12月31日
「帰ってきた…」
約一週間、お姉ちゃんの名湯巡りに付き合わされ、ようやく帰ってきた家の前。
でもそのおかげもあって、心身ともにリフレッシュすることが出来た。
「せっかくならお姉ちゃんも帰ってくればよかったのにな…」
ロンドンのカウントダウンに参加するとかで、飛行機に乗っていっちゃったのは数時間前だ。
私の両手にはお姉ちゃんからヨロシクと預けられた、おじいちゃんとおばあちゃんへのお土産が入った袋が、たっぷり四つ下がっている。
だから…
「ただいまー!」
家のドアを開けられなかった。
「はいはい、いま開けますよ」
中からは聞き慣れた声。
家を空けていたのはほんの一週間なのに、やけに懐かしい声がした。
カラカラと音を立てて扉が開く。
「お帰り、聖ちゃん」
懐かしいはずだ。
その笑顔を見て思い出した。
家を出ていたのは一週間だけど、ちゃんとこうして顔を合わせるのは、それ以上。
本当に久しぶりだった。
「おばあちゃん!!」
私は思わず、おばあちゃんに抱きついていた。
懐かしい、落ち着いた匂いが広がる。
「ただいま……おばあちゃん」
「はい、おかえりなさい」
優しく、子供をあやすように抱きしめてくれたおばあちゃんは、わたしなんかより、とても大きく感じた。
「ご心配をお掛けしました」
抱きついた拍子に落としてしまったお土産を、おばあちゃんが台所へ持っていっている間に、わたしは居間へ。
そこにいたおじいちゃんにも、改めて頭を下げた。
「えぇえぇ。それより、わしに聖の元気な顔を、ちゃんと見せてくれんか」
「おじいちゃん…」
「うむ、良い顔じゃ。以前より、ずっとエェ女になったの」
そういうと、ニッコリと白い歯を見せて笑った。
しかしすぐに顔を曇らせ、
「…こちらこそ、すまんかったな。その……あんちゃが…」
申し訳なさそうに肩をすぼめてしまう。
「ううん!そんな!彼は何も悪くないし、おじいちゃんが謝る事なんか全然ないのよ!」
「…しかし」
「ふふっ…おじいさんたら、あなたがああなってしまってから大変だったんですよ」
おばあちゃんがエプロンで手を拭きながら戻ってきた。
「あなたが部屋から出てこないかって、忙しなく立ったり座ったりを繰り返したりして。
そして原因があんちゃにあると分かるや、いきなり掴みかかったりして、ねぇ?」
「ば、ばあさん!その話は内緒にしといてくれと…」
「おじいちゃん…」
そこまで私のことを心配してくれてたなんて…
顔を真っ赤にしているおじいちゃんが、涙でぼやける。
「わしがあんちゃに恋でもせぇと焚きつけたことが原因で、聖を傷つけてしまったんじゃないかと…そう思ってな。
あんちゃには、今の彼女と半端な気持ちで付き合うとるなら許さん、とも言うたんが…」
そういうと、おじいちゃんは首を横に振った。
そんなおじいちゃんの横に、おばあちゃんが寄り添うようにして座ると、わたしを優しい目で見つめる。
「聖。人の人生、決して平坦じゃありません。ましてや、人の気持ちというのは特に。私とおじいさんだって、それはまあ色々とありましたものねぇ」
「ん…まぁ、そりゃな」
笑顔で隣のおじいちゃんを見やるおばあちゃん。
おじいちゃんは少しばつが悪そう。
でもその様子からは、確かな絆が感じられる。
「まだあなたは若い。迷ったり立ち止まったりすることもあるでしょう。でもそんな時は一人で悩まないで、お姉ちゃんでもいいし、私やおじいさんでもいいから、話してちょうだいね。私たちは、家族なんですから」
「うん…うんっ!ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん…」
わたしにはこんなにも…こんなにも素敵な家族がいてくれるんだ…
大丈夫。
もう、怖くない――
…………
……
「それで今、彼はどこに?」
「あんちゃなら、二年参りで神社にいったぞ」
「そう…」
わたしは傍らに置いておいたコートを手に、立ち上がる。
「行くのね」
「うん。行ってくる」
おばあちゃんは、気付いているみたいだ。
「それじゃあ、帰ってくる頃に合わせて、温かい善哉でも作っておきましょうかね」
「やった!おばあちゃん、大好き!」
ゴーン…
遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきた。
――――――
――――
――
ゴーン……ゴーン……
高社神社につく頃には、鐘の音も佳境に入っているようだった。
神社には毎年のことだけど、人がたくさんいた。
この中から彼を見つけるのは骨だ、と思ったけど…
「…いた」
すぐに、彼と彼女を見つけることが出来た。
カップルは何組もいるけど、あの二人は何となく人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
まるでポッカリと、二人の周りには空間があるような、そんな錯覚さえ覚えるほどだ。
幸せそうだな…
そう思う。
「…いけないいけない」
ピシャリと自分で頬を打つと、私は彼へ歩を進めた。
…………
……
「やっほ♪後輩くん、お久~」
今までどおりの私で声をかける。
「み、聖さん…」
驚いている彼を尻目に、彼女の方にも声をかける。
彼女の方は、お久しぶりですね。どこかに出掛けてたんですか?と聞いてくる。
「そうよー。お姉ちゃんと一緒に全国名湯巡りに行ってたんだから~。ほらっ、お肌もスベスベでしょ?」
しばし、そんな女子トークに華を咲かせる。
やがて、彼が焦れたように声をかけてくる。
「あ、あの…聖さん、俺……」
「そういえばさ、あなたたちって、付き合ってるの?」
そんな彼の言葉を遮るように、質問をぶつける。
「え……?」
「答えて」
まっすぐに彼の目を見る。
私の思いに応えて。
彼は戸惑った目をしていたけど、すぐに真剣な眼差しになり、
「はい。俺は今、この娘と付き合っています」
彼女の肩を抱き寄せ、そう言った。
ありがとう。
心の中で呟く。
「そっか…うん!とってもお似合いだね♪おめでとう!」
初めて、祝福できた。
心の重石が一つ、外れた。
「こんな良い男、そうそういないんだから、絶対逃がしちゃダメよ?」
そういうと彼女は顔を真っ赤にしながら、はい!と応えた。
うん。彼の恋人が、この娘でよかった。
「後輩くんも、彼女を泣かせちゃダメだぞ?もし泣かせたら、私が許さないからね!?」
「はい。必ず、幸せにしてみせます」
「……うん、その意気だ!」
真剣なその眼差しには、今でもカッコいいと思ってしまう。でも……
「あのさ…わたし、今よりもっと魅力的になって、後輩くんなんかよりもっともっと良い男捕まえて、二人が羨むくらい幸せになるからさ…」
わたし、上林聖は……
あなたから、卒業します。
「だから……覚悟してなさいよね」
「…分かりました。覚悟、しておきます」
「……うん!」
ありがとう。
本当に、本当に、大好きだったよ。
「「「10!9!…」」」
周りの若い人がカウントダウンを始める。
今年が終わる。
そして、わたしの彼からの卒業式も…
「「「6!5!…」」」
「じゃあね」
彼に背を向けて駆け出す。
「「「2!1!…」」」
さようなら。
私の、初恋。
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DTKです。
普段は恋姫夢想と戦国恋姫の世界観を合わせた恋姫OROCHI(仮)という外史を主に紡いでいます。
今回は、恋姫を製作しているBaseSonと同じネクストンブランド、あざらしそふとの作品『アマカノ』の二次創作を投稿します。
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