日が沈み暗くなったころ、蜀の首都成都から南西に行ったところにある町の宿で一刀たち、ぶらり羅馬の旅御一行は宿泊していた。
部屋の窓からは光とともに明るい笑い声が聞こえてくる。
明かりのついている部屋は他にもあるが、男一人に女六人で宿に来て騒いでいるのは一部屋だけだった。
「………」
「………」
「………」
そんな幸せ一杯な雰囲気を全開で解放している一行がいる宿の前に立つ四人の影。
そしてなぜか、四人うち三人の周りの空気だけが異質なのは気のせいだろうか。
今の三人の醸し出す雰囲気には、五胡の単于ですら裸足で逃げだすだろう。
幾分かの沈黙の後、四人のうちの一人が口を開いた。
「…首尾は」
すると、新たに一人が音もなく現れて報告を始める。
「はっ、北郷一刀等七名は、この宿に居て確かでした」
「全員、同じ部屋に居るんですか?」
「いえ、北郷一刀だけ先に酒に酔いつぶれ、一人先に床についたそうです」
「あら、一刀にしては情けないわね」
さらに、他の宿泊客の人数や宿の主には金を握らせて自分たちのことを黙らせていることを報告する。
「いかがいたしますか?」
「どんな理由が有るにしても、これは私事です。他のお客さんに迷惑だけは掛けちゃだめです」
「ええ、当たり前よ」
「なら、私たち三人で行くのが妥当だろう」
「はい、では私たちは、それぞれ配置について目標の退路を断ちます」
そういうと二人は三人から離れていった。
「それじゃあ、いくわよ」
「はい」
「ええ」
返事をすると三人は宿の中へと足を踏み入れた。
一方その頃、ぶらり羅馬の旅御一行(一刀命名)はというと、一刀と旅をしていることに浮かれ、外のことにも気付かずに騒いでいた。
当初、宿に着いたときは八人で一つの部屋に泊まることはいくらなんでも無理だが、三部屋とるほどの予算もないためとりあえず3:4に分かれて二部屋借りることになった。
しかし、ここでまた問題が起きた。
理由は簡単に想像できることだが、あえて言えば誰が一刀と同じ部屋になるかということだった。
結局、誰が一刀と同室になるかは決まらず、部屋を借りたあとに飲みながら決めるということになった。
「しっかし、一刀は素直やないなぁ」
「な、なにがだよ」
途中で購入した酒を飲みながら霞が肩を組んでくっついてくる。
宴会が始まって、まだ少ししかしていないにも関わらず、霞はもうデキあがっていた。
「なんや、分かっとるくせにぃ。そんなにウチに恥ずかしゅうこと言わせたいんか?このスケベ~」
そう言って霞は、また酒を飲む。
だめだ、もう何を言っても無駄そうだ。
「どーせなら、ウチら全員と一緒に寝て、イイことしたかったんやろ?」
「なっ、なな、なななな。そうなんですか一刀様!!」
「へう。そ、そうなんですか」
「あんた、一体どこまで変態なの」
「思ってないよ!全然……ではないけど、思ってないから!!」
月と亞莎は真っ赤になりながら、詠は蔑むような目で俺を見てくる。
そして、霞は困ってる俺を見ながら霞は大笑いしている。
くそ…。いつものことだけど、人のことをおもちゃしやがって。
さっきから話に入ってこない恋とねねの方を向くと、恋は酒など一切無視してひたすら食べ続け、ねねは恋に食べ物をどんどん運んでいる。
こちらもこちらでいつもどおりの光景だった。
「なんや、そんなに否定して…。ウチはいいんやで、カズトがしたいって言うんなら」
霞は俺の耳元に口を近づけると「なんなら、今からでも隣の部屋でしよか?」とつぶやいた。
その言葉に驚いて、俺は咽かえって飲んでいた酒を吹き出しそうになる。
「わたしはご主人様がしたいっていうなら」
「わ、わたしもで、しゅ」
「ボ、ボクだって別にアンタが嫌いってわけじゃ」
そして、ツンのあとにデレる詠とモジモジしながら答える月に、頭から湯気をだして酔ってしまったのか呂律が回らない亞莎。
いい具合にアルコールが回ってきたのか、段々と収集のつかない方向に向かっているのがよくわかる。
「へぅ~、霞さんズルイです」
急に月が席から立つと、酒の入った杯を持ったまま、ふらふらとした足取りで近づいてくる。
そんな月を詠は内心はらはらしながら見守る。
「何がズルイんや月っち?」
「いくら、私や詠ちゃんが知らない御主人を知ってるからって…」
ああ、月が完全に酔っぱらってる。
月は、杯に残ってた残りの酒を飲み干すと、ダンと勢いよく机に置いた。
いつもの月なら考えられない行動だ。
「一人だけ御主人様にくっつき過ぎですぅ」
そう言って月は、俺の足元にしゃがんだ。
「「ちょっ…月!!」」
