~帝都ヘイムダル ヴェスタ通り 導力工房~
特別実習の課題をこなすために導力製品のテスト依頼を受けるべく、足を運んだアスベルたち。すると、彼等の姿を見て近づいてくる男性の姿がいた。
「お、来たようだね。アリサ、久しぶり。」
「お父様!?何でこんなところにいるのよ!?」
唐突に言い合いを始める男性とアリサの二人。それを見て呆気にとられる他のB班の面々+アスベルとルドガー。まぁ、自分の身内……しかも、それなりの立場にいる人間がこのような場所にいていいのか、という疑問は尽きないのかもしれない。一通りの言い合いを終えると、疲れ切っているアリサと笑顔を浮かべている男性の姿があった。
「さて、すまないね。僕はフランツ・ラインフォルト。恥ずかしながらラインフォルト社の副会長を務めているよ。」
「!?ラインフォルト社の…」
「噂には聞いたことがある。ラインフォルト社きっての敏腕技術者だと。」
「はは、僕なんてまだまださ。せいぜいあの人の足元位ぐらいだよ。」
フランツ・ラインフォルト……グエン・ラインフォルトの愛弟子の一人であり、彼の娘であるイリーナ・ラインフォルトと結婚し、一人娘であるアリサの父親。今はラインフォルト社の副会長を務める傍ら、自らも技術者の一人としてその腕を如何なく発揮している。そんな彼がここにいることもそうだが、依頼を出した人物だということにアリサは疲れ切た表情を浮かべていた。それを横目に見つつも、フランツはアスベルに近づいた。
「久しぶりだね、アスベル君。ウチの娘が粗相をしていないようで何よりだよ」
「持ち上げられても困るんですが……」
「そう思っても仕方のないことさ。特に、君のような立場の人間はね」
「はぁ……それで、依頼は何ですか?」
「了解したよ」
そう言ってフランツが取り出したのは見たことのないタイプの導力カメラ。彼が言うには今度の新作発表会のためのテストをしてほしいらしい。指定されたのはバルフレイム宮・ヘイムダル駅・ドライケルス広場の三ヶ所で、他にも夏至祭らしい風景があれば一緒に撮ってきてほしいとのことだ。ただ、
「あ、そうだ。アスベル君には別件があるから残ってほしいいんだけど、いいかな?」
「という訳なんだが、ルドガー、頼めるか?」
「まぁ、別にいいんだが……抱え込むなよ?」
「好きでそうしてるわけじゃないんですけれどねぇ……」
ともあれ、店の外に出ていくB班+ルドガーの一行……その様子はと言うと、
「むぅ~……お父様、アスベルに変な事を吹き込まないでしょうね……」
「な、何と言いますか、苦労してますね」
「母親も母親なら、父親も父親か。だが、いいじゃないか。構ってもらえる分だけマシだと思え」
「うぐ、それは解ってるんだけれど……」
「フフッ……良い光景だな、ルドガー」
「ああ、微笑ましいと思うよ」
「むむむむ……」
終始アリサの機嫌はこんな感じであったのは言うまでもなかった。一方、アスベルとフランツは店の奥……とある個室に入った。そして、フランツは唐突に切り出した。
「アスベル君。正直に聞きたい。この帝国で争いが起きる確率……それはどれぐらいだい?」
「……そう言うってことは、何かあったんですか?」
「きっかけは偶然だったけれどね」
