十三話 帝
帝が死んだ。この情報は各諸侯に行き届いた。これにより弱体していた朝廷の力はさらに弱くなり、管軍は腐りはて、文官たちの賄賂は横行し、野盗たちは増加の一途を辿り、大陸は混沌とした状態になった。
そんな中、一刀たちは、
「今日も平和だな。美羽。」
「うむ!」
自分たちの平和を堪能していた。
「ずいぶんと余裕ですね。帝が死んで、大陸は混乱しているのに。」
七乃さんは呆れ気味である。
「帝が死んだからって、俺たちには何の関係もありませんよ。………俺たちは自分たちの出来る範囲でみんなを守っていけばいいんだから。」
一刀の言っている事は正論である。すべての民を守るなんて帝にだって出来やしない。だからこそ諸侯が存在し、領土というものがあるのだ。
そして、諸侯たちは自分たちの領土にいる民たちを守ればいい。帝は諸侯たちの代表にしか過ぎない。
「ですけど、そう簡単にいかなくなってしまったんです。」
七乃さんはなぜか困ったような表情で言った。
「どうかしたの?」
「はい、実は朝廷から召喚状が来ているのです。」
「朝廷から?何でまた?」
七乃さんの話はこんな感じだった。帝が崩御し、それを機に大将軍、何進は漢王朝を腐敗させた宦官たちの弾劾を天下の公論として各諸侯に檄を飛ばしたそうな。
「檄、ね~。………やっぱり行かなくちゃいけないのかな?」
「まあ、相手は弱体化したとはいえ朝廷ですからね。行かないといろいろと面倒臭い事になるかもしれません。」
「他人の軍で自分の威光を示そうなんて、ずいぶんと卑しい大将軍様だね。」
一刀の皮肉は七乃さんにも理解できるものだった。要は何進は宦官撲滅のために他人の軍を利用し、それを盾に自分の威光を示し、自分が帝を操る算段をしているだ。自分たちの官軍ではどうやら宦官たちを黙らせることが出来ないらしい。それほどまでに管軍は腐敗しきっていた。
「その号令って、すべての諸侯に届いているの?」
「はい、たぶん大陸中の諸侯が洛陽に集結することになるでしょう。」
「ふーん。」
一刀は史実を知っている。何進は十常時と呼ばれる宦官たちに暗殺され、それを理由に袁紹たちに追われるはずなのだが………
「ねえねえ、七乃さん。」
「はい?」
「袁紹って、今どこにいるのかな?」
「麗羽さまですか?」
「麗羽?」
「ああ、袁紹様の真名ですよ。一刀さんは呼んではいけませんからね。」
真名?どうして七乃さんは呼んでいるんだ?
「お忘れですか?お嬢さまも袁家なんですよ。」
そうだった。よく考えてみれば美羽も袁家の一員だったんだ。しかも血筋だけで言えば袁紹より上かも。
「そうだった。すっかり忘れていたよ。あの子って一応名家なんだよね。」
「はい。………麗羽様ですが、自分の領地にいると思いますよ。」
なんだって!
