No.803275

紫閃の軌跡

kelvinさん

第75話 隠すということの意味

2015-09-20 16:39:32 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2246   閲覧ユーザー数:2060

~帝都ヘイムダル東部 アルト通り~

 

時間は遡ることその日の午前、オリエンテーリングということでマキアスの父親でもあるレーグニッツ帝都知事からの課題をこなす意味合いでも、今回の実習の宿泊先を探すべくA班の面々―――リィン、エリオット、マキアス、ラウラ、フィー、セリカの六人が導力トラムから降りた。

 

「見たところ、結構賑やかですね。」

「あれ、セリカは初めてなの?」

「用事なら大抵はヴァンクール大通りで事足りますからね。知り合いの方でしたら何度か足を運んでいるそうですが。」

「成程。ところでエリオット、実家に挨拶はしていかないのか?」

「え?でも……」

 

セリカの言葉に意外そうな表情を向けたフィーに対して説明をし、リィンはそれを聞きながらエリオットに尋ねると、当の本人は戸惑いの表情を向けた。今回はあくまでも学院の実習と言うこと。それに私情を挟めてもいいのかと悩んでいたのだが、それに対して後押ししたのはラウラであった。

 

「それぐらいはかまわないだろう。それに、我々の宿泊先を尋ねるにはうってつけだと思うが。」

「ん~、もしかしたらいないかもしれないけど、一応行ってみる?」

「それがいいだろう。こんな時ぐらいアスベルがいてくれれば良かったのだが。」

「それは欲張りすぎ」

「辛辣ですね…」

 

マキアスの愚痴のような言葉に容赦なくツッコミ入れるフィーに対し、これにはセリカも苦笑せざるを得なかった。ともあれ、まずはエリオットの実家でもあるクレイグ家に行くこととなった。応対したのはエリオットの姉―――フィオナ・クレイグなのだが、エリオットの姿を見て彼を抱きしめた。

 

「女神様、感謝いたします…」

「ちょ、ちょっと姉さん!?皆が見てるから~!!」

 

本人としては『過保護』とこぼしたことをリィンは思い出しつつも、当のエリオット本人が家族に愛されているというのが良く解った一コマであった。ともあれ、そんな再会シーンもほどほどに、フィオナと一時のお茶をしつつ、話をすることとなった。話を聞けば、ピアノ教室を開いて子ども達に教えているそうなのだが、今日はお休みとのことだった。

 

「そういえば、セリカさんとはお久しぶりですね。あれから上達はしましたか?」

「まぁ、ぼちぼちですね。」

「あれ、知り合い?」

「まぁ、そうなるのかな。」

「知り合いって……いや、セリカ。君の身分からすると接点がないように見えるんだが。」

 

セリカは言ってしまえば身分上“貴族”。“平民”であるクレイグ家との接点に、疑問を浮かべたのはそういったことに敏感なマキアスであった。その感想には納得しつつもセリカは続けた。

 

「私の場合はこれでも軍人の端くれですから。その関係でクレイグ家の人達と付き合いがあるんです。」

「軍人の関係?見るからに音楽一家にしか見えないんだけれど?」

「う~ん、母さんはともかくとして、父さんはそういうのに縁がない人だからね。」

「そうね。たまには家族でのんびり演奏会にでも行きたいけど……二人とも、お仕事が忙しくて家にも滅多に帰ってこられないもの。」

(もっとも、私が驚くのは、エリオットの母上が『生きている』ことなんですけれどね……)

 

会話の中でそう思ったセリカ。まぁ、無理もない話だ。何せ、そうなったのは偶然に偶然が重なったということだった。たまたまこの家の主人が休みで家にいた時に倒れ、偶然にも近くに七耀教会の神父がいて、一命をとりとめた……なお、その一命を救ったのは、アスベルとは別の“守護騎士”でもあったことは知られざる事実である。その詳細を知っているのはその騎士と面識のある人物に限定される。

 

「軍人でクレイグ……あ、もしかしてオーラフ・クレイグ!?“紅毛のクレイグ”ですか!?」

「ふふ、正解よ。」

「あ~、あの人か。」

「って、フィー。父さんと会った事あるの?」

「うん。やたら息子の自慢をしてたことは覚えてる。」

「も、もう父さんってば」

 

