていた。明日の卓上の仕事を少しでも楽にさせようと思ったからである。
「普通に警羅してたほうがあいつら元気だからな。とはいえ、新入りの配属やらなんやらと、まだまだやることはあるけどな。意見書の整理くらいは・・・・・・なっと」
読み終えた竹管を片づけて寝る前に厠にいった。
――そして、部屋に戻った一刀は、一瞬で眠気が木っ端微塵に吹っ飛び、理性が焼き切れる寸前のところまで追いやられた。
「にゃ~」
「こ・・・こ~ん」
「ぴぴぴ・・・ぴょん」
彼の寝台には、猫・狐・兎がいた。その可愛さの尋常ではないことないこと・・・。
おまけに微かな恥じらいがある辺り、最強である。
猫さん風を見るのは二度目になるが、それでも彼女の可愛らしさの破壊力は全く見飽きることはない。
――これは絶対だと自信を持って言おう。
一刀は心の中でグッと親指を立てた。もちろん、事後であるが。
「み、皆サン・・・ソノ格好ハ一体・・・・・・」
既にご理解されているかもしれないが、ここで解説といきましょう。
猫→風
狐→稟
兎→桂花
です!
「お二人は風が見立ててみましたー。如何です?お兄さんの触手もわきわきとしていませんか~?」
「言いたいことは分かるけど、触手じゃなくて食指だよ風。発音全然違うしね」
「おおっ!すみませんーすっかり間違えちゃいました。それでですね~、お二人についてですが・・・ここにいるのは桂花ちゃんと稟ちゃんではありません。お二人によく似た狐さんと兎さんなのです」
「似たって・・・どうみても」
「悪鬼退散!!」
ドスッっと一刀の両目を風の指が襲う。くらった直後一刀は部屋の床をごろごろとのたうち回る。
「ぐあああ・・・・・・光がぁー」
「お兄さん、あのお二人がこんな格好をして甘えてくるとでも思っているのですか。ここにいるのは甘えん坊な狐さんと兎さんなのですよ」
「・・・・・・」
一刀の頭にだんだんと理解の色が広がっていく。
――これは風の采配で、以前自身がそうしたように、桂花と稟にも同じことを伝授したのだろうと。
「御理解していただけたみたいですねー」
「うん。でも眼潰しは必要だったの?」
「どうでしょうねー。一言でいえば天の啓示です。それよりもいい加減お二人にもかまってあげてください~」
言われて自分の服の裾をつかむ二人に気付いた。
何かを言うよりも先に二人を強く抱きしめる。
「ごめんね、でも可愛いよ。ずっとこうしていたいくらいだ」
「「///」」
二人には珍しく耳まで真っ赤になった。
「大好きだーーーー!!」
「か、一刀殿!?」
「馬鹿!苦しいでしょ!孕んだらどうすんのよ!!」
「幸せにします!!」
「「な!?」」
言葉をなくし、口をパクパクさせる二人。それがまた可愛らしくてさらにぎゅっと抱きしめた。
ここでムスッとするのが蚊帳の外にされた猫さんである。
「むー・・・いつぞやはあんなに風を召し上がられたくせに、もういらないのですか、インスタントですかファーストフードですか」
なんでそんな言葉を知っているの君は・・・とも思いもしたが、片手を空けて風を招くと、猫さんは何も言わずに懐に入ってきた。
――月明かりの降り注ぐ一刀の部屋で、一人の男と猫・狐・兎は温かい夜を過ごした。
~epilogue~
「結局、桂花も一刀殿の子を授かってしまいましたね」
「・・・うるさいわよ。嫌なことを思い出させないで」
ムスッとした声で稟に返すと、近くにいたウサ耳のついたフードを被っている自分の娘にたしなめられた。
「母しゃまは、もう少し素直になるべきなのれしゅ」
「惲、いい加減にその舌足らずな話し方は直しなさいって言ったでしょう?」
先程までの不機嫌さはどこへ行ったのか、すっかり桂花は優しい母の顔になってしまう。
「普段がしっかりしてるからいいのれしゅ。それに、父しゃまは可愛いと言ってくらさいまちた」
「あんの変態馬鹿!まさか惲にまで欲情を・・・」
「流石にそれはないと思いますが・・・・・・奕?どこに行くのです」
片手に厚めの本を抱えた稟の娘の奕が場内に戻っていくのを見た稟が尋ねる。
母に似て知的な容姿をしている奕ではあるが、母の持つ妄想壁は受け継いでいないらしい。