「じ、自分の領地にいるだって!?……洛陽にいるんじゃないの?」
「どうして、麗羽様が洛陽に居られると?」
七乃さんは不思議に聞いてきた。
「いや、だってさ!この大号令って袁紹が考えたものじゃないのか?」
史実ではそうなっているはずだ。漢王朝を腐敗させた宦官たちを嫌い、何進に進言したのは袁紹だったはず。
「あの人がそんな事考えるわけないじゃないですか。お嬢さまの従姉ですよ。」
ものすごい説得力だ。
(だとすると、俺の知っている歴史とはいろいろ異なるようだ。血生臭い歴史にならないかも。)
一刀はそのように考えていた。
「よし、じゃあ俺たちも洛陽に行くとしますか。」
「はい。」
旅行気分で一刀たちは洛陽に行く準備をした。
……………………
……………
………
出発の準備ができた。雪蓮と冥琳、そして祭さんは俺たちに同行。留守番は穏たちに任せた。彼女たちも行きたがっていたらしいが。
穏たちはお土産宜しくなどと言っていたが観光に行くわけでは無い事を一応言っておこう。
俺たちのメンバーは俺、美羽、七乃さん、恋にねね。客将として雪蓮に冥林、祭さんの三人である。ほか一万ほどの軍勢を連れてきた。
「しかし、今回の何進の考えって一体何なんだろうな?」
俺たちは馬車に乗りながらこれからの話をした。冥林は俺の疑問に悪態を付きながら言った。
「馬鹿の考える事は分からん。」
冥琳も分かっているのだ。この号令がどういうものなのか。
官軍といえども実戦の経験者は極僅か。しかも今は黄巾の乱の後始末に手を取られている。だから、もしどこかの諸侯が数万の兵を率いて洛陽に入場すれば、洛陽陥落はいとも容易く出来るだろう。そこに待っている結末は、陥落させた者の独裁政治に他ならない。それ故に最優先すべきは宦官の弾劾などでは無く、いかに各諸侯の野望を未然に防げるか、という事にかかっている。
一刀たちは帝を守るために洛陽に向かっているのだ。
「ところでさ、俺たち以外に呼びかけられた勢力ってどこかな?」
一刀が聞いてくると冥林は答えてくれた。
「そうだな、北の曹操に、白馬長史と言われた公孫瓉、袁術の従兄の袁紹、他にも名のある諸侯たちが集まっているそうだ。あと、月たちにも来たそうだぞ。」
「月たちにも?……まあ、当然と言えば当然か。」
「まあな、何せ州牧なのだから。」
これから起きる事は月たちにも関係してくる。一刀の知っている董卓は帝の子供をさらった十常侍を殺し、彼らを救出する。そこまではいいがそれを利用して独裁的な政治を始めるようになる。でも、月たちなら問題ないだろう。何せ、あの月だもの。
一刀の顔はニヤけていた。そして、みんなに気持ち悪がられた。
「北郷よ、何を考えているのか知らんが気持ち悪いぞ。」
冥琳は冷たく言う。
「本当よ。一刀の事だからきっと洛陽で女遊びが出来ると考えているんだわ。私たちが居るって言うのに!」
雪蓮は意地の悪い皮肉を口にする。
「そんな事無いって!それよりももうすぐ洛陽だね。」
一刀はとっさに話をすり替えた。もうすぐ洛陽に到着する。俺たちは気を引き締めた。
洛陽に到着した一刀たち。しかし、そこは思っていたような都では無かった。
「これは、酷いな。」
「うむ、まさかこれほどのものとは。」
一刀たちが都を見た感想がこれだった。そこは暗く、陰湿で、覇気無く、この世の地獄ではないかと思わせるような凄惨さであった。
「ここって、本当に都?」
一刀が疑問に思うのも無理はないだろう。今現在、ここ洛陽は世界一の都と言われているはず。それなのになんだ?この陰湿さは。通り過ぎる人たちはボロを纏っていた。決して四百年も続いた都には見えなかった。
