~帝都ヘイムダル バルフレイム宮 客室~
豪華な装飾に寝心地の良いベッド……だが、普段と違う環境と言うのは慣れるものでもなく……まぁ、しっかり寝れたので文句はないのだが。
「……皇族って豪華な生活してるよな。シオンも似たようなもんだが。」
「否定はできないかな。」
転生してかれこれ12年は経つが、この世界のルールと言うか価値観には未だ慣れない部分は多い。それに対して文句を言うつもりはない。それも一つの“柵(しがらみ)”ということなのだろう。寝間着姿から制服に着替えたタイミングを見計らったかのようにノックの音が聞こえ、入室を促す。そこに姿を見せたのは、オリヴァルト皇子の姿だった。
「お、流石早いね。」
「そういうアンタもな。」
「まぁね。セドリック達は起きてないけど、朝食にするかい?」
「では、お言葉に甘えて。」
帝国の人間からすれば、皇族と一緒に食事をいただくことなど夢物語だろう。……そのすごみは一応理解できるのだが、どうにも価値観が解らない。まぁ、知り合いに王族がいたりするのがその要因かもしれないが。そこに丁度ミュラー少佐も姿を見せたので、四人での朝食となった。
「一応今日から特別実習になるけど、自由に探索して構わない。ただ、明日の夕方は時間を空けておいてくれないかい?ガルニエ地区の聖アストライア女学院の正門前に17:00で頼むよ。」
「拒否権ないだろ、それ。」
「別にいいですけれどね。」
2日目は大方の予想が出来るので、これにはアスベルとルドガーの双方共に異論はなく、頷く。ともあれ、二人は皇城から出てドライケルス広場に出る。その光景を見たものは色々噂を立てているが……二人にとっては茶飯事に近いものだった。
「かったるい……」
「気持ちは解るけどね。」
さて、いきなり自由と言われても……二人が出した結論は、
「B班の手伝いに行くか。」
「全力で賛成。」
好き好んで苦労を背負いたくない……ARCUSで連絡を取り、二人はB班の面々に合流することにした。とは言っても、流石に朝早い時間なのでヘイムダル駅で合流することとした。のだが……
~ヘイムダル駅前~
二人が駅前に到着すると、軍服姿の女性―――クレア大尉がそこに立って、何かを待っているようであった。するとクレア大尉も二人に気づき、こちらに近づいてきた。
「あら?アスベルさんに、確かルドガーさんでしたか。おはようございます。」
「どうも、おはようございます。クレア大尉。」
「おはようございます、っと。“氷の乙女”に名前を憶えられているとはな……で、今日は見回りか?」
「それもありますが、今日は別の方の随伴です。」
「別の方……ああ、成程。」
クレア大尉の真意を汲み取る様に到着する一台のリムジン。そして降りてきたのは清廉潔白を形にしたような容姿の人物―――マキアスの父であり、帝都庁長官にして帝都知事を務める“革新派”筆頭の盟友。カール・レーグニッツその人。その隣には秘書が控えていた。
「おはよう、クレア君。」
「おはようございます、知事閣下。」
「ああ。……おや?その制服は確かⅦ組の…」
「初めまして。アスベル・フォストレイトといいます。」
「ルドガー・ローゼスレイヴという。よろしくお願いします。」
「ふふ、君達のことは息子からの手紙で聞いているよ。私はカール・レーグニッツ。帝都庁長官を務めている。とはいっても、すでに周知かもしれないがね。」
流石に他のⅦ組メンバーはまだ到着しないので、鉄道憲兵隊の詰所で先に待機させてもらうこととなったのだが……“かの御仁”の勢力下の組織の場所と言うのは居心地が悪い。すると、レーグニッツ知事とクレア大尉、そしてリィン達も姿を見せた。案の定というか、マキアスは動揺を隠せていないようだったが。
「アスベルとルドガー!?どうしてここに?」
「課題がないというのはこっちも暇なんで、手伝うためだよ。B班のほうだけれど。」
「できればこっちのほうも手伝ってくれると助かるんだが……」
「それ無理。」
「ルドガー、容赦ないですね……」
誰が好き好んで苦労を引き受けたいと思うのか……自分も妹も父親も気付けば苦労を引き受けているだけに過ぎない。その点で言えばルドガーも同様なのだろう。一同が席に着き、レーグニッツ知事が説明に入った所で、マキアスが立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ!何で父さんが僕達の特別実習に関わっているんだ!?今は夏至祭の方で忙しいわけだし。」
事情をよく知る身内からすれば当然の疑問。人口80万人を抱えるヘイムダルを統括している帝都庁のトップが傍から見れば一学生であるⅦ組の面々と対面すること自体が普通ではない。息子からぶつけられた質問に対して表情を崩すことなく……むしろ飄々としたような感じで答えを返す。