そう言って、フランツはその問いかけの根拠を話し始める。今から三ヶ月前……フランツはルーレ国際空港でいつものように荷物を受け取っていた。流石にルーレで全てを賄うのは難しいため、国内外から取り寄せている。ラインフォルト社の重役がそこまでするのは不自然だが、彼なりのポリシーでもあった。職人気質とも言うべきだろうが……その荷物を持って空港を出ようとした際、何かの石を踏んだのだ。だが、その感覚は普通の石ではないと察した彼が拾ったのは……
「鉄鉱石、だったと?」
「分析もして、ルーレ産なのは間違いなかった。でも、ルーレからの鉄鉱石は全て鉄道で運ばれている。この時点で不思議な感じがしてね。」
「道端に落ちている時点でおかしいですからね。」
小さな破片程度ならまだしも、石として十分な大きさだったようで…これにはフランツも首を傾げた。そして、彼は独自に『鉄鉱石の鉱脈調査』という肩書で品質チェックを内密に行ったのだ。その結果、鉄鉱石の品質自体は落ちていないことが判明した。となると、ここ最近破棄されている不良の鉄鉱石が怪しいと踏んだ。だが、
「ここから先を調べようとすると、間違いなく貴族派の横槍が来る。両方の派閥の指示を受けている彼女の努力を無駄にしたくない……だから、君に頼みたい。この国の人間ではない君にだからこそだ。」
「意図は解りましたが、仮にも"仮想敵国"の人間に頼んでもいいんですか?」
「容赦ないね。でも、僕が彼女の隣にいることを認めたからね。こう見えて、人を見る目だけはあるのさ。」
「………やっぱ、イリーナさんの旦那さんですね。」
言葉には出さないものの、信頼されているという言葉には、流石にふいに出来ない。こういう所は無駄に父親の影響を受けたのだろうとアスベルは強く思った。その上で、アスベルは話し始める。
「率直に結論から言いますと、内戦はいつ起きてもおかしくないです。対立が行きつくところまで行っている以上、どこから火種で燃え上がるか解らない状況です。」
「………」
「私だってこんなことは言いたくありません。けれども、この状況を生み出したのはエレボニア帝国『自身』の責任です。」
端を発すれば、“百日戦役”……そこからの領土拡張政策と言う名の侵略……その歪みが今になって目に見えてきている。ただ、それだけの話だ。他人事のように話してはいるが、その影響を受けるのは間違いなく周辺国、とりわけリベールやカルバード、そしてクロスベルも含まれる。巻き込まれる側からすれば堪ったものではない。
「おそらくはラインフォルト社も無関係ではないでしょう。……帝国の兵器を一手に担っているわけですから。」
「その辺は自覚していたけれど、やっぱりか。成程、あの人が話を全て蹴って離れた訳も、理解できるかな。」
「………イリーナさんには話を通していますが、譲渡した『カレイジャス』に加え、『ファルブラントⅦ番艦』の計画も進めています。それで一応抑止力の目途は立てています。」
最終手段はあるのだが、それはそれで『切り札』になっている以上明かすことはできない。『カレイジャス』などでも先延ばしになるかは疑わしいが……一通り思考した上で、アスベルは付け加えた。
「そして、貴方の依頼はキッチリ引き受けさせていただきます。……“支える籠手”の紋章に誓って。そして、貴方から信頼された人間として。」
そう言って部屋を後にしたアスベル……残されたフランツは彼の出て行った方を静かに見つめていた。
(アスベル・フォストレイト……S級遊撃士“紫炎の剣聖”にして、守護騎士第三位“京紫の瞬光”。娘も、本当に凄い人を選んだみたいだね。……無理はしないでくれよ?)