よりにも軍人らしさではなく、一人の父親としてと言うか親バカの一面をフィーにはっきり覚えられていたことには、流石のエリオットも肩を落とし、周囲の人間は冷や汗をかいた。ともあれ、この辺りに詳しいフィオナに住所のメモを見せると、すぐにその建物のことが解ったようで

 

「この住所は……もしかして、“遊撃士協会(ブレイサーギルド)”があったところじゃないかしら?」

「あっ……そういえば!」

 

フィオナの言葉にエリオットもその住所と建物の存在が繋がったらしく、納得したように声を上げた。

 

「遊撃士協会……」

「それは、確かなんですか?」

「ええ、ギルドには知り合いもいたしね。少し前にいなくなってしまったけど……」

「そ、そうなの!?知らなかった……」

 

姉の交友関係に驚くエリオットだったが、ここで一つの疑問が浮かぶ。それは、駅での説明の際に出てきた『アスベルなら解る』というレーグニッツ知事の言葉であった。

 

「そういえば、アスベルなら解ると言っていたが…確か、リベール出身だったよな?」

「あら、アスベル君もいるのかしら?」

「今は別行動ですが、彼をご存じで?」

「何を隠そう、知り合いの一人が彼なのよ。あと、彼と一緒にいた女の子―――確か、シルフィアさんとレイアさんも知り合いよ。」

「アスベルって確か、俺達の三つ上だよな?」

「間違ってはないはず。」

 

労働条件とか色々なものに引っ掛かりそうな印象しか拭えないが、その三人は事情が“特殊”すぎるため、物事の基準に考えてはいけない……それを言ったらフィーやセリカも似たようなものだが。ともあれ、その後の話の流れで食事の方をフィオナが用意してくれるということでお言葉に甘えることとなり、早速宿泊先に指定されている元遊撃士協会支部の建物へと移動した。

 

「うん、やっぱりここで間違いないみたい。」

「しかし、建物自体はここ最近に建てられたようだが…」

「二年ぐらい前だったかな。火事で一回全焼しちゃって建て直したらしいんだよね。噂では襲撃されたとか言われてたけど、そこら辺はよく解らないんだよね。」

「(まぁ、そうなっちゃうよね)」

「フィー?」

「ん、なんでもないよ。」

「……」

「(またですか、ラウラ……)」

 

この面子の中で真実を知っているのはフィーなわけなのだが、流石に口に出せるような内容ではないので黙った。それがラウラの癪に障ったようで、殆どの面々が冷や汗をかき、それを見たセリカがやれやれと言った表情を浮かべることとなった。立ち話もそこそこに中へ入ると、あちこちに貼られた帝都庁の管理下を示す張り紙が明らかに目についた。

 

「明らかに新品の寝床……マキアスのお父さんらしいといえば、らしいな。」

「まったく、父さんは…って、リィンは会ったことがあるのか?」

「数回程度、ってなぐらいだよ。コーヒーとチェスの話を楽しげにしてたけど。」

「何というか……その、すまない。」

 

帝都庁のこういった几帳面さもトップの人間譲り―――ひいてはマキアスもその一端を引き継いでいるのかもと思いつつ、二階の寝床も確認したところでA班の面々はテーブルに座り、実習内容もとい課題を確認することとなった。

 

・地下水路の魔獣

・レコード探し

・夏至祭関連取材の手伝い

・手作り帽子の落とし物

・審査員協力

 

「いろいろ多彩だけど……この審査員って何?」

「この時期だとすると、例のアレでしょうか?」

「アレ?それは一体何なのだ?」

 

依頼の中に気になる文言―――『審査員』という言葉にフィーは首を傾げ、それを聞いて思い当たる節があったステラが声を上げた。それに反応したのはラウラであった。それを見つつ、ステラは説明を始める。

 

「恐らくですが、夏至祭には皇室主催でのデザートコンクールがありまして、それではないかと思います。優勝すれば100万ミラと副賞で皇室の晩餐会招待だったかと。」

「100万ミラ!?」

「更には帝都の皇室御用達菓子店『セラフィル』でその菓子を一年間メニューに加えてくれるのです。一流の菓子店にメニューを加えてもらえるのですから、名だたる菓子店が凌ぎを削ってます。」