月の行動に俺と詠の考えがシンクロした。
しかし、俺や詠の想像したようなことは起きず、月は俺の左足にしがみ付くと太股に頭を乗せた。いわゆる膝枕のようなものかもしれない。
当の月は気持ちよさそうに俺の太股を頬ずりしている。
「ゆ、月?」
「詠ちゃんも一緒にしようよ。御主人様、とっても気持ちいいよ」
「あ~~月さんもズルイでしゅよ」
今度は亞莎が霞の反対側の腕に抱きつく。
普段の月や亞莎からは想像もできないような言動、酒の力ってすごいな。
「ん?」
酒の力に感心していると、さっきまでひたすら食べてたはずの恋が、とことこと近寄ってきてた。
「れ、恋?」
「………」
そして、俺の顔をじっと見つめている。
この状態で恋のあの表情を見れば、なにが言いたいのかよく分かる。
「…いいよ。おいで、恋」
亞莎に抱きつかれてあまり動かないが、肘だけ動かして恋においでおいでをする。
すると、恋は表情を明るくして表面から腰に抱きついた。
やれやれ、恋は酔っても酔ってなくても同じだな、そんなことを考えていると、突然後ろから何かが圧し掛かってきた。
首だけ後ろをむくと、俺の背中に乗っていたのは不機嫌そうなねねだった。
「ねねは何やってんだ」
「ね、ねねは恋殿が行くところ、どこにでもお供するのです」
意味が分からん。
「…………」
自分以外の全員が俺に抱きついているのを見て、詠はどうしようか悩んでいるようだった。
そして、少し考えるようにオロオロしていると、観念したように近づいてきて、もう片方の足に月と同じように抱きついた。
「べ、べつに、これは、その…ボクがしたいからってのじゃないのよ」
月と同じように俺の太股に頭を乗せたまま上目使いでいわれても説得力がないな。
「そ、そう!こんな状態でボクだけやらなかったら、ボクが空気を読めないみたいじゃない」
「賈駆っちも素直やないな」
「でも、そういうところが可愛いだろ…って痛い痛い痛い」
見下ろすと、詠は俺の脚を抓っていた。
「ふふふ…。詠ちゃんはツン子ちゃんですからねぇ~」
「月ぇ~」
みんなに抱きつかれたまま、そうこうしていると、知らないうちに疲れがたまっていたのか、眠気が出てくる。
そこに酒の効果と、程よい人の温もりで段々と思考に白い靄がかかってくる。
霞たちが何か言っているが、何をいっているのかわからない。
そして、最後には俺は意識を手放した。
一刀が眠ってしまった後、霞が一刀を借りていた、もう一つの部屋に運んでいった。
そのままシケこむのもいいかもしれないと霞は思ったが、意識のない相手では楽しくないし、一刀も疲れているようだったので霞は一刀の唇を舐めるだけで部屋に戻った。
酔っているという理由ではなく上機嫌で戻ってきた霞を見て、月たちは何かあっということに感づいた。
「霞さん、何してきたんですか?」
「何って。聞きたいんか?」
霞が意地の悪い笑みで聞きかえすと、「うぅ~」と言って月は何も言い返せなくなった。
「そ、ん、な、ことより。どやったん?」
「な、なにがですか?」
霞に詰め寄られて、たじろぐ月。
「またまた、月っちも一刀とやったんやろ。初めてはどやったん?どんなことしたん?んで、どんなことしてもらったん?」
「え、え、えっと」
「ちょっと、やめなさいよ。月が困ってるじゃない」
「そ、その詠ちゃんといっしょに…」
「って、月!?」
困っていた月を助けようと詠が割って入ったのだが、月が白状してしまったことで霞の標的に加えられてしまった。
「ほっほ~。詠っちも一緒やったんか」
ニヤニヤしながら詠を見る霞に対して、詠は耳の先まで真っ赤になる。
「やっぱ、あれなん?普段はツンツンしてるくせに閨に入ったら甘えまくるんか?」
「えっと、その…ムグ」
「ちょ…月、それ以上言っちゃだめ」
また何か白状しそうになる月の口を慌てて詠が塞ぐ。
「―――。ぷは。苦しいよ、詠ちゃん」
「あ、ごめんね月。アンタもいい加減にしなさいよね霞」
「アハハハ、ごめんな月」
「いえ、でも霞さんはどうだったんですか?」
「ウチ?ウチはな…」
霞は月と詠、そして亞莎に手招きして顔を寄せる。
「あのな…………月の夜にな…………でな……」
霞が話始めると「きゃあ」や「ひゃあ」という声が聞こえてくる。
「霞さん、羨ましいです」
「なら、月や亞莎も一刀に同じことしてもろうたら、ええやん」
霞たちが笑いながら話ていると、扉を叩く音がした。
「…なんや、こんな夜中に誰や」
「一刀様でしょうか?」
亞莎は、そう言うと扉のほうへ歩いていく。
「はい、どちら様でs……」
扉を開けた亞莎は、扉の外にいた訪問者を見た途端に固まってしまった。