一刀たちは今にも吐きそうな嘔吐感を我慢しながら宮殿に向かった。だが、待っていたのは命令あるまでしばらく待てとの言葉だけだった。これにはさすがの美羽も雪蓮たちも怒った。
「全く、遠くから来たと言うのに何じゃ、あの態度は!?」
「全くよ!ああ、気分悪い!」
怒った二人を諌めながら、俺たちは用意された部屋で待たされていた。
それから、数日ほど経った。各諸侯がどんどん集まってきたのだ。その中に月たちの姿があった。
「お久しぶりです!ご主人様。」
「ああ、月。久しぶりだな。」
「ふん、まだ生きてたんだ。」
「お前も相変わらずだな、詠。」
久しぶりの再会であった。二人とも元気そうで何よりだ。
「気付いている?この異様ともいえる雰囲気?」
詠は周りを見渡しながら聞いてきた。
「ああ、どいつもこいつも一癖二癖ありそうな連中だ。きっと機会を窺っているのだろうな。」
おそらく、周りの奴らも考えている事は一緒だ。お互いに牽制し合っている。
「ま、こんなにたくさんの人間のいるところで一悶着を起こそうって奴は普通いないと思うけどね。」
それもそうだ。その時、月が見知らぬ人たちを連れてきた。
「ご主人さま、紹介します。こちらは私たちの仲間の張遼さんと華雄さんです。」
月たちは連れてきた人たちの紹介を始めた。
「うちが張遼や、真名は霞。よろしゅうな!」
ずいぶんと豪気な人だと思った。それにしてもこの子が張遼?信じられないと思ったが、あの董卓が月ならまだ納得のいく範囲だった。
「いきなり真名を預けてくれるなんて、どういうつもりだ?」
同然の疑問だ。一刀は月たちの主にはなったものの、まだこの張遼は一刀の事を何も知らないはずだ。そんな胡散臭い人間に真名を預けるなんて、
「あんた、自分の事を過小評価しとるとちゃう?」
「……は?」
「あんたは大陸では知らない奴はおらんのや!あの黄巾党を武力では無く話だけで屈服させるなんてすごすぎやで!」
「は、はあ……」
霞は何やら興奮気味に一刀の事を褒め称えている。
「戦わずにして勝つ!これこそ本当の勝利ってやつや!口にするのは簡単。でも、実行するのは困難!それをやり遂げたあんたは英雄や!だから真名を預けるのは当然やろ!?」
何とも豪快な少女だ。一刀は少し腰が引けていた。
「そ、そう言う事なら、喜んで真名を預かるよ。これからよろしくな。霞。」
「おお、よろしゅうな!え~と…」
何やら口ごもっている。なるほど!
「俺の事は好きなように呼んでくれてかまわないよ。」
どうやら霞は一刀の事を何と呼べばいのか分からなかったようだ。
「そうか!おおきにな!一刀!」
いきなり下の名前で呼ばれた。これには一刀もびっくりしたが、これからは良き友人になれるだろうと予感した。
「私は華雄だ。生憎と真名は持っていない。よろしく頼む。一刀様。」
いきなり一刀を様付けした少女は銀髪で何処となく薄幸なイメージを持っていた。
「様はつけなくてもいいよ。君にとっての主人は月だろ。」
月にご主人さまって呼ばれた時はかなり驚いたが、下の名前で様付けされるのは何かくすぐったい感じがした。
「そうはいきません。あなたは董卓さまの主なのですから。」
なかなか頑固な子だ。まあ、本人がいいって言っているのだったらいいが……
「久しぶりね、華雄。」
突然、雪蓮が話に混ざってきた。
「な、貴様は、孫策!」
何やらただならぬ雰囲気である。二人は知り合いなのだろうか?