 

そういったところで帝都の菓子作りのレベルが軒並み高い理由がそれなのだ。さらにはその菓子店の一流パティシエは皇族お抱えの専属になる可能性もあるので、その意味では身分に関係なく平等の条件とも言える。何せ、腕前を純粋に見た上で皇族が選ぶからには、いかに貴族と言えどもそれに対して文句は言えない。その審査員の一人に皇族がいるのも付け加えておくが。

 

「その審査のお手伝いかぁ……セリカとかは、知ってるの?」

「知り合い(オリビエ)の付き添いで知ってますよ。どの菓子も美味しくて、中々評価が難しいですが。」

 

ともあれ、依頼を片付けていくことにしたA班の面々。水路の魔獣に関しては担当の方がいなかったため午後にまわすこととなった。その際に帝国歌劇場きってのスターでもあるヴィータ・クロチルダと対面する場面もあり、マキアスとエリオットは興奮していた。まぁ、平民からすればそう言った人物を間近で見られるだけでも儲けものだろう。

 

B班との昼食を挟みつつ、水路の魔獣…の前に審査員関連の依頼を片付けることとなった。その理由は、魔獣退治の依頼と同じく担当者がいなかったためだ。そして、A班一行はその担当者と出会ったのだが、

 

「よく来てくれた、Ⅶ組の諸君。」

「えと、貴方が依頼人ですか?(ガタイがいい依頼人だな……)」

「(なんか、父さんを見てるような感じが)」

「……(武術を嗜んでいる雰囲気を感じるのだが…)」

 

その依頼人―――スーツにサングラスという格好。傍から見ればそのガタイの良さも合わさってSPにしか見えない始末。困惑しつつも話しているマキアスとエリオット。そして、その風貌から武術の心得があるのではという疑問を抱くラウラ。一方、その人物を知るリィン、セリカ、フィーはというと……

 

「(えと………ミュラーさん、だよな?)」

「(むしろそうにしか見えない。ま、黙っておくけど。)」

「(えと、頑張って兄さん。)」

 

その人物の存在からして、その背景にいるであろうかの人物を思い出しつつ、揃って乾いた笑みしか出てこない有様であった。それを知ってか知らずかその男性は尋ねる。

 

「すまないが、説明に入っても?」

「あ、ええ、お願いします。」

 

このままでは話が進まないので、リィンが説明を促し、男性は説明を始める。

至って単純で、A班の面々にも試食を行い、それに対して点数をつけるというものだ。

一応公平性を期すため、それぞれの審査品には製作者の名を全て匿名にしている。審査する菓子に関してもバルフレイム宮で腕を振るう皇族お抱えのパティシエが腕をふるう。ひいきなどといったことがないよう、万が一の不正対策も施されており、そういった意味合いでは厳正な審査が為されているとのことだ。

 

というわけでリィン達も各々審査を行うこととなった。別段難しいことをするわけでなく、純粋に自分の気に入ったものを審査用紙に書き込むと言ったものだった。特に目立ったトラブルもなく審査も終わり、リィン達が男性と言葉を交わした後去っていくのを見届けた男性は、ため息を吐きつつ身に着けていたサングラスを外した。

 

「全く……あのお調子者にはほとほと手を焼かされるな。」

「まったく、そんな人がいるんなら是非お目にかかりたいものだね。」

「お前だ、阿呆が。」

 

男性はいつの間にか隣にいた一人の青年―――皇族にしか許されない緋の正装に身を包んだ人物が呑気に言い放った言葉に対し、容赦ない言葉を浴びせる。

 

「ま、解ってはいたけどね。……準備の方は問題ないかい?」

「ああ。父上の協力は取り付けた。だが、相手は正攻法が通じないとみるべきだろう。」

「“あの御仁”や“蛇”に比べたらマシだと思いたいね……いつまでも、彼等に頼りっぱなしじゃ帝国男子として名折れだからね。」

 

そう言い放った青年の視線の先は西の方角に沈みゆく太陽を向いていた。

 

 

大分間が空きました。

理由としましては、リアル仕事が立て込んだせいで執筆時間が取れなかったためです。

来月は少し落ち着きそうなので、更新頻度は多分上がると思います。現状だと予定としか言えませんが。


 
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