そして、みるみると血の気が引いていっているのが見て分かるほど、青くなる。
「れ、れれ、れ」
「どうしたんや、亞s…!!」
「どうしt…」
亞莎の様子がおかしいことに気が付いた霞と詠が様子を見に扉に近づくと、亞莎と同様に、そこにいた人物に声を失った。
「亞莎。まさか、あなたがこんなことをするなんて思いもしなかったわ」
「こんなことをして、どういうつもりかしら?霞」
「やっほ~、詠ちゃん」
そこに立っていたのは三国の三女王。
「蓮華様!!」
「華琳!!」
「桃香!!」
三人は同時に叫んだ。
「………なさい」
何か、聞こえる。
「…か…と………きなさい」
呼びかけるような声が聞こえる。
けれど、眠気が優先されて、なんと言っているのかわからない。
「もう、少し寝かせてくれよ月」
「………」
「………」
「………」
月が起こしに来たのかと思って頼むと、声が聞こえなくなった。
そして、再び眠りへと落ちていく。
「起きなさいッ!!!」
「おわッ!!」
布団を剥ぎ取られ、その勢いで転げ落ちる。
こんなことをするのは詠ぐらいだろう。
「いてててて…。詠、もう少し優しく起こしてk……」
「起きたかしら?一刀」
顔が引きつり、頭の中が真っ白になる。
眠気も酔いも何処かへ吹っ飛び、背中にはいやな汗が流れまくる。
「えっ…と。華琳?」
「ずいぶん、遠くまで散歩に来たみたいね」
俺の目の前には、華琳が見下ろすように立っている。
その顔には極上の笑顔があるが、その目に地獄の業火も小さく見えるほどの炎が宿っているのが見える。
「一刀、あなたって人は」
「れ、蓮華、さん?」
「やっほ~、ご主人様、私もいるよ♪」
「…桃香」
よく見れば、華琳の隣に同じ目をした蓮華と桃香もいる。
やばい、指先から血の気が引いていくのがよく分かる。
たぶん俺、今すごい顔が青くなってるかも…。
俺は、無意識に後退りしながら逃げるが、すぐに部屋の壁にぶつかった。
「一応言っておくけど、窓から逃げようとしても無駄よ」
華琳が窓の方を示すので窓を開けて外を覗いてみると、外には槍を片手に仁王立ちしている翠と大剣を持った春蘭と秋蘭が居た。
「こら~北郷、大人しく縛につけ!!」
「ぜってぇ逃がさねぇからな!!ご主人様」
「………」
やばい、あまりの状況に一瞬思考が止まった。
「主、主」
「せ、星」
声がしたので見上げると屋根の上から星が顔を覗かせてきた。
「ひどいではありませぬか?主、こんな面白そうなことに私を呼んでくださらぬとは、私がいれば、もっとうまく抜け出すことができたかもしれませぬのに」
星は不貞腐れたような表情で言う。
一応、無駄かもしれないが聞いてみる。
「あ、あのさ、星」
「なんですかな?主」
「助けてはぁ…」
「できませぬな」
即答だった。
星は、そう言うと最後に「では」とだけ言って姿を消した。
「理解できたかしら?一刀」
やばい、本気で怒ってるよ華琳。
「裏口には思春がいるから、隙を見て逃げようなんてことも考えてはダメよ一刀」
あははは、今の蓮華、すごい雪蓮そっくりだよ。
「なんてったって、朱里ちゃんが指揮をとってるんだからね。逃げるなんてできないよ♪ご主人様」
桃香…。俺、その「♪」って部分が目茶苦茶怖いんだけど。
「え~…と」
もう、笑うことすらできない。
今、俺は本気で命の危機を感じてるんだから。
「安心しなさい。刑の執行は私たち三人だけでやってあげるから」
華琳が、そう言うと三人はそれぞれ愛用の武器を取り出す。
俺達が成都を出てからまだ少ししか経ってないのに随分仲良くなったんだね三人とも。
やばい、腰が抜けて力がはいらない。
「大丈夫だよ、ご主人様」
剣を抜いたまま桃香が優しそうな笑顔で言ってくる。
「このあと、まだ愛紗ちゃん達の分が残ってるから」
何言ってのこの子!!!!!!
愛紗たちってことは春蘭や鈴々たちからもやられるってこと!?
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、マジ死ぬ、マジ死ぬってそれ!!!
だが、落ち着け俺、ここで取り乱したダメだ。最後まで希望を諦めるな。
「え、え~と、ちょっと待ってくれ、弁解の余地は?」
「最後に聞いてあげるわ」
「あっそうですか」
最後の希望もあっさり握りつぶされ、刑が執行された。
…南無
まだ続く?
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お久しぶりです。
やっと、ネットに復帰することができたので投稿しました。