「新しい本を取りに行きます。せっかくこんなにいい陽気なのにもったいないですから。惲姉様も行きませんか?」
「そうれしゅね、奕ちゃん。惲も一緒に行くことにちましょう」
「ではお父上も呼んできましょう。確か風様たちと一緒にいる筈です」
ぱぁっと惲の表情が輝く。奕にとっては姉でも、自分と彼女の父である北郷一刀の前では等しく娘なのだ。それに、母である桂花様と違って惲はお父さん大好きっ子なので、こういったときはとても喜ぶ。
(もっとも、桂花様の場合は単純に素直ではないというだけなのだとお母上は仰ってましたが)
「奕ちゃん。立ち止まったりしてろうかしまちたか?」
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです。行きましょう惲姉様」
「はい、れっちゅごーれしゅ」
少しだけ早歩きで惲と奕は離れにある休憩所から城内に戻っていった。
残った二人は、手元にあったお茶を口に運び一息つく。
「そう言えば鎮、圭・禎が警備隊に入隊したらしいですよ」
「あら、こっちはトラが張遼隊に入ったって聞いたわよ。なんでも霞より立派になってあのろくでなしを後ろに乗せて遠乗りしたいんですって」
自分の娘の姉に当たる子たちの近況を報告しあったのだが、長続きしない。
「「・・・・・・」」
すぐにまた会話が無くなってしまう。この静かな陽気だと何もせずにボーっとしているほうが心地よいのだ。
「戦に追われたあの時と一刀殿が去ってしまった時は、こんな日々を過ごせるとは思えませんでした」
「そうね、ほんとに穏やかだわ」
「・・・・・・」
「何よ?言っとくけど、アイツにしゃべったら殺すわよ」
「承知してますよ・・・・・・っと、どうやら来たみたいですね」
「なんであんなのまで呼ぶんだか、惲が穢されるわ・・・」
「言ってることと表情が一致してませんよ」
やれやれと呆れる稟だったが、それ以上は何も言わなかった。
稟も視線を自分たちの夫に戻すと、とても桂花と同じように微笑ましい気分になる。
――父と手をつないで笑顔を浮かべている娘たち。
自分たちが理想としていた光景に他ならない。
叶うことはないと思っていたこの光景をいつまでも守っていこうと思う二人。
いつかは娘たちが自分たちの後を継ぎ、三国の未来を創っていくだろう。
その中で学校で教鞭をとってくれることを密やかに願う。
それでも、願うだけで強要はしない。子供の未来は子供たち自身の手で選びとられるべきだと、 父である一刀が自分たちにそう話した。そして自分たちもまたそれに同意したからだ。
「華琳様には本当に感謝するばかりです。私たちを一刀殿と巡り合わせてくださったのですから」
「ふん・・・・・・」
「私たちは皆、幸せ者ですね」
「・・・・・・そうね」
稟の言うことに頷いて笑みを浮かべる桂花。稟もまたそれにつられて笑みを浮かべてしまう。
――穏やかな陽気の中に、彼女たちの願いの形があった。
~あとがき~
~真・恋姫✝無双 魏after to after~side稟・桂花
シリーズ第五弾となる今作はいかがだったでしょう?
桂花のキャラが壊れてる気がしますけど、こんなのもありかなと思ったのです。
以外に出番の多かった風に関してはこの二人だけでは間が持たないと思ったからに他なりません。
今回のお話、刀に関する伏線を張りましたら少し長くなってしまいました。
真桜の作る刀によって軽く引退する菊一文字ですが、まったく出番が無くなるわけではありません。
今回の作品で魏のメンツのおよそ半分が書き終わったと思います。
次はだれを書こうかな・・・。
とにかく読んでくださってる皆様にとって面白い作品になればいいなぁと思いながら頑張りますので楽しみにしていてください。
Kanadeでした
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お待たせしました。
今回のお話は桂花と稟に重点を置いてます。
ただ、桂花のキャラが壊れていますのでご注意鵜ください。
感想、コメント待ってます。
それではどうぞ