「そういえば説明していなかったな。私もトールズ士官学院の常任理事を務めているのだよ。」
「なっ!?」
「俺の兄、ルーファス・アルバレアにアリサの母親のイリーナ・ラインフォルト……」
「それに、リベールのシュトレオン公爵と同じ……」
「まぁ、私が最後の常任理事と言うことになる。さて、時間もないので説明に入りたいが、いいかね?」
そんな衝撃的事実に対して諦めたように椅子に座るマキアス。どうやら、父親のこういう性格には色々苦労しているようだ。まぁ、本人の生真面目さもそれに拍車をかけて、余計苦労しているだけだとは思うのだが。特別実習は今日を入れて三日間、最終日は夏至祭初日に被る形となる。……いろいろ懸念事項は山積しているのだが。そして、レーグニッツ知事は課題の入った封筒、宿泊先の鍵と住所の書いたメモを差し出した。
「えっと、課題の入った封筒は解りましたが、これは?」
「君達の宿泊先の鍵とメモだ。まぁ、私からのオリエンテーリングの課題と思ってほしい。ただ、アスベル君はすぐに解るだろう。」
「………(そりゃあねえ……)」
帝国での活動はほとんどしていなかったにしろ、この住所の場所には覚えがある。何せ、“二年前の事件”の時にも足を運んでいたからに他ならない。そもそも、“遊撃士”にはなじみのある場所なのだ。説明を終えると、レーグニッツ知事は打ち合わせがあると言ってその場を後にした。リィン達も渡されたものをしまいこみ、駅の外に出た。其処に映るのは都会の街。一直線に伸びる大通りの向こうに見える皇城バルフレイム宮。“緋の帝都”を象徴する場所だ。
「宿泊先のメモはリィン達が持ってていいよ。」
「いいのか?」
「その住所で心当たり、一つしかないからな。」
「フッ、お前ならば問題はあるまい。」
「む……」
「マ、マキアス……」
そもそも、A班はそれよりも色々大変なのだから、その辺りはリィンとセリカが手綱をコントロールしてくれることだろう。そう願いつつA班を見届けた後、B班+二名も別の導力トラムに向けて歩いていく。流石に人口80万人もいる都市の中を徒歩だけで移動するのはかなり大変なことだ。トラムに乗り込んで一先ず一着いたところで、アリサが問いかけた。
「アスベル、その場所に覚えがあるって……ひょっとして」
「まぁ、そうなるかな。あの住所にある建物は遊撃士協会帝都西支部。まぁ、一年前に撤退したとは聞いているかな。」
「遊撃士協会の建物が私達の宿泊先なんですか!?」
「成程。確かにアスベルだからこそ解るという訳か。」
~元遊撃士協会帝都西支部 建物内~
正直嫌味としか思えないような場所の選定。まぁ、あのあたりは宿泊先などないし、そもそも夏至祭の関係でホテルは混雑することを考えれば、特別実習に集中できる環境と言う意味では適切な選定だとは思う。ただ、“革新派”に追い出されたような形である遊撃士としての立場から言えば、喧嘩を売ってるようにしか思えないのも事実であった。自分の場合は王国所属なのでそこまでの感情は抱いていないが。そんなこんなで遊撃士協会の建物に到着し、渡された鍵を使って中に入る。手入れ自体はきちんと行き届いており、二階にはきちんと寝床まで確保されているような状態だった。その辺の律義さは流石と言うべきなのだろう。アスベルとルドガー以外のB班の面々にしてみれば困惑ものだが。
「とりあえず、実習内容を確認しよう」
「そうですね。もしかしたら、レーグニッツ知事からの依頼もあるかもしれませんし。」
「それじゃ、開けるわね。」
<B班 特別実習・1日目>
・地下水道の手配魔獣 依頼人:フレイヤ
・実戦稽古 依頼人:ユーノ
・導力カメラの試験依頼 依頼人:フランツ
「なぁ、アスベル。」
「……聞くな。というか、アリサ。」
「それはないと思う、うん。」
「えっと?」
「どうかされましたか?」
「何でもない。多分気のせいだ。」
「???」
見覚えのある依頼人の名前が見えた気がしたのだが……気のせいだろう、うん。ともあれ、場所的に近い手配魔獣を片付けに行ったのだが………拍子抜けだった。まぁ、アスベルとルドガーを主軸に置いたら敵が哀れなのは今に始まったことではないのだが。本人たちにとってはため息ものである。そして、次の依頼のためにラインフォルト社製の導力機器を扱う専門店に足を運んだ一行を待っていたのは、アリサとアスベルにとっては予想通りの人物の姿であった。
場所を事細かく書くと、余計に設定増えるので省略しています。その辺はご容赦を。リィン達の方も書きます(頻度は未定)。まぁ、やっておきたいことが色々ありますので。
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第71話 七月の特別実習①