「こいつは異民族討伐の時、お母様と一緒に戦った仲なのよ。でも、こちらが不利に成った時、真っ先に撤退していったの。もちろんお母様は一人で異民族を討伐したけどね。」
何やら挑発気味の雪蓮。おそらく仲間を残してさっさと撤退していった華雄を少なからず憎んでいるのだろう。
「貴様!あの時、我が部隊は最前線に出て尋常ならざる被害が出たのだ。撤退をするのは当たり前というものだろう。それをカサに我が武を馬鹿にするか!?」
華雄は怒気の入った言葉で言い返した。
「でも、お母様や私たちはあんたらが撤退した後でも戦い、勝利したわ。これでも自分たちが強いなんて言えるのかしら?」
雪蓮の言葉に華雄は激怒し、武器を取り出した。雪蓮も華雄のこの行動に便乗し、刀を抜きだした。このままでは殺し合いにまで発展する恐れがあった。一刀は急いで二人の間に割って入った。
「二人とも止めないか!俺たちはもう仲間同士なんだぞ!仲間同士で傷つけ合うなんて!」
一刀の必死の形相に雪蓮も華雄もお互いに武器を収めた。
「華雄、やめなさい。一刀の言う通りよ。今の私たちは仲間なんだから。」
「雪蓮、お前もだぞ。少しは落ち着かないか。」
詠と冥琳が助け船を出してくれた。二人とも落ち着いたようでなんとかこの場はおさまった。月はオロオロしていて、美羽は何が何だかわからない顔をしていた。
「はぁ………分かったわよ。ねぇ華雄?昔の事はお互いに水に流さない?」
雪蓮が諦めたような顔で提案してきた。その提案に華雄は、
「な!………ま、まあ今はお互いに一刀様に使える身。昔の事は水に流そう。」
渋い顔をしながら提案に乗ってくれた。こうしてこの場は平和的に収まったのであった。
「それにしても何進の奴、一体、いつまで待たせる気なのかしら!」
雪蓮は悪態をついていた。雪蓮の気持もわかる。もう何日もここに足止めを食らっている。正直、もう飽き飽きしていたのだ。早く事態が進行しないのかと。その時、宮殿の中から断末魔が聞こえてきた。
「な、何だ!今の声は!?」
みんなの顔に緊張が走った。今の叫び声はただ事じゃない。部屋から飛び出すと宮殿の中にいた官軍たちが一斉に出撃しているではないか!一刀たちはそのうちの一人を捕まえ、理由を聞き出した。
「一体何があったんだ!?」
兵士はあわてながら答えた。
「十常侍たちが乱心!何進大将軍を殺害し、その妹君の何太后までをも殺害!陛下の御子息たちを誘拐し、逃亡したとの情報が!」
すごい事が起きた。十常侍の反乱が宮殿内で起きたのである。
「なんですって!?」
詠を始め、一刀たちは信じられない気持だった。しかし、現実に事は起きてしまったのだ。早く何かしらの対応をしなければならない。一刀はみんなに命じた。
「早く皇帝を探さなくちゃいけない。敵はすでに都を離れているだろう!宮殿たちの宦官たちは官軍たちに任せて俺たちは陛下たちを探そう!」
一刀の言葉に皆が頷いた。
「もし、この情報が外にいる諸侯たちの耳にはいったら大混乱になるだろう!だから軍を使う訳にはいかない。みんな手分けして探すんだ!月と詠は霞と華雄を連れて東門を!雪蓮たちは西門!俺たちは恋たちを連れて南門から探す!みんな、絶対に見つけるんだ!」
一刀の号令で皆が行動を起こした。敵はまだ遠くまで行っていないはずだ。一刀たちは馬を走らせ、街道中を隈なく探した。
「ところで、どうして北門には誰も送らなかったのですか?」
七乃さんは馬に乗りながら一刀に訪ねた。ちなみに一刀は馬に二年前までは乗ることはできなかったが今では走らせる程度にまでは成長していた。
「北門には俺たちの軍を初め、各諸侯の軍が駐屯している。そこを突っ切る馬鹿はいないだろう。」
何せ相手は朝廷を我がものにしていた十常侍だ。乱心とはいえ、何の計画もなく行動を起こすとは考えにくい。
「ところでねね。敵がこの道を選ぶとすればどこに行くと思う?」
ねねは子供とはいえ軍師だ。今はまだ甘くとも実力はある。あと数年もすれば冥琳と同じくらいに成長するかもしれない。