その心の言葉は誰にも聞かれることもなく、本人の心の奥底に溶けて行ったのであった。
~バルフレイム宮 中庭~
「……むんっ!……はあっ!!ふぅ………ん?」
その頃、一人鍛練に励む者がいた。いつもの軍服ではなく、動きやすい軽装で剣を振るう男性。そして、その傍らでその様子を呑気に眺めている青年。男性は彼の気配に気づくと、構えを解いて青年の方を向いた。
「見ていたのか。」
「少し前から、だけれどね。これは不要だったかい?」
「いや、ありがたく頂こう。いつもこういう気遣いがあれば、苦労せずに済むのだが。」
「う~ん、それは僕のアイデンティティに関わるからねぇ。無理かな?」
「まったく……」
いつもの調子を崩さない青年の様子に男性は呆れていたが、彼の奥底の決意を知る者として、“親友”として支えると決めた以上はその姿勢を貫くと決めた。青年の持ってきたタオルと飲み物を受け取り、ベンチに腰掛ける。それを見た青年も男性の隣に座る。
「それで、連絡は取れたのか?」
「バッチリね。あ、そうそう。カシウス中将にも連絡は取れたよ。そちらのほうも準備は抜かりないかな。とはいえ、相手が相手だからねぇ……」
「フ……そう余裕がない発言の割には、随分と悠長に聞こえるんだが?」
「流石親友。とはいっても、このことはまだ明かせないんだよねぇ。」
「どうせ問い詰めても口を割らんことは目に見えてる。お前という奴は昔からそうだからな。」
「フッ、褒め言葉だと受け取っておくよ。」
「褒めてないんだがな。」
「えっ、ミュラー君ってそういう趣味でもあったの!?」
「殴るぞ?」
「スイマセンデシタ」
昔からの関係……主従ではなく、“親友”として……そんな冗談はさておき、青年は踵を正した。
「ともあれ、まずは夏至祭だ。う~ん……ここは、景気づけに愛の狩人として、一曲でも」
「(……やれやれ)」
真面目なのかふざけてるのか……だが、この曲者っぷりだからこそ、“放蕩皇子”と呼ばれる所以なのだろう。
~バルフレイム宮 貴賓室~
その頃、部屋の中に居るのは二人の人物。向かい合う様に座るのは二人の男性。その風格はもはや達人の域でもある。かつては帝国の双璧と呼ばれた“ヴァンダール流”と“アルゼイド流”……その筆頭継承者でもあるリューノレンス・ヴァンダールとヴィクター・S・アルゼイドの姿だった。
「そっか、アリアはレグラムか……今度、土産でも持って行くことにするよ。」
「相変わらずの奔放ぶりだな、ユーノは。師団の方は良いのか?」
「僕がいなくても機能はするようにしてる。今は離宮の周辺で警戒に当たってるよ。」
「その辺の抜かりなさも、相変わらずのようだな。」
二人の関係は同じトールズ士官学院の出であり、ここにはいない『アリア』と呼んだ人物の三人が特にその代の最強と謳われたほどだ。ただ、本人たちは最強の称号など求めてはいない。純粋に己のなすべきことを突き詰めていった結果に過ぎない。
「僕なんかよりヴィクターのほうが忙しいとは思うけどね……そうそう、ここだけの話……カイエン公がリベール北部―――自治州を訪れているのは知ってるかい?」
「少なくとも、レグラムにはまだ来てないな。……ほとんどの元帝国貴族はすでに平民だが?というか、どうして知ってる?」
「領邦軍の剣術指南もちょくちょくやってるんだよね。その中で仕入れた情報さ。……気を付けた方がいい。」
「ああ、解った。妻にも伝えておこう。」
リューノレンスから伝えられたカイエン公の動き……これには流石のヴィクターも警戒せざるを得ないと気を引き締めた。この時期での訪問……彼はリベールに対して何らかの動きを起こす可能性があることを示唆しているに他ならない。
「それにしても、昔のヴィクターはバトルマニアだったからねぇ……それが今や自治州の当主とは、年を取ったものだよ。」
「二十年前と容姿が変わってないユーノが言っても説得力がないように聞こえるのだが。」
「ひどいなぁ、ヴィクターは。……久々に手合わせでもするかい?」
「いいだろう。ここで勝ち越させてもらおう。」
「(ヴィクターも、本質はやっぱり変わってないじゃないか……でも、嬉しいかな)」
かつて帝国にいた者同士……互いに武を高める者としての本質が変わっていないことに、リューノレンスは静かに笑みを零した。
~ドライケルス広場~
バッツと別れたアスベルはB班と合流、リィンらA班とも合流し昼食と相成った。やはりそこでも、フィーとラウラの間に流れる居心地の悪さ……それを感じつつも、アスベルはため息を吐きたくなった。
「……」
「ア、アスベル?」
「ん?ああ、済まない。流石にな……」
「何だかんだで苦労してますよね。」
「否定はしない。」
ラウラとフィーに関しては、こればかりは本人たちの問題なのでこれ以上何だかんだ言うのは、野暮と言う他ないだろう。ともあれ、しっかり食べないと午後の依頼にも支障をきたすので、きちんと食べた後に再び二班に分かれての行動となった。
Tweet |
|
|
3
|
2
|
追加するフォルダを選択
第72話 認識の深さ