「むむむ~!敵は相当焦っていたと思うのです。計画はしていたものの何かしらの事故があり、やもえず作戦を強行したものと思われるのです!だから……」
「だから、官軍たちに見つかり、騒ぎになり逃亡を図った。そんなところだろう?」
一刀は自信な下げに言うねねの言葉を結んだ。
「そ、そんなの当然なのです!」
ねねは向きになりながら返事を返した。
「だとすると簡単だな。敵は焦っている。だったらこの都から速やかに離れたいと思うはずだ!敵は幼い皇族を捕まえている。だったら馬車を使うはずだ!馬車で狭い獣道のような裏道なんて使えるわけがない。敵がいるとすればこの街道の先だ!」
いつも以上に頭の切れる一刀に皆は感心した。一刀たちはペースを上げながら先を急いだ。
その先には何とも豪勢な馬車がすごい勢いで走っていた。一刀は直感的にこの馬車が犯人だと確信した。他のみんなもどうやらそのように思ってらしい。
一刀たちはその馬車を遮るように馬を走らせた。馬車を止めさせた瞬間、いきなり切りつけられた。なんとか恋の助けによって危機一髪だった一刀。相手は何の言葉もないままいきなり切りつけてきたのだ。どうやらビンゴだったようだ。
などと思っていたら一瞬の隙を突かれて馬車は再び走り出した。
「恋、七乃さん!ここは任せたよ!」
用心棒たちの相手は恋達に任せて一刀は単身、馬車を追いかけた。
「こ、この!さっさと止まれよ!こっちはまだ馬に慣れていないんだから!」
などと罵声を繰り返していたら、騎手と中に入っていた老人達が一斉に馬車から飛び降りた。ほんの一瞬、一刀は馬車に取り残された子供の姿を見つけた。本来ならばこの老人達を捕まえ、尋問にかけるところだが今はそんな事を考えている場合では無い。早く馬車を止めなくては、中に入る子供は大変なことになる。
「おい!大丈夫か!中にいるのか!?」
一刀は馬車の荷台に大声で声をかけた。すると子供がまだ乗っていた。見間違いなどでは無かったようだ。
馬車はもう暴走と化していた。この先は高さはないにしろ崖である。このまま突っ走ったら間違いなくこの中にいる子供は死ぬ。
「おい!早くこっちに乗り移れ!」
一刀は子供にこっちに乗り移れと命令をしたが、子供は恐怖のためか動かなかった。
「ちゃんと受け止めてやる!早く!」
一刀は両手を広げて子供を受け止めようとした。子供は勇気を出して一刀の胸に飛び込んでいった。一刀たちはバランスを崩し、子供を庇うように落馬した。
「い、痛ってえええええええええ!!」
もともと馬に慣れていない一刀が手綱から手を放し、子供を乗り移らせるなんて荒業をやったのだから落馬するのは当然である。しかし、落ちたところが良かった。一刀たちは街道から外れた草むらに落ちたのだ。どうやら草たちがクッションの役目を果たしてくれたのだろう。一方、馬車の方は崖から落ちてすごい事になってた。まさに危機一髪というものである。
「いててて!だ、大丈夫だった?君。」
一刀は自分の胸に乗っかっている子供の心配をしていた。年は美羽と同じくらいか。子供は何と言うか、とても美しい容姿をした少年だった。いや、少女にも見えなくはない。それほどにまで美しい容貌をしていたのだ。
「す、済まぬ!怪我などはしておらぬか?」
少年は一刀の心配をしていてくれたようだ。
「我が名は陳留王、又の名を劉協と言う。お前のおかげで助かった。礼を言うぞ。」
一刀はかなり驚いた。この子があの劉協!皇帝陛下だなんて。
「す、すみません皇帝陛下!生意気な口などを聞いてしまって!」
一刀は思わず跪いていた。それほどまでにこの少年はカリスマと言うべきか………人を従えさせる雰囲気を持っていた。
「よい。余はそちのおかげで助かったのだから。それに余は皇帝などではない。皇帝は兄上の方…………そうだ!」
劉協は何か思い出したように混乱した。
「お前、兄を、余の兄を助けてやってくれ!」
「どういうこと?」
劉協の話はこうだった。この子の兄、少帝・劉弁は劉協と共に十常侍に連れ去られた際、管軍の動きが思いのほか速く、焦った十常侍たちは二手に別れたそうな。その一方を一刀が保護したと言う事だ。
劉協はものすごく焦り、混乱していた。
「大丈夫だよ。別方向には俺たちの仲間が向かったからさ。きっとお兄さんも助けられるよ。」
ただただ、自分の兄の心配をする劉協は先ほどの皇族の風体を脱ぎ棄て、ただの子供になっていた。もしかするとこっちが本当の劉協なのかもしれない。
「し、しかし!………」
「落ち着いて!今の俺たちは何もできないよ。とにかく今は信じて待つしかない。」
一刀は混乱していた劉協を諌めていた。本当なら打ち首ものなのだがその時の一刀の頭にはなんも入っていなかった。
劉協はどうやら落ち着いたようだ。今の自分たちの状況を理解したようだった。
「す、すまない。少しばかし興奮してしまったようだ。」
「いいえ、俺も少し言いすぎました。兄を思うあなたの思いを無視して……」
「お、お前は何も悪くないぞ!悪いのは余だ!」
「いいえ、俺の方です!」
「いいや、余の方が悪い!」
「いいえ!悪いのは俺です!」
「悪いのは余だ!」
「いいえ!俺です!」
二人は何の勝負をしているのやら…………正気に戻ったら二人とも大笑いをしてしまった。
「全く!余たちは何をしているのだろうな!ふふふ。」
「ははは、まったくです。」
先ほどまで暗かった劉協の顔には笑顔があった。笑っている劉協はとっても可愛らしい子供に見えた。
「走り去った馬を連れてきます。まだその辺にいると思いますからここで待っていてください。」
一刀は乗ってきた馬を探すために立ち上がったが、何かにつかまった。
「あ、あの劉協さま?」
なぜか袖を劉協に掴まれていた。掴んでいる手は小刻みに震えている。
「よ、余を一人にするでない。」
そこには恐怖に怯えた少年の姿があった。
「こんな暗いとこに余を…………それに、宮殿でさらわれた時の事を思い出すのだ。すごく怖い顔をした大人たちが余を………」
そうだった。この子は何も知らずに誘拐され、命を落としかねなかったんだ。その事にそうして気が付いてやれなかったんだと一刀は悔やんだ。
「分かりました。では一緒に行きましょう。」
「ああ。」
一刀は劉協の手を繋いで、一緒に馬を探した。一刀が乗ってきた馬は崖のすぐ近くに止まっていた。なかなか賢い馬である。一刀はまず先に劉協を馬に乗せようとした。
「劉協様、失礼しますね。」
「え?」
劉協の身長では馬にまたがる事は出来ないと思い、この子の脇を持って馬にまたがせようとした。
ムニュ!
「ひっ!?」
劉協は何か驚いたような声を出した。
(あれ、今何か小さいながらも、柔らかいものが………)
一刀は何か不審に思い、劉協の顔を覗き込んだ。そこのは涙ながらに顔を赤めている劉協の姿があった。
「こ、この………」
「…………え?も、もしかして…」
「この痴れものがあああ!!」
パーン!!
何か乾いた音が木霊した。そこには劉協に平手打ちをされた一刀があった。
「え、ええええええええ!!男の子じゃなくて、ほ、本物の女の子!?」
美羽や蓮華にも劣らない奇妙な出会いをした一刀と劉協であった。
つづく
あとがき
こんばんわ、ファンネルです。
ついにオリキャラが来ました。しかもあの劉協。
これから彼、ではなく彼女も物語の大切な一角を担います。
これ以上はオリキャラを出す想像力がないので、オリキャラは彼女のみです。
どうか、温かい目で見守ってください。
では、次回もゆっくりしていってね。
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こんばんわ、ファンネルです。
いつもは長編でしたが切りのいいところでしたので、少し短くなってしまいました。
これから、舞台は新しい局面を迎